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所有などできやしない
しおりを挟む毎日毎日、突き返しても贈られてくるドレスは現金に代わりかなりの額に達している。
そろそろ二人の結婚祝いに何か買ってあげようかしら。なんて考える心の余裕さえ持てる私はかなり進歩したように感じる。
社交会シーズンに入るまでに揃えるべきものは大凡揃ったし、そろそろ発散の為の買い物にも飽きて来たので、次はお酒でも覚えてみようかと貴族がお忍びで通うという店に来た。
ここでは身分を明かさないのが原則で、顔を隠しても良いし隠さなくてもこの店の中での出来事や会話は外に漏らさないのがルールらしい。
アップにしてもらった髪には金の髪飾りを、ドレスは真っ黒な物を選んだ。もうカルヴィンの好みには染まらないという私の中だけの意思表示でもあった。
「ここで一番強いお酒を頂戴」
「かしこまりました」
両親は酒に強い体質なのできっと私も大丈夫な筈だと注文したものは思いの外強くてツンとした風味に舌がピリッとしたと思えば甘い味に甘やかされる。
喉を通るとカッと熱くなって、飲み終わる頃にはほんの少しだけ頭の中がふわふわとするような気さえした。
「お強いのですね」
「え、私ですか?」
「レディに突然声をかけて無礼だったかな……」
「いえ、丁度話し相手が欲しかったんです」
白みがかった金髪にカルヴィンに劣らないどころか、遥かに整った顔立ち。サファイアのような青い瞳と目元の黒子。
所作や装いを見ても一目で高位貴族だと分かる。
どうやらすこし前から隣の席に居たようで、この酒を二杯も呑もうとしている私が心配になって声をかけたのだと言う。
「かなり強いものなので、二杯目を注文するレディは初めて見ました」
「実はお酒を呑むのが初めてで、よく知らないんです」
「初めてですか?なら、口当たりの良いものをご馳走しても?それは僕が代わりに頂きます」
「あっ……」
間接キスなど気にならないのか、かなりモテそうな人だしなと考えてから「ま、いいか」と自己完結させて勧められたものを呑む。
さっきのものよりもまろやかで、甘くて、程よく喉を通る熱が心地いい。
「美味しい……」
「良かった、あまり強いと危険だからね」
「危険?」
「ほら、見て」
視線の先には酔ってしまったのか、ぐったりとした令嬢と介抱しているように見える紳士。
二人が店の外へと消えるのを見てから、彼は「あれは狼だよ」とだけ言って眉尻を下げた。
「きっと今頃どこかの部屋を借りてる筈だよ」
ハッとして「助けなきゃ」と言うもののこの店ではそういうコトにも干渉しないのがルールらしく、社交会と同じで自分の身は自分で守らねばならないと教えてくれた。
「じゃあ、貴方は何故教えてくれたんですか?」
「僕にも分からないんだけどーーー」
彼が話終わらない内に、私のグラスを持つ手は背後から何者かに捕まれて隣の席の彼はさっきまでと違う凍りつくような無表情で背後の誰かを見ていた。
「誰」
「酒はいけないと教えた筈だが?」
よく知った声、酒の所為か耳元で囁かれた声がやけにお腹に響く。けれど同時に彼に感じた事のない嫌悪感が湧いて、咄嗟に出た声はとても低かった。
「やめて、貴方には関係ないわ」
「ほんとか?」
「離して」
「男と酒を呑むなんて、悪い子だなーー」
やはり、カルヴィンだと確信する。
振りかえらなくても分かる彼の怒りは長年を過ごしたからだろう。ただそれだけでそれに屈する理由は無い。
「その手を離してあげてくれない?」
「ーー、貴方は……っ」
「このレディは僕の友人なんだ」
「そんな訳ありません」
「違うかったかな、レディ?」
「違いません。今、友人と呑んでるの。だから帰って」
カルヴィンの手は離れたものの、まるで辱めるように「この女性は私のモノなんです」と目の前の彼に説明する。
「違……っ」
「彼女を所有しているような言い方だな」
「そのようなものです」
「ありえないな、彼女はこんなにも自由なのに?」
立ち上がってまるで「おいで」と言わんばかりに差し伸べられたその手を私は取った。
「リベルテ!!」
「私は自由よ。貴方の所有物じゃない」
カルヴィンの引き止める声に胸は痛まなかった。
ただせめてもう一口あのお酒が飲みたかったなとだけ考えた。
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