17 / 27
第17話 まどう。
しおりを挟む
娘のところに行かなくなっても、静真がやるべきことは変わらなかった。
治道に命じられた仕事を、淡々と片付けていく。ただ、呪詛の数が多いためにいつにもまして方々へ駆けていた。
疲労が蓄積していくのを感じていたが、余計なことを考えないですむために静真は安堵していた。
「静真のあにさん、眠れていやすかい」
情報提供を頼んでいた渋郎にそう問われて、静真は現実に引き戻される。
自分が少しぼんやりしていたことに気づき、付けた面の裏で眉をひそめる。
「……お前には関係ないだろう」
悪夢は見ずとも、眠りがひどく浅くなっているのは自覚していた。だがそれがなんだというのだ。冬が終わればまた元に戻るはずなのだから。
頭を振った静真はもの言いたげな表情をする渋郎のもの言いたげなまなざしを無視した。
あの日暮れから、そろそろ一月近く経っている。はじめこそうるさくわめいていた渋郎だったが、あきらめたように肩を落としていた。
「それよりも、次の情報は手に入っているか。いくつか足りない資材もある。調達してくれ」
「あにさん、おかしいとは思いやせんか。どうしてそこまで働くんです?」
静真が次の算段を付けるために矢継ぎ早に問えば、渋郎が思い詰めた顔でこちらを見上げていた。だが静真にはその問いの意味ががわからない。
「何を言っている。里の繁栄のためだ。それ以外にあるはずがないだろう。邪魔な存在は排除しているだけだ。何が問題か」
「ですが数が多すぎやす。いくらあにさんでも持ちやせんよ。天狗たちが町を荒らしていくもんだから、妖たちの不満がたまっちまってて……特に佐徳様でごぜえやしたか。見るに堪えねえ」
「……俺には関係ない」
ぎょろりとした渋郎の目が不安げに揺れるのが不愉快で、静真は視界から外して歩き出した。むろん人界の町ではなく、多くの魑魅魍魎が居を構える異界の一つだ。
真昼に空を飛ぶのは目立つ。故に町中を抜けることもままあった。標的を追って入り込むこともそれなりに多いため見慣れてはいた。
様々な姿をした妖が行き交っている。名のある妖名もなき魍魎、人の形をしていないもの、様々いるが、人も妖も生活が必要なのは変わらない。ここでは静真が注目されることはないためにわずかに息がしやすい場所でもあった。
ふ、とすれ違った娘の髪がふんわりとなびいて、静真は驚いて振り返る。
勢いが視界に入ったのか、その娘が振り返ったが、不思議そうに細められた目は顔に一つだけ。妖であった。
よくよく見てみずとも、似ているのは髪型と背格好だけで、雰囲気は全く違う。
娘は静真をみてほんのり顔を赤らめつつも、会釈をして去って行く。
ここは妖の住む町だ。人界に住まう娘がここにいるわけがないのに、何を考えていたのか。
胸の奥に燻るような感情が芽生えかけるのをすぐさま消していると、渋郎が小走りで追いついてきた。
「静真の旦那、そういや飯はまだなんじゃないですかい? 何かしら腹に入れませんか」
「いや……」
渋郎の提案に静真はためらった。なぜならここ数日、食欲というものを感じていなかった。
娘がいなければ食事は手早くとれるものになり、面倒で抜くことも増えていたが以前の形に戻っただけだ。
つきあう必要はない。と断ろうとした静真はふと風に乗ってだしのにおいを感じた。
娘の元で嗅いだうどんのつゆと似ている、と反射的に考えた静真はっと我に返る。
ぐっと胸が詰まったような心地がするくせに、腹の寂しさを覚えたことに眉をしかめる。
だが、一度気づいてしまうと無視できなくなり、静真はあきらめて応じた。
「軽いものであれば」
「そうこなくっちゃっ! こっちですぜ」
渋郎に連れてこられたのはそば屋で、静真はわずかにほっとしながらもながらも席に着いた。選ぶのもおっくうだったため、渋郎と同じかけそばだ。
だが醤油色に染まった油揚げがのせられており、一瞬静真の手は止まった。
「どうかしやしたかい」
「なんでもない。……いただきます」
そうつぶやいてしまうことに胸がざわつく。
不思議そうにする渋郎の視線を感じながらも、静真は油揚げを切り分けて口に含む。
甘辛い醤油の味がするのだろうが、紙を食んでいるようだった。
結局、油揚げはそれきり手を付けず、そばも半分ほど残して箸を置いた。
きれいに完食する渋郎に代わり静真はお代を払い店を出たのだが、さらに渋郎が話しかけてきた。
「そういえば、お嬢さんがしょんぼりと落ち込んでらっしゃいましたよ。あにさんが来ないおかげで鍋がやりづらくなったと」
今日は妙にまとわりついてくるなと静真は考えていたが、その言葉で渋郎の意図を知った。
ぐつり、と体の奥が騒いだ気がしたが、返事はしなかった。
「あの、まだ人界での誘拐事件も収まっておりやせん。ですがそれよりも静真のあにさんを気にかけていますよ」
「あれが勝手に言っているだけだろう。本心だとも思えん」
何せ己は天狗なのだから。そもそも住む世界が違い。時を共有するはずもない者だ。
だから静真は皮肉に笑って見せたのだが、渋郎の震える声が響いた。
「本気で、言っておりやすかい」
渋郎は怒りとも悲しみともとれる表情をしていた。
なぜ、渋郎がそのような顔をするかわからなかった。これは静真の問題であるのに。
「ほかに何がある」
「ですがあにさんっ……!」
渋郎が叫びかけたが、その前にすさんだ空気をまとった男たちに囲まれていた。
獣面に鬼面、一つ目と不定形の者が一体。皆一様にすさんだ空気をまとっており、表情のわかりやすいものは卑しく、あざけるような顔で静真たちを見ていた。
「てめえか、片翼天狗ってのは。何でも人間の混ざり物だとか」
「天狗とついていてもつまはじきにされているってえ? 天狗にいいように扱われている卑しい糞鳶が」
「俺たち鼻高野郎を見るとむしゃくしゃするんだ」
吐き捨てるように天狗の別称を言う男どもに、静真はまたかと息をつく気も起きず冷めたまなざしでいた。だが渋郎はおびえと憤りを混ぜて、静真にささやきかけてくる。
「静真の旦那、おそらく佐徳に恨みを持った輩でさあ。あの坊ちゃんお役目だとか言って近頃この街にも、人界にも繰り出しているようですからねえ。あれでも天狗ですから手が出せずに鬱憤がたまってるんで、しょ!?」
「うるせえ小鬼だなあ。邪魔だ」
獣面の妖に頭をわしづかみにされた小鬼がそのまま投げられた。
街路樹にたたきつけられてむせ込む小鬼を、やくざ者たちはけらけら笑った。
「おーよく吹っ飛んだな。糞鳶風情が従えている手下なんざこんなもんだろう。弱い者はただびいびい泣いて這いつくばって、なぐぅ!?」
得意げに罵倒していた一つ目の男に、柄尻をめり込ませて沈黙させた静真は、燻るような怒りといらだちのまま、にいと笑ってみせる。
「そうだな、弱いやつほどよく鳴く」
「てめえやりやがったな!」
およびごしながらもいきりたつ残り二人に、静真は唇をつりあげてみせた。
「ちょうどいい、遊んでやる」
挑発してやれば、一斉に襲いかかってくる。
なぜ己がここまでいらだっているのかわからないまま、静真は無造作に拳を振るった。
だが手応えがなくたちまち三人は地にしずんでしまったため、胸に燻るいらだちは収まらない。
街路樹にたたきつけ、獣面の男が意識を失ったところで興味を失った静真が服の乱れを直していれば、渋郎がよろよろと立ち上がっていた。その顔にはおびえとも戸惑いともつかない色を浮かべているような気がして、静真は顔を背けた。
「あ、あにさん……」
「しばらく近づくな、残りは一人でやる」
己はどちらにもなれず、関われば誰かを巻き込むのなら。一人でいい。
渋郎に何かを言われる前に、静真は翼を広げて飛び立った。
煩わしい感情に惑わされるのはもううんざりなのだ。
静真は離れてみて、どれだけ娘に己のペースを崩されていたかよくわかった。
食事なんてまともに食べたことがなかった。ようやく離れられてせいせいしている。天狗である静真にとっては不必要な存在だ。
だからすぐに記憶なぞ薄れる。そう考えていたはずなのに、一月近く経った今でも様々な場所に娘の影がよぎった。
食事の時は挨拶が口をつく。ふとしたときに娘が話していた言葉を思い出す。
手持ちぶさたになると、娘の元へ向かおうとする翼を止めるはめになる。
そこまで固執する理由を、静真は考えない。
考えてしまったら何かが終わってしまう。だから没頭できるものが欲しかった。
あの里しか静真は戻る場所がない。
「お前が生かされている理由を肝に銘じておけ」
治道に告げられる言葉が、体を絡め取っている。
だが、そのような余計なことを考えていたからだろう。
油断しているつもりはなかった。いつもと変わらぬ呪詛の後始末だ。ただ、想定していたより呪詛の規模が大きく、怨念が深かっただけだ。
呪詛の反動をかぶった。呪詛返しは成功したが、抜け出したその一部が静真に襲いかかったのだ。
かろうじて魂に食い込まないようにはしたものの、全身に穢れの汚泥に侵されており、安全圏に離脱したところで一歩も動けなくなくなった。
いままでこういったことがないわけではなかった訳ではないが、今までで一番ひどい。
だが、静真の神通力のほうが強いのだから、時間をかければ祓うことはできる。
それでも頭には呪詛の言葉が不協和音のように反響しているのが不愉快だった。
自分の中で何度も押し殺した悲鳴に似ている気がして。
己は一人だ。誰の手助けもいらない。どうせ罵倒されるのなら、離れてゆくのならはじめからいらない。
半端物で、混ざり物。どっちつかずの静真に居場所などない。どうして母と共に死ねなかったのか。
このまま露と消えられれば、安らぎを得られるだろうかとぼんやりと考えた、時。
静真はふわりと、暖かさに包まれた。
陽だまりのような、泣き出しそうなほど優しくやわらかなこのぬくもりを、静真は知っていた。
治道に命じられた仕事を、淡々と片付けていく。ただ、呪詛の数が多いためにいつにもまして方々へ駆けていた。
疲労が蓄積していくのを感じていたが、余計なことを考えないですむために静真は安堵していた。
「静真のあにさん、眠れていやすかい」
情報提供を頼んでいた渋郎にそう問われて、静真は現実に引き戻される。
自分が少しぼんやりしていたことに気づき、付けた面の裏で眉をひそめる。
「……お前には関係ないだろう」
悪夢は見ずとも、眠りがひどく浅くなっているのは自覚していた。だがそれがなんだというのだ。冬が終わればまた元に戻るはずなのだから。
頭を振った静真はもの言いたげな表情をする渋郎のもの言いたげなまなざしを無視した。
あの日暮れから、そろそろ一月近く経っている。はじめこそうるさくわめいていた渋郎だったが、あきらめたように肩を落としていた。
「それよりも、次の情報は手に入っているか。いくつか足りない資材もある。調達してくれ」
「あにさん、おかしいとは思いやせんか。どうしてそこまで働くんです?」
静真が次の算段を付けるために矢継ぎ早に問えば、渋郎が思い詰めた顔でこちらを見上げていた。だが静真にはその問いの意味ががわからない。
「何を言っている。里の繁栄のためだ。それ以外にあるはずがないだろう。邪魔な存在は排除しているだけだ。何が問題か」
「ですが数が多すぎやす。いくらあにさんでも持ちやせんよ。天狗たちが町を荒らしていくもんだから、妖たちの不満がたまっちまってて……特に佐徳様でごぜえやしたか。見るに堪えねえ」
「……俺には関係ない」
ぎょろりとした渋郎の目が不安げに揺れるのが不愉快で、静真は視界から外して歩き出した。むろん人界の町ではなく、多くの魑魅魍魎が居を構える異界の一つだ。
真昼に空を飛ぶのは目立つ。故に町中を抜けることもままあった。標的を追って入り込むこともそれなりに多いため見慣れてはいた。
様々な姿をした妖が行き交っている。名のある妖名もなき魍魎、人の形をしていないもの、様々いるが、人も妖も生活が必要なのは変わらない。ここでは静真が注目されることはないためにわずかに息がしやすい場所でもあった。
ふ、とすれ違った娘の髪がふんわりとなびいて、静真は驚いて振り返る。
勢いが視界に入ったのか、その娘が振り返ったが、不思議そうに細められた目は顔に一つだけ。妖であった。
よくよく見てみずとも、似ているのは髪型と背格好だけで、雰囲気は全く違う。
娘は静真をみてほんのり顔を赤らめつつも、会釈をして去って行く。
ここは妖の住む町だ。人界に住まう娘がここにいるわけがないのに、何を考えていたのか。
胸の奥に燻るような感情が芽生えかけるのをすぐさま消していると、渋郎が小走りで追いついてきた。
「静真の旦那、そういや飯はまだなんじゃないですかい? 何かしら腹に入れませんか」
「いや……」
渋郎の提案に静真はためらった。なぜならここ数日、食欲というものを感じていなかった。
娘がいなければ食事は手早くとれるものになり、面倒で抜くことも増えていたが以前の形に戻っただけだ。
つきあう必要はない。と断ろうとした静真はふと風に乗ってだしのにおいを感じた。
娘の元で嗅いだうどんのつゆと似ている、と反射的に考えた静真はっと我に返る。
ぐっと胸が詰まったような心地がするくせに、腹の寂しさを覚えたことに眉をしかめる。
だが、一度気づいてしまうと無視できなくなり、静真はあきらめて応じた。
「軽いものであれば」
「そうこなくっちゃっ! こっちですぜ」
渋郎に連れてこられたのはそば屋で、静真はわずかにほっとしながらもながらも席に着いた。選ぶのもおっくうだったため、渋郎と同じかけそばだ。
だが醤油色に染まった油揚げがのせられており、一瞬静真の手は止まった。
「どうかしやしたかい」
「なんでもない。……いただきます」
そうつぶやいてしまうことに胸がざわつく。
不思議そうにする渋郎の視線を感じながらも、静真は油揚げを切り分けて口に含む。
甘辛い醤油の味がするのだろうが、紙を食んでいるようだった。
結局、油揚げはそれきり手を付けず、そばも半分ほど残して箸を置いた。
きれいに完食する渋郎に代わり静真はお代を払い店を出たのだが、さらに渋郎が話しかけてきた。
「そういえば、お嬢さんがしょんぼりと落ち込んでらっしゃいましたよ。あにさんが来ないおかげで鍋がやりづらくなったと」
今日は妙にまとわりついてくるなと静真は考えていたが、その言葉で渋郎の意図を知った。
ぐつり、と体の奥が騒いだ気がしたが、返事はしなかった。
「あの、まだ人界での誘拐事件も収まっておりやせん。ですがそれよりも静真のあにさんを気にかけていますよ」
「あれが勝手に言っているだけだろう。本心だとも思えん」
何せ己は天狗なのだから。そもそも住む世界が違い。時を共有するはずもない者だ。
だから静真は皮肉に笑って見せたのだが、渋郎の震える声が響いた。
「本気で、言っておりやすかい」
渋郎は怒りとも悲しみともとれる表情をしていた。
なぜ、渋郎がそのような顔をするかわからなかった。これは静真の問題であるのに。
「ほかに何がある」
「ですがあにさんっ……!」
渋郎が叫びかけたが、その前にすさんだ空気をまとった男たちに囲まれていた。
獣面に鬼面、一つ目と不定形の者が一体。皆一様にすさんだ空気をまとっており、表情のわかりやすいものは卑しく、あざけるような顔で静真たちを見ていた。
「てめえか、片翼天狗ってのは。何でも人間の混ざり物だとか」
「天狗とついていてもつまはじきにされているってえ? 天狗にいいように扱われている卑しい糞鳶が」
「俺たち鼻高野郎を見るとむしゃくしゃするんだ」
吐き捨てるように天狗の別称を言う男どもに、静真はまたかと息をつく気も起きず冷めたまなざしでいた。だが渋郎はおびえと憤りを混ぜて、静真にささやきかけてくる。
「静真の旦那、おそらく佐徳に恨みを持った輩でさあ。あの坊ちゃんお役目だとか言って近頃この街にも、人界にも繰り出しているようですからねえ。あれでも天狗ですから手が出せずに鬱憤がたまってるんで、しょ!?」
「うるせえ小鬼だなあ。邪魔だ」
獣面の妖に頭をわしづかみにされた小鬼がそのまま投げられた。
街路樹にたたきつけられてむせ込む小鬼を、やくざ者たちはけらけら笑った。
「おーよく吹っ飛んだな。糞鳶風情が従えている手下なんざこんなもんだろう。弱い者はただびいびい泣いて這いつくばって、なぐぅ!?」
得意げに罵倒していた一つ目の男に、柄尻をめり込ませて沈黙させた静真は、燻るような怒りといらだちのまま、にいと笑ってみせる。
「そうだな、弱いやつほどよく鳴く」
「てめえやりやがったな!」
およびごしながらもいきりたつ残り二人に、静真は唇をつりあげてみせた。
「ちょうどいい、遊んでやる」
挑発してやれば、一斉に襲いかかってくる。
なぜ己がここまでいらだっているのかわからないまま、静真は無造作に拳を振るった。
だが手応えがなくたちまち三人は地にしずんでしまったため、胸に燻るいらだちは収まらない。
街路樹にたたきつけ、獣面の男が意識を失ったところで興味を失った静真が服の乱れを直していれば、渋郎がよろよろと立ち上がっていた。その顔にはおびえとも戸惑いともつかない色を浮かべているような気がして、静真は顔を背けた。
「あ、あにさん……」
「しばらく近づくな、残りは一人でやる」
己はどちらにもなれず、関われば誰かを巻き込むのなら。一人でいい。
渋郎に何かを言われる前に、静真は翼を広げて飛び立った。
煩わしい感情に惑わされるのはもううんざりなのだ。
静真は離れてみて、どれだけ娘に己のペースを崩されていたかよくわかった。
食事なんてまともに食べたことがなかった。ようやく離れられてせいせいしている。天狗である静真にとっては不必要な存在だ。
だからすぐに記憶なぞ薄れる。そう考えていたはずなのに、一月近く経った今でも様々な場所に娘の影がよぎった。
食事の時は挨拶が口をつく。ふとしたときに娘が話していた言葉を思い出す。
手持ちぶさたになると、娘の元へ向かおうとする翼を止めるはめになる。
そこまで固執する理由を、静真は考えない。
考えてしまったら何かが終わってしまう。だから没頭できるものが欲しかった。
あの里しか静真は戻る場所がない。
「お前が生かされている理由を肝に銘じておけ」
治道に告げられる言葉が、体を絡め取っている。
だが、そのような余計なことを考えていたからだろう。
油断しているつもりはなかった。いつもと変わらぬ呪詛の後始末だ。ただ、想定していたより呪詛の規模が大きく、怨念が深かっただけだ。
呪詛の反動をかぶった。呪詛返しは成功したが、抜け出したその一部が静真に襲いかかったのだ。
かろうじて魂に食い込まないようにはしたものの、全身に穢れの汚泥に侵されており、安全圏に離脱したところで一歩も動けなくなくなった。
いままでこういったことがないわけではなかった訳ではないが、今までで一番ひどい。
だが、静真の神通力のほうが強いのだから、時間をかければ祓うことはできる。
それでも頭には呪詛の言葉が不協和音のように反響しているのが不愉快だった。
自分の中で何度も押し殺した悲鳴に似ている気がして。
己は一人だ。誰の手助けもいらない。どうせ罵倒されるのなら、離れてゆくのならはじめからいらない。
半端物で、混ざり物。どっちつかずの静真に居場所などない。どうして母と共に死ねなかったのか。
このまま露と消えられれば、安らぎを得られるだろうかとぼんやりと考えた、時。
静真はふわりと、暖かさに包まれた。
陽だまりのような、泣き出しそうなほど優しくやわらかなこのぬくもりを、静真は知っていた。
0
あなたにおすすめの小説
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】偽りの華は後宮に咲く〜義賊の娘は冷徹義兄と食えない暗愚皇帝に振り回される〜
降魔 鬼灯
キャラ文芸
義賊である養父を助けるため大貴族の屋敷に忍び込んだ燕燕は若き当主王蒼月に捕まる。
危うく殺されかけた燕燕だが、その顔が逃げた妹、王珠蘭に似ていることに気付いた蒼月により取引を持ちかけられる。
逃げた妹の代わりに顔だけは綺麗な暗君である皇帝の妃を決める選秀女試験に出て不合格になれば父の解放を約束するという密約を交わした。
記憶力抜群、運動神経抜群、音楽的才能壊滅の主人公が父のために無難な成績での選秀女試験不合格を勝ち取れるのか。
実は食えない性格の皇帝と冷徹だがマメな義兄蒼月に振り回され溺愛される燕燕は無事2人から解放されるのか。
後宮コメディストーリー
完結済
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる