庶民のお弁当屋さんは、オオカミ隊長に拾われました。愛妻弁当はいかがですか?

ろいず

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1巻

1-3

 帰りたい。
 わたしは夢を叶える為に努力していて、毎日が楽しかった。
 あの日、全てが壊されてしまった。
 あの日、暁さんがお釣りを忘れなければ――
 あの日、暁さんが私の手を掴まなければ――
 あの日、暁さんが勇者召喚されなければ――
 暁さんは帰れたのに、わたしは帰れない。
 どうして、わたしを巻き込んだ暁さんが帰れて、巻き込まれたわたしが帰れないの?
 暁さんの魔王討伐に、わたしも同行すればよかったの?
 勇者でもない一般人わたしがついていく勇気は、あの時あっただろうか?
 恨み言を言ったところで、どうしようもないこともわかっている。
 あの時、わたしは自分には関係ない、責任は暁さんにあると、全ての責任を暁さんに押しつけて、安全な場所で日々を過ごすことを選んだ。
 わたしは悪くない。勝手に召喚した王様たちが悪い。そう思うことで、わたしは目と耳をふさいでいた。
 わたしにも、交渉の余地はあったはずだ。
 王様や学者に多少の文句は言ったけれど、地位の高い人たちとキチンと交渉しなかったのはわたしだ。
 ちゃんと行動していれば、売られることはなかったかもしれない。
 小説や漫画の主人公のように、考えることや行動力があれば、結果は変わっていただろうか?
 カシュカシュとリンゴをかじりながら、えつと共にリンゴを呑み込む。
 海水の味とリンゴの味。べたつく髪に、海水でしわしわになった指先。海水の温度が下がりはじめ、足下から段々と肌寒くなっていく。

「もう、駄目かも……」

 やはり、低体温のためか思考能力の低下は否めない。
 リンゴを食べても体は小刻みに震えて、歯はカチカチと鳴りはじめていた。

「寒い……」

 少しずつ波が高くなっているのか、海面が揺れはじめ、顔にザバンッと勢いよく海水がかかる。
 海水が目に入り何度かまばたきをしていると、波は段々高くなり、たるを握る手が波にあおられて離れそうになる。
 必死でしがみつき、爪を立てた時、たるの木の破片が指先に刺さった。痛みに思わず手の力を緩めた時、大きな波が来て、たるはわたしの手を離れ、波にさらわれる。
 そんな! っと、思って追いかけようと泳いだら、体になにかが絡みついてきた。
 体が大きく左右に振られて、海面から体が引き上げられる。

「なに……っ、嘘っ!」

 船を沈没させた大きなイカが姿を現し、わたしはイカの足に捕らえられていた。

「なん……で? やだ、死にたくない」

 どうして? なんでここにイカがいるの?
 頭の中には「なんで? どうして?」ばかりがうず巻いていた。
 船を沈没させるような巨大なイカが、どうしてちっぽけなわたしを襲うのよ!
 恐怖で硬直する体はイカに締めつけられ、くぐもった悲鳴があがる。

「うぐぅ……」

 このままじゃ、絞め殺される。そう思っていたら、海中へ引きずり込まれた。
 そして、海中で見てはいけないものを見た。それはイカの足の根元に円形に開く口、そこにとがる黒い歯だ。
 噛み殺される! おつまみのイカトンビは好きだけど、自分が食べられるのは嫌だ! 悲鳴を上げたくても水中では上がらず、口の中の空気がガボッと出ていった。
 もう終わった! と、覚悟を決めたその瞬間、体が大きく揺れた。
 イカの三角の頭部分が、透明な刃物のようなもので綺麗に切られて、海中に黒いすみにじみ出て広がっていく。
 イカが足を動かしたおかげで、わたしは再び海上へ出た。

「ゲホッ、おえっ、ゲホッ」

 えずきながら周りを見ると、海面になにかが立っていた。
 銀色の毛並みをした、大きな獣――あれは、狼だ。
 狼が海に出るなんて、この世界、ファンタジー過ぎるでしょ……
 ザブンッとまた海中に引きずり込まれ、今度こそもう駄目だと思ったら、狼が海中に潜ってわたしを捕らえているイカの足を噛みちぎった。
 でも、イカの足は噛みちぎられてもまだ力を緩めず、わたしを締めあげる。
 海中へ沈みながら上を見上げると、あの狼がわたしを追って潜ってきていた。
 銀色の狼、目の色がアイスブルーだ。なんだかとても懐かしい気がする。
 結局、狼に食べられて終わりかぁ……でも、イカよりマシかな? だって、もう息が持たない。
 口から空気が出て、代わりに海水が流れ込む。食べられる恐怖を感じる前に死ねる。それだけが救いかもしれない。
 狼がわたしを追い越して沈んでいく。なんでわたしを追い越して潜っていくのだろうか?
 薄れゆく意識の中で最後に見えたのは、いつのまにほどけてしまったのだろう、海中を漂う水色のリボンだった。
 グーエンからもらったリボン……気に入っていたのに、残念だな。
 わたしを「オマケ」と呼ばずに、「ヒナ」と愛称をくれた。
 最期に「ヒナ」と、もう一度呼ばれたかった。
 異世界から来たわたしに、助けが必要なら呼んでくれと言ってくれた、優しい人。
 グーエンに、優しくしてくれてありがとうと、感謝を伝えておけばよかった。
 最期に、もう一度、会いたかったな……
 それにしても、なんで海面が近くなっているのだろう?
 ザバッと勢いよく海上に体が出た。

「ヒナッ!」

 どうして、グーエンの声がこんなに近くで聞こえるのだろう?
 幻聴かな? まぁ、いいか。もうなにも見えないや……
 意識が完全になくなると、後は暗闇があるだけだった。


「ヒナ! しっかりしなさい!」

 胸の上を力任せに押されて、我慢できずにせり上がったものを吐き出すと、鼻も喉も痛くてむせ返る。涙目で咳を繰り返していると、体を横に向けさせられて背中をさすられた。

「うぇ、ゲホッ、エフッ」

 体に乾いたシーツを巻きつけられて、顔の前に木のコップを差し出される。

「飲まずに、口をゆすいで、吐いて」

 耳元でそう言われて、口に水を含む。喉がカラカラでつい飲み込もうとしたら、後ろから伸びてきた手に口を開かされて、ダバーッと吐き出してしまう。

「飲んではいけません。まだ口の中に海水が残っているはずです。飲めば余計に喉が渇きますよ」

 ううっ、折角の乾いたシーツがびしょ濡れだ。
 またコップを差し出され、同じように口に水を含むとまた手を突っ込まれ、吐き出す。
 口に手を突っ込むのをやめてほしいけど、手を拒む力もない。

「風呂の準備ができましたよ」
「ええ。すみませんが、この子になにか温かい食べ物を用意してやってください」
「はい。早く温めないと、死んじゃいそうですよ? 唇が紫色になっていますし」
「急がないといけませんね」

 そのまま抱き上げられると、目が回って気持ち悪くなり、オエッとまた海水を吐く。「もう少しの辛抱ですからね」と言われて、強く抱きしめられた。
 ガチガチと歯が鳴って、体が震えはじめると、またケポッと口から海水が出る。塩辛さにゲホゲホとえずいて、涙がボロボロ溢れていく。
 涙でゆがむ視界に、グーエンの顔が見える気がする。
 なんでグーエンがこんなところにいるのだろう? わたしはどうなったのだろうか?

「ヒナ。必ず助けますから、頑張ってください」

 わたしをヒナと呼んでくれるのは、グーエンしかいない。
 どうしてグーエンがいるのかわからないけど、涙が止まらないのは、優しくされているからだろうか? グーエンの胸に顔を押しつけて、わたしは声もなく泣いた。
 ガチャガチャと物音がして、どこかの部屋に入ったようだった。

「ヒナ。緊急事態ですので、服を脱がしますよ。失礼しますね」

 腕を上げさせられて、目の前が真っ白……ではなく、ワンピースの生地の色だと気づいた時には、ワンピースは脱がされて、下に着ていた肌色のロングノースリーブだけになっていた。

「や……だ」
「すぐに体を温めないといけないので、濡れた服を脱がさないといけないんです。タオルを渡しますから、自分で体に巻きつけられますか?」

 グーエンに乾いたバスタオルを渡されて、服を脱ごうとしたものの体に力が入らない。寒さのせいで床にうずくまって、体を震わせるだけだった。
 寒い……気持ち悪い……

「仕方がありません。このままお風呂に入れてしまいますが、良いですか?」

 小さく頷くと、グーエンに抱き上げられてゆっくりと湯船に下ろされた。
 足先と手の指先にジンジンと熱が伝わり、思わず震える。力が抜けて、ズルズルと湯船に体がずり落ちていく。

「ヒナ! 危ない!」

 顔が沈む前に、グーエンが両脇から手を入れて引き上げてくれた。

「獣人用の浴槽は大きいので、小さなヒナでは沈みやすいですね……」

 小さいは余計な一言だよ。と、目でグーエンを見上げると、グーエンもずぶ濡れ状態だった。

「どう、したの……? ずぶ濡れだよ?」
「ヒナを助けるのに、先ほど、海に潜りましたからね」
「さっき?」
「ええ。狼の姿に獣化して、潜りました」

 ああ、そっか。あの狼はグーエンだったんだ……言われてみれば、毛並みがグーエンの銀髪と同じ色をしていたし、眼も同じ色だった。

「……ありがとう」
「いいえ。ヒナ、体は大丈夫ですか?」
「ん……。温まってきたから、大分、楽だよ。少し喉が痛くて、カラカラだけど」
「ああ、すみません。少し待ってくださいね」

 グーエンが立ち上がり、小さな水差しを持ってきて私に差し出す。

「これを飲めますか?」

 水差しを受け取って口の近くに持ってくると、ふわっと甘い香りがした。
 口に含むと、トロッとした甘い果汁のようで、冷たくて喉にスゥと入っていく。

「美味しい……これなに?」
「桃のシロップ漬けを水で少し薄めたものです。体を冷やすので、飲み過ぎては駄目ですよ」

 コクリと頷くと、グーエンは微笑んでわたしの頭をでる。

「グーエン、お風呂入る? 寒くない?」
「ヒナの後で入ります。……駄目ですよ。女の子が、男と一緒にお風呂に入ろうとしては」
「ふあっ! ちがっ! 一緒に入ろうとは言ってない! すぐにお風呂から上がるよって意味だから!」

 慌てて訴えると、グーエンは「可愛いですね」とわたしの頭をまたでた。
 なんだかすごく子供扱いされている気がするのは、気のせいだろうか?

「元気になってきたようで、なによりです。ヒナ、もう一人で立てそうですか?」
「うん。大丈夫。体も温まったし」
「タオルと着替えは椅子の上にありますから、好きに使ってください。まぁ、女の子用の服がなかったので、私のシャツになってしまうのですが」

 それは仕方がない。助けてもらった身で贅沢は言っていられない。
 中身の残った水差しを台に置き、お風呂から上がる。
 脱衣所では、グーエンがこちらに背中を向けて服を脱いでいた。
 上着を脱いだグーエンは、濡れたシャツ姿の上からでもわかるくらい、引き締まったたくましい体をしている。
 腕の筋肉も凄い……暁さんより勇者らしいのではないだろうか?
 グーエンがズボンのベルトに手をかけたところで、わたしは背中を向ける。
 いけない、これ以上はじょになってしまう。
 わたしはグーエンがお風呂に入ったのを確認すると、張りついた肌着を脱ぐ。ショーツは、体にバスタオルを巻きつけてから脱いだ。
 十九歳の乙女としては、ドア一つ隔てていても羞恥心はある。
 椅子の上には黒いワイシャツしかなかったけれど、黒だから下着をつけていなくてもけない……かな? うーん。乙女にあるまじき格好ではあるけれど、グーエンのシャツは大きいからワンピース状態だしね。
 若干の恥ずかしさを誤魔化すように、気になっていたことを聞いてみる。

「グーエン。ここって、どこなの? 船の中みたいだけど」
「ここはセスタ国の保有する、イグラシアの軍用船の中ですよ」
「イグラシア……グーエンの住んでいる町だっけ?」
「ええ。私は陸兵ですが、ヒナが心配だったので、海兵の船に無理やり乗り込みました」

 無理やりって……大丈夫なのだろうか?
 グーエンはどうして、わたしのためにそんな無茶をしたのだろう。
 ただの顔見知りのわたしなんかを……わたしのことが、好きとか?
 さすがにそれは、うぬれ過ぎだよね。本当にただの親切心で動いてくれているのかもしれないし。

「ヒナ。首のそれは、どうしたのか聞いてもいいですか?」

 ビクッと体が縮み上がり、わたしは首元に手を当てる。

「えっと……う、売られちゃった……」

 声が震えて小さくなっていく。

「勇者アカツキは、どうしたのですか? 魔王を退治したと、噂を聞きましたが」
「なんか……魔王を退治したら、暁さんは、元の世界に帰っちゃって……わたし、置いていかれちゃった……ふっ、ぐぅ」

 泣いたら駄目だと思うのに、ぽろぽろと涙が溢れて、恥ずかしいやら悔しいやらで、体を拭いたタオルに顔を埋めていた。
 グーエンがお風呂から上がり、静かに着替える音がする。

「こんなことなら、ヒナを見つけた時に無理やりにでも、連れて帰ればよかったです」

 後ろからグーエンに抱きしめられて、余計に涙が溢れた。

「どうして、わたしに……優しく、してくれるの?」
「ヒナが、好きだからです。ヒナが大人になったらもう一度告白しますが、私はヒナが一番大事で、大切です」

 ……わたしを好き? わたしが一番大事で、大切?
 でも、大人になったら? とは、どういうことだろうか?

「ヒナのような子供を働かせるなど、あの国の労働基準はどうなっているのか……」

 はい? 子供? スススッと涙が引っ込んでグーエンを見上げると、辛そうな顔でわたしを見ているから、本気で言っているのだろう。

「あの、グーエン。あなた何歳?」
「二十四歳ですが?」

 ほぼ変わらない年齢なのに、わたしを子供扱いするのは……もしかして本気で子供だと思われているのかー!?

「グーエン、わたしを何歳だと思っているの?」
「えっと……十歳くらいでしょうか?」

 ダムッとわたしはグーエンの足を踏みつける。
 プルプルと震えて眉を吊り上げたわたしに、グーエンも目を丸くした。

「もしかして、ヒナはもう少し、年齢が上……だったり、しますか? これでも高めに言ったつもりで……痛っ!」

 再び、わたしの足踏みが炸裂した。
 サバ読みしてそれなのか! この駄犬、いや駄狼!

「わたし、あと一年で成人なのですけど!?」
「え? では、十五歳ですか?」

 この世界、もしかして成人は十六歳なのだろうか?

「十九歳……」
「……」
「……」

 お互いに沈黙していると、ゆっくりとグーエンの尻尾が動き出し、次第にパタタタと高速で動きはじめる。

「本当に、十九歳ですか?」
「嘘をつく必要があると思う? すっごく、失礼だと思うけど!」

 むぅっと膨れっ面になるわたしを、グーエンは目を細めてギュウッと強く抱きしめた。

「ふにゃあ!」
「ヒナ! 良かったです!」
「なっ、何が? って、それよりも、苦しいっ……」
「ああ、すみません。嬉しくて、つい」

 グーエンがわたしを抱きしめる力を抜いてくれて、腕からすり抜ける。グーエンは嬉しそうに尻尾を振っているけれど、まったく、わたしを子供と思うなんて困った人だ。
 胸だってないわけじゃないのに……Cカップだぞ! 大きくもなく小さくもない中途半端さだけど! まぁ、いつもエプロン姿だったし、最近の子供は発育いいからねぇ……って、わたしも最近の若者なのですが。
 でも、胸ばかり見る人はさすがに危険人物だから、グーエンが気づかなかったのは安全? と、思っていいのかな?
 自分の脱いだ服をたたもうとしゃがんだら、クラッとして立ちくらみを起こした。まだ体調が戻っていなかったみたいだ。倒れ込む前にグーエンが支え、そのまま抱き上げて頬をり寄せた。

「まだ具合が悪いみたいですね」
「うーん……もう少し休めば、治ると思うよ?」
「それでは、船医室へお連れしますね」

 お姫様抱っこ……と、いうよりは、グーエンの腕にお尻を乗せて縦に抱き上げられた状態で、グーエンの肩に頭を寄りかからせてもらっている。
 船医室につくと、ベッドで横にならせてもらった。


 わたしが少し眠っている間に洗濯してくれたらしく、起きると枕元に乾いた服が置かれていた。下着もあったのだけれど、グーエンは「ちゃんと女性の隊員が洗いましたから!」と必死で弁解していた。
 眠ったことで体調も戻り、わたしはグーエンに連れられて食堂でご飯を一緒に食べている。

「ヒナ。次は、こちらはどうですか?」
「んっ、もぅ。自分で食べられるから」

 グーエンはニッコリ笑顔で、わたしの口に食事を運んでくる。
 ふわふわのロールパンは焼きたてなのか温かく、口に入れるとバターのほんのりした塩気と生地の甘味が広がる。
 グーエンがジャムを付けて「あーん」とわたしの口元へ運んでくるから、仕方なくパクッと食いつく。
 美味しいし、パンに罪はない。

「んーっ、ジャムが甘酸っぱくて美味しい! なんだろう? プチプチしたサーモンピンクの果肉……グレープフルーツかな? でももっと複雑な味がするような」
「グレープフルーツに、青リンゴとグァバが入っているそうです」
「ふわぁ~っ。斬新なジャムだね! 手作り? それとも、セスタ国はこういうジャムが流行っているの?」

 微笑むグーエンはスプーンにジャムをすくい、紅茶に混ぜてわたしに勧めてくれる。

「このジャムは、イグラシアの『警備塔』の食堂で作られているものです。私の職場なので、気に入ったのなら、今度もらってきますよ」
「いいの? ふふーっ、嬉しいな。ニルヴァーナ国は食事が美味しくなかったから、セスタ国も同じだったら、どうしようかと思っていたよ」

 パンだけじゃなく、コーンスープも滑らかで粉っぽくない! これ重要。オムレツにはハムとチーズが入っていてふわふわトロトロだし、ナッツの入ったサラダは香ばしくて歯ごたえもいい。まだ熟していない早摘みのグリーントマトのフライに、でた海老と卵を混ぜ合わせたタルタルソースがよく合う。
 メインはサイコロステーキで、柔らかお肉がとってもジューシー。
 これで一人前らしいのだけれど、わたし一人では食べきれないので、グーエンにも手伝ってもらって食べている。

「やっぱり、美味しいものは元気が出るね」
「ええ、ヒナが元気になってよかったです」

 そう言いながら、グーエンは相変わらずわたしの口に食べ物を運ぶ。わたしは気にしないよう差し出されたものを口に入れていく。
 グーエンの軍服とは色違いの、紺色の制服を着た人たちがわたしたちを遠巻きに見ているけれど、気にしちゃいけない。なんだかはたから見たらバカップルな気がするけどね。
 ただ、その人たちは呆れているというより、困惑しているような感じがする。

「そういえば、グーエンが海に潜って助けてくれた時、わたしより深くに潜っていかなかった?」
「ああ、それは、おぼれている人は必死ですから、正面から助けようとすると、よじ登ろうとしてこちら側が逆におぼれさせられる危険があるためです。だから、水難救助の場合は、後ろから助けるのが鉄則なんですよ」

 なるほど……夏場におぼれた子供を助けに行った大人が、逆に死亡するという痛ましいニュースをよく聞くけど、そうしたことが原因なのかもしれない。

「あのイカみたいなのも、グーエンがやっつけたの?」
「クラーケンですね。ええ。氷で頭を叩き切りました」
「氷?」

 グーエンが指をくるくると回すと、指先に氷ができる。

「わっ! 魔法!?」
「ええ。私は氷魔法の使い手ですので」

 この世界に来て、初めて魔法を見た。
 暁さんの仲間に魔法使いはいたけれど、魔法を使っているところは見たことがなかったのよね。

「魔法って、誰でも使えるの?」
「いえ、魔法を使うには生来の資質が必要ですから、誰でも、ということはないですね。親から受け継がれることがほとんどですが、私は先祖をさかのぼっても魔法を使えた者はいないので、私の代で発現したようです」
「へぇー。凄いんだね」

 わたしが氷を手に「すごいねー」と感心していたら、グーエンの尻尾がまた勢いよくブンブン回る。なぜか、それを見ていた周りの人がざわつく。
 グーエンがそちらに目を向けると、「ヒッ」と声が上がり、食堂にいた人たちはそそくさと逃げるように出ていった。
 なんなのだろう? グーエンを見上げると、グーエンはコーンスープをスプーンですくい、わたしの口に運ぶ。
 別に、ご飯をねだっていたわけではないのだけれど。

「んっ、ん。グーエン。わたし、もう十九歳だってちゃんと言ったよね?」
「はい。ですが、『つがい』にきゅうをするのは獣人の習性のようなものですから、気にしないでください」

 習性……癖みたいなもの、なのかな? でも、他の人たちはしていない気がする。
 というか、ツガイってなんだろう? お客さんという意味だろうか。異世界語? だったら、納得だ。
 他の人たちがしていないのも頷ける。この船でお客さんはわたしだけ……と、思ったところでハッとする。

「グーエン! 船の人たち、わたし以外の沈没した船の人たちは!?」
「救助できた者は助けましたが……全員とはいきませんでした」

 全員は無理だろうとは、わたしも思った。
 クラーケンと戦っていた人もいたし、逃げ出そうとした人たちの中にも、定員オーバーで救命艇に乗れなかった人がいたのだから。

「グーエン。あのね、褐色の肌に黄色の短い髪で、赤紫色の目をした二十代前半ぐらいの男の人は、救助された人の中にいた?」
「褐色の肌に、目が赤紫色ならば……イスターニア族の青年ですね。砂漠地帯に住む少数部族です。一人、船に乗せましたが……」

 困った顔で言いよどむグーエンに、わたしは察してしまった。


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