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23章
秋の別れ
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【刻狼亭】の古株で長年、料亭の料理長として数々の人々の舌を唸らせてきた職人アーネス・ネイト。
若い頃は世界中の料理を食べ歩き、食を極めた伝説の料理人。
ただし、彼の伝説は食だけではなく、各地で食材として様々な魔獣を倒して回った事から、【魔獣食材人】という変な称号が付くぐらいの腕っぷしの料理人だった。
私がルーファスに拾われて料亭で最初に食べたお料理も、お誕生日や年始のお祝い事や各行事で出された料理全てがアーネスさんのものだった。
私も二十年以上の付き合いになるけど、ルーファスは四十年以上アーネスさんと付き合いがあり、自分の父親よりも関わりのある人だったから、アーネスさんが亡くなって葬儀の間は色々思うところがあったのかもしれない。
ルーファスが風呂敷の中身を聞きに、アーネスさんの家を訪れた時にはもう亡くなっていたらしくて、お茶を淹れて飲んでほっと一息ついた時に亡くなったようで、穏やかな顔でまだ温かい湯飲みを手に持ったまま亡くなっていたそうだ。
私とスクルードと会って、そう時間の経っていなかったから、生きているアーネスさんを見たのは私達が最後になる。あのしわの刻まれた柔らかな笑顔が、最後に見たアーネスさんの顔になった。
「大往生ですよ。親父も九十歳近かったですしね」
息子のリグリスさんはそう言って、穏やかな顔でアーネスさんが逝けたのは良いことだと言っていた。
アーネスさんは温泉大陸の墓地にあるトリニア家の先祖代々のお墓の近くに埋められ、従業員総出で別れを惜しみつつも見送った。
墓地から人がまばらに帰り始め、私とルーファスが最後に残った。
知っている人が亡くなるのは、いつだって悲しい。ルーファスに寄り添うと肩を抱かれて、「もう帰ろう」と促される。
小さく頷いて、私達は静かにその場を後にした。
「アーネスは、最後に何を持ってきたのだろうな……」
「入国記録には載っていなかったの?」
「黒水晶の入国証明札を持っている者は、【刻狼亭】の従業員やこの大陸の住民達になるが、入国で不審な者もいない。入国詐欺をするには黒水晶の札は魔法でかなり厳重に偽証できないようになっているから無理なはずだ」
「スーちゃんが知っているっぽいのに、あの子じゃ答えようがないから難しそうだね」
「ああ。最近、スーはエルシオン達と遊びによく出掛けるから、そっち方面でも聞いていくしかないな」
喪服を着替え終えて、夫婦の部屋から大広間に向かうと、庭でハガネとスクルードが焚火をしながら木の枝でサツマイモを焼いている様で、縁側に壺に入ったバターとお皿が置いてあった。
「ハガネ、ただいまー。スーちゃんを見ててくれてありがとうねー」
「おう、おかえり。芋がそこにあるから食ってていいぞー」
「はーい……って、無いけど?」
「んあ? そんなハズねぇんだけど……」
「かみさん、とったー!」
スクルードがそう言って、ハガネが「あー……」と、言った後、「クロかフェネシーが食ったのかもな」と言葉を濁す。
けれど、私は確かに「かみさん、盗った」と聞こえた気がする。
「スーちゃん、かみさんって人がここにまた来たの?」
「あい!」
「スー! その話を詳しく話せるか!?」
ルーファスも縁側に出てスクルードに問いかけると、ハガネが眉間にしわを寄せながら、頬を掻いてスクルードを抱き上げる。
「かみさんっつーのは、神社の神様のことだよ。スーの見えないお友達っつー奴だ」
「うーっ! かみさんいるもー!」
「はいはい。今度また神社に行ってこような」
ぽふぽふとスクルードの頭を叩きながらハガネが言うが……それでは、私が見たあの男性を「かみさん」と言ったスクルードの説明がつかない。
ハガネは飄々としているから表情が読み取り辛いけど、長年一緒に暮らしてきたのだから怪しいことだけはわかる。
「ハガネ! なにか知ってるなら教えて! なんであの人がアーネスさんが持ってきた荷物を持ち去ったのか知りたいの!」
「あー、だから、スーが最近、色んなもんを「かみさん」って言ってるだけだからな」
「私はスーちゃんから、そんなの聞いた事ないよ! 男の人にハッキリ「かみさん」って言ったもの!」
私とハガネのやり取りに、ルーファスが「ハガネ、知っていることを言え」と低く唸るように声を出す。
ハガネが片目を開けて、少しだけ考えこんでからスクルードを抱き直す。
「後で会えたら聞いてみる。会えなかったら諦めろ。あいつは敵じゃねぇし、きっと何か理由があるはずだ。ったく、そんなに睨むな! アカリも大旦那も、ここはスーに免じて見逃しといてくれ!」
「意味が分かんないよ!」
「俺もあいつに関しては、ワケわかんねぇんだよ! 神出鬼没だしよ、それに俺が喋ってスーに何かあれば、そっちの方が問題だろうが!」
益々意味が分からないけど、あの男にスクルードに何かされてしまうという事だろうか? 不安になってルーファスを見上げると、ルーファスはかなり怒っていて牙を剥いて唸り、髪や耳や尻尾の毛並みが逆立っていた。
「オレの家族に手を出す奴は、誰であろうと許さんっ!」
「あー、もう! だーかーらー、大旦那もアカリも少し待てって! あいつがスーをどうこうする訳じゃねぇし、それでもスーが危険なことになるかもしれねぇ、だから、今は大人しくしててくれ!」
カタン……と、後ろの机から何かを置く音がして振り返ると、アーネスさんの風呂敷包みが置いてあった。
「あ……っ、いつの間に!?」
「オレに気配を悟らせないだと!?」
ルーファスが獣化して鼻をヒクつかせて風呂敷の匂いを嗅いで「わからん……」と声を絞り出す。
床や机の匂いを嗅いだけど、侵入者の匂いがしないらしい。
獣化を解くと風呂敷包みを開き、中にあった木の箱を開ける。
中には古びた紙の束が入っていて、植物や魔獣の絵に料理の絵が描いてあることから、料理のレシピだということがわかる。
一番下に真新しい手紙が封をして置いてあった。
ルーファスがその手紙の封を切って静かに目を通し、途中で目頭を指で押さえながら唇を噛んで泣くのを堪えているような顔をしている。
「ルーファス……大丈夫?」
「……ああ。アーネスに、今度、酒でも持っていかないとな……」
「お手紙はなんて……?」
「オレの子供の頃の思い出話と、アカリと子供達のこと、それと、このレシピは【刻狼亭】に寄贈してくれるらしい」
「そう。……でも、所々、このレシピ黒く塗りつぶされてるね」
真新しい墨だから、アーネスさんが使えないと判断したレシピかもしれない。
私達が手紙とレシピに夢中になっている間に、ハガネはスクルードを連れて姿を消していたけど、アーネスさんの風呂敷包みが戻ってきたのは良かった。
若い頃は世界中の料理を食べ歩き、食を極めた伝説の料理人。
ただし、彼の伝説は食だけではなく、各地で食材として様々な魔獣を倒して回った事から、【魔獣食材人】という変な称号が付くぐらいの腕っぷしの料理人だった。
私がルーファスに拾われて料亭で最初に食べたお料理も、お誕生日や年始のお祝い事や各行事で出された料理全てがアーネスさんのものだった。
私も二十年以上の付き合いになるけど、ルーファスは四十年以上アーネスさんと付き合いがあり、自分の父親よりも関わりのある人だったから、アーネスさんが亡くなって葬儀の間は色々思うところがあったのかもしれない。
ルーファスが風呂敷の中身を聞きに、アーネスさんの家を訪れた時にはもう亡くなっていたらしくて、お茶を淹れて飲んでほっと一息ついた時に亡くなったようで、穏やかな顔でまだ温かい湯飲みを手に持ったまま亡くなっていたそうだ。
私とスクルードと会って、そう時間の経っていなかったから、生きているアーネスさんを見たのは私達が最後になる。あのしわの刻まれた柔らかな笑顔が、最後に見たアーネスさんの顔になった。
「大往生ですよ。親父も九十歳近かったですしね」
息子のリグリスさんはそう言って、穏やかな顔でアーネスさんが逝けたのは良いことだと言っていた。
アーネスさんは温泉大陸の墓地にあるトリニア家の先祖代々のお墓の近くに埋められ、従業員総出で別れを惜しみつつも見送った。
墓地から人がまばらに帰り始め、私とルーファスが最後に残った。
知っている人が亡くなるのは、いつだって悲しい。ルーファスに寄り添うと肩を抱かれて、「もう帰ろう」と促される。
小さく頷いて、私達は静かにその場を後にした。
「アーネスは、最後に何を持ってきたのだろうな……」
「入国記録には載っていなかったの?」
「黒水晶の入国証明札を持っている者は、【刻狼亭】の従業員やこの大陸の住民達になるが、入国で不審な者もいない。入国詐欺をするには黒水晶の札は魔法でかなり厳重に偽証できないようになっているから無理なはずだ」
「スーちゃんが知っているっぽいのに、あの子じゃ答えようがないから難しそうだね」
「ああ。最近、スーはエルシオン達と遊びによく出掛けるから、そっち方面でも聞いていくしかないな」
喪服を着替え終えて、夫婦の部屋から大広間に向かうと、庭でハガネとスクルードが焚火をしながら木の枝でサツマイモを焼いている様で、縁側に壺に入ったバターとお皿が置いてあった。
「ハガネ、ただいまー。スーちゃんを見ててくれてありがとうねー」
「おう、おかえり。芋がそこにあるから食ってていいぞー」
「はーい……って、無いけど?」
「んあ? そんなハズねぇんだけど……」
「かみさん、とったー!」
スクルードがそう言って、ハガネが「あー……」と、言った後、「クロかフェネシーが食ったのかもな」と言葉を濁す。
けれど、私は確かに「かみさん、盗った」と聞こえた気がする。
「スーちゃん、かみさんって人がここにまた来たの?」
「あい!」
「スー! その話を詳しく話せるか!?」
ルーファスも縁側に出てスクルードに問いかけると、ハガネが眉間にしわを寄せながら、頬を掻いてスクルードを抱き上げる。
「かみさんっつーのは、神社の神様のことだよ。スーの見えないお友達っつー奴だ」
「うーっ! かみさんいるもー!」
「はいはい。今度また神社に行ってこような」
ぽふぽふとスクルードの頭を叩きながらハガネが言うが……それでは、私が見たあの男性を「かみさん」と言ったスクルードの説明がつかない。
ハガネは飄々としているから表情が読み取り辛いけど、長年一緒に暮らしてきたのだから怪しいことだけはわかる。
「ハガネ! なにか知ってるなら教えて! なんであの人がアーネスさんが持ってきた荷物を持ち去ったのか知りたいの!」
「あー、だから、スーが最近、色んなもんを「かみさん」って言ってるだけだからな」
「私はスーちゃんから、そんなの聞いた事ないよ! 男の人にハッキリ「かみさん」って言ったもの!」
私とハガネのやり取りに、ルーファスが「ハガネ、知っていることを言え」と低く唸るように声を出す。
ハガネが片目を開けて、少しだけ考えこんでからスクルードを抱き直す。
「後で会えたら聞いてみる。会えなかったら諦めろ。あいつは敵じゃねぇし、きっと何か理由があるはずだ。ったく、そんなに睨むな! アカリも大旦那も、ここはスーに免じて見逃しといてくれ!」
「意味が分かんないよ!」
「俺もあいつに関しては、ワケわかんねぇんだよ! 神出鬼没だしよ、それに俺が喋ってスーに何かあれば、そっちの方が問題だろうが!」
益々意味が分からないけど、あの男にスクルードに何かされてしまうという事だろうか? 不安になってルーファスを見上げると、ルーファスはかなり怒っていて牙を剥いて唸り、髪や耳や尻尾の毛並みが逆立っていた。
「オレの家族に手を出す奴は、誰であろうと許さんっ!」
「あー、もう! だーかーらー、大旦那もアカリも少し待てって! あいつがスーをどうこうする訳じゃねぇし、それでもスーが危険なことになるかもしれねぇ、だから、今は大人しくしててくれ!」
カタン……と、後ろの机から何かを置く音がして振り返ると、アーネスさんの風呂敷包みが置いてあった。
「あ……っ、いつの間に!?」
「オレに気配を悟らせないだと!?」
ルーファスが獣化して鼻をヒクつかせて風呂敷の匂いを嗅いで「わからん……」と声を絞り出す。
床や机の匂いを嗅いだけど、侵入者の匂いがしないらしい。
獣化を解くと風呂敷包みを開き、中にあった木の箱を開ける。
中には古びた紙の束が入っていて、植物や魔獣の絵に料理の絵が描いてあることから、料理のレシピだということがわかる。
一番下に真新しい手紙が封をして置いてあった。
ルーファスがその手紙の封を切って静かに目を通し、途中で目頭を指で押さえながら唇を噛んで泣くのを堪えているような顔をしている。
「ルーファス……大丈夫?」
「……ああ。アーネスに、今度、酒でも持っていかないとな……」
「お手紙はなんて……?」
「オレの子供の頃の思い出話と、アカリと子供達のこと、それと、このレシピは【刻狼亭】に寄贈してくれるらしい」
「そう。……でも、所々、このレシピ黒く塗りつぶされてるね」
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