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探掘屋の少女3
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まもなく通路向こうから現れたのは、人の形をしたものだ。
形だけをみれば、下働きをするメイドのような造形をしていた。
ぼろぼろにすり切れた暗色のワンピースと、元は白かったであろう褐色のエプロンを身につけている。だがそれは上半身だけで、下半身は複数の車輪で構成されており露出している肌も硬質な滑らかさを持っていた。
その物体は、頭部についた視覚センサでムジカとその周辺にまき散らされた粉じんに目をとめると、長年手入れをされていない軋みを響かせながら、硬質な声を再生する。
『オ掃除……イタ、イタシ、マス……』
「ビンゴ!」
小さく声を上げたムジカは手ごろな位置で立ち止まった。
人の形を摸していながらいびつで無機質なそれは、黄金期を代表する遺物、奇械だった。
奇械は体内に内蔵されたエーテル回路によって半永久的に動くバネと歯車と、高度な錬金術で構成されたからくりだ。エーテル結晶を動力源にしているため丈夫なそれらは人に忠実であるように造られ、当時は様々な分野で人の代わりとなって働いたらしい。中には一度命令を下せば、自ら判断して行動できる奇械も存在したという。現在でも比較的状態のよい奇械は、都市の至る所で働いていた。
が、それは適切に整備と調律をしていればの話だ。
主人となる指揮者を失い、自己整備だけでは補いきれないエラーを数百年にわたって蓄積した機体は、植え付けられた基礎概念を果たせずに自己矛盾を引き起こし、周囲に危害をまき散らしていた。
奇械はたとえ下級の使用人型であろうとも人間の何倍もの破壊力を秘めている。
この使用人型奇械も同様だ。車輪の挙動がおかしく、本来ならば掃除機を使うところ、スカートの一部を広げて取り出したのは高圧洗浄機だ。液体は水だが、熱湯を高圧で噴射されればやけどではすまない。
それでもムジカは使用人型を観察し確認していた。
頭部にはまった視覚センサの色は橙色、所有者未登録の証だ。
「使用人型なら、いけるはず」
高圧洗浄機を振り回しつつ徐々に近づいてくる使用人型を見据えながら、ムジカはゆっくりと息を吐きだした。これから使うのはムジカの奥の手だ。
意識するだけでどろりとあふれかける感情を押し込める。
心を落ち着かせろ、不安はのどを締め付ける。
胸に抱くのであれば決意を、断固とした力強さを。相手に響かせる美しさを。
そしてムジカは息を吸い、眼前の奇械へ向けて朗々と歌った。
『我は星 其方は月 帳に寄り添い慕う者
其方は宵闇 我は朝日 黎明導き歌う者』
韻を踏み、高く低く通路に響き渡るのは、自律人形である奇械へと干渉するための指揮歌だった。
特殊な発声法で紡がれる指揮歌に周囲のエーテル結晶まで反応し、淡い緑の光があたりを照らす。
『祈りを胸に 煌輝をこの手に
月に夜明けの安らぎを』
とうに異常を来していたはずの使用人型が高圧洗浄機を止め、戸惑うように車輪の回転を緩めた。
奇械への指示は音声入力が一般的だが、もちろん主人として登録された人間にしか操作は不可能であり、なにより専用の入力装置を通さねば作用しない。
だが、ムジカは指揮歌を歌うだけで、一時的にだが本来ならば登録した指揮者にしか干渉権がないはずの奇械を鎮められるのだった。
最後の一音を奏で終えたムジカが青の瞳で見据える前で、使用人型は3ヤード(約3メートル)ほど離れた場所で停止した。そして関節をきしませながら、両手でぼろぼろのスカートをつまんで頭を下げる。視覚センサは緑色に染まっていた。
完全な恭順の姿勢に、ムジカは指揮歌が効力を発揮したことを知って息をつき苦笑した。
「ほんとこんなの、ほかの探掘屋には見せられねぇわ」
探掘屋にとってのどから手が出るほど欲しい能力だ。
奇械に干渉するために必要な変声器は、バーシェの中層部に家一軒買えるほどの値段がする。それをムジカは自由に使えるのだ。
見つかれば最後、袋だたきに合うか順繰りに使役されることになるだろう。下手すると貸し出し契約なぞを結ばされて、ムジカの意思とは関係なく歌わされる。
そんなのは冗談じゃない。
「あたしは、なるべく使いたくないのにさ」
『ゴ主人様、ゴメイレイヲ』
「ああ、悪い。お前を無視したわけじゃないんだ」
奇械には思考能力はあっても意思はない。わかっていても、ムジカは少女をもした使用人型に笑いかけてみせる。
何十年、下手すると何百年もさまよっていたのだ。ひとときのつきあいだとしても、 願うからには誠意を尽くしたい。
「おう、じゃあ、この階層から抜けられるルートを教えて……」
くれ。と言いかけたムジカの声は、使用人型が通路の壁に叩きつけられる轟音でかき消された。
形だけをみれば、下働きをするメイドのような造形をしていた。
ぼろぼろにすり切れた暗色のワンピースと、元は白かったであろう褐色のエプロンを身につけている。だがそれは上半身だけで、下半身は複数の車輪で構成されており露出している肌も硬質な滑らかさを持っていた。
その物体は、頭部についた視覚センサでムジカとその周辺にまき散らされた粉じんに目をとめると、長年手入れをされていない軋みを響かせながら、硬質な声を再生する。
『オ掃除……イタ、イタシ、マス……』
「ビンゴ!」
小さく声を上げたムジカは手ごろな位置で立ち止まった。
人の形を摸していながらいびつで無機質なそれは、黄金期を代表する遺物、奇械だった。
奇械は体内に内蔵されたエーテル回路によって半永久的に動くバネと歯車と、高度な錬金術で構成されたからくりだ。エーテル結晶を動力源にしているため丈夫なそれらは人に忠実であるように造られ、当時は様々な分野で人の代わりとなって働いたらしい。中には一度命令を下せば、自ら判断して行動できる奇械も存在したという。現在でも比較的状態のよい奇械は、都市の至る所で働いていた。
が、それは適切に整備と調律をしていればの話だ。
主人となる指揮者を失い、自己整備だけでは補いきれないエラーを数百年にわたって蓄積した機体は、植え付けられた基礎概念を果たせずに自己矛盾を引き起こし、周囲に危害をまき散らしていた。
奇械はたとえ下級の使用人型であろうとも人間の何倍もの破壊力を秘めている。
この使用人型奇械も同様だ。車輪の挙動がおかしく、本来ならば掃除機を使うところ、スカートの一部を広げて取り出したのは高圧洗浄機だ。液体は水だが、熱湯を高圧で噴射されればやけどではすまない。
それでもムジカは使用人型を観察し確認していた。
頭部にはまった視覚センサの色は橙色、所有者未登録の証だ。
「使用人型なら、いけるはず」
高圧洗浄機を振り回しつつ徐々に近づいてくる使用人型を見据えながら、ムジカはゆっくりと息を吐きだした。これから使うのはムジカの奥の手だ。
意識するだけでどろりとあふれかける感情を押し込める。
心を落ち着かせろ、不安はのどを締め付ける。
胸に抱くのであれば決意を、断固とした力強さを。相手に響かせる美しさを。
そしてムジカは息を吸い、眼前の奇械へ向けて朗々と歌った。
『我は星 其方は月 帳に寄り添い慕う者
其方は宵闇 我は朝日 黎明導き歌う者』
韻を踏み、高く低く通路に響き渡るのは、自律人形である奇械へと干渉するための指揮歌だった。
特殊な発声法で紡がれる指揮歌に周囲のエーテル結晶まで反応し、淡い緑の光があたりを照らす。
『祈りを胸に 煌輝をこの手に
月に夜明けの安らぎを』
とうに異常を来していたはずの使用人型が高圧洗浄機を止め、戸惑うように車輪の回転を緩めた。
奇械への指示は音声入力が一般的だが、もちろん主人として登録された人間にしか操作は不可能であり、なにより専用の入力装置を通さねば作用しない。
だが、ムジカは指揮歌を歌うだけで、一時的にだが本来ならば登録した指揮者にしか干渉権がないはずの奇械を鎮められるのだった。
最後の一音を奏で終えたムジカが青の瞳で見据える前で、使用人型は3ヤード(約3メートル)ほど離れた場所で停止した。そして関節をきしませながら、両手でぼろぼろのスカートをつまんで頭を下げる。視覚センサは緑色に染まっていた。
完全な恭順の姿勢に、ムジカは指揮歌が効力を発揮したことを知って息をつき苦笑した。
「ほんとこんなの、ほかの探掘屋には見せられねぇわ」
探掘屋にとってのどから手が出るほど欲しい能力だ。
奇械に干渉するために必要な変声器は、バーシェの中層部に家一軒買えるほどの値段がする。それをムジカは自由に使えるのだ。
見つかれば最後、袋だたきに合うか順繰りに使役されることになるだろう。下手すると貸し出し契約なぞを結ばされて、ムジカの意思とは関係なく歌わされる。
そんなのは冗談じゃない。
「あたしは、なるべく使いたくないのにさ」
『ゴ主人様、ゴメイレイヲ』
「ああ、悪い。お前を無視したわけじゃないんだ」
奇械には思考能力はあっても意思はない。わかっていても、ムジカは少女をもした使用人型に笑いかけてみせる。
何十年、下手すると何百年もさまよっていたのだ。ひとときのつきあいだとしても、 願うからには誠意を尽くしたい。
「おう、じゃあ、この階層から抜けられるルートを教えて……」
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