蜃気楼の向こう側

貴林

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11 真希乃と彩花とチヨリと

蝶華の里 千桃里(センタオリ)

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恐頭山の麓にある、蝶華の里 千桃里センタオリ
その名の通り、千本の桃が育つ里である。以前、蝶華の持ち物とは知らずこれを盗んだことのある真希乃であった。
山々に囲まれた比較的平坦な場所で、桃の木が立ち並ぶこの一帯に小川が木の根のように広がり、あちらこちらに農夫の家が点在している。
その山々の向こうに岩肌を剥き出しにした柱ような恐頭山が地表から天高く伸びている。
これと同じようなものが、その更に奥まで立ち並んでいるのだから、実に壮大である。
それらが蒸気を発し、あたり一面霧に覆われ、一寸先も見えないこともあった。
今も周囲を囲む緑が広がる山々の頂きが淡い霧を被っていた。
その山々に囲まれた中に里があった。
桃の甘い香りが漂ってくると、里に入ったことがわかる。ここでは、一年を通して桃の実がなるため常にどこかしらで収穫されている。
桃園を抜けると二メートルほどの高さの白い壁が左右に伸びた屋敷が見えてくる。その向こうに、一際目立つ巨大な桃の木が見える。
正面に門を構え、扁額へんがくには蝶華楼と書かれている。
門をくぐると灯籠が四基広間に置かれ、白い玉石を敷き詰めた道が、門からまっすぐに伸びていて、その先に真っ白な壁の蝶華の屋敷があって、遠くからでも赤い屋根がよく分かる。
屋敷の近くまでくると、屋敷の幅はある石段が広がり十段ほど上がったところに、ようやく屋敷があった。正面に屋敷を望むと直径二メートルはある朱色の柱が四本立ち並びのき支えている。初めて訪れるものは、間近でその柱を目にした時、その巨大さに圧倒されるほどだ。それもそのはず、一本の柱は、真っ直ぐに育った一本の杉の木を削って作られている為、元の木の巨大さを想像し得るからだ。樹齢三百五十年で百センチほどと考えれば、これほどのものがごく稀にしかないことがわかるはずだ。

その柱の手前、階段の下に美蝶華と珍毛大と無名が引く二輪の台車の上に毛布を掛け未だ眠り続ける真希乃の姿があった。
それら三人を迎え入れる者があった。
「おかえりなんしょ、蝶華様」
出迎えたのは、チヨリと呼ばれ、ツインテールの髪をした、歳の頃は十五、その割には豊満な胸の持ち主で恋多き年頃である。
「ご苦労じゃった。チヨリ。彩花は、どうだえ?」
無名は、これより先へは入らず、
無名に代わり毛大が真希乃を抱えている。それを横目でチラリと見ながら、チヨリが蝶華に続く。
「はいよ、今は客室で休んでおるでよ。だいぶ落ち着いたっち様子っしょ」
呆れた顔をする蝶華がため息をつく。
「のう、チヨリよ。いい加減、その口調、なんとかならんのかえ?」
「どうにも、ならんしょ」
両腕を頭の後ろで組んで、イヒヒと笑うチヨリであった。
少し、頭が足りないようにも見える女の子である。
廊下を歩く蝶華は、何気に手すりを指で擦ってみる。
綺麗な指先を見る蝶華は、ニコリとする。
「さすが、チヨリよの。塵一つないぞよ」
「それは、そうでしょ。当たり前っしょ」
言いながら、毛大が抱える男が気になって仕方がないチヨリ。
「なあなあ、蝶華様よ」
「なんぞえ?」
「毛大様が、抱っこしよる男ん子は、誰っしょ?」
物欲しそうに指を咥えながら、首を傾げているチヨリ。
「真希乃ぞよ」
「マキノ?う~ん、どっかで、聞いたっしょ」
「彩花の友達ぞよ」
それを聞いたチヨリは、思わず手のひらを握った小指球しょうしきゅうで叩いた。
「おおお、この男ん子がそうなんか。でもって、彩花のこれっしょ?」
チヨリは、言うと親指を立てて見せる。
「これ、チヨリ。はしたないぞよ」
「良いではないか?本当のことっしょ?」
「これかどうかは、妾も知らん」
蝶華もつい釣られて親指を立てている。
「ほれ。蝶華様もそうしよるっしょ?」
「う、うるさいぞよ。だ、黙って付いてくるぞよ」
つい釣られて親指を立ててしまったことに、顔を赤くする蝶華だった。
後ろを歩く毛大が、ホホホと笑う。
「いつ聞いても、二人のやりとりは、面白いの」
「珍爺は、黙っておれ」
「そうじゃ、そうじゃ」
「お主も、黙っておれ」
蝶華は、チヨリを横目で見る。
「へいへい」
「へいでのうて、はい ぞよ」
「は~い。ぞよ」
蝶華は、たまりかねてコツンとチヨリの頭を小突く。
「あて!痛いっしょ?蝶華様。何するっしょ?」
「お前との会話は疲れるぞよ。少し、黙るぞよ」
「こうっしょ?」
言うと、チヨリは口を固く閉ざすと、眉間に皺を寄せた。
「おお、それぞ、それ」
「・・・」
「ずっと、そうしてくれると助かるぞよ」
「・・・・」
「て言うても、息を止めんでも良いぞよ」
ぷはあああああ
大きく息を吐き出すチヨリは、やたら大袈裟に大きく肩で息をしている。
「は、早く、そ、そう言ってくれっしょ?し、死ぬとこっしょ」
「知らんわ」
「なあなあ」
話の切り替えの早いチヨリ。
「こ、今度は、なんぞよ?」
「アヤカ、マキノのこれじゃないっしょ?」
今度は、小指を立てるチヨリ。
「知らん、言うとるぞよ。本人に聞いてみるが良いぞよ」
「聞いても良いのか?」
「好きにせい」
「ほなら」
チヨリは、毛大に近づくと、真希乃の顔を覗き込む。
「ほええ、めんこい顔しとるがね。うちの好みだっしょ」
イヒヒとなるチヨリは、何を思ったのか、何も考えていないのか、唐突に声をかけた。
「なあなあ、マキノ。マキノは、アヤカのこれかいの?」
答えるはずもなく、眠りこけて目を開けない真希乃に反応がなかった。今度は、何を思ったのか真顔になり目を閉じて声をかけるチヨリだった。
天の声バージョンになるチヨリ。
「おおお、マキノよぉ。アヤカのこれでないのならぁ、沈黙を持って答えるが良いぃ、良いぃ、ょぃぃ、・・・」
木霊までしてみたが、無論、返事をするはずがない真希乃であったが、問いかけが卑怯であった。
「やったで、てことは女っ子募集中って、ことだぎゃな」
またしても、イヒヒとなるチヨリは、飛び跳ねて喜んでいる。
またしても、コツン
「これ、卑怯なことするでないぞよ」
「バレちったか」
呆れて額に手を当てる蝶華だが、ふとある疑問を抱いた。
「のお、チヨリよ。お前は天の声になると普通に話せるのに、なんで普通に話さんのじゃえ?」
「知らんわ、そないなもん。ようわからんちゃね。チヨリにも」
「いっそ、普段から、天の声で話したらどうじゃえ?」
「そんなもん、疲れるき、イヤじゃ」
ガックリと肩を落とす蝶華。
「そんなお前と話しとる、こっちの方が疲れるぞよ」
「じゃ、黙っとったらええに」
蝶華は、カチンと来て、振り返ると拳を振りかざしている。
「チ~ヨ~リ~。いい加減に・・・い」
蝶華をまるで見ていないチヨリは、真希乃に釘付けである。
「しっかし、めんこいのぉ。わしの男ん子にならんかの?そう思うっしょ?蝶華様も」
「呆れて物が言えんぞよ。妾は、自室で寝る。チヨリよ、珍爺をアヤカの部屋まで案内するぞよ」
チヨリの相手をして、疲れ果て肩を落とす蝶華は、のらりくらりと自室に向かっていった
真希乃を抱える毛大は、慌てている。
「お、おいおい、こら。美よ。チヨリを押し付ける気じゃ、あるまいのぉ」
自室に入りかけた蝶華が力なく振り返ると小声で言った。
「アヤカの部屋に行ったら、後はチヨリに任せておけば良いぞよ」
「そ、そんなもんかのぉ?」
やや不安になる毛大であった。
「爺よ、マキノを置いたら、妾の部屋で茶でもどうじゃ?先に行って持ってるぞよ」
蝶華は、言うとサッサと自室に入ってしまった。
「こ、コラコラ。待たんか、美よ。サッサと逃げよって。仕方がないのぉ。チヨリよ、部屋はどこじゃ?」
先を歩く、何か気づいたように立ち止まる。
「あ、とっくに通り過ぎておったじゃ」
「コレコレ、しゃんとせんかい」
少し戻った一つの部屋の前に立つチヨリ。
「ここにアヤカは、おるでよ。あとは、任しときや」
チヨリは言うと、毛大から真希乃を抱え上げようとする。
「おいおい、チヨリよ。いくらなんでもそなたの力では・・・あ」
毛大が言い切る前に、マキノを肩に軽々と背負うと、さっさと部屋の中へと入って行ってしまった。
「ほおおおお、あんな華奢な体のどこにあれだけの力があったのかのぉ」
呆気に取られ、感心している毛大は、長く伸びた髭を撫でている。はたとあることに気がついた毛大は、突然激怒した。
「だったら、早よ、手伝わんかい」
毛大は、もう知らんわとばかりに、蝶華の部屋へと向かった。
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