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三章

麻乃の夢①

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 私が夢に見るのは、いつも決まって『桜』が舞うところからだ。
 狼の姿で小さな私を背に乗せてくれる御守さん__スイが居て、スイは私をいつも目を細めて見守ってくれていた。

 その桜は、どこの桜なのか……
 私の夢の中では、まだ見つけることはできていない。


 
 私が子供の頃に住んでいた場所は、きっとマンションだったと思う。
 内装は子供目線の為か、酷く大きく感じられるだけかもしれないが、それでも十分に広かった。
 部屋の様子しか夢には出てこないが、高級そうなマンションは戸建てのようで、玄関を入って広がる大きなホールにはおおかみ宿舎の地下で見た木が植えてあり、周りをベンチのが囲んでいたのだから、植物園のようでもあった。
 ホールの奥には広い廊下があり、左右に部屋があるものの、そこは衣装を入れてあるクローゼットになっている部屋だし、リビングには子供用の木で作られた台所やドールハウスが置いてあった。
 それらは全て、小さな私のために用意されたものだった。
 
 私にとても甘い父と、私とは友達のように遊んでくれる母、そしてスイが住んでいて、各自の部屋もあったし、客間用の部屋やバーカウンターになっている部屋に、ルームシアターになっている場所もあった。
 
 聖獣と呼ばれる白虎の父だけあって、金持ち……その一言に尽きるだろう。
 父や母が生きていたのならば、私はとんでもないお金持ちだったかもしれない。


 小さな私はスイの部屋に何度も入ろうとしては、母に怒られていた。

「コラッ! スイの部屋は入っちゃダメだって、ママ言ったよね?」

 綺麗で人を魅了しそうな母の声は、よく耳に通るものの、腰に手を当てて怒り、私は口を尖らせて「だって」と、手をいじりながらスイの部屋が見たかったんだもんと、すくれる。
 
「まったく、アンタって子は、懲りないんだから……でもまぁ、ママも気にはなるのよ? でもね、人には大事なものがあるの。それを壊してしまったり、傷つけてしまったら、元には戻せないでしょ?」

 夢を見ている私には、その言葉は分かるが、小さな私は首を振る。
 長いストレートの髪をかき上げて、母は「うーん」と、良い例えを見つけようとして目頭を押さえる。
 おそらく、悩んだ時の母の癖のようなものだろう。

「この間作ってくれた折り紙のセミ! あのセミが破けたとするじゃない? そうしたら、もう二度と同じセミは手に入らない……って、わかるかしら?」
「おんなじのつくれるよ?」
「それは無理よ。だって、アレはパパがお土産にくれた包み紙で作った物で、ママが花丸を描いてあげたのよ? パパがまたお土産を買ってくれて、ママが花丸を描いても、それは似たようなもので同じじゃないの」
「わかんない……」
「うーん。ママはこういうの得意じゃないのよね。まぁ、つまりは、大事な物って思い出とか、その時その時の背景があるんだけど……難しいわよね?」
「むずかしいね」

 母は困った顔で頬に手を当て、「だよねぇ」と肩を落とす。
 そんな母に小さな私は、ケロッとスイの部屋にはいる目的を忘れて、口元を両手で押さえて笑っていた。
 私の小さい頃の日常は、そんな風な毎日を家の中で過ごしていたと思う。

「ねぇ。スイ、スイのおへやがみたいの!」

 小さな私は、スイの居ない間に部屋に侵入するのではなく、スイがいる時にスイの部屋に入ることを試みることにしたのだ。
 本人の了解を得て入ってしまえば、問題はない。そう考えての事だったのだろう。
 お子様ながら、我ながら、なんともせせこましい子供である。

 当時のスイは髪が短く、でも今と変わらない姿をしていた。
 私、子供の頃からスイの顔が好きだったのだなぁと、我ながら面食いである。

「別に構わないが、楽しいものなど何もないぞ?」
「ふっふー! やったぁ! ママ! スイがおへやにはいってもいいって!」
「ゲッ、小百合もなのか?」

 スイは眉間にしわを寄せて難色を示したが、母が手をボキボキ鳴らして「ゲッとは何よ?」と、スイの耳を引っ張って「スイの部屋にレッツゴー!」と、声を出して小さな私に「開けるのよ!」と指示を出した。
 小さな私は大喜びでスイの部屋を開けた。

 スイの部屋は真っ暗だった。
 真っ暗というより、黒一色と言えばいいのだろうか? 家具から何から何まで黒で統一されていた。
 スイが部屋の電気をつけ、カーテンを開けるとシンプルな何もない部屋だった。
 ベッドと机と備え付けのクローゼット、コート掛け、本棚。
 そんな物しかない。
 唯一、白い布が掛けてあったものが、壁に掛けてあった。

「アンタの部屋、辛気臭いわね」
「これだから小百合には見られたくないんだ」

 母とスイが小競り合っていたが、小さな私は壁に掛けられている白い布がすごく気になっていた。
 四角い布はまるで何かを隠しているような、大切に守っているような……暴いてはいけないパンドラの箱、そういう物のような気がした。

「スイ。アレはなに?」

 小さな私は、聞いてはいけない物だと本能では感じ取っていたのに、聞いてしまう。

「これか? 絵だよ。古い古い絵」
「何なのよ? 見せてもらってもいいんでしょ?」
「構わんが、オレも見るのは……五百年ぶりくらいかもしれないな。絵がどうなっているやらだ」

 母が布を外し、古い油絵のような人物画がそこには描かれていた。
 今より少し若いスイと椅子に座った優しく微笑むドレスを着た女性。

「意外と、劣化はしていないものだな……懐かしいな」
「この女は誰なの? どこかで見た感じはするけど、何だろう?」
「この女性は、私の妻キーユだ」
「ハッ!? アンタ、妻帯者だったの!?」
「大昔の話だ。まだオレが人間だったころのな」

 妻、お嫁さん、花嫁さん、小さな私の頭の中はグルグルとその言葉が回っていた。
 小さな私は、初めての恋に破れた瞬間でもあった。
 小さな私はワンワン泣き出し、スイと母は一生懸命慰めてくれたのを覚えている。
 初めての失恋。
 
 けれど、その絵を見て、私は今の大人になった自分の姿が……スイのかつての妻によく似ていることに動揺を隠せない。

 スイは、私を……本当に好きなのだろうか?
 私は、スイの奥さんのそっくりさん……ただ、それだけなのかもしれない。
 夢から覚めた時、私はひどく、落ち込んでしまった。
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