βの花が開くまで（オメガバース）

11話：講義 ②

　登壇した教授は、簡単な自己紹介をするとさっそく講義へ入る。
　プロジェクターに映し出される、アルファ・ベータ・オメガの比率。
　教授はその比率を見ながら、現在起こっている問題に触れる。

「このグラフを見ての通り最近では、アルファ・オメガの出生は減少傾向となっている。オメガは特にだ。その一番の要因は、オメガが一生の間に子どもを産む数の減少と言われている。オメガは遺伝子上ストレスに弱い。そのため、オメガの生きやすい社会を作ることに声をあげる者も多いが、現実は皆も知っている通り厳しい結果となっている。オメガへの偏見はいつの世も社会問題となっている」

　アルファ・ベータ・オメガの人口割合がグラフ化され、山形の形がどんどんいびつな形になっているスライドはよくニュースでも見るものだ。
　このホールにいる生徒の大半はベータ。
　皆、この講義を聞いてもどこか他人事のように聞いている。
　そういう僕もその一人だった。
　中学の時に検査でベータという『性』をつけられたが、ベータと言われたからと言って僕の生活は何も変わらなかった。
　だが、アルファやオメガは違う。
　アルファは、その性だけで人々を導くエリートとしての道を強要される。
　そして、オメガは教授が述べたように、その特殊な体質のせいで偏見に晒される。
　アルファのこともオメガのことも分かってはいるのだけれど、そういう人たちと関わる機会がないと考えることはそうないのだ。
　けれど、今は違う。
　アランと一緒に生活するようになって、僕の考えも少しずつ変わってきた。
　『アルファのアラン』を見るのではなく『アラン』を見ることがどれだけ大切なのか知ることができた。
　僕は教授の講義を聞きながら、アルファやオメガの特性について再度勉強していく。
　叶斗くんや、周りのベータの学生は聞き飽きた内容に少しつまらなそうにあくびをしたりしていた。
　そんな様子を見た教授は、声のトーンをぐっと落とし話題を切り替える。

「とまぁ頼まれていた内容は話し終えたので、残りの時間で我が大学が研究している面白い研究の内容の話をしよう。その研究内容は『ベータの後天性変化』についてだ」

　『ベータ』というワードに、眠そうにしていた生徒たちがざわつく。

「近年、ベータの性が数年経ってアルファやオメガに変化したという事例がこの日本で数十例起きている。他国に比べると、変化比率は十倍近くあり、なぜ日本でその変化が起こっているのかを私たちは研究している。要因は様々だが、アルファやオメガとの関係性が深いベータが変化するとデータ上はでている。特に、その報告例は日本人に多くみられている」

　教授の話に生徒たちのざわめきは大きくなる。
　隣にいた叶斗くんも、さっきまで眠そうにしていたのに、今では前のめりで聞いている。
　前列にいた生徒の一人が「どうやったらアルファになれますか？」なんて質問をして、教授は皆の反応を見て笑いながら話を続ける。

「日本での変化事例が多いとは言ったが、誰にでも起こるのではなく稀まれであることは分かっていて欲しい。誰でもアルファやオメガのそばにいれば変化するというわけではない。まだ研究途中ではあるが、ベータとその相手の相性がいいことや、関係性の深さ、ベータ側の心理面など様々な要件を全てクリアした時に後天性変化はみられると言われている。言わば『奇跡』といわれる類たぐいだ。だから、アルファになれるかもしれないと浮かれていると笑われるぞ」

　教授の言葉にアルファに憧れるベータたちのため息が聞こえてくる。
　叶斗くんは「なぁなぁ」と僕の肩を突いてくる。

「圭はアルファくんと一緒に住んどるやん？　もしかしたら、奇跡起こるんやない？」
「ハハ、そんな簡単に奇跡は起こらないよ」
「いやぁ～ワンチャンあるかもよ。もしも、アルファになっても友達でおってよ」

　叶斗くんの冗談に笑いながら、ふと考える。

ーー後天性の変化かぁ……

　アランと一緒に生活して、本当に奇跡が起こりアルファになったら、アランみたいにスマートでカッコいい人間になれるのだろうか？
　アルファになった自分を想像してみる。
　くるんくるんの癖っ毛のもさ髪を撫でつけ、びん底眼鏡を縁なし眼鏡に代えて、アランのようにモノトーンのおしゃれな服を着て……あ、でも身長は流石に伸びないよなぁ～。
　妄想したアルファの自分とアランを隣に並べて見るとはっきり言って滑稽こっけいだった。

ーーやっぱり僕はこのままベータでいいや。

　そう思いながら、再び講義に集中した。