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逃走2
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ラスが降り立ったのは、ムジカの部屋があるフラットの屋上だった。共有スペースとなっているため、階段ですぐに降りることができる。
華奢なかかとの靴とかさばるドレスに苦慮しながら階段を降りて、部屋に入ったとたんムジカはほうっと息をついた。
古びて壁が黄ばんでいたり、雑多にものが転がっていたりするが、それでもここが自分の居場所だと思うと安心できた。
「あーくっそ、装備品また買い直しか。というかこのドレスの代金請求されても払わねえぞ」
独り言で気を紛らわせ、結い上げられた髪をくしゃくしゃとほどきながら着替えに部屋へ行く。だが窮屈な服は構造がよくわからず、悪戦苦闘したあげく背中にボタンがついていることに気がついてげんなりした。
「ご令嬢は毎度こんなもんを着てるのかよ……」
ナイフで裂いてしまおうかとも考えたが、これだけ仕立ての良いものなら古着で売れる。仕方なく手伝いを頼もうと部屋を出て声をかけようとした。
重いものが転がる音と振動。
盛大なそれに驚いて聞こえた居間へと向かえば、ソファとテーブルの間にラスが倒れていた。
「ラスっ!? どうした!?」
気鬱さも忘れ、ムジカはかさばるドレスをたくし上げて駆け寄った。
ラスはムジカを見上げようと、腕を使って上半身を持ち上げようとするが失敗する。そんな人形めいたぎこちない動きは初めてだ。
ムジカは胸が引き絞られるような動揺に混乱しながらも、彼のそばに膝をついた。にもかかわらず、首だけをこちらに向けたラスの声はいつもと変わらなかった。
「申し訳ありません。動力不足です」
「は、お前、空気中のエーテルエネルギーで十分だって……」
「省エネルギー稼動をしていたため問題ありませんでした。ですが今回は緊急事態と判断し予備動力まで使用したため、強制機能制限がかかりました。解除予測時間は36時間です」
「そんなに時間がかかるのか!?」
「予備動力も微少だったため、現在残存しているエーテルエネルギーは3%です。会話は可能ですが最低限の移動ができるまでしばらくお待ちください」
そこまで枯渇していたことに気づかず愕然としたムジカは、ふと疑問に思う。
どのような奇械でもエネルギーが一定値を下回れば、エネルギー補給を要請してくる。その要請をごまかして、ぎりぎりまで補給しない不届きな所有者もいるが、たいていは十全な機能を発揮できるよう2日に1度は精製されたエーテル結晶か液化エーテル燃料が必要だ。
自律兵器は高度な稼働ができる分特に燃費が悪いものだというのが常識なため、さらにこまめな補給が必要なはずだった。
ムジカは初期の頃にラスが自己申告した言葉を真に受けて、特に何もしてこなかった。なぜなら、奇械が自分の生命線に関わることに虚偽の申告をする必要がないからだ。
しかし、嘘をつくかも知れないという疑念を持った今のムジカは悟ってしまった。
「もしかして、ずっと前から必要動力が足りなくなっていたんじゃないか」
どんな反応も見逃すまいとムジカが注視する必要もなく、ラスは言いよどむように沈黙した。
「……肯定です」
秘密を持たれていた。
その返答に、ムジカは今の今までため込んでいた苛立ちを爆発させた。
華奢なかかとの靴とかさばるドレスに苦慮しながら階段を降りて、部屋に入ったとたんムジカはほうっと息をついた。
古びて壁が黄ばんでいたり、雑多にものが転がっていたりするが、それでもここが自分の居場所だと思うと安心できた。
「あーくっそ、装備品また買い直しか。というかこのドレスの代金請求されても払わねえぞ」
独り言で気を紛らわせ、結い上げられた髪をくしゃくしゃとほどきながら着替えに部屋へ行く。だが窮屈な服は構造がよくわからず、悪戦苦闘したあげく背中にボタンがついていることに気がついてげんなりした。
「ご令嬢は毎度こんなもんを着てるのかよ……」
ナイフで裂いてしまおうかとも考えたが、これだけ仕立ての良いものなら古着で売れる。仕方なく手伝いを頼もうと部屋を出て声をかけようとした。
重いものが転がる音と振動。
盛大なそれに驚いて聞こえた居間へと向かえば、ソファとテーブルの間にラスが倒れていた。
「ラスっ!? どうした!?」
気鬱さも忘れ、ムジカはかさばるドレスをたくし上げて駆け寄った。
ラスはムジカを見上げようと、腕を使って上半身を持ち上げようとするが失敗する。そんな人形めいたぎこちない動きは初めてだ。
ムジカは胸が引き絞られるような動揺に混乱しながらも、彼のそばに膝をついた。にもかかわらず、首だけをこちらに向けたラスの声はいつもと変わらなかった。
「申し訳ありません。動力不足です」
「は、お前、空気中のエーテルエネルギーで十分だって……」
「省エネルギー稼動をしていたため問題ありませんでした。ですが今回は緊急事態と判断し予備動力まで使用したため、強制機能制限がかかりました。解除予測時間は36時間です」
「そんなに時間がかかるのか!?」
「予備動力も微少だったため、現在残存しているエーテルエネルギーは3%です。会話は可能ですが最低限の移動ができるまでしばらくお待ちください」
そこまで枯渇していたことに気づかず愕然としたムジカは、ふと疑問に思う。
どのような奇械でもエネルギーが一定値を下回れば、エネルギー補給を要請してくる。その要請をごまかして、ぎりぎりまで補給しない不届きな所有者もいるが、たいていは十全な機能を発揮できるよう2日に1度は精製されたエーテル結晶か液化エーテル燃料が必要だ。
自律兵器は高度な稼働ができる分特に燃費が悪いものだというのが常識なため、さらにこまめな補給が必要なはずだった。
ムジカは初期の頃にラスが自己申告した言葉を真に受けて、特に何もしてこなかった。なぜなら、奇械が自分の生命線に関わることに虚偽の申告をする必要がないからだ。
しかし、嘘をつくかも知れないという疑念を持った今のムジカは悟ってしまった。
「もしかして、ずっと前から必要動力が足りなくなっていたんじゃないか」
どんな反応も見逃すまいとムジカが注視する必要もなく、ラスは言いよどむように沈黙した。
「……肯定です」
秘密を持たれていた。
その返答に、ムジカは今の今までため込んでいた苛立ちを爆発させた。
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