黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

サクラを求めて 終

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 サクラが泣く声を自室の扉の前でスクルードは聞いていた。
直ぐに扉を開けてサクラに抱きつきたい衝動を抑えて、思い出すのはサクラが殺された日のことだ。

 温泉大陸に静養に来ていたカイザー国の王弟が暗殺されたことで、カイザー国から【刻狼亭】は暗殺者の手引きをしたと疑いを掛けられた。

 カイザー国といえば、フィリアの元嫁ぎ先でもあり、相手の国が弱小なのを良いことに戦争をするか、カイザー国の配下になるかを迫って国を拡大していくような、性質タチの悪い大国でもある。

 疑いがもたれたのも、温泉大陸の入国はかなり厳しく通行証明証を手に入れることこそが、王族や貴族、高ランクの冒険者のステータスといえる物で、大金を積んでも手には入らず、偽造も出来ない仕様になっている。
街に住んでいる者の中でも【刻狼亭】に関わっていなければ、まず入国出来ない。

「カイザー国のことだ……暗殺者を自分達で用意して護衛と共に入国させ、我々に罪を着せるつもりかもしれん……」

 父親のルーファスが眉間にしわを寄せたまま言い、兄のリュエールも「その線も洗ってみます」と言って、暗殺事件を調べ始めた矢先のことだった。

 次々と暗殺されていく人々が温泉大陸で相次ぎ、姿が見えない犯人ということで浮き上がったのが、【ユニコーン】と言われている、透明化の魔法を使う暗殺者。
二十五年前に温泉大陸で幼い子供達を襲った犯人で、取り逃がしてしまった男である。
 幼い子供が好きで未経験の体を好むことから、おとぎ話の処女にのみ反応するユニコーンのようだと言うことからついた通り名だ。

 五年前に姉ルーシーの夫を暗殺した男でもある。

「殺してやる……ッ! あいつのせいでルーがどれだけ苦しんでいるか!」
「絶対に見つけ出す! ボク等の妹の悲しみを味合わせてやるッ!」

 兄のティルナールとエルシオンが怒り狂い、獣人を中心とした嗅覚に頼った犯人探しが始まった。


 その当時のスクルードは二十七歳で、四年前に異世界で出会った、日本人の桧並桜ひなみさくらと結婚して、幸せいっぱいの毎日を過ごしていた。
温泉大陸で美容院を開き、赤レンガの外装に黒いアーチ階段のある、少し温泉街には珍しい建物。
そこが二人の家だった。サクラの美容室をそのまま再現したのだと得意顔でスクルードは自慢する。

 サクラはスクルードのつがいで、異世界で出会って直ぐに連れて来てしまって、四年前はそのことで散々怒られて、異世界へ行くことを禁止させられた。
それでも、番と出会えなければ独身だったかもしれないスクルードの気持ちも判らなくはないと……トリニア家の人々は溜め息半分でスクルードを見守っていた。

「サクラ、危ないみたいだから家の中に居てね?」
「わかった! 帰ってきたら髪を切ってあげるね!」
「うん! サクラ行ってくるね!」

 それがスクルードとサクラの最後に交わした言葉だった。

 兄達と犯人の匂いを追っている時に、サクラとの番の繋がりがプツリと途切れ、不安で叫ぶような声を上げて自宅の美容院に帰ると、床が血だらけでサクラの姿が何所にも無かった。
サクラの匂いと血の跡を追いながら行きついた先は崖のある海で、転落防止に建ててあった柵にはサクラの血と服の一部が残っていた。

「サクラーッ!!」

 叫んだ声に答えてくれる声はなく、海からサクラの遺体の一部が見つかったのは二日後だった。
兄のシュトラールに蘇生を頼んだが、体の一部だけでは蘇生は出来ないこと、日数が経ち過ぎていることで出来ないと言われた。

 時間移動してサクラを取り戻そうとしたスクルードを止めたのはハガネだった。

「時間移動するなら、歴史を変えることに繋がる。安全で確実な方法をとらねぇと、サクラの存在そのものだって消えちまうんだぞ! サクラを取り戻したら、他のルーシー達だって、頼んでくるかもしれねぇ! キリが無くなるんだぞ!」
「それでも、俺はサクラに会いたいッ! ルーシーねぇの旦那さんも助ける! 全部、俺が背負うから、止めないでよ!」

 そんなやり取りが何日か続き、犯人を捕まえた時に犯人がサクラを殺した理由が、「あの女がオレを見て笑ったからだ!」という理由だった。
透明化をしている犯人を見ることなど出来ないのに、偶然笑っていた時に、犯人がサクラの店の前を通っただけだったのだろう。

 犯人は温泉大陸で王族と幾人かの暗殺仕事をしたら、老後を悠々自適に暮らす算段を付けていたという。
ルーファスが最初に言っていたカイザー国からの依頼だった事も判明し、入国に引っ掛からないユニコーンを使った件も含めて、【刻狼亭】の報復がカイザー国にあったが、報復しても死んだ者は戻らない。

 スクルードが温泉大陸から姿を消して、時間移動して異世界に渡り、出会った日のサクラに会いに行った。
しかし、スクルードが四年前に連れ出した為に遠くから、幸せそうな自分と困惑するサクラを見ることしか出来なかった。

「なんで……サクラは、居ないんだろう……」

 ポツポツと涙が零れて、なにも無い空っぽのサクラの美容院の床で大きな黒い狼は体を丸めて泣いている。

「スーちゃん」

 母親のアカリが時間移動の魔道具を使ってスクルードを探しに来て、スクルードの横に座る。

「あのね、家族みんなで今回の事件から昔の事件まで調べ上げたの。それでね、ハガネが仮説だけど……スーちゃんの二歳の頃までさかのぼって事件の始めに、何事も温泉大陸では起きないように異世界人の犯人をこの世界に送り返すの。そうしたら、色々変わって、スーちゃんはサクラちゃんが死なない未来を掴めるかもしれない」

 アカリの言葉にスクルードは直ぐに飛びつきたかったが、ハガネに昔から時間移動の魔法に関しては色々注意を受けていた。

「そうしたら、死んだ人達の歴史の改変で色々不味くなるんじゃないかな……」
「うん。だからね、スーちゃんには変えた後どうなるかも見てきて、それで世界が無事に回るのかどうかを調べてもらうことになる。凄く大変だけど、やる? もちろん母上も手伝うよ!」

 昔から変わらない優しい顔で笑うアカリに、スクルードは小さく首を振る。

「俺、一人でやるよ。母上のソレ、お金ガンガン飛ぶから、十九代目の時にお金残せないよ?」
「ハガネがね、俺を頼れよって言ってたよ。どの時代の俺もスーの力になってやっから、遠慮すんなって」
「うん。それじゃ、一度帰ろうか。資料とか欲しいし」
「スーちゃん、頑張ろうね! 何かあれば母上が絶対スーちゃんを助けに行くよ!」

 アカリの手を握って自分達の世界へ帰り、ルーファスに怒られ兄達にも少し怒られつつも、家族総出で事件に関わって亡くなった人や、怪我をした人を調べ上げ、時系列を作っていった。
途中で【刻狼亭】の従業員達も関り、怪しげなポーションや秘匿している魔法をコッソリ教わったりしつつ、準備を進めていった。


 よく晴れた日に親戚一同で集まって、笑顔のままの歴史でいられるように願いを込めた一枚を撮った。
そこにルーシーも無理をして参加し、必死に笑ってみせた。

「スーちゃん、わたしは信じて待ってる。サクラちゃんや旦那様が無事に帰ってくることを」
「うん。もし、サクラが無事に戻ったら、この写真にサクラが居るはずだから」
「スーちゃんも無事に帰ってきてね」

 ルーシーと抱き合って、写真をポーションホルダーに入れると家族に見送られて、時間移動を繰り返し、歴史の改変を繰り返し、やっと異世界に行った時、四年前に自分が連れ去り居なくなったはずのサクラが、連れ去られずにそこに居た。

___カランッ。

 美容院の扉を開くと、「いらっしゃいませ」と笑顔でサクラが出迎えてくれる。
嬉しさと番の香りに思わず、獣化してしまい、サクラに「うちはペットトリミングはしてないわよ?」とポカンとした顔で言われた。

「でも、サラサラで長い毛並みね! 切りたいわー! でも犬かー大きいなぁ……ペットも人も変わらなくない? やっちゃう?」
「待って、待って! 流石に全身切られるのは嫌だよ?」
「うわっ! 犬が喋ったー!! って、さっきの男の人が中に入ってるのよね? 営業妨害よ?」
「あっ、ごめん。俺、獣化するとサイズ大きいから、人型に戻るよ」
「うわぁお! さては……ッ! 今流行の異世界人だな!?」

 ノリの良いサクラは初めて会った時もこういう風だったと、スクルードは目を細める。
あの日、サクラが死んだ日が過ぎるまでは……サクラには、ここで安全に過ごしてもらおう。そう思って、毎日サクラに会いに来て、「ただ飯食い!」とサクラに言われる日々を過ごした。

「四年後の六月十二日、俺の髪を切ってよ」
「もっちろん! 切らせてくれるの!? やったー!」

 サクラに、サクラの死を隠して自分が異世界を渡り、時間を移動している話をした。
全てが終わって、無事にサクラが死んだ十一日が過ぎてもサクラが無事なら、また一緒に温泉大陸で美容院を開こうと言うつもりで、四年間を過ごしてきた。

 異世界に男を送り返し、過去は変った。
そして、未来の家族写真の中にサクラが笑っている姿を確認した。
だから___あとは、サクラを連れて行くだけだ。

 

「サクラ、扉を開けていい?」
『駄目! もうスーは帰れば良いじゃない! 異世界でもどこでも!』

 ボスンッと扉に柔らかい物が当たった音がした。
きっとクッションか枕だろう。

「ねぇ、サクラ。俺の世界ってね、美容院って珍しくて、大体は母親が切ってくれたり、器用な人に頼んだりするんだ」
『魔法でパパッと出来るんでしょ、どうせ!』
「ううん。魔法だとかなり力を加減したりで、微調整が難しくて出来ないんだよ」
『なによ! 異世界で美容院でもやれって言うつもり!』
「そうだよ。サクラの美容院をそのままソックリに造って、四年前から用意してたんだ。あとはサクラが来てくれたら完璧なんだ」
『異世界に行けって言うの? なに冗談言ってるのよ!!』
「うん。一緒に行って欲しい。それで、俺と一緒に暮らそう?」
『なによそれ! プロポーズでもしてるって言うの?』

 コンコンッ。
スクルードが扉をノックする。

「プロポーズはちゃんと顔を見て言いたいから、出て来て欲しいな」
『!?』

 ガタガタッと物音がして、バタンドタンと大きな音にゴロゴロと何かを引きずる音がサクラの自室から響き、スクルードが扉に手をかけると、バンッと扉が開き、ゴンッとスクルードの鼻に扉が勢い良くぶつかる。

「~っ!!」

 痛さに鼻を押さえていると、白いノースリーブワンピース姿に白い帽子を被ったサクラが、大きなトランクを引きずって出て来る。

「……サクラ?」

 トランクをスクルードに押し付けて、サクラが仁王立ちする。

「もう! 一緒に暮らそうって言ってくれなかったら、ココまで準備してたことが恥かしいことになってたじゃない!」

 帽子で顔を隠しながら、薄く桜色に染まった肌を見て、スクルードは笑顔で尻尾を振る。

「サクラ! 俺と結婚して、俺と一緒に美容院やっていこう!」

 抱きしめるとサクラが「あーっ!」と大きな声を上げる。
スクルードが首をかしげてサクラを見ると、サクラは「大事な物を忘れてたの!」とバタバタと騒がしく外へ出て行く。
慌ててスクルードが追いかけると、サクラは美容院の看板を外していた。

「これ! 絶対大事なんだから!」
「あー……ついでに植木鉢も持っていく?」
「いいの!? じゃあ、全部持っていく!!」

 野ばらの植木鉢を抱えてサクラが笑い、スクルードが「まだプロポーズの答え聞いてないよ?」と言うと、「かがんで!」と言われ素直に屈むと、背伸びしてサクラがキスを軽くしてきた。

「んっ! もう一回!!」
「ダーメ! ほら、早く荷物運ぶの手伝って!」
「サクラ~!!」

 少し情けない声を出しながらも、嬉しそうなスクルードの声が美容院の前で上がっていた。
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