4 / 78
探掘屋の少女3
しおりを挟む
まもなく通路向こうから現れたのは、人の形をしたものだ。
形だけをみれば、下働きをするメイドのような造形をしていた。
ぼろぼろにすり切れた暗色のワンピースと、元は白かったであろう褐色のエプロンを身につけている。だがそれは上半身だけで、下半身は複数の車輪で構成されており露出している肌も硬質な滑らかさを持っていた。
その物体は、頭部についた視覚センサでムジカとその周辺にまき散らされた粉じんに目をとめると、長年手入れをされていない軋みを響かせながら、硬質な声を再生する。
『オ掃除……イタ、イタシ、マス……』
「ビンゴ!」
小さく声を上げたムジカは手ごろな位置で立ち止まった。
人の形を摸していながらいびつで無機質なそれは、黄金期を代表する遺物、奇械だった。
奇械は体内に内蔵されたエーテル回路によって半永久的に動くバネと歯車と、高度な錬金術で構成されたからくりだ。エーテル結晶を動力源にしているため丈夫なそれらは人に忠実であるように造られ、当時は様々な分野で人の代わりとなって働いたらしい。中には一度命令を下せば、自ら判断して行動できる奇械も存在したという。現在でも比較的状態のよい奇械は、都市の至る所で働いていた。
が、それは適切に整備と調律をしていればの話だ。
主人となる指揮者を失い、自己整備だけでは補いきれないエラーを数百年にわたって蓄積した機体は、植え付けられた基礎概念を果たせずに自己矛盾を引き起こし、周囲に危害をまき散らしていた。
奇械はたとえ下級の使用人型であろうとも人間の何倍もの破壊力を秘めている。
この使用人型奇械も同様だ。車輪の挙動がおかしく、本来ならば掃除機を使うところ、スカートの一部を広げて取り出したのは高圧洗浄機だ。液体は水だが、熱湯を高圧で噴射されればやけどではすまない。
それでもムジカは使用人型を観察し確認していた。
頭部にはまった視覚センサの色は橙色、所有者未登録の証だ。
「使用人型なら、いけるはず」
高圧洗浄機を振り回しつつ徐々に近づいてくる使用人型を見据えながら、ムジカはゆっくりと息を吐きだした。これから使うのはムジカの奥の手だ。
意識するだけでどろりとあふれかける感情を押し込める。
心を落ち着かせろ、不安はのどを締め付ける。
胸に抱くのであれば決意を、断固とした力強さを。相手に響かせる美しさを。
そしてムジカは息を吸い、眼前の奇械へ向けて朗々と歌った。
『我は星 其方は月 帳に寄り添い慕う者
其方は宵闇 我は朝日 黎明導き歌う者』
韻を踏み、高く低く通路に響き渡るのは、自律人形である奇械へと干渉するための指揮歌だった。
特殊な発声法で紡がれる指揮歌に周囲のエーテル結晶まで反応し、淡い緑の光があたりを照らす。
『祈りを胸に 煌輝をこの手に
月に夜明けの安らぎを』
とうに異常を来していたはずの使用人型が高圧洗浄機を止め、戸惑うように車輪の回転を緩めた。
奇械への指示は音声入力が一般的だが、もちろん主人として登録された人間にしか操作は不可能であり、なにより専用の入力装置を通さねば作用しない。
だが、ムジカは指揮歌を歌うだけで、一時的にだが本来ならば登録した指揮者にしか干渉権がないはずの奇械を鎮められるのだった。
最後の一音を奏で終えたムジカが青の瞳で見据える前で、使用人型は3ヤード(約3メートル)ほど離れた場所で停止した。そして関節をきしませながら、両手でぼろぼろのスカートをつまんで頭を下げる。視覚センサは緑色に染まっていた。
完全な恭順の姿勢に、ムジカは指揮歌が効力を発揮したことを知って息をつき苦笑した。
「ほんとこんなの、ほかの探掘屋には見せられねぇわ」
探掘屋にとってのどから手が出るほど欲しい能力だ。
奇械に干渉するために必要な変声器は、バーシェの中層部に家一軒買えるほどの値段がする。それをムジカは自由に使えるのだ。
見つかれば最後、袋だたきに合うか順繰りに使役されることになるだろう。下手すると貸し出し契約なぞを結ばされて、ムジカの意思とは関係なく歌わされる。
そんなのは冗談じゃない。
「あたしは、なるべく使いたくないのにさ」
『ゴ主人様、ゴメイレイヲ』
「ああ、悪い。お前を無視したわけじゃないんだ」
奇械には思考能力はあっても意思はない。わかっていても、ムジカは少女をもした使用人型に笑いかけてみせる。
何十年、下手すると何百年もさまよっていたのだ。ひとときのつきあいだとしても、 願うからには誠意を尽くしたい。
「おう、じゃあ、この階層から抜けられるルートを教えて……」
くれ。と言いかけたムジカの声は、使用人型が通路の壁に叩きつけられる轟音でかき消された。
形だけをみれば、下働きをするメイドのような造形をしていた。
ぼろぼろにすり切れた暗色のワンピースと、元は白かったであろう褐色のエプロンを身につけている。だがそれは上半身だけで、下半身は複数の車輪で構成されており露出している肌も硬質な滑らかさを持っていた。
その物体は、頭部についた視覚センサでムジカとその周辺にまき散らされた粉じんに目をとめると、長年手入れをされていない軋みを響かせながら、硬質な声を再生する。
『オ掃除……イタ、イタシ、マス……』
「ビンゴ!」
小さく声を上げたムジカは手ごろな位置で立ち止まった。
人の形を摸していながらいびつで無機質なそれは、黄金期を代表する遺物、奇械だった。
奇械は体内に内蔵されたエーテル回路によって半永久的に動くバネと歯車と、高度な錬金術で構成されたからくりだ。エーテル結晶を動力源にしているため丈夫なそれらは人に忠実であるように造られ、当時は様々な分野で人の代わりとなって働いたらしい。中には一度命令を下せば、自ら判断して行動できる奇械も存在したという。現在でも比較的状態のよい奇械は、都市の至る所で働いていた。
が、それは適切に整備と調律をしていればの話だ。
主人となる指揮者を失い、自己整備だけでは補いきれないエラーを数百年にわたって蓄積した機体は、植え付けられた基礎概念を果たせずに自己矛盾を引き起こし、周囲に危害をまき散らしていた。
奇械はたとえ下級の使用人型であろうとも人間の何倍もの破壊力を秘めている。
この使用人型奇械も同様だ。車輪の挙動がおかしく、本来ならば掃除機を使うところ、スカートの一部を広げて取り出したのは高圧洗浄機だ。液体は水だが、熱湯を高圧で噴射されればやけどではすまない。
それでもムジカは使用人型を観察し確認していた。
頭部にはまった視覚センサの色は橙色、所有者未登録の証だ。
「使用人型なら、いけるはず」
高圧洗浄機を振り回しつつ徐々に近づいてくる使用人型を見据えながら、ムジカはゆっくりと息を吐きだした。これから使うのはムジカの奥の手だ。
意識するだけでどろりとあふれかける感情を押し込める。
心を落ち着かせろ、不安はのどを締め付ける。
胸に抱くのであれば決意を、断固とした力強さを。相手に響かせる美しさを。
そしてムジカは息を吸い、眼前の奇械へ向けて朗々と歌った。
『我は星 其方は月 帳に寄り添い慕う者
其方は宵闇 我は朝日 黎明導き歌う者』
韻を踏み、高く低く通路に響き渡るのは、自律人形である奇械へと干渉するための指揮歌だった。
特殊な発声法で紡がれる指揮歌に周囲のエーテル結晶まで反応し、淡い緑の光があたりを照らす。
『祈りを胸に 煌輝をこの手に
月に夜明けの安らぎを』
とうに異常を来していたはずの使用人型が高圧洗浄機を止め、戸惑うように車輪の回転を緩めた。
奇械への指示は音声入力が一般的だが、もちろん主人として登録された人間にしか操作は不可能であり、なにより専用の入力装置を通さねば作用しない。
だが、ムジカは指揮歌を歌うだけで、一時的にだが本来ならば登録した指揮者にしか干渉権がないはずの奇械を鎮められるのだった。
最後の一音を奏で終えたムジカが青の瞳で見据える前で、使用人型は3ヤード(約3メートル)ほど離れた場所で停止した。そして関節をきしませながら、両手でぼろぼろのスカートをつまんで頭を下げる。視覚センサは緑色に染まっていた。
完全な恭順の姿勢に、ムジカは指揮歌が効力を発揮したことを知って息をつき苦笑した。
「ほんとこんなの、ほかの探掘屋には見せられねぇわ」
探掘屋にとってのどから手が出るほど欲しい能力だ。
奇械に干渉するために必要な変声器は、バーシェの中層部に家一軒買えるほどの値段がする。それをムジカは自由に使えるのだ。
見つかれば最後、袋だたきに合うか順繰りに使役されることになるだろう。下手すると貸し出し契約なぞを結ばされて、ムジカの意思とは関係なく歌わされる。
そんなのは冗談じゃない。
「あたしは、なるべく使いたくないのにさ」
『ゴ主人様、ゴメイレイヲ』
「ああ、悪い。お前を無視したわけじゃないんだ」
奇械には思考能力はあっても意思はない。わかっていても、ムジカは少女をもした使用人型に笑いかけてみせる。
何十年、下手すると何百年もさまよっていたのだ。ひとときのつきあいだとしても、 願うからには誠意を尽くしたい。
「おう、じゃあ、この階層から抜けられるルートを教えて……」
くれ。と言いかけたムジカの声は、使用人型が通路の壁に叩きつけられる轟音でかき消された。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる