27 / 29
模造品なんて言わせない
しおりを挟む王族を除けば国内で最高位の貴族であるゴールディ公爵家と、同じく国内でいちばんの富豪のシャンドラ伯爵家の縁が深まっていることに注目している社交界では、すっかりと暗黙の了解でエイヴェリーとリベルテの仲が公認されている。
本人達は自分たちが勢力的な意味合いだけでなく、まるでロマンス小説の主人公達のように人々の関心を引いている事を知らない。
そしてそれが気に入らない者がふたり。
エスト伯爵夫妻だ。
エリシアは煙草をもう何本も灰皿に押し付けて苛立っている様子を隠さないカルヴィンを見て唇を噛み締めた。
私はカルヴィンを愛している。
彼の優しさが上辺だとしても、エリシアはカルヴィンが好きで堪らなかった。
あの模造品ばかりと夜を共にしているとしても。彼はエリシアの前ではまるでお姫様のように私を大切にするのだ。
あえてリベルテとは違う魅力や利益でカルヴィンを手に入れた。
汚い手だって沢山使うし、手段だって選ばない。
リベルテのようなありのままを愛してもらえると自信に満ちた女がいちばん嫌いだ。
愛しているのは勿論カルヴィンだ。
ゴールディ公爵の事はよく知らない。
けれどこの国で一番の良い男が私でもなくリベルテを追いかけ回しているという事実に腹が立つのだ。
カルヴィンにリベルテを騙し続けさせたのは、リベルテを「不倫女」にする為でもあった。
両親は援助する金が惜しかったのかもしれないが、エリシアにとってそれも都合がよかった。
まさかカルヴィンがこれほどまでにリベルテに執着しているとは思ってもいなかったが、辛い時期を長く耐えた甲斐があってリベルテはやっと皆の笑い者となった。
カルヴィンを手に入れ、気に入らないリベルテの評判を地まで落とした。
なのにーーー
「ほんとうに、嫌いよ」
最愛の夫は今だにリベルテの名を呼び、模造品を抱く。
夫が帰ってこない醜聞よりも、家門内でことが済むようにとレビアをうちの侍女にしたが彼は都合の良い事には口出しをしない。
「私は愛されてるわ。ちゃんと全て手に入れたのよ」
あんな成金の卑しい女にも、成金の卑しいリベルテの真似をするしかカルヴィンに相手にされないレビアとも違う。
レビアのように手酷く抱かれたことはないし、名前だってちゃんと「エリシア」と囁いてくれる。
ゴールディ公爵は相手が悪い。
簡単に手を出せる人物ではない。
私の目を盗めていると思っているカルヴィンに今夜も手酷く抱かれるのだろう模造品を思い出してエリシアは従者を呼んだ。
「模造品を呼んでちょうだい」
「はい、エリシア様」
罪悪感からか、恐怖からかレビアはいつもおどおどしている。
カルヴィンの前では堂々としたリベルテの模造品なのに、エリシアの前ではきちんと服従する所がレビアの気に入っている部分だった。
「お、奥様……参りました」
「レビア、ごめんなさいね」
レビアの頭を撫でて、微笑みかけると肩を揺らして縮こまる。
カルヴィンの不在中にきちんと躾をしたかいがある。
そう考えてエリシアは満足気に笑った。
それでもレビアはエリシアの夫を愛し、彼と夜を過ごすのだ。
腹の中ではエリシアを笑っている。
エリシアにしてみればリベルテよりもはるかに、レビアの方が強かな女だと思った。
(ゆっくりと壊して、カルヴィンには私しかいないと分からせなきゃ)
「今日はお客様をもてなす手伝いを頼みたいの」
「はい……」
「なぁに、夜までには終わるわ」
「えっ、いえ……そんな」
カルヴィンの取引が難航している相手、隣国のイズタン侯爵はなんとリベルテに興味を持っていた。
「きちんと模造しなさいね。背中曲がってるわよ」
「ひっ……す、すみません!」
「粗相の無いようにお願い。カルヴィンの大切な取引の相手なの」
表情をぱぁぁっと明るくさせたレビアの分かりやすさに口角を上げた。
346
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。
※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる