蜃気楼の向こう側

貴林

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10 自由のために

ロムル軍の将

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麗美に連れられて俊たちは、荒廃し機能していない城跡に来ていた。
「麗美さん、こんな所に来て、何かあるんですか?」
俊は石積みが崩れ、干上がった堀を横目に、天守があったと見られる焼け落ちた城に入って行く麗美の後に続く。足元には炭化した木片が散乱して、靴底を黒く汚していく。
「以前話した自由の旗。その支部が、ここにあるのよ」
俊は雨宿りすら難しい屋根のない柱だけが伸びる建物を見回す。
焼け落ちて山積みになっている屋根や壁の残骸の上を歩く俊たちだったが、不思議に足元が安定している。麗美の後を歩くことで巧妙に細工され道筋を歩いているのであろう。しかし、どう辺りを見回しても人が住める所はばかりか雨宿りすら難しいほどだった。ましてやこんな所に支部があるというのだから想像することが出来ずにいた。
「麗美さん、本当にここに支部が?これでは人が住むことすら難しいようですけど」
不安そうにしている俊を見た麗美は笑みを浮かべる。
「だからいいのよ。目くらましに打って付けでしょ?」
首を傾げる俊は先を進む麗美の後を歩く。
焼け残って立林の如く立ち並ぶ柱の間を抜け、朽ちた階段の下の薄暗い場所に進んでいくと更に下に伸びる階段が見えてきた。
「こんなところに?」
松明でもなければ先が見えないほど光の届きにくい所だった。数段下りると中は崩れ落ちて行き止まりになっている。
普通ならば、このまま引き返してしまう所だ。
麗美は壁を探り何かを押すと、壁の一面が動いた気がして隙間が生じ自動扉のように音もなく開いていく。内部の明かりが暗い階段を照らし出し、ひんやりとした空気に熱気を帯びた空気が流れ出してくる。
俊は、隠し扉に驚いている。
麗美が目を丸くする俊の疑問に答えるように説明を始める。
「この城跡の背後に高い崖があるんだけど、そこに風車小屋と水車小屋を設けてあるの」
「え?それって、まさか」
麗美の言いたいことを察した様子の俊。
「わずかだけど、電気を作っているのよ」
「ほんとですか?そんなものをこの時代に持ち込んでいるのですか?」
「表と裏の行き来が出来るのに活用しない手はないわ」
中にはいっていくとカンカンと槌を叩く音が響いてきた。
(鍛冶場?)
ナミリアの鍛冶場で聞いた音と同じ音が響いてきて、蒸気がこもる向こうに熱く熱した鉄を打つ鍛治師の姿が見えた。熱気はここから来ているようだ。
麗美は普段ならもっと大勢の鍛治師が作業をしているのにほんの数人がいるだけの光景に疑問を抱いていた。一人の鍛治師が麗美に気づく。
「麗美さん、おかえりなさい」
「ダムド、ご苦労様。それにしてもどうなってるの?人手が足りてないようだけど」
「はあ、ロムル軍だけでも手を焼いていると言うのに・・・」
ダムドと呼ばれた鍛治師が言いかけて、察した麗美。
「蜃気楼の影ね」
「はい、そうなんです」
「ここに、攻めに来てるってこと?」
「いや、それがそうではないようです」
「ん?」
「ロムル軍と、交戦中でして」
「蜃気楼の影は、どうなってるの?」
「それが、おかしなことに蜃気楼の影と交戦中にロムル軍がやってきて、相手側に加勢する形になりまして」
「え?どういうこと?ロムル軍が蜃気楼の影に加勢って」
「それがよくわからないのですが、ロムル軍の大将が、レンゲがどうとか?」
「レンゲ?」
皆が蓮華を見る。
私?と、自分を指差す蓮華は、ハッとした。
「あの、もしや、その大将、ハイデル?とか、言ってませんか?」
「はいでる・・・?」
ダムドが、空を見上げて思い出している。
「ああ、確かに。敵将はハイデル。そう名乗っていたとか聞いております」
ハイデルが蓮華と出会っている事実を誰も知らない。
「蓮華さん、敵将を知ってるの?」
「ええ、まあ、知ってると言えば知ってることになりますか」
照れたようにうつむいてしまう蓮華を見た麗美は、ハイデルと何かあったことは感じ取った。
そんな蓮華をマジマジと見るダムドが何かを思い出そうとしている。
「失礼ですけど、あなた、どこかで見かけた気が・・・」
見上げる蓮華を見ながら鍛治師が、頭の中で蓮華の髪型を変えて想像している。
「ああ!お、おまえ!」
麗美は蓮華のことをお前と呼ぶダムドに驚いた。
「おまえ?お前とは何事ですか?ダムド。仮にも私の客人です」
「あ、いや、これは客人に対して、失礼を。ただ、その・・・そっくりなのです」
「蓮華さんが、誰に似ていると言うの?」
「蜃気楼の影にいる女です。そもそも、ロムル軍が敵側に付いたのは、こちらの方にそっくりなその女がいたからなのです」
斬首事件で見た、蓮華にそっくりな女性を思い返す俊たち。皆が思い出してみてはいるが、蓮華とどんな繋がりがあると言うのか、誰も知らぬことであった。
「麗美さん、今はともかく、手助けに行きましょう。自由の旗のメンバーが危険です」
蓮華は、立ち上がるとダムドの方を見る。
「ダムドさん、場所は、どこですか?」
「あ、え、ここから、北への街道を進んだ辺りです」
それを聞いた蓮華は、走り出していた。
早く駆けつけなければいけなかった。
メンバーを救わなければならないという思いと、期待に胸を躍らせる高鳴る鼓動が、蓮華を走らせていた。
「蓮華さん、待って」
麗美たちも後を追う。
こんなに冷静さを失っている蓮華を初めて見る俊だった。
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