蜃気楼の向こう側

貴林

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9 提灯洞

真希乃と毛大

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彩花を押し倒し、露出したその胸にむさぼるように、しゃぶりつく真希乃は、まるで捕食する獣のようだ。それに本気で抵抗する彩花だったが、遠慮のない真希乃を突き放すことが出来ずにいた。
両手を押さえつけられて身動きの取れない彩花は、こんな形で真希乃に身を委ねることになる事が悔しかったし、優しさの微塵すら感じられないのがとても悲しく思えていた。
「真希乃、お願い。やめて」
彩花の言葉が耳ざわりでしかなかった真希乃は、乳房を咥えながら舌打ちをするだけだった。
「こ、こんなの・・・真希乃じゃないよ」
涙を浮かべる彩花は、豹変した真希乃を見つめるが、視線を合わそうともしないその瞳に自分の姿を映し見る事も出来なかった。
彩花は、気が付いた。今目の前で自分を押さえつけているのが、女の体を欲しているだけの男がそこにいるのだと。
「あ、あなた、誰?」
彩花の胸から、よだれでグショグショになった唇を離す真希乃は、舌打ちをすると視線を彩花にではなく背後に向けていた。
「邪魔すんな、何しに来た?」
彩花を押さえつけたまま、四つ這いの格好で背後の扉の向こうの闇の中を睨みつける真希乃。
点々と差し込む月明かりの闇の中に人影が見て取れる。
やれやれとばかりに、渋々と立ち上がる真希乃は彩花から離れるが、獲物を奪われまいとする獣のように、その前に立ち塞がった。
真希乃は一時的に捕食をやめ、口元を舐め回すと更に闇の中の人影を睨みつける。
「これは、誰にもやらねえよ。さっさと失せろ」
人影がこちらに歩み寄って来ると、松明の明かりがその姿を浮かび上がられせる。毛大であった。
「そうはいかんの」
「ああ?」
「やはり出おったか。こうなるのを待っておった」
「なに?」
「では、参るでの。マキノ」
後ろ手にしたまま直立不動の毛大が、姿を消した。
片腕を後ろ手のままの毛大は真希乃の前に現れるとその腹部に拳を叩き込んでいた。速く重い一撃であった。
吹き飛ばされる真希乃は、地を滑りながらも彩花の肌けたシャツを無造作に掴むと力任せに自分の背後に放り投げた。
床に転がる彩花は、ここぞとばかりに立ち上がろうとするが、毛大が現れた事で安堵のあまりすっかり腰が抜けて膝に力が入らずその場に崩れ落ちてしまう。
そんな彩花の前に立ち塞がる真希乃は、歯を剥き出しにして毛大を睨みつける。獲物を取られまいとする獣のようだ。
長く伸びた髭を撫で下ろす毛大。
「ふむ、なかなかやりおるの」
今度は真希乃が自ら前に歩み出る。
両手を高く掲げて、自らを大きく見せようとする構え、それはまるで鎌首を掲げる蛇のように、飛びかかるタイミングを計りながら、威嚇するように手が空を揺らめいている。攻撃に対しての回避にも対応した攻防の構え。
それを見た毛大は、髭を撫で下ろすとマフラーの如く首に巻きつけた。
「良かろう。どれ程の物か、見させてもらうぞ」
毛大は、地を蹴ると真希乃に向かって飛び込むと、矢継ぎ早に連撃を繰り出していた。利き腕の右腕を後ろ手のままで。
それを全て受け、または受け流す真希乃もまた、同じように利き腕を後ろ手に左腕だけで応戦していた。
片腕とはいえ、あまりの速さに常人では、目に捉えることは出来ないほどだった。
彩花でさえその様子を捉えきれずにいた。
「真希乃。いつのまに、あんなに」
同じ格闘家として、悔しさを隠しきれない彩花は、唇を噛んだ。
笑みを浮かべたままの真希乃は、毛大と拳を交わす事に、ワクワクしていたが、やがて退屈になり右腕を繰り出していた。
それを見切った毛大もそれに答えるように右の拳でそれを受け止めた。
激しく拳がぶつかり合い、衝撃で互いの地に着いた足が地を滑る。
激しく後退して離れる二人は、舞い上がる地煙の向こうに互いを見ると笑みを浮かべていた。
「ここまでとはの。何年振りかの、久方ぶりに胸が踊るわい」
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