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番外編 書籍化記念SS
美味しいマグロ料理とオオカミ隊長
獣人の国セスタ。南西の港町イグラシアの警備塔四階。
わたし、ヒナコ・テラス。旧姓・七和日南子の職場である食堂が、真っ赤な血しぶきに染まったのは、わたしが暁さんに連れ去られて帰ってきた二週間後である。
ビッタンビッタンと血をまき散らして元気よく暴れているのは、三メートルはあろうかというマグロである。
「なっ、なんですかこれー!」
叫んだわたしに、狐獣人で海兵隊長のノニアック・マーカーは、ぶっきらぼうに口を開く。
「ヒナコ、お前には迷惑をかけた。それの詫びだ」
いやいや、確かにノニアックさんに色々言われて、わたしはイグラシアから貴族の元へ行こうとしたけれど……高級魚一匹のお詫びを頂くほどの物じゃない。
多分これ、四百キロくらいありそうだよ?
「えーと、大変嬉しいのですが……お気持ちだけで充分ですよ」
「いいから、やると言っただろう!」
「ひゃっ! は、はい! ありがとう、ございます……」
ひぇっ、怖い。流石、グーエンの好敵手なだけあって迫力が違う。
「ノニアック隊長さんよ。やるやらないはともかく、この惨状どうしてくれるんだ?」
厨房から迷惑そうな顔で料理長のバイカルさんが、大きな刺身包丁を手に出てきた。確かに、この血だらけの食堂の惨状をどうするのだろう? というか、血生臭いです!
「どうせ奴が、すぐに来るだろう」
奴とは……? 首を傾げると食堂の扉が勢いよく開け放たれた。
「ヒナ! 大丈夫ですか!」
「あっ、グーエン」
長い銀髪を乱して現れたのは、わたしの夫グーエン・テラス。
三角の耳と長くサラサラの尻尾が魅力的な銀色の狼獣人だ。ついでに言えば、背も高く美丈夫である。イケメン旦那様は目の保養だ。
「どうしたの?」
「ヒナの驚いた声がしたもので……しかし、なんです? この馬鹿みたいに大きい魚は」
「ノニアックさんがこの間のお詫びに、ってくれたんだけど。グーエン、このマグロを凍らせて動かないように出来るかな?」
「出来ますよ。しかし、ノニアック・マーカー……少しは考えて持ってくるべきですね」
あーっ、またグーエンはノニアックさんに火花を散らすような言動を~っ。
グーエンがマグロを凍らせてくれて、ついでに飛び散ったマグロの血も凍らせてひとまとめにしてくれたので、お掃除は楽に済んだ。
流石、氷魔法の使い手だ。
「「はい。隊長たち、帰りますよー」」
グーエンとノニアックさんは、部下の人達が喧嘩になる前に回収していった。
あの二人、近くに居ると直ぐに周りを巻き込んで魔法合戦になるからね。
今まではグーエンがノニアックさんを無視していたけれど、番のわたしに出会ったことでグーエンの感情はタガが外れやすく、わたしを守る為にいつだって牙を剥きだしてしまうのだ。
困った旦那様ではあるけれど、わたしを大事にしてくれていることは素直に嬉しくもある。
「さて、グーエンの為にも、美味しいマグロ料理を考えなきゃね」
凍ったマグロはバイカルさんが解体してくれて、わたしは早速マグロの切り身を使った料理を考え始める。
「マグロのお刺身、漬け丼、カルパッチョ、煮付けも良いし、あー、でもやっぱりツナは作りたい! ツナがあれば、おにぎりの具にもサンドイッチの具にも良い!」
「結構な量だから、当分はマグロだな。ヒナコの作りたいもん作っていいぞ」
「いいんですか! やったぁ~!」
バイカルさんは、わたしの腕を見込んでくれる良い上司である。
お料理の知識も惜しまずに教えてくれるし、わたしの元の世界の料理も知ることが大好きで、常に美味しい物を作るという、勉強熱心な料理人がバイカルさんといえるだろう。
「では、日南子クッキング! 『マグロのたたき』『マグロの漬け丼』そして『ツナ』いきます!」
「たたきや漬けは分かるが、ツナは初耳だな」
ふむ。異世界ではまだツナは無いのかな? ならば、わたしが広めるしかない! 美味しい物は広まっていってほしい。
「ボクらも手伝おうか?」
「ワタシ達も手伝いましょうか?」
厨房の奥から、リス獣人の双子のゼファーさんとリビーさんが顔を出す。
男女の双子は背の小さなわたしと同じぐらいの背丈で、見た目も可愛いく働き者の二人だ。
「んじゃ、ゼファーはマグロのたたき。リビーは漬け用にマグロを切ってくれ」
「「了解!」」
ゼファーさんとリビーさんは早速、切り分けられたマグロの切り身を持って厨房へと戻る。
わたしとバイカルさんもその後に続く。
「ツナは、要はマグロのオイル煮です。マヨネーズと混ぜたらサンドイッチに挟んでも美味しいし、おにぎりの具としても美味しい。サラダやパスタ、色々なお料理に使えます」
「ほう。んじゃ、ヒナコ。教えてくれ」
「任せてください! 日南子のクッキングタイム~!」
【自家製ツナ】
用意するもの。マグロの切り身、塩、オリーブオイル、ニンニク、粒の黒コショウ、ローリエ。
まずは、マグロの切り身に塩をまんべんなく振りかける。十五分ほどそのままに。
布巾などでマグロの切り身を包み込み、水気を切りましょう。
次に、お鍋に隙間なくマグロの切り身を入れて、薄切りにしたニンニク、黒コショウ、ローリエの葉を入れます。そしてオリーブオイルを切り身が少し出るくらいまで浸します。
弱火で上下に裏返しつつ、十五分ほど煮ます。粗熱が取れたら、保存容器に油ごと移し替えたら完成です。
「ふふーっ。火を強くすると、身がパサパサになったりするので、常に弱火でやるのがコツです。お好みでトウガラシの種を取り除いて入れても良いのだけれど、獣人の人は辛いのは苦手でしょう? だから、今回は入れませんでした」
「なるほど。んで、このままで食べていいのか?」
「このままでも美味しいですけど、マヨネーズを入れるとまた味が違うのですよ。オーソドックスにサンドイッチで味をみてみましょうか」
作ったツナをボウルに移して、油をギュッと搾り出してマヨネーズとツナを和えて、ツナマヨを作り、パンに挟み込む。
「それだけなのか?」
「色々出来ますけど、とりあえずは味見ですよ。あ・じ・み」
ゼファーさんとリビーさんの分も用意して、四人でツナマヨサンドイッチの味見をする。
「んーっ、この世界でもツナマヨは美味しい~っ」
自家製ツナなので、臭み消しのニンニクやローリエが口の中で香るけれど、いい味。お好みでローズマリーやクミンを入れても良いし、保存する時に薄切りのレモンを入れても爽やかな味になる。
市販品のツナ缶とはまた違った味わいが、癖になる一品と言える。
「これまた……美味いな。オイルもちょっとした香り付けにいいな」
「魚というより、チキンみたいですね」
「生の魚をオイル漬けするのとは、少し違うのね」
うんうん。さすが料理人の三人だ。ご意見がしっかりしていらっしゃる。
わたしとしては、美味しい物は広く広まって味の改良や、お料理の仕方でバラエティーに富んだものになってくれたら、非常に嬉しい。
「これでパスタを作るときにオイルをそのまま使ったり、レモンやライムを絞って入れてサラダに混ぜても絶品なんですよ!」
「ヒナコがこの食堂に来てから、美味い物の品数が増えるな。他にはどんな物があるんだ?」
「ふふーっ、まだまだありますよ~」
わたしは上機嫌で自分の知っているマグロ料理とツナを使った料理を喋り、バイカルさんとゼファーさんが紙にメモを取ったり、リビーさんのお願いで作ったりした。
夕方になってグーエンがわたしを迎えに来た時、食堂のテーブルには大量のマグロ料理が出来上がっていた。
「ヒナ……頑張ってしまったようですね」
「えへへ。マグロという高級魚を、好きに料理に使って良いって言われたら、ついやりすぎちゃった」
さすがにわたしたち夫婦だけでマグロを食べきるなんて無理なので、初めから食堂でマグロ料理を警備兵の人達にも食べてもらうつもりではいたのだけれど……量が多かったから、調子にのって作ったのもあるし、食堂の業務用の冷凍庫に入りきらなかったのもある。
「今日はここで、夕飯を食べていくことになりそうですね」
「うん。皆で今日は食堂で夕飯だよ。たまには皆でわいわい夕食も良いよね」
お昼ご飯を一緒に食べることはあっても、夕飯を皆で食べることは初めてだ。
夜勤の警備兵は、あと二時間は来ないので、食堂の人とわたしたち夫婦で夕飯になる。
テーブルの真ん中にお出汁の鍋を置き、マグロの薄切りをしゃぶしゃぶ用として配置する。
「マグロの煮つけはね、すごぉーく柔らかいんだよ。最後にみりんを入れたから身がパサついてないから、ご飯のお供にも最適!」
「ヒナが作る料理は、どれも美味しいですから、楽しみです」
グーエンが目を細めて笑うと、ポッと頬が熱くなる。
わたしの旦那様は、褒め上手でわたしを喜ばすことに長けている。
あと、やっぱり顔が良い。
「グーエン。ご飯はツナマヨおにぎりと、マグロの炊き込みご飯があるんだけど、どっちがいい?」
「そうですね。炊き込みご飯でお願いします」
「はぁーい。皆さんはどうしますか?」
しゃもじを持ってお茶碗を片手に聞けば、「両方!」と手が上がる。
「ん? ひーふーみーよー?」
明らかに手の数が多い……見れば、シャマランを筆頭に警備兵の人達が一緒に手を上げていた。
「貴方がたは……先に帰ったと思いましたが?」
グーエンが片眉を上げて部下の人たちを睨みつける。
「グーエン隊長だけズルいですよ」
「すっごくいい匂いしましたから! この匂いで食堂に来ない奴はいないですってば」
ズルいズルいと大合唱する部下の人たちの声に、グーエンが苦虫を嚙みつぶしたような表情をしており、わたしは苦笑いする。
「いっぱいありますから、皆さんもどうぞ」
美味しい物は皆で食べた方が楽しいし、何より食べる人の笑顔を見るのは大好きである。
幸いマグロ料理は持ち帰りも考えて大量に作ってあるし、この分なら綺麗に平らげてくれそうだ。
「ヒナの手料理が美味しいのは分かりますが、やはり私は、ヒナに私にだけ作って食べさせてほしいですね」
「ふふっ。グーエンはいつだって、わたしの手料理が食べられるじゃない。お昼だってグーエンにだけ、特別な『愛妻弁当』でしょ」
グーエンの独占欲はわたしも心得ているのだよ。
炊き込みご飯をグーエンに手渡して、ニッコリ笑顔のサービス付きだ。
「ヒナ……」
嬉しいのは分かったので、熱視線を送ってこなくても大丈夫だよ、グーエン。
グーエンの嬉しそうな表情を背に、わたしは他の人たちにも炊き込みご飯をよそっていき、わたしがグーエンの隣に座ると同時に皆で食べ始めた。
「はぁ~……マグロの大トロが口の中でとろける……」
「ヒナコは、よくそんな脂しかないやつを酢飯で食えるな」
「バイカルさん。わたしの元居た世界では、大トロはめちゃくちゃ高級部位だったんですよ! この一貫の大トロだけで五千シグルとか平気でいくんですから! 今日のマグロ一本で一千万シグルはいくお値段ですよ!」
大体、二百キロで百万から五百万円だから、四百キロを超えていたであろう今日のマグロは日本で売ればとってもいいお値段だったに違いない。
大トロのお寿司を無料で食べられる喜びと、口の中で五千円がとろけていく食感は、日本人ならヨダレが出てしまうところだろう。
ただね、この世界テスアロウではお刺身で食べるのは、イグラシアのような海岸の地域だけで、他の地域は干物にして焼いて食べることが主なの。
だから、大物の大きな魚より、干物にしやすい魚の方が好まれやすい傾向にある。そしてお値段も大物は以外にも安い。
「へぇー。ヒナコの世界は、これがそんなに高いのか。でも今日教えてもらったツナの方が美味いけどな」
「あ、それはわたしも分かります。大トロは高級で手が出にくいですけど、ツナは庶民の味方でいつでも食べられて、美味しくて安いものですからね」
ビバッ! 庶民の味方ツナである。
「ヒナが望むのでしたら、マグロの一匹や二匹いくらでも獲りに行きますよ?」
グーエンの目が本気だ……ッ!
わたしは頭を左右に振って、グーエンを止める。
「あのね、マグロは厨房の冷凍庫にぎっしり詰まっているの。他の食材が入らないぐらいにね。だから、当分は食堂メニューがマグロ続きになります! ちなみに、明日の食堂メニューはマグロのたたきにマグロ漬けを添えたどんぶり物です。毎日、マグロが続くと皆も飽きちゃうから、ね」
他の警備兵の人を見れば、少し考えた顔をしている。もしかして皆、同じ食材が続いても平気とかいうタイプの人たちなのだろうか?
「ツナ……美味しかった」
「ツナなら常備されていても、困らない気がする」
うんうん。ツナは美味しいけど、手作りツナの日持ちは一週間程度なんだよ。
わたしがそのことを話す前に元気な警備兵たちは、食堂の窓から身を乗り出していた。
「グーエン隊長! マグロを獲りに行きましょう!」
「仕方がないですねぇ」
「えっ! ちょっ、グーエンまで! 皆、待ちなさい! もぉー待ってって言っているでしょー!」
わたしの叫び声もむなしく、グーエンも他の人たちも外へ飛び出して行ってしまった。
ここは四階なのに、どういう運動神経をしているのか獣人族は……
そして、マグロはもう冷凍庫には入らないんだってば。
お願いだから、わたしの話を聞いてほしい。食堂でガクリと項垂れたわたしだったりする。
____Fin___
わたし、ヒナコ・テラス。旧姓・七和日南子の職場である食堂が、真っ赤な血しぶきに染まったのは、わたしが暁さんに連れ去られて帰ってきた二週間後である。
ビッタンビッタンと血をまき散らして元気よく暴れているのは、三メートルはあろうかというマグロである。
「なっ、なんですかこれー!」
叫んだわたしに、狐獣人で海兵隊長のノニアック・マーカーは、ぶっきらぼうに口を開く。
「ヒナコ、お前には迷惑をかけた。それの詫びだ」
いやいや、確かにノニアックさんに色々言われて、わたしはイグラシアから貴族の元へ行こうとしたけれど……高級魚一匹のお詫びを頂くほどの物じゃない。
多分これ、四百キロくらいありそうだよ?
「えーと、大変嬉しいのですが……お気持ちだけで充分ですよ」
「いいから、やると言っただろう!」
「ひゃっ! は、はい! ありがとう、ございます……」
ひぇっ、怖い。流石、グーエンの好敵手なだけあって迫力が違う。
「ノニアック隊長さんよ。やるやらないはともかく、この惨状どうしてくれるんだ?」
厨房から迷惑そうな顔で料理長のバイカルさんが、大きな刺身包丁を手に出てきた。確かに、この血だらけの食堂の惨状をどうするのだろう? というか、血生臭いです!
「どうせ奴が、すぐに来るだろう」
奴とは……? 首を傾げると食堂の扉が勢いよく開け放たれた。
「ヒナ! 大丈夫ですか!」
「あっ、グーエン」
長い銀髪を乱して現れたのは、わたしの夫グーエン・テラス。
三角の耳と長くサラサラの尻尾が魅力的な銀色の狼獣人だ。ついでに言えば、背も高く美丈夫である。イケメン旦那様は目の保養だ。
「どうしたの?」
「ヒナの驚いた声がしたもので……しかし、なんです? この馬鹿みたいに大きい魚は」
「ノニアックさんがこの間のお詫びに、ってくれたんだけど。グーエン、このマグロを凍らせて動かないように出来るかな?」
「出来ますよ。しかし、ノニアック・マーカー……少しは考えて持ってくるべきですね」
あーっ、またグーエンはノニアックさんに火花を散らすような言動を~っ。
グーエンがマグロを凍らせてくれて、ついでに飛び散ったマグロの血も凍らせてひとまとめにしてくれたので、お掃除は楽に済んだ。
流石、氷魔法の使い手だ。
「「はい。隊長たち、帰りますよー」」
グーエンとノニアックさんは、部下の人達が喧嘩になる前に回収していった。
あの二人、近くに居ると直ぐに周りを巻き込んで魔法合戦になるからね。
今まではグーエンがノニアックさんを無視していたけれど、番のわたしに出会ったことでグーエンの感情はタガが外れやすく、わたしを守る為にいつだって牙を剥きだしてしまうのだ。
困った旦那様ではあるけれど、わたしを大事にしてくれていることは素直に嬉しくもある。
「さて、グーエンの為にも、美味しいマグロ料理を考えなきゃね」
凍ったマグロはバイカルさんが解体してくれて、わたしは早速マグロの切り身を使った料理を考え始める。
「マグロのお刺身、漬け丼、カルパッチョ、煮付けも良いし、あー、でもやっぱりツナは作りたい! ツナがあれば、おにぎりの具にもサンドイッチの具にも良い!」
「結構な量だから、当分はマグロだな。ヒナコの作りたいもん作っていいぞ」
「いいんですか! やったぁ~!」
バイカルさんは、わたしの腕を見込んでくれる良い上司である。
お料理の知識も惜しまずに教えてくれるし、わたしの元の世界の料理も知ることが大好きで、常に美味しい物を作るという、勉強熱心な料理人がバイカルさんといえるだろう。
「では、日南子クッキング! 『マグロのたたき』『マグロの漬け丼』そして『ツナ』いきます!」
「たたきや漬けは分かるが、ツナは初耳だな」
ふむ。異世界ではまだツナは無いのかな? ならば、わたしが広めるしかない! 美味しい物は広まっていってほしい。
「ボクらも手伝おうか?」
「ワタシ達も手伝いましょうか?」
厨房の奥から、リス獣人の双子のゼファーさんとリビーさんが顔を出す。
男女の双子は背の小さなわたしと同じぐらいの背丈で、見た目も可愛いく働き者の二人だ。
「んじゃ、ゼファーはマグロのたたき。リビーは漬け用にマグロを切ってくれ」
「「了解!」」
ゼファーさんとリビーさんは早速、切り分けられたマグロの切り身を持って厨房へと戻る。
わたしとバイカルさんもその後に続く。
「ツナは、要はマグロのオイル煮です。マヨネーズと混ぜたらサンドイッチに挟んでも美味しいし、おにぎりの具としても美味しい。サラダやパスタ、色々なお料理に使えます」
「ほう。んじゃ、ヒナコ。教えてくれ」
「任せてください! 日南子のクッキングタイム~!」
【自家製ツナ】
用意するもの。マグロの切り身、塩、オリーブオイル、ニンニク、粒の黒コショウ、ローリエ。
まずは、マグロの切り身に塩をまんべんなく振りかける。十五分ほどそのままに。
布巾などでマグロの切り身を包み込み、水気を切りましょう。
次に、お鍋に隙間なくマグロの切り身を入れて、薄切りにしたニンニク、黒コショウ、ローリエの葉を入れます。そしてオリーブオイルを切り身が少し出るくらいまで浸します。
弱火で上下に裏返しつつ、十五分ほど煮ます。粗熱が取れたら、保存容器に油ごと移し替えたら完成です。
「ふふーっ。火を強くすると、身がパサパサになったりするので、常に弱火でやるのがコツです。お好みでトウガラシの種を取り除いて入れても良いのだけれど、獣人の人は辛いのは苦手でしょう? だから、今回は入れませんでした」
「なるほど。んで、このままで食べていいのか?」
「このままでも美味しいですけど、マヨネーズを入れるとまた味が違うのですよ。オーソドックスにサンドイッチで味をみてみましょうか」
作ったツナをボウルに移して、油をギュッと搾り出してマヨネーズとツナを和えて、ツナマヨを作り、パンに挟み込む。
「それだけなのか?」
「色々出来ますけど、とりあえずは味見ですよ。あ・じ・み」
ゼファーさんとリビーさんの分も用意して、四人でツナマヨサンドイッチの味見をする。
「んーっ、この世界でもツナマヨは美味しい~っ」
自家製ツナなので、臭み消しのニンニクやローリエが口の中で香るけれど、いい味。お好みでローズマリーやクミンを入れても良いし、保存する時に薄切りのレモンを入れても爽やかな味になる。
市販品のツナ缶とはまた違った味わいが、癖になる一品と言える。
「これまた……美味いな。オイルもちょっとした香り付けにいいな」
「魚というより、チキンみたいですね」
「生の魚をオイル漬けするのとは、少し違うのね」
うんうん。さすが料理人の三人だ。ご意見がしっかりしていらっしゃる。
わたしとしては、美味しい物は広く広まって味の改良や、お料理の仕方でバラエティーに富んだものになってくれたら、非常に嬉しい。
「これでパスタを作るときにオイルをそのまま使ったり、レモンやライムを絞って入れてサラダに混ぜても絶品なんですよ!」
「ヒナコがこの食堂に来てから、美味い物の品数が増えるな。他にはどんな物があるんだ?」
「ふふーっ、まだまだありますよ~」
わたしは上機嫌で自分の知っているマグロ料理とツナを使った料理を喋り、バイカルさんとゼファーさんが紙にメモを取ったり、リビーさんのお願いで作ったりした。
夕方になってグーエンがわたしを迎えに来た時、食堂のテーブルには大量のマグロ料理が出来上がっていた。
「ヒナ……頑張ってしまったようですね」
「えへへ。マグロという高級魚を、好きに料理に使って良いって言われたら、ついやりすぎちゃった」
さすがにわたしたち夫婦だけでマグロを食べきるなんて無理なので、初めから食堂でマグロ料理を警備兵の人達にも食べてもらうつもりではいたのだけれど……量が多かったから、調子にのって作ったのもあるし、食堂の業務用の冷凍庫に入りきらなかったのもある。
「今日はここで、夕飯を食べていくことになりそうですね」
「うん。皆で今日は食堂で夕飯だよ。たまには皆でわいわい夕食も良いよね」
お昼ご飯を一緒に食べることはあっても、夕飯を皆で食べることは初めてだ。
夜勤の警備兵は、あと二時間は来ないので、食堂の人とわたしたち夫婦で夕飯になる。
テーブルの真ん中にお出汁の鍋を置き、マグロの薄切りをしゃぶしゃぶ用として配置する。
「マグロの煮つけはね、すごぉーく柔らかいんだよ。最後にみりんを入れたから身がパサついてないから、ご飯のお供にも最適!」
「ヒナが作る料理は、どれも美味しいですから、楽しみです」
グーエンが目を細めて笑うと、ポッと頬が熱くなる。
わたしの旦那様は、褒め上手でわたしを喜ばすことに長けている。
あと、やっぱり顔が良い。
「グーエン。ご飯はツナマヨおにぎりと、マグロの炊き込みご飯があるんだけど、どっちがいい?」
「そうですね。炊き込みご飯でお願いします」
「はぁーい。皆さんはどうしますか?」
しゃもじを持ってお茶碗を片手に聞けば、「両方!」と手が上がる。
「ん? ひーふーみーよー?」
明らかに手の数が多い……見れば、シャマランを筆頭に警備兵の人達が一緒に手を上げていた。
「貴方がたは……先に帰ったと思いましたが?」
グーエンが片眉を上げて部下の人たちを睨みつける。
「グーエン隊長だけズルいですよ」
「すっごくいい匂いしましたから! この匂いで食堂に来ない奴はいないですってば」
ズルいズルいと大合唱する部下の人たちの声に、グーエンが苦虫を嚙みつぶしたような表情をしており、わたしは苦笑いする。
「いっぱいありますから、皆さんもどうぞ」
美味しい物は皆で食べた方が楽しいし、何より食べる人の笑顔を見るのは大好きである。
幸いマグロ料理は持ち帰りも考えて大量に作ってあるし、この分なら綺麗に平らげてくれそうだ。
「ヒナの手料理が美味しいのは分かりますが、やはり私は、ヒナに私にだけ作って食べさせてほしいですね」
「ふふっ。グーエンはいつだって、わたしの手料理が食べられるじゃない。お昼だってグーエンにだけ、特別な『愛妻弁当』でしょ」
グーエンの独占欲はわたしも心得ているのだよ。
炊き込みご飯をグーエンに手渡して、ニッコリ笑顔のサービス付きだ。
「ヒナ……」
嬉しいのは分かったので、熱視線を送ってこなくても大丈夫だよ、グーエン。
グーエンの嬉しそうな表情を背に、わたしは他の人たちにも炊き込みご飯をよそっていき、わたしがグーエンの隣に座ると同時に皆で食べ始めた。
「はぁ~……マグロの大トロが口の中でとろける……」
「ヒナコは、よくそんな脂しかないやつを酢飯で食えるな」
「バイカルさん。わたしの元居た世界では、大トロはめちゃくちゃ高級部位だったんですよ! この一貫の大トロだけで五千シグルとか平気でいくんですから! 今日のマグロ一本で一千万シグルはいくお値段ですよ!」
大体、二百キロで百万から五百万円だから、四百キロを超えていたであろう今日のマグロは日本で売ればとってもいいお値段だったに違いない。
大トロのお寿司を無料で食べられる喜びと、口の中で五千円がとろけていく食感は、日本人ならヨダレが出てしまうところだろう。
ただね、この世界テスアロウではお刺身で食べるのは、イグラシアのような海岸の地域だけで、他の地域は干物にして焼いて食べることが主なの。
だから、大物の大きな魚より、干物にしやすい魚の方が好まれやすい傾向にある。そしてお値段も大物は以外にも安い。
「へぇー。ヒナコの世界は、これがそんなに高いのか。でも今日教えてもらったツナの方が美味いけどな」
「あ、それはわたしも分かります。大トロは高級で手が出にくいですけど、ツナは庶民の味方でいつでも食べられて、美味しくて安いものですからね」
ビバッ! 庶民の味方ツナである。
「ヒナが望むのでしたら、マグロの一匹や二匹いくらでも獲りに行きますよ?」
グーエンの目が本気だ……ッ!
わたしは頭を左右に振って、グーエンを止める。
「あのね、マグロは厨房の冷凍庫にぎっしり詰まっているの。他の食材が入らないぐらいにね。だから、当分は食堂メニューがマグロ続きになります! ちなみに、明日の食堂メニューはマグロのたたきにマグロ漬けを添えたどんぶり物です。毎日、マグロが続くと皆も飽きちゃうから、ね」
他の警備兵の人を見れば、少し考えた顔をしている。もしかして皆、同じ食材が続いても平気とかいうタイプの人たちなのだろうか?
「ツナ……美味しかった」
「ツナなら常備されていても、困らない気がする」
うんうん。ツナは美味しいけど、手作りツナの日持ちは一週間程度なんだよ。
わたしがそのことを話す前に元気な警備兵たちは、食堂の窓から身を乗り出していた。
「グーエン隊長! マグロを獲りに行きましょう!」
「仕方がないですねぇ」
「えっ! ちょっ、グーエンまで! 皆、待ちなさい! もぉー待ってって言っているでしょー!」
わたしの叫び声もむなしく、グーエンも他の人たちも外へ飛び出して行ってしまった。
ここは四階なのに、どういう運動神経をしているのか獣人族は……
そして、マグロはもう冷凍庫には入らないんだってば。
お願いだから、わたしの話を聞いてほしい。食堂でガクリと項垂れたわたしだったりする。
____Fin___
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夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)