上 下
23 / 42
第六夜 吸血巨乳 編

駿太と露華

しおりを挟む
下着メーカー FITにとって今日は大事なイベントがある日だった。
S県の片田舎にある最近出来たばかりの大型イベント会場で、試作品の発表会が催される予定だった。
例の変死体事件現場がそう遠くない所にあった。
何もないこの一帯に大型の娯楽施設を建設することで、この地の活性化を図ろうとするものであった。
そのスタートとして、今回のイベントが企画されたのだ。
それほどの入場者もあまり期待出来ないと踏んだ企業側は、入場無料で制限なしの売り文句で宣伝をした所、予想外の入場者を迎え入れることになってしまった。
その理由として、メディアでも活躍中の伊香下露華いかしたろかが、モデルとして参加することが話題の火付け役になった。
下着姿の露華を見れるとあって、男女問わず多数の客が足を運んでいた。

会場に到着した。FITの従業員たちは、対応に追われながら着々と準備を急いでいた。

「そこ、椅子が足りないからもっと用意して」
井笠奈岩世いかさないわよ課長が、声を張り上げる。
戸黒真希とぐろまきも、一際ひときわ勇ましく声を出している。
「飾りつけ、どうなってるの?まだ、業者は来てないの?糸子、悪いけど確認してもらえる?」
「わかった、ちょっと、見てくる」
雲野糸子くものいとこは、搬入口に向かって走って行った。
そこへ、入れ替わるように後輩の毛衣地夜多乃もういちやたのが送迎から戻ってきた。
伊香下露華いかしたろか様、到着されました」
井笠奈課長が、ボヤく。
「なんとか、間に合ったわね。苗場くん、伊香下様の対応をお願い。夜多乃、ご苦労様、少し休んだら、入場口の応援に行ってもらえる?」
若い夜多乃に休憩は必要なかった。
「大丈夫です。このまま、行きます」
駆け出す夜多乃。
「無理しないで、水分くらい取るのよ」
井笠奈課長がねぎらいの言葉をかける。
はーいと、遠くなりながら答える夜多乃。
伊香下露華様 控室 と書かれたプレートのかかる扉の前まで来ると駿太が
「伊香下様、こちらでお待ち頂けますか?」
「もう、その呼び方はやめてって言ったじゃない」
「そうは、言われましても」
「私が、良いって言ってるのよ」
ふうと、ため息をつく駿太。
「わかったよ、露華」
笑みを浮かべる露華。
「うん、そうでなくちゃ」
「露華、悪いな。想定以上の入場者に予定が狂っちまってね。少し、待たせるかもしれない」
「構わないわ、その間、あなたが相手してくれるならね」
頭を掻く駿太。
「やっぱり、そう来るか」
駿太を困らせたくて仕方がない露華。
「ふふふ、冗談よ。私はここでのんびりしてるから、手伝いに行ってあげて」
「え?いいのか?」
「少しは、あなたの役にも立ちたいじゃない?さあ、行って」
でも、とコーヒーのカップに手を伸ばす駿太。
「コーヒーくらい、私にだって入れられるわよ」
カップにコーヒーを注ぐ露華が、ニヤリとしてみせる。
「悪い、待ってて」
手でごめんと、する駿太。
目を細め笑みを浮かべて手を振る露華。
「頑張ってきてね」
「ありがと」
出て行く駿太を見送る露華。
「普通に私のことを見てくれるのは、あなただけよ。駿太」
笑みを浮かべながら、コーヒーに映る自分を見る露華。
「それが、しゃくさわるんだけどね」
グイと、コーヒーを飲む露華。

飾りつけの業者も無事に到着して、午後四時開始になんとか間に合う見通しが着いて、皆が安堵を始める。
井笠奈課長が、パンパンと手を叩く。
「みんな聞いて、なんとか、軌道に乗ってきたから、この辺で一息付きたいと思います。入場者担当は、交代で休憩して下さい」

少し、遅めの昼食となった。
大きさの違う弁当を二つ持つ駿太は、露華の控室前に来ていた。
コンコン
「入るぞ、露華」
扉を開けると返事がなかった。
「あれ?どこ行ったんだ?」
テーブルに弁当を置くと奥のカーテンで仕切られた畳のある所を見る駿太。
「いるのか?入るぞ」
カーテンを開けると、何も羽織らずに横になって眠っている露華を見つける。
「露華、風邪ひくぞ」
そばにあった毛布を取ると、露華にかけてやる駿太。
待ってましたと、手で毛布を掴むと、頭まで潜ってしまう露華。
それを見て微笑む駿太は、出て行こうと背を向ける。
足首を掴まれて、びっくりして振り向く駿太。
「なんだ、起きてたのか?」
毛布にくるまり、体を起こして珍しく寂しそうな顔をする露華。
「駿太、少しで良いから一緒にいてくれない?」
「え?うん、いいよ」
露華に向かい合って、あぐらを組む駿太。
それを見て安心したのか、再び横になる露華。
「お弁当、どうする?」
「いらない」
「そう言わないで、少しくらい食べろよ」
ううん、と首を振る露華。
「お前のは、俺のより何倍も豪華なんだぞ」
「いいの、食べたくないから」
これ以上言っても無駄なようだ。
「そっか、わかった」
視線を横になる露華に向ける駿太。
露華が目の前の畳をパンパンと叩く。
「ここに来て」
「はいはい」
露華の目の前に坐る駿太。
すると、今度は自分の頭の下をパンパンと叩く露華。
「それは、無理だよ」
また、パンパンと叩く。
仕方なく立ち上がると、露華の頭の下であぐらを組む駿太。
その上に頭を乗せてくる露華。
「あ、ありがと」
露華は、そこまでしてくれるとは正直思っていなかったので顔を赤くしてチラリと駿太を見る
「いいよ、たまには」
駿太は視線は他を見ているが、その表情はとても優しいものだった。
今の二人に変な緊張感はなかった。
「疲れてるんだろ、少しくらいなら、こうしててやるよ」
「うん」
聞き取れないほど、か細い声の露華。
チクタクと、時計の音だけが響いている。
「ねえ・・・」
不意に口を開く露華。
「ん?」
「なんで、そんなに優しく出来るの?」
「え?」
「この間、あんなことがあったのに」
「あんなこと?何だっけ」
ふっと、顔が綻ぶ露華。
「そうだね、何もなかったよね」
「うん」
上を向く露華。
「私ね、たくさんの男と寝てきたわ。知ってるでしょ?」
「あ、う、うん、なんとなくはね」
「言い寄ってくる男たちは、全員受け入れたわ」
「よく それで体が持つな」
「・・バカ、そういう問題じゃないでしょ」
「Hが好きなんだろ?露華は」
「それだけじゃないよ。ほんとバカな人」
「そう、バカバカ言うなよ」
「バカだから、バカなんでしょ?」
「はいはい」
「時にはね、私の方から誘うこともあったよ。駿太にしたみたいに」
「え?そうだっけ?」
「それは、もういいよ」
「あ、ごめん」
「謝らなくて良いよ。ねえ、駿太」
「なに?」
「私がHしたいだけの女に見える?」
「んー、見えないな」
「え?」
「露華は、そんな女じゃないと思うよ」
「なんで、そう思うの?」
「あの時の、露華は真剣だったよ。こっちの心が折れるくらいにね」
「そうよ、そうやって、たくさんの男と寝てきたけど、一度も見つからなかった。一人くらいいると思ってたのに」
「何が見つからなかったんだよ」
「そんなこと、恥ずかしくて言えるわけがないじゃない」
真っ赤な顔で露華が言う。
「そうだな、悪い」
「でもね、あなたは違ったわ。思い切り私のことを拒絶してくれた。あんなの初めてだった」
頭を掻く駿太。
「あ、いや、傷つけるつもりは、なかったんだよ。傷つけたのなら謝るよ。ごめん」
仰向けで駿太を見る露華。
「謝らないで、傷ついたりなんかしてないんだから」
「なら、良かった」
「聞いて駿太。私ね、あの時、見つけたんだ」
「ん?」
「それで、今日、それを確信出来たの」
「何をさ?」
「それこそ、言えないわよ。バカ」
「はいはい」
真面目な顔で、しかも困った顔をする露華。
「ねえ・・・キスして」
「え?あ、いや、それは」
毛布に潜り込む露華。
「言ってみただけよ、ほんとバカ」
毛布に潜り込んだままの露華。
「はい、もういいわ。ありがと。さあ、もう出てってよ」
「ええええ」
「お弁当、私食べないから、私のも食べちゃっていいから」
「もう良いのかよ」
「良いに決まってるでしょ。だから、出てけって言ってるの」
「わかった、少し休みな。露華、ショーよろしくな」
「そのために来たんだから、心配しないで」
立ち上がると駿太。
「じゃ、遠慮なく二つとも頂くぜ、弁当」
毛布がコクリと動く。
「そこのテーブル使っていいから、食べたらそのまま置いてって」
「うん、そうさせてもらうよ」
シャーと、音を立ててカーテンが閉まる。
ガサガサと、ビニールを開く音。
「うほっ、美味そう。すっげ、海老まで入ってる」
「ほんとに、食べちゃうぞ」
「いらない」
「おっ、露華の好きなクリームコロッケが入ってる」
「え?あ、いらないわよ」
カーテン越しの会話は続く。
(なんで、私がクリームコロッケ好きなの知ってるのよ)
「待て待て待て、おおっとこれは、懐かしのナポリタンではないかぁ。いいのか?食べちゃうぞ」
「ああ、もう、うるさい。しつこい。食べないったら食べないの」

「あっそ、では、遠慮なく頂くぜぇ」
「勝手にすれば」
「じゃ、勝手にする。まずは海老から、うわ、これでけえな」
ムシャムシャと食べる音。
ぐ~~と、微かにお腹のなる音。
慌てて、それを隠そうとする露華。
「マジ、うめえ、さて、いよいよ、いよいよ、クリームコロッケちゃんを口に入れてだな」
モシャモシャと食べる駿太。

鳴るお腹との葛藤をする露華。
「うへー、美味かった。マジ、最高。露華、ご馳走さん」
シーシーと、爪楊枝で歯の隙間を掃除する駿太。
「美味しく食べれて良かったわね」
「それじゃ、また後で呼びに来るからな。コーヒー淹れておいたから、それくらい飲めよ」
「大きなお世話じゃ」
「あははは、わかったよ。また、後でな」
扉が開きバタンと閉まる。
静けさが駿太がいなくなったことを教えている。ゴソゴソと動き出す露華。
シャーと、カーテンが開かれる。
「少しくらい残しなさいよね。バカ」
空になった弁当を見る露華。
その横に、少し大きめの弁当があった。蓋にメモが貼られていた。
手に取って、それを読む露華。
「あの・・・バカ」
露華は口元を手で覆うと肩を震わせる。
メモが、ポタリポタリと濡れて色を変える。
《ちゃんと、食べろよ。でないとガイコツになるぞ。いつでも、連絡してくれ  古き友人より》
メモの下の弁当は、まるで手つかずであった。
「ほんと、・・バカなんだから」
嬉し泣きする露華。
弁当の蓋を取り、海老を頬張る。
「うん、美味しい。こういうの、好きな人と食べれたら、もっと美味しくなるんだろうな。駿太、好きかな、これ」
続いて、クリームコロッケを箸で割ると、突いて口の中に入れる。
「うま、ここの美味いわね。この店調べて、お土産にしようっと」
「そういえば、何であいつ知ってたんだろう。私がクリームコロッケが好きなこと」
少し食べて蓋をする露華。
「残りは終わってからに」
お腹をさすって気にする露華。
思い切り万歳をして、大きく深呼吸をする露華。
「よしっ、さあ、全てはこれからよ。待っててね、駿太」
しおりを挟む

処理中です...