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1章
帰宅 イクシオン視点
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獣騎を走らせて半日、ヴァンハロー領に戻り屋敷に帰ると、執事のアンゾロとメイド長のアーデルカが玄関ホールに出迎えに来た。
「お帰りなさいませ。リト様はお元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ、お前達に宜しくとの事だ」
「そうですか。今度はいつリト様はこちらに?」
「あー、会いに行く事しか頭に無くて、聞いていなかったな」
アンゾロとアーデルカが二人共「はぁ……使えない」という様な目をしたのは気のせいか?
「旦那様! おかえりなさいませ! リト様はご一緒じゃないんですか?」
厨房からウィリアムがワクワクした顔で出てくるが、一度しか連れて来ていないリトに我が屋敷の住民達は夢中の様だ。
「残念ながら、イクシオン様は自分が会いに行く事だけしか考えていなかったようですよ」
「ハァー……折角リト様が喜びそうな料理を教えようと思ってたのに……」
「イクシオン殿下は、もう少しお考えを広く持つべきですわ。女の子が一人で森の中で暮らす事が、どれだけ心細いかを……」
アーデルカのくどくどとした説教が始まり、退散するに限ると、早々に自室に逃げ込み荷物を床に下ろす。
ガチンとガラスの音を聞いて、そういえばリトから薬草を貰ったんだったとカバンを開ける。
緑のどろどろとした薬草。おそらく、リトの住む聖域の森でしかここまでの効果の出る物は望めないだろう。
あの森の水の澄み具合は他の場所では考えつかない。
誰にも荒らされていない場所だからこその物なのだろう。
この傷薬も本来ならば、表には出さない方が問題にはならないだろうが、リトが部下と屋敷の者達へと心遣いで作った物なのだから、渡すしか無いだろう。
前回の重傷を負った部下達に使った事から、医療班には入手経路を尋ねられたり、ゼキキノコの干した物も本来ならば、あそこまでの数を用意するのは難しい為に、質問攻めにあった。
リトとしては金に換えるつもりだった様だが、あのキノコは一本でも十万トルコする。それを三十本近く干した物を持ってきたのだから、困った子だ。
リトは色々買ってもらったから、お金を作って返すと言っていたが、こちらの方が貰いすぎているのだから、気にしないで欲しいが、リトにはもうしばらく黙って、後でまとめて金を渡そうと思っている。
おそらく、夏の時期は獣人達が、夏の暑さで体調不良を起こすものが多くなる。ゼキキノコは確実に必要になるだろう。他の国でも同じように、体調不良の者が多く出る。その時に余っている物を使って、一番値段が張る時期のゼキキノコならば、金も多く貰えるだろう。
リトに言えば、「仕方が無いから、無料であげて良いよ」等と、言い出しかねない。
本人は悪だくみ中らしいが、お人よしなのか押しに弱く、悪だくみをとん挫させてしまう事が多々あるようだ。
アーデルカに「部下に渡す」という風に誤解された事も、今回のこの傷薬も、売るつもりだっただろうに、「予備にして」と渡してしまう程なのだから。
「まぁ、そういう所が可愛いのだが」
自分の右手に刻まれた『鴨』の結婚印に、思わず目を細めてしまう。
リトに聞いたら、これはカモネの「カモ」という文字なのだそうだ。リトの世界の文字が結婚印として出た事には少し驚いたが、世界でただ一人、この『鴨』の印を付けているのは自分だけだと思うと、心が浮ついて仕方がない。
幸せで、どこかもどかしい。
顔がニヤついてしまって、どうしようもないな。
コンコンと、部屋のドアがノックされ、メイドのメイミーが茶器を乗せたワゴンカートを持って入室してくる。
「失礼致します。お茶をご用意致しますね。イクシオン様、お洗濯物がありましたらお受け取りしますよ?」
「ああ、洗濯物はそのカバンの中だ。リトが傷薬を屋敷の者に一瓶渡してくれとの事だ。もう一本は何処かに予備に置いておいてくれ。もう一瓶は部下に渡してくれというから、後で届けに行くように誰か使いに出してくれ」
「まぁ、リト様から! 他には何か預かっていないのですか?」
「あー、そういえば、何かチェチェリンに渡してくれと包みを貰ったな」
夜中までリトが何かを縫っていたから、おそらくそれなのだろう。
羊皮紙にリボンを掛けた包みを、「メイドのチェチェリンに渡して」と、預かったのだった。
ズボンに適当に突っ込んでしまったが、それをメイミーに手渡すと白い目で見られた。
お茶を淹れるとメイミーは洗濯物と傷薬の瓶を持って、サッサと出て行ってしまう。
「一体何だったのやら?」
着替えて、夏前の討伐の報告書を書いていると、メイドのチェチェリンとメイミーに、その他のメイド達が部屋にやってきた。
「イクシオン様、リト様を近いうちにお呼びする事は出来ないですか!?」
「それは、どうだろうな? リトは最近は野菜の水やりを日課にしているから、当分は野菜の世話をしているだろうしな」
「くぅ~っ、ビブロースの野菜のせいね! もう、野菜ぐらいイクシオン様が毎週届けるぐらいして下さればいいのに」
随分な言いようではあるが、リトが何か彼女達に良い提案でもしたのだろう。
「そんなに言うなら、報告書を早めに仕上げて、またリトの所に会いに行く。それで良いか?」
「ええ、ええ、イクシオン様、是非お願いします! ……って、イクシオン様、その右手の印は?」
「結婚印だが?」
メイド達がキャアアアァァと、黄色い悲鳴を上げたおかげで、他の者達まで部屋に押し掛ける始末だった。
この領地では隠す気も無かったが、「あんな少女に手を出したんですか!?」「旦那様を見損ないましたよ!」「鬼畜だわ!」と、ポンポン投げつけられる言葉に、少し頭痛を覚えた。
結婚式までは、リトの方には結婚印は出すつもりは無いと言うまで、続いたのだから……本当に参る。
あげくに次に行く時は、自分もついて行くと騒ぐ者まで出た……
屋敷の主への態度に少々考えるところだ。
「お帰りなさいませ。リト様はお元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ、お前達に宜しくとの事だ」
「そうですか。今度はいつリト様はこちらに?」
「あー、会いに行く事しか頭に無くて、聞いていなかったな」
アンゾロとアーデルカが二人共「はぁ……使えない」という様な目をしたのは気のせいか?
「旦那様! おかえりなさいませ! リト様はご一緒じゃないんですか?」
厨房からウィリアムがワクワクした顔で出てくるが、一度しか連れて来ていないリトに我が屋敷の住民達は夢中の様だ。
「残念ながら、イクシオン様は自分が会いに行く事だけしか考えていなかったようですよ」
「ハァー……折角リト様が喜びそうな料理を教えようと思ってたのに……」
「イクシオン殿下は、もう少しお考えを広く持つべきですわ。女の子が一人で森の中で暮らす事が、どれだけ心細いかを……」
アーデルカのくどくどとした説教が始まり、退散するに限ると、早々に自室に逃げ込み荷物を床に下ろす。
ガチンとガラスの音を聞いて、そういえばリトから薬草を貰ったんだったとカバンを開ける。
緑のどろどろとした薬草。おそらく、リトの住む聖域の森でしかここまでの効果の出る物は望めないだろう。
あの森の水の澄み具合は他の場所では考えつかない。
誰にも荒らされていない場所だからこその物なのだろう。
この傷薬も本来ならば、表には出さない方が問題にはならないだろうが、リトが部下と屋敷の者達へと心遣いで作った物なのだから、渡すしか無いだろう。
前回の重傷を負った部下達に使った事から、医療班には入手経路を尋ねられたり、ゼキキノコの干した物も本来ならば、あそこまでの数を用意するのは難しい為に、質問攻めにあった。
リトとしては金に換えるつもりだった様だが、あのキノコは一本でも十万トルコする。それを三十本近く干した物を持ってきたのだから、困った子だ。
リトは色々買ってもらったから、お金を作って返すと言っていたが、こちらの方が貰いすぎているのだから、気にしないで欲しいが、リトにはもうしばらく黙って、後でまとめて金を渡そうと思っている。
おそらく、夏の時期は獣人達が、夏の暑さで体調不良を起こすものが多くなる。ゼキキノコは確実に必要になるだろう。他の国でも同じように、体調不良の者が多く出る。その時に余っている物を使って、一番値段が張る時期のゼキキノコならば、金も多く貰えるだろう。
リトに言えば、「仕方が無いから、無料であげて良いよ」等と、言い出しかねない。
本人は悪だくみ中らしいが、お人よしなのか押しに弱く、悪だくみをとん挫させてしまう事が多々あるようだ。
アーデルカに「部下に渡す」という風に誤解された事も、今回のこの傷薬も、売るつもりだっただろうに、「予備にして」と渡してしまう程なのだから。
「まぁ、そういう所が可愛いのだが」
自分の右手に刻まれた『鴨』の結婚印に、思わず目を細めてしまう。
リトに聞いたら、これはカモネの「カモ」という文字なのだそうだ。リトの世界の文字が結婚印として出た事には少し驚いたが、世界でただ一人、この『鴨』の印を付けているのは自分だけだと思うと、心が浮ついて仕方がない。
幸せで、どこかもどかしい。
顔がニヤついてしまって、どうしようもないな。
コンコンと、部屋のドアがノックされ、メイドのメイミーが茶器を乗せたワゴンカートを持って入室してくる。
「失礼致します。お茶をご用意致しますね。イクシオン様、お洗濯物がありましたらお受け取りしますよ?」
「ああ、洗濯物はそのカバンの中だ。リトが傷薬を屋敷の者に一瓶渡してくれとの事だ。もう一本は何処かに予備に置いておいてくれ。もう一瓶は部下に渡してくれというから、後で届けに行くように誰か使いに出してくれ」
「まぁ、リト様から! 他には何か預かっていないのですか?」
「あー、そういえば、何かチェチェリンに渡してくれと包みを貰ったな」
夜中までリトが何かを縫っていたから、おそらくそれなのだろう。
羊皮紙にリボンを掛けた包みを、「メイドのチェチェリンに渡して」と、預かったのだった。
ズボンに適当に突っ込んでしまったが、それをメイミーに手渡すと白い目で見られた。
お茶を淹れるとメイミーは洗濯物と傷薬の瓶を持って、サッサと出て行ってしまう。
「一体何だったのやら?」
着替えて、夏前の討伐の報告書を書いていると、メイドのチェチェリンとメイミーに、その他のメイド達が部屋にやってきた。
「イクシオン様、リト様を近いうちにお呼びする事は出来ないですか!?」
「それは、どうだろうな? リトは最近は野菜の水やりを日課にしているから、当分は野菜の世話をしているだろうしな」
「くぅ~っ、ビブロースの野菜のせいね! もう、野菜ぐらいイクシオン様が毎週届けるぐらいして下さればいいのに」
随分な言いようではあるが、リトが何か彼女達に良い提案でもしたのだろう。
「そんなに言うなら、報告書を早めに仕上げて、またリトの所に会いに行く。それで良いか?」
「ええ、ええ、イクシオン様、是非お願いします! ……って、イクシオン様、その右手の印は?」
「結婚印だが?」
メイド達がキャアアアァァと、黄色い悲鳴を上げたおかげで、他の者達まで部屋に押し掛ける始末だった。
この領地では隠す気も無かったが、「あんな少女に手を出したんですか!?」「旦那様を見損ないましたよ!」「鬼畜だわ!」と、ポンポン投げつけられる言葉に、少し頭痛を覚えた。
結婚式までは、リトの方には結婚印は出すつもりは無いと言うまで、続いたのだから……本当に参る。
あげくに次に行く時は、自分もついて行くと騒ぐ者まで出た……
屋敷の主への態度に少々考えるところだ。
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