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好きな色と、似合う色
しおりを挟む立ち寄ったのは気まぐれだった。
貴族御用達の店のカウンター席にぴんと背筋を伸ばして座る後ろ姿が目に入って、自分の家門の色でもある黒色がよく似合う女性だなと思った。
時々見る、必須行事にしか出ないと噂のとある令嬢を思い浮かべて彼女はよく緑色のドレスや、宝石を好んでいたなと考えた。
小柄でありながら、そう思わせないほど堂々とした立ち振る舞いに美しい容姿、白い肌に赤い髪が映えて彼女に目を惹かれる男は多い。
だけど新興貴族だという些細な問題以上にもっと、気になる噂が付き纏う女性だった。
カルヴィン・エスト伯爵
愛妻家で有名な彼とは幼馴染だというが、それ以上の関係であるとも言われており彼女が彼に従順だと言うことも有名だった。
(似ているが、まさかな)
容姿は似ているが、目の前の女性は黒のドレスを着ている。
まるで決められているかのようにエスト伯爵を連想させる色使いの装いを常に着ていて、パーティーではお酒のグラスに一度も口をつけた事のない彼女はどう見ても目の前の女性とは違う。
強いお酒を驚くペースで飲み干して、同じ物を再度注文しようとする彼女が気になったのは勿論だったが、何故だか此方に気付いて欲しいだけだったのかもしれない。
想像した通り、彼女はお酒に詳しくは無かったしまるで所有物だと主張するような嫉妬と怒りに満ちたエスト伯爵が彼女の頭の先からつま先までを確かめるように見た後、彼女の手首を掴んだ。
どうやら噂とは違うようだ。
従順で、愛故に不当な扱いに耐えていると思われていた令嬢は、所有物のように扱われる事に羞恥を見せ、理不尽に自分への貞淑さと誠実さを求める彼に嫌悪感を見せた。
「あー……忘れられないな」
あの真っ直ぐな背中、黒が映える肌、美しくて鮮やかな赤髪、輝きこそ強気でいながら、どこか守ってやりたくなる瞳の奥の憂い。
凛とした声、整えられた所作、静かな足音さえも、全てがズドンと僕のあちこちを撃ち抜いてもう彼女じゃないとそれを埋めることはできないとさえ思ってしまう。
一目惚れ、とは違う。
ずっと知っていた、ずっと興味があった、けれど知ればもっと欲しくなった。
「マリス・スペーシィに黒のドレスを幾つか頼んでくれ」
「閣下、お相手は?」
「リベルテ・シャンドラ伯爵令嬢に」
「閣下……!」
「大丈夫、彼女は愚かじゃないよ」
黒で塗り潰してやりたいなんて、邪な衝動が込み上がってふと部屋の装飾の我がゴールディ公爵家の家紋が目に入る。
「後、金とルビーを使った宝飾品と、僕の瞳の色に合わせた指輪もお願いするよ」
今回もまた、意図を正しく汲み取ったであろう執事が「畏まりました」と返事をしたのを聞いてから馬鹿馬鹿しいと放ってあった招待状の山へと目を向けた。
「……どこなら会えるかな?」
向こうは此方が誰だか気付いて居ないだろう。
贈り物が届く頃には「友人」だと言ったことすら、無礼なことをしたと謝罪してきてつき返されるかもしれない。
それでも、まずは友人として彼女の自由の後ろ盾になってやりたいと思ってしまうのだ。
「ありがた迷惑、だろうけど」
(気になるんだよなぁ……)
自分が愛した男への愛を貫き通す彼女が、彼を信じ続けた誠実さを羨ましいと思った。
それが自分に向けられたら如何だろうかとも……
もし、エスト伯爵が彼女より婚約者と早く出会っていれば彼女は彼を待つ事は無かっただろう。
一番愛する人だという言葉を信じ傷ついた彼女の傷を埋めてその一途な瞳が自分に向けばいい、なんて……
(まるで、恋でもしたようだな)
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