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2巻
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しおりを挟む第一章 人魚編
その一 港町の名物です。
三十歳の誕生日に異世界へ勇者として召喚されたあげく、男と間違われつつ王様業をやるなんて、人生何があるかわからないもんだ。
さらに、山のようなお見合いを押しつけられるとは思わなかったし、やけ酒ついでにかっくらった魔法薬で、推定十歳の銀髪碧眼美少女になるなんてわけわからん。
だがそのおかげで私、三上祈里はただいま異世界お忍び旅を満喫していた。
いやぁ、ここに来るまでに紆余曲折あったけどね。
見た目のせいで移動が難しかったり、主に酒を飲めなかったり!
だがそれも、途中で捕まえたお供の傭兵、ライゼンのおかげで解消したもんだ。
ライゼン・ハーレイ。私的に世界で一番旅が似合いそうな名字の彼は、二十歳の青年だ。
彼は旅の連れとして申し分ないだけでなく、私が勇者王だと知った後も態度を変えなかった貴重な人物である。
道中なぜか盗賊をぶっ飛ばしたり、瘴魔をぶっ飛ばしたり、ぼんくら領主をつるし上げたり観光以外の事もしていたけど、それはそれ。
私達はスイマリアで開催される天燈祭を目指して旅を続け、隣国カローエに入ったのだった。
☆ ☆ ☆
「青い空、白い雲、そして……」
くるっと回って銀の髪をなびかせた私は、水平線がどこまでも広がる海洋へ雄叫びを上げた。
「煌めく海、だ――――‼」
今、私はカローエ国にある港町、ヴェッサにいた。
このあたりは夏でも過ごしやすい気候なのだが、海辺だから日差しも強いしさすがに暑い。
しかし視界に収まらないほど広々とした港には、様式も大きさも様々な船が船首をつらねていて壮観だ。
この港はカローエの中で一番大きく漁業が盛んな上、貿易船の補給地点としても頻繁に利用されている。つまりはめちゃくちゃ人が集まって賑わっているのだ。
私が青空に拳を突き上げている間も、様々な種族の船員や商人が行き交っている。
ほんほんさすがに獣人系の種族も多いな。あれは大陸の向こうから来ている人じゃないか! 服の様式が違うぞわあすげえ!
ふっ、こんな風にはしゃいでいても大丈夫。
だって今の私は推定十歳児! どこか微笑ましげな船員達の視線さえスルーすれば、まったく問題ない!
と言うわけで遠慮なくお上りさんをしつつ、樽のひとつに座って足をぶらぶらさせていると、ライゼンが戻ってきた。
「祈里、船便が取れたぞ。出港は二日後だが、長くとも三日でスイマリアに着くらしい」
「いよっしゃ! 天燈祭には間に合いそうだね」
私は弾んだ気分で樽から飛び下りた。
順調かと思っていた私達のお忍び旅だが、石城迷宮の主であるカルモの所に滞在した事から、徒歩だと間に合うかぎりぎりな行程になっていた。
どうしたものかと悩んでいた時、私はこの港町ヴェッサの事を思い出したのだ。
ヴェッサには旅船も寄港するから、スイマリア行きの船もあるかもしれない。どうせ道すがらだと一縷の望みにかけた結果、見事大当たりしたのだった。
「最後の二席だった。天燈祭が近いからこの時期はスイマリアへの船便が埋まってしまうそうだが、今回は席の埋まりが比較的緩やかだったらしい」
「その幸運に感謝しないとね」
ふふふ、ツイているぞ。運命ですら私達の旅路を応援していると言っても過言じゃない!
船は少々高いけれども、カルモに山ほど押しつけられた魔力結晶のおかげで旅費の心配はいらないのだ。
出航まで二日待ったとしても、スイマリアへは三日で着く。陸路で行くと、大回りになって十日はかかるからこの差は大きいぞ。祭りは始まる数日前から面白いもんだと相場が決まっている!
「宿が密集している区域があるらしい。今日はそこで宿を取るぞ」
「おうさぁ!」
「……妙に生き生きしてないか」
ライゼンにいつものごとくいぶかしそうな顔をされたが、今回はまっとうな理由があるんだぞ。
「だって港なら! おいしいお魚が食べられるだろうっ‼」
港町と言えば新鮮でおいしいお魚が、お安く手に入ると決まっている! そう私がなぜ隣国の港町を知っていたかと言えば、魚が手に入る場所だったからなのだ。
シンプルに塩を振って焼いた魚はそれはそれでおいしいし、蒸し焼きや煮込みも味わいたい! と言うか直火の焼き魚の香ばしさは半端ない。
宿の夕ご飯を断って、自分で焼き魚大会としゃれ込もうと画策しているくらいだ。
イカもタコも貝も食べたい。焼くだけなら私でもなんとかなるから、レモン振りかけてかぶりつきたい。そこにビールがあれば言う事はない!
できれば刺身が食べたいところだけど、夏場の今はさすがにやめといたほうがいいかなあ。
それくらいの頭はある。いや食べたいけど、釣りたてならありか……?
ほくそ笑んでいる私が食欲魔人になっているのがわかったのだろう、ライゼンが胡乱な目を向けてきた。
「今の時期、刺身はやめてくれよ」
「もちろんだって……あれ?」
反射的に返した私だったが、首をかしげた。
「私がどうして刺身食べたいってわかったの? そもそも刺身なんてよく知ってたね」
ライゼンに言った覚えないんだけど。
生魚を食べる習慣って、私が鮮度を保ったまま魚を運ぶ流通網を確立させたグランツ以外ではあまりなかったはず。
不思議に思っていると、ライゼンはちょっと驚いた顔をしたが何でもないように言った。
「勇者王が生で魚を食べる『サシミ』を好んだというのはわりと有名だぞ。夏以外なら名物にしている港町はそれなりにあるはずだ」
「えーそんな事まで知られてるの、うわ恥ずかしい」
私は少々顔を赤らめた。
勇者の旅時代は和食が恋しくて、醤油欲しいせめて魚食いたいと、事あるごとに語っていた。 和食気分が味わえそうな時は、そりゃあもう目を血走らせて食いついていたせいで、他の人に自然と興味を持たれる事は多かったし、私も持てる知識を駆使して布教したものだ。
おかげで魚醤やカルパッチョは大いに浸透したよね!
まあ、そんな感じでうっかり広まったものは結構あるのだが、まさかそんなエピソードまで伝わっていたとは。ちょいとばかり恥ずかしいが、気にしない方向でいこう。
「ここらの宿屋で出てくるのはたいてい魚だろう。なくても持ち込めば焼いてくれるはずだ。とっとと行くぞ」
「あったらイカとタコと貝も買おうっ。バーベキューバーベキュー!」
「ちゃんと火を通すと約束するか?」
「いえす!」
だからまあ、ライゼンが何かをごまかしているように思えたのも、気のせいだろう。
しょうがないと苦笑するライゼンの隣を歩きつつ、私はまだ見ぬ魚とイカタコ貝に期待を膨らませていたのだった。
無事宿を確保した私とライゼンは、早速魚の確保のため市場にある魚屋にたどり着いた。
のだが。
「え、高っっっか」
私は、十歳児キャラが守れないほどの衝撃を受けていた。
地元の住民も訪れそうな普通の魚屋さんで、そろそろ夕飯の買い出しで賑わう時間帯だ。
にもかかわらず、魚屋の店先に並ぶのは、塩漬けの切り身ばかり。わずかばかり並ぶ生魚には、目が飛び出るほどの値段が付けられていた。
旅先ならではの金に糸目は付けないぜ! な気分も一気に冷めるお値段である。
夏場だから、生魚を軒先に出しづらいと言うのならまだわかる。
だが、グランツ国が開発した保冷庫がでーんと鎮座しているんだ! そんなことないだろ⁉
私の衝撃ぶりに気を悪くした風もなく、ねじり鉢巻きをした店主のおっちゃんが応じてくれた。
「嬢ちゃん船に乗りに来たんだろ。そんなに魚を楽しみにしてくれたのかい」
「うんめっちゃくちゃ」
「おい、祈里……」
ライゼンがすっかり兄のように突っ込み、謝罪の眼差しを魚屋のおっちゃんに向けるが、おっちゃんは気にせず言った。
「いやいやかまわないよ。それは残念だったな。実はな、領主様が市民を守るためって言って船を出すのを禁止してるんだよ」
「え?」
おっちゃんの言葉に、思わず美少女らしからぬひっくい声が出た。
漁師に漁に出るな、なんて一体なにを考えてるの。一日海に出られないだけで収入がなくなるんだぞ。殺したいの?
思わず眉間に皺が寄りかけた私だったが、ライゼンがおっちゃんに質問する声で冷静になった。
「店主、どういう事だろう」
「つい数週間前から、なぜか人魚族の連中が船を襲ってんだよ。おかげで一番獲れる漁域に入れなくてな、俺達も困っているんだ。人は無事でも船壊されちゃ堪んねえって言うんで、仕方なく領主様のお言葉に従ってるって寸法よ」
「人魚族、ってあの人魚族?」
「おう、嬢ちゃんが絵本で知ってる人魚族だよ。美しい声で歌う、足にヒレがついて海で暮らすやつらだ。今まで持ちつ持たれつでうまくやっていたと思っていたんだけどなあ」
疲れたように息をつくおっちゃんに、私は目を丸くするしかない。
エルフ、獣人、ドワーフと様々な種族が暮らすこの世界でも、人魚は特異な存在だ。
海を自在に泳ぎ回る彼らは陸の人々とほとんど交流を持たず、そもそも国を持っているかもわからない。その理由は陸にまったく興味がないからだ、と私は知っている。
だからよっぽどの事がない限り、頭上を通っていく船なんて無関心なはずなのだけども。その人魚族が船を襲う……?
内心首をかしげつつ、ライゼンの問いかけに耳を傾ける。
「船を沈められるのなら困るだろう。その割には貿易船は制限されていないようだが」
「人魚族が縄張りにしている特定の海域を避ければ大丈夫って言うんで、そこを通らねえ船は止めてねえらしいんだよ。ただ、船が沈むかもしれないって噂が広まって、旅船なんかは客足が悪くなっている……おっといけねえ」
私達が旅人なのを思い出したんだろう、魚屋のおっちゃんは口をつぐんだが、ライゼンは首を横に振った。
「気にしないでくれ。船便が取れた理由に納得がいった」
「もしかしてスイマリアに行くのかい? それなら良かったなあ。あっちのほうは安全だから、問題なく着くぜ」
太鼓判を押してくれた魚屋のおっちゃんだったが、すぐに困ったように頬を掻いた。
「まあだが、そのせいで名物のリトルクラーケンも出せねえんだよなあ」
「リトルクラーケン……?」
私が震えながらおっちゃんに問いかけると、おっちゃんは苦笑いを浮かべながら、軒先の看板を指し示す。
「陸の人にはあんまりなじみがねえか。海の化け物って呼ばれているイカみてえな魔物のクラーケンがいるのは知ってるだろ。この海域にはそれより一回り小さい、リトルクラーケンってのがいるんだ。と言っても嬢ちゃんくらいはある充分な化けもんだがな」
観光客向けに話し慣れた口調で、身振り手振りを交えつつおっちゃんは蕩々と語る。
「けどまあ、武器や魔道具の素材にしかならねえクラーケンとは違って、リトルクラーケンは煮ても焼いても味がいい。今の時期なら生が最高だ」
「生⁉」
「陸の人にはなじみがねえだろうが、ここらでは当たり前だぞ。生と火を通した時の違いは食ってみないとわかんねえ。噛みごたえもあるのに柔らかくてなあ。普通のイカじゃこうはいかねえ」
おっちゃんはうっとりと続けた。
「いつもなら食べやすい大きさに切って、串に刺して焼いたもんがどこでも売ってるし、スライスしたリトルクラーケンはここらの宿屋では定番なんだよ。特に俺は一夜干ししたリトルクラーケンをあぶるのが一等好きでなあ。マヨネーズを付けた時には、もうビールが止まらねえっ……って後半は嬢ちゃんには興味ない話だな」
いえその言葉で唾液が止まらないんですが。同時に悔しさが収まらないんですが‼
でも私は現在十歳児。ビ、ビールなんて人前で飲まないもん。いやそれよりも堂々とイカの刺身が食べられたかもしれないなんて――‼
「兄ちゃんよう、嬢ちゃんが頭を掻きむしらんばかりに悔しそうだが」
「……いつもの事だから、気にしないでやってくれ」
「そうかい? まあそういうわけで、魚は食えねえだろうが、貝ならあるぞ。巻き貝に二枚貝、特におすすめは今が旬の牡蠣だ。こいつを生で食えるのはヴェッサならではだからな。地ビールとも相性抜群だ」
「なまがき‼」
「おうよ、柑橘果汁をきゅうっと絞って食えば最高だぜ。貝は海岸で獲れるからいつもと変わらん値段だぜ」
「ああ、ではその生牡蠣と……貝料理のおいしい屋台か店を知らないだろうか」
私のきらんっとした視線の意味を正確に理解したライゼンは、おっちゃんに神妙に質問してくれたのだった。
市場から漁港のほうに移動した私は、貝料理とライゼンが入手してきた地ビールを堪能していた。
おっちゃんのおすすめが漁港側にある屋台だったのだ。
すぐに食べられるようにと、魚屋のおっちゃんは牡蠣の殻を開いてくれていた。
途中で買ったレモンをナイフで切ってきゅうっと絞る。爽やかな香りをまとった牡蠣をそうっとフォークですくって口に放り込むと、磯の濃厚なうまみが広がった。
ミルキーな味わいに陶然となりつつ、くいっとビールを傾ける。
この土地のビールは、ちょっと濁りのある明るめの琥珀色で、花のような香りがする。
苦みの少ないそれは牡蠣の甘みを消し去る事なく、だが炭酸の刺激と共にさっぱりと口の中をリセットしてくれた。
「くうっうまい!」
この海をぎゅっと濃縮した味わい最高! ビールに合う合うっ。
海風と大海原がスパイスになっていて、より気分を盛り上げてくれた、が。
私はがっくりと、肩を落とした。
「やっぱり魚とクラーケン焼きが食べたかったよう……」
これじゃない感がどうしてもぬぐえなかった。いやおいしいんだよ、最高にうまいんだよ。まさか生牡蠣食べられると思ってなかったし。だけども、魚! 次いで今知ったリトルクラーケンで頭がいっぱいになっていて残念感が消せないんだ。
ビールを傾けながらも、私がさめざめと落ち込んでいると、一緒に買い込んだパンをお供に別の貝をつまんでいたライゼンが慰めるように応じた。
「こっちの酒蒸しした貝もいけるぞ。値段もずいぶん安かった」
「あぶれた漁師がこぞって獲ってるから、いつもより安くなってるって言ってたからね」
消費者としては嬉しいが、長い目で見るとまったく良くない状態だ。
こうして漁港を見ても活気はなく、私のように落ち込んだ風の漁師達が飲んだくれているのが確認できた。
そりゃあ何日も漁に出られなかったらそうもなるだろう。死活問題なわけだし。
領主さんの判断は正しいと言えるんだけど、もやっとするのも確かだ。
「気になる事が山ほどある顔だな」
「ここ私の領地じゃないもの。手出しする気もないもの。たださー禁止にしといて補償金も出さないっていうのはどうかなーとか思うわけ」
「住民達に不満はないように見えるが」
「そりゃあ人魚族っていう明確な脅威がいるからね。そっちに不満が行くのは当然でしょ」
やっぱり手が届かない人より、手の届くものに感情の矛先が向くのが人間だもの。
ただ人魚族に関して、もやあっとするんだよなあ。
……うん、よし。決めた。
「祈里、なにを考えている」
不穏な気配を察知したらしいライゼンをよそに、もう一枚牡蠣を堪能した私は、座っていた樽からひょいっと立ち上がって彼に向き直った。
「ライゼン、私はクラーケン焼きが食べたいです」
「だが人魚族がいて漁に出られない上、俺達は二日後には船に乗らなければいけないんだぞ」
「ならば二日で騒動を治めてリトルクラーケンを堪能してみせよう!」
すべてはおいしい魚とクラーケン焼きのために!
えいえいおー! と拳を突き上げた私に、ライゼンはやれやれと頭を振っていたのだった。
というわけで、私は人魚が出没し始めた原因を探ろうと、漁師達に話を聞いて回る事にした。
方法は単純だ。
そのいち、船のそばで暇そうなおじさんを探す。
そのに、きらきらととびっきりの美少女スマイルを浮かべる。
そのさん、興味津々に船や漁を褒める!
「おじさんおじさん、とってもすてきなお船ね。わあ、この網でお魚を獲るの! はじめてみたわ! こんな大きなものを使えるなんておじさんはすごいのね!」
「へへへ、そうかい?」
「ねえねえどんな風に獲るの? 教えて!」
最初はうさんくさそうにしていた漁師のおじさん達も、私が船について熱心に聞くと、でれでれとしつつ話してくれた。
たぶん漁に出られない鬱屈もあったんだろう、だいたいのおじさんはあっちこっちに話を飛ばしながら、饒舌に語ってくれたものだ。
傍らで保護者役をしていたライゼンに、ちょっと気味悪そうな顔を向けられたけど。
テーマは育ちの良い世間知らずの素直なお嬢さんだ、うまくやれてただろ?
「君は敵に回したくないな」
「おじさん達を罠に嵌めた覚えはないけど?」
休憩として低い塀に座った私は、魚のオイル漬けを挟んだサンドイッチを食べつつ応じる。
ただ、彼らの得意な事を教えてもらっただけだ。
その中で困っている事や不満を話せるように誘導しただけ。私も漁業については詳しい知識がなかったから楽しかったし。
今の船は錬金炉心っていうエンジンで動くんだって。こんな所にもグランツ国の技術があるなんて。しかもリトルクラーケン漁は強化魔法を使って船から銛を投げるんだってよ⁉ すごくない⁉
ちなみにうちの情報収集を一手に引き受けているシスティだともっとすごいんだぞ。いぶかしいと思わせる間もなく、懐に入って必要な情報をしゃべらせるんだからな。
「とはいえ、あんまりヒントになりそうな話は聞けなかったね」
「愚痴ばかりだったからな」
私は情報を整理するためにも、聞いた話を挙げていった。
「まず、人魚達が現れたのは約ひと月前」
「これはどの漁師の話でも共通だったな。その前から漁獲高は減っていて、散々だと話していた」
「うん。それで人魚達はこの海域に入るな、と突然忠告してきた。忠告を無視した漁船はすべて人魚に追い返され、最悪、船を沈められている。ぎりぎり死人がいないのが幸いかな」
「領主の対応としては、人魚が出現した直後から、漁船の出航禁止令が出ている。さらに人魚を追い払うために私設軍の兵士を乗せた船が出ているようだ。が、調査に手こずっているのか、続報はなし」
「人魚がなぜそんな行動に出たかは、わからずじまい」
そう締めくくった私に、ライゼンは困惑した顔で言った。
「人魚による実害は明白だ。だが人魚を君がどうにかするのはさすがに無謀じゃないだろうか」
「う――ん」
「納得できないのか」
「ありていに言えばそう」
集めた情報では、人魚が人間に害を及ぼした、という答えにしか行きつかない。
領主の対応の仕方が鈍いのも気になるけど。それ以上に納得できない理由があるのだ。
「だってあいつら、そこまで人間に興味がないもん」
「君は人魚族について知っているのか」
「勇者時代にちょっと協力してもらった事があるんだよ」
驚いて軽く目を見開くライゼンに、私は肩をすくめてみせる。
享楽的で水のようにつかみ所のない人魚は、陸の人間の事なんてほとんど興味がない。
それだけ海が広くて、生きていくための資源が豊富だから、その中で生活が完結しているのだ。
世界を脅かす穢れた泥、瘴泥は水の中だと流れていきやすく、広い広い海のおかげで深刻な被害を起こしづらい。だからだいたいはゆっくりと自然浄化されていく。さらに海神の加護で独自の浄化ができるため、人魚達は勇者がいなくてもとりあえず大丈夫だったのだ。
そんな彼らに、当時協力をお願いするのがどれだけ大変だったか……
うん、あと興味を持ったら一直線になるのもやめてほしかったね。
まあそんな感じで独自の文明を築いている人魚達だから、今回の船を沈めるという行為が結びつかないのだった。
けれどライゼンも神妙な顔で言う。
「だがな、漁師達はまた人魚のいたずらだろうと口々に言っていたぞ。歌声に惑わされた船が海上をさまよったり、座礁しかけたりするのは以前もよくあったらしいじゃないか。今回は領主が事前に被害を食い止めた、ともとれる」
「それは、否定できない……」
人魚族、過激な遊び、大好きだからな……。愉快犯的な一面があるし、私も彼らの声に惑わされないのをめっちゃ面白がられて、耐久コンサートに付き合わされたもんだ。
まあどっちみち、人魚の妨害をどうにかしない事には、漁が再開されないのは確かだ。
「せめて、なんでそんな事をしているかわかれば良かったんだけど。まあしょうがない。続きは明日にしよ」
あたりが暗くなり始めているし、宿に帰るとしよう。
ぴょんっと塀から飛び下りた私だったが、同じく立ち上がったライゼンは港のほうを見ていた。
「祈里、船が一隻帰ってくるぞ」
「え」
どこに? とぴょんぴょん飛び跳ねてみても、船どころか海のうの字も見えやしない。
おのれ子供の低身長めっ。
だけども、なんとなく騒ぐ声が聞こえて来たぞ。
海に出ていたんなら今の状況を聞けるだろう。ならば行くという選択肢しかない!
ライゼンと連れだって港まで行くと、そこでは複数の壮年漁師が若い漁師を囲んでいた。
どうやら、赤毛の若い漁師のほうが無断で海に出ていたらしい。
「馬鹿野郎ジョルジュ! また人魚の海域に行ったのか‼」
「だから何度も言ってるだろ! あの人達にだってわけがあるって!」
「てめえだって襲われてるじゃねえか! あいつらとはもう駄目なんだよっ」
「でも、あの人は、あの人はっ……げほっ」
怒鳴り返そうとした赤毛の青年だったが、口元を押さえながらその場で咳き込み始める。粘つくような嫌な咳だ。
あれは、もしかして。
ライゼンが何か言う前に、私は駆け出した。
さらに激しくとがめようとしていた漁師達も、青年がその場に膝をついた事で異常事態を悟ったらしい。
「ジョルジュ⁉ ……血を吐いてるじゃねえか!」
「こんな黒いのはまさか瘴泥か!」
「おい、医者と神官呼んでこい! 瘴泥に冒されてやがるっ」
「駄目だよおやっさん。神官はみんな領主様の所に行ってる!」
ジョルジュと言うらしい青年の嫌な咳を受け止めた手には、赤ではなく黒々とした泥のような血がへばりついていた。
それは体内を瘴泥に冒された者の症状だ。
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