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甘いお酒と苦い思い出
しおりを挟むあのまま、馬車に乗って暫く夜の街を走った。
私が「夜の街を見るのは初めて」だと言うと彼は「そうだと思いました」と笑ったからだ。
結果、私は多分お酒には強かった。
くすねて来たと言うウイスキーボトルを二人で空けたけれど、私はあの令嬢のようにぐったりしなかったし、彼は狼では無かった。
いつもよりふわふわとした頭につけ込む訳でもなく、ただ上着を貸してくれて邸の裏まで送ってくれただけだったから。
「私達、良い友人になれますか?」
「貴女が望むなら、喜んで」
最後まで紳士的な人だったなと、もし次に会えたら私がご馳走する事を約束してさよならをした。
「おはようございます、お嬢様!」
「キャシー、やけに元気ね」
「お嬢様が男性の上着を持って帰ってくるなんて!」
「ただの友人よ」
「ふふ、分かってますよ。旦那様には秘密で綺麗にしておきますねぇ」
(全然、分かってないじゃない……)
それでも、私がカルヴィンの元へ会いに行く支度をしている時に鏡越しにみるいつものキャシーの表情よりは数倍、今のキャシーの表情が好きだと感じた。
「キャシー」
「はい、お嬢様」
「いつもありがとう。心配かけてごめんね」
「ーっ、そんな!勿体無いお言葉ですっ」
涙を浮かべて、とびきりの笑顔をくれたキャシーに私までつられて笑顔になった。姉のようにも思ってきた彼女の笑顔に幸せな気分になった。
身支度を終える頃、廊下の方が慌ただしくなってキャシーと顔を見合わせる。
「困ります!伯爵様!」
「お通しできかねます!」
「煩い、通せ」
不躾に扉を開いたのはカルヴィンだった。
「なんで来たの……?」
「昨日のアレはなんだ」
「お父様とお母様は知ってるの?」
「幼馴染だぞ?快く通してくれたさ」
「……帰って頂戴」
私を守るように立ちはだかったキャシーの腕を掴んで扉の向こうに投げつけると部屋の鍵を閉めたカルヴィンは私に近寄って来た。
「何故、手紙に返事をしない?」
「堂々と不貞を働くつもり?」
「なら何故、贈り物を受け取らない?」
「受け取ってるわよ」
「金に換えてるのも知ってる」
「何故昨日はあんな所に居た?」
「何故駄目なの?」
カルヴィンは苛立ったように私を抱き上げると乱暴にソファに降ろして覆い被さった。
「やめて!離してカル!!!」
「何故黒ばかり着る?あの人がそんなに良かったか?」
「意味が分からないわ、やめて頂戴!!」
「あの人は、不能な筈だぞ」
そう言って私の首元に噛みついたカルヴィンがドレスをたくし上げた所でキャシーが合鍵を取ってきたようで騎士達と扉を開けて入って来る。
「チッ」
「もう会いに来ないで」
「こんなに欲しがってるのに?」
「だとしても、相手は貴方じゃないわ」
こんなにも怒った顔を見たのは初めてだと冷静に考える。
カルヴィンは確かに妻を大切にしているし、していた筈だ。
私はいわばお気に入りの玩具程度のものだったはず。
しかも昔から持っている飽きのまわった玩具だった。
人が集まって来たおかげで、私から離れて帰って行くカルヴィンの背中を見てふと「何で好きだったんだろう」と思った。
あんなにも愛した人が、こんなにも身勝手で酷い男だったなんて、カルヴィンのおかげで伝線したストッキングを眺めながらぼんやりと考える。
「リベルテ」
「なに……」
「お前は私のモノだ、手放す気は無い」
「もう遅いわ」
「言ってろ」
絶対に思い通りになんてならない。
「じゃあ、どうしてあの子を選んだの?」と言う言葉は飲み込んだ。何故かもう今はそんな事どうだって良い気がしたから。
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