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第六夜 吸血巨乳 編

あの頃が懐かしい

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通い慣れた矢那さんの部屋。
「お、お邪魔します」
見慣れた部屋のはずが、今は違っていた。
「ど、どうぞ」
買い物袋をテーブルに置きながら千夜宇が言う。
恐る恐る、椅子に腰掛ける駿太は、なんとも、ぎこちなくよそよそしい。
今、矢那さんは売れないからと、エロい漫画を描いている。Hなシーンの描かれた原稿がデスクに置いてある。
それを慌てて見ないようにしながらひっくり返す千夜宇。

「よくお兄さんの部屋へは来るの?」
千夜宇は買い物袋から、物を取り出しては忙しく片付けている。
「今日は兄に買い物と部屋の片付けを頼まれたの。月に一度は、来てるかな」
「ぜんぜん、知らなかったよ。矢那さんとは、付き合い長いけど」
「わ、私も驚いたよ。話に聞いてた駿ちゃんがまさか駿太くんだったなんて」
「え?お兄さん、俺のこと、なんて言ってるの?」
その答えがすごく気になった。
動きが止まる千夜宇は、言いにくそうに下を向く。
「す、すごくHな奴だって。でも、すごくいい奴だって」
「そ、そうなんだ。Hなのは、当たってるかな」
手の甲で、顔の火照りを覚ます千夜宇。
「駿太くん、な、何か飲む?」
「そ、そうだね」
千夜宇の緊張が伝わってきて、駿太も異常なほど緊張していた。

キッチンの上の棚から、何か取り出そうと爪先立ちで、背を伸ばす千夜宇。背中に白いブラが透けて見える。
チビ太が反応しないわけがなかった。
おまけに、ひかがみから上に伸びる太ももが、さらにスケベ心を誘う。

昔、ふざけてつつきあっていた千夜宇の胸は、やや控えめだが程よい形にふくれていた。
ゴクリと固唾を飲む駿太。
視線が無意識に千夜宇のお尻に向いていた。
くびれたお腹が、余計にお尻を際立たせていて、スカートにうっすらと見えるパンTラインが駿太のスケベな気持ちを駆り立てていた。
あの頃教室で、隣同士になった俺たちは自然にイチャイチャしていた。
手を繋ぎ、何故か互いの淫部に引っ張り合う遊びを始めて、力任せにチビ太に押しつけたり、逆に力を抜き千夜宇のそこに触れていたことを思い返していた。
あの頃は、毛もないボッキもまだないHの意味など知らないウブな少年だった。

でも、今は違う。
またまた、固唾を飲む駿太。

コーヒーメーカーに、カップとカプセルをセットしてボタンを押す千夜宇。
「ちょ、ちょっと、ごめんね」
言うと、トイレに入る千夜宇。
水を流す音が聞こえる。その合間に用を足す千夜宇を想像する駿太。
次いで、ウォシュレットの音。
洗っている音、カラカラとトイレットペーパーを取る音。
最後にもう一度、水を流す音。
音だけで、息が苦しくなる駿太。

出てきた千夜宇も、照れて下を向いている。
それを見ないように目を背ける駿太。
「千夜宇ちゃん、今何してるの?」
「え?」
顔が赤くなる千夜宇。
「あ、いや、仕事?何してるのかなって」
胸を撫で下ろす千夜宇。
「い、今は、保母さんしてる」
似合っていた。母一人の片親だった千夜宇は、よく妹の面倒を見ていた。
「そういえば、妹さん。名前、なんだったっけ?ち、ちま・・」
千夜宇が、目を細めて笑う。
千舞宇ちまうだよ」
「あ、そうそう、千舞宇ちゃんか、相変わらずお転婆さんかな?」
「うん、今はスポーツクラブのインストラクターしてるよ」
これも、また似合っていた。
千夜宇を泣かせた時は、チビ玉を思い切り蹴られたものだった。
「お姉ちゃんも、少しは体を鍛えたらって、よく言われてる。合気道は、護身になるから絶対やった方がいいって、しつこくて」
「へえ、千舞宇ちゃん、合気道もやるんだ」
「うん、今では師範代になって教えてるよ」
「すごいな、それ。また、会ったら蹴られそうだな」
股間を抑える駿太。
慌てて目を背ける千夜宇。
「あ、こ、コーヒー、ミルクいる?」
ここで、ミサオになら、ミサオのミルクがいいなと、言っている所だ。
「あ、うん。もらうよ」
(あっぶね)
嫌われたくないと本能が、発する言葉を選んでいる。
向かい合わせに、コーヒーを持ち千夜宇が座る。
あ、駿太くん と あ、千夜宇ちゃん
が、重なった。
「先にどうぞ」
手を差し伸べる駿太。
「駿太くんから、どうぞ」
手を差し伸べる千夜宇。
「あ、あの・・・」
「う、うん。なに?」
駿太は、心の中で付き合ってる人はいるの?
推し出がましいことだったが、知りたかった。
次の言葉を待つ千夜宇。
「ち、千舞宇ちゃん、モテるんじゃない?」
何を聞き出すかと思えば、何聞いてんだよ、俺。
「ああ、うん、かなり」
「へえ、かなりって?」
「い、いつも、男の人が違うの」
「え?ああ、そうなんだ」
「私なんかと違って、おしゃべり上手いし、スタイルいいからね」
「何言ってるんだよ。千夜宇ちゃんだって、相変わらず、可愛い・・よ」
言ってしまった。
真っ赤な顔で目を見開き、真っ直ぐに駿太を見る千夜宇。
「あ、ありがと」
真っ赤な顔を隠すように下を向く千夜宇。
気まずい空気が流れている。
「テレビでも見る?」
千夜宇ちゃんが、テレビのボタンを押した。
[あ、イクッイクッ。あ、ダメ]
画面に、いきなり映し出される絡みのシーン。
ぶっと、吹き出すとこだった駿太。
CSチャンネルが、そのままだった。
千夜宇が立ち上がり慌ててボタンを押す。
音がグッと上がる。
さらに慌てる千夜宇を見て駿太が立ち上がり代わってリモコンを操作しようと手を伸ばす。
テーブルの足でつまずく駿太は、そのまま倒れ込み千夜宇を押し倒していた。
「きゃあ」
お互いの足が交差して、チビ太が千夜宇の太ももに乗るのがわかる。
床をつく両手の中に、千夜宇の顔があった。
一瞬、鼻先同士が当たった気がした。
着いた手の中に、リモコンを握る千夜宇の手があった。
チラリとそれを見て、赤いボタンを押す駿太。
静寂が、二人の時間を止める。
お互い、避けるでもなくそのままだった。
千夜宇の口から、小刻みに漏れてくる息。
思い出が、駿太の頭の中を千夜宇一色にしていた。
駿太は、千夜宇を見つめていた。
千夜宇の目が、駿太の両目を交互に見ると、落ち着いた顔で目を閉じた。
駿太が千夜宇の唇を見つめる。
微かに開いて、駿太を待っているようだった。
男なら、待たせてはいけない。行くんだ。Hな駿太が言う。
ゴクリと飲み込む固唾の音が、千夜宇に聞こえるようだった。
二人の吐く息が、熱く交差し合う距離。
微かに触れる唇と唇、逃げる様子がない千夜宇。
期待に苦しくなる胸に、閉じた手を胸に当てる千夜宇。
もう、進むしかなかった。
唇を重ねる駿太。

ピンポーン
二人は飛び上がり、各々が立ち上がる。
「は、はーい」
千夜宇が答える。バサバサと洋服をはらう千夜宇は髪を整える。
駿太も立ち上がって、飲みかけのコーヒーの前に腰掛ける。
千夜宇が扉を開くと、そこにはミサオがいた。
「あ、あれ?あ、シュンタ、来てませんか?」
「お、おう」
手を上げて、ここだよ と、合図をする駿太。
「やっぱ、ここか。あれ、矢那さんは?で、この子は?」
「あ、ああ、矢那さん、留守なんだよ。でこちら妹の千夜宇ちやうさん」
駿太は立ち上がり、コーヒーカップを流しに置いた。
「へえ、可愛い妹さんだね。お兄さんに似なくて良かったね」
「おいおい、ミサオ。それは矢那さんに失礼だよ」
「だね、シュンタの言う通りだ。ごめんなさいね千夜宇さん」
お互いを呼び捨てで呼び合う二人に自分の居場所がないような気がする千夜宇は、いえいえと手を振る。
「気にしないで下さい。兄も聴き慣れていることですから。あ、矢那千夜宇やなちやうと言います」
お辞儀をする千夜宇。
「シュンタと同居してる。ミサオです。今後ともよろしくね」
同居の言葉に、ショックを隠せない千夜宇。
「千夜宇ちゃん、コーヒーご馳走さま。また、お兄さん帰ってきたら顔出すね」
「う、うん、わかりました。兄が戻ったら伝えておきます」
よそよそしい言葉遣いの千夜宇。
嫌われたか、それも仕方のないことだな。と自分に言い聞かせる駿太。
「じゃあ、またね。千夜宇ちゃん」
「あ、うん、またね、苗場さん」
兄の知り合いに対しての、挨拶をする千夜宇は、ニコリとするがどこか寂しげだった。
後ろ髪を引かれる思いで、部屋を出る駿太。
すかさず、ミサオが口を開く。
「妹さん、あのビデオの子に似てたね」
言ってから、あっとなるミサオ。
「あ、ご、ごめん。また、余計なこと言っちゃった」
ミサオに言われることで、無意識に千夜宇を探し求めていた自分に気がつく駿太だった。
高校生の時に自殺してしまった子。アダルトビデオの子。その二人に共通するのが、千夜宇だった。

矢那の部屋で、流しに置かれたカップを見つめる千夜宇は、その縁を指でなぞると自分の唇に指を当て駿太を感じていた。
「・・・駿太・・・くん」
締め付ける胸に手を当てる千夜宇。あれからも、変わらず駿太を想い続けていた。
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