15 / 27
第十五話 懺悔
しおりを挟む
相変わらずシオンは、悲しむ間もないほどに側に居てくれる。
どれだけ世間に騒がれていようと社交もまた貴族の義務であり、今日もまたパーティーに出席する私をエスコートしたのもシオンだ。
今日のパーティーの主催者は皇帝派で皇宮と縁が深い者である為、勿論皇帝も顔を出すだろうと令嬢達は息巻いていた。
「ダリア、大丈夫?」
「勿論よ、付き合わせてごめんなさい」
「僕が勝手に迎えに行ったんだ」
そう言うシオンは近頃女性と遊ばなくなったと専ら噂で、その原因であるダリアとの仲を想像し盛り上がる者達も多い。
やはり、時間通りにやって来たアスターの隣には見慣れないがよく知った顔の青年とルーカスがおりカルミアの姿は見えなかった。
かえって不気味なような、顔を合わせなくてもいいとほっとしたような複雑な気持ちになって、考えないでおこうと思考を振り払った。
「ダリア、シオン。来ていたのか」
ゆっくりと近づいて来たアスターは、想像よりも穏やかでもう彼の中で整理整頓されてしまったのだと思うとチクリと胸が痛むが特に表には出さずにただ皇帝への形式的な挨拶をしただけだった。
シオンのカルミアを探すような、警戒するような視線に気付いたのかアスターは「あの秘書官には外れてもらった」とだけ簡潔に伝えた。
帝国法上、公式的な罪状の公表までまだ噂にならぬようにせねばならなかった為、すぐにでもあの秘書官は処罰する。嫉妬に狂った感情のまま思ってもいない事を言ってダリアを傷つけた事を謝罪し、ちゃんと話したかったがとりあえず人目を避ける必要があった。
「ダリア……少し話がしたいんだが」
ダリアはぐっと何かを堪えるような、瞳の奥に感情を押し込めるような雰囲気がしたあと、がらりと表情を変えてシオンの腕に自分の腕を絡めた。
「しつこいわね、見てわかんないの?貴方とは終わったの」
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「ただ紙面上、別れるのが滞っているだけでしょう」
「ダリア、いい加減に……!」
そう言ってダリアの顔を見ると、その表情は一見上手く取り繕っているものの哀しみが滲んでおりシオンもまたそのような危ういダリアを心配そうに支えていた。
今すぐにその腕を振り解いて奪い去りたかったが、それでは解決しないのだと実感させられたのだ。
深く、深く傷つけてしまったダリアの心の傷は
長い間ふたりで育んだ信頼を崩した自分の罪は、
それほどまでに根深いのだと思い知らされた気がした。
「なに、話が終わったなら行かれては?」
「ダリア、すまなかった」
「「!」」
「……何に対しての謝罪ですか?」
「……」
アスターが人前で謝罪するなど今までに一度も無かった為に驚愕するルーカスと新人秘書官のシーク。
シオンから腕を離してしっかりと向き合ったダリアを心配そうに見守るシオン。
そして、気にしていないふりをしながら耳と目を此方に向ける貴族達。
けれどもアスターは自分の過ちに気付いた今、取り繕う余裕など無かった。
「ダリア、貴女に言った言葉は全部取り消す。ただ見苦しい感情のままぶつけた戯言だった。ずっと後悔していた」
「……」
「ダリアの居ない生活など、もうこれ以上考えられないのだ。皇帝としてだけではなく、ちっぽけなひとりの男としてすら貴女がいない俺は居られない。苦しくて、後悔の念に押しつぶされそうなんだ」
「……他の女性を抱きしめた腕に甘んじて抱かれろというの?私を尻軽だといって彼女を信用した貴方の言葉をすぐに信じろというの?」
「ダリア、もう行こう」
「忘れないでアスター、私が誰だったのか。貴女が婚約者だった私を差し置いて信じたものはどれほど小さくて、弱くも脆い幻影だったのか」
「あの女とは!何もしていない!何でそんな誤解を……!?」
「陛下の秘書官は貴方に毎晩付き添ったと自慢げにしていたそうですが?」
「シオン……」
「執務で残業が続いたが、マルコスも、他の使用人も居た!一度もあの者とやましい事をした事はない!皆が証明する」
「……どう言う事だ?」
「シオン、私も訳が分からないわ」
「陛下との関係を、仄めかしていたと言う事ですね?あろう事がダリア様に……まさか、皇宮内で?」
「ええ、大体はそうね」
「ルーカス、何か問題が?」
「皇宮内では、エイジ卿は付いておりません。ダリア様の侍女がわざわざこちらに報告するとも思えません」
「ならば、偶然目の届かぬところですれ違っていたと?」
「偶然か、図ったのか巧妙にダリア様を思い込ませていったと思われます」
「馬鹿を言わないで、そんな言い分……っ」
「まって、ダリア!」
「「「!!」」」
一歩下がったと思うと、ツカツカと背を向けて歩き出した。
混乱した様子のダリアを追うシオン。
「ルーカス、場を頼んだ。すぐに戻る」
その後を追ったアスターの慌てた様子にルーカスはやれやれと肩をすくめた。
「待ってくれダリア!誓って他を愛した事はない!」と言うアスターの声が微かに聞こえると会場は騒然とした。
「どう言うこと?」
「お二人はまだ愛し合っているの?」
「あの秘書官が嘘を言っていたと言う事か?」
「恐れ多くもお二人を引き裂こうとしたの!?」
「そうだとすればシオン様は悲恋の公子だわっ」
そんな会場によく通る、少し鼻にかかるような声で響いた。
「私の娘は……、カルミアは陛下を愛しております!!皇宮の仕事が忙しいと数日顔を合わせておりませんが、もしかしたらダリア様の報復を……」
「陛下も同じ気持ちだとは限りません、伯爵」
「だが!!」
「これ以上は、不敬罪となりますよ」
「はっ!!たかが令嬢の為に……」
「皇后となられるお方です。唯一陛下が全てを許されるお方です貴方の娘ではなく、ダリア様がね。この者を不敬で捕らえて尋問せよ」
「はっ、ルーカス様!」
(もう滅茶苦茶だな、さっさと罪状の公表の手続きを早めねば)
どれだけ世間に騒がれていようと社交もまた貴族の義務であり、今日もまたパーティーに出席する私をエスコートしたのもシオンだ。
今日のパーティーの主催者は皇帝派で皇宮と縁が深い者である為、勿論皇帝も顔を出すだろうと令嬢達は息巻いていた。
「ダリア、大丈夫?」
「勿論よ、付き合わせてごめんなさい」
「僕が勝手に迎えに行ったんだ」
そう言うシオンは近頃女性と遊ばなくなったと専ら噂で、その原因であるダリアとの仲を想像し盛り上がる者達も多い。
やはり、時間通りにやって来たアスターの隣には見慣れないがよく知った顔の青年とルーカスがおりカルミアの姿は見えなかった。
かえって不気味なような、顔を合わせなくてもいいとほっとしたような複雑な気持ちになって、考えないでおこうと思考を振り払った。
「ダリア、シオン。来ていたのか」
ゆっくりと近づいて来たアスターは、想像よりも穏やかでもう彼の中で整理整頓されてしまったのだと思うとチクリと胸が痛むが特に表には出さずにただ皇帝への形式的な挨拶をしただけだった。
シオンのカルミアを探すような、警戒するような視線に気付いたのかアスターは「あの秘書官には外れてもらった」とだけ簡潔に伝えた。
帝国法上、公式的な罪状の公表までまだ噂にならぬようにせねばならなかった為、すぐにでもあの秘書官は処罰する。嫉妬に狂った感情のまま思ってもいない事を言ってダリアを傷つけた事を謝罪し、ちゃんと話したかったがとりあえず人目を避ける必要があった。
「ダリア……少し話がしたいんだが」
ダリアはぐっと何かを堪えるような、瞳の奥に感情を押し込めるような雰囲気がしたあと、がらりと表情を変えてシオンの腕に自分の腕を絡めた。
「しつこいわね、見てわかんないの?貴方とは終わったの」
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「ただ紙面上、別れるのが滞っているだけでしょう」
「ダリア、いい加減に……!」
そう言ってダリアの顔を見ると、その表情は一見上手く取り繕っているものの哀しみが滲んでおりシオンもまたそのような危ういダリアを心配そうに支えていた。
今すぐにその腕を振り解いて奪い去りたかったが、それでは解決しないのだと実感させられたのだ。
深く、深く傷つけてしまったダリアの心の傷は
長い間ふたりで育んだ信頼を崩した自分の罪は、
それほどまでに根深いのだと思い知らされた気がした。
「なに、話が終わったなら行かれては?」
「ダリア、すまなかった」
「「!」」
「……何に対しての謝罪ですか?」
「……」
アスターが人前で謝罪するなど今までに一度も無かった為に驚愕するルーカスと新人秘書官のシーク。
シオンから腕を離してしっかりと向き合ったダリアを心配そうに見守るシオン。
そして、気にしていないふりをしながら耳と目を此方に向ける貴族達。
けれどもアスターは自分の過ちに気付いた今、取り繕う余裕など無かった。
「ダリア、貴女に言った言葉は全部取り消す。ただ見苦しい感情のままぶつけた戯言だった。ずっと後悔していた」
「……」
「ダリアの居ない生活など、もうこれ以上考えられないのだ。皇帝としてだけではなく、ちっぽけなひとりの男としてすら貴女がいない俺は居られない。苦しくて、後悔の念に押しつぶされそうなんだ」
「……他の女性を抱きしめた腕に甘んじて抱かれろというの?私を尻軽だといって彼女を信用した貴方の言葉をすぐに信じろというの?」
「ダリア、もう行こう」
「忘れないでアスター、私が誰だったのか。貴女が婚約者だった私を差し置いて信じたものはどれほど小さくて、弱くも脆い幻影だったのか」
「あの女とは!何もしていない!何でそんな誤解を……!?」
「陛下の秘書官は貴方に毎晩付き添ったと自慢げにしていたそうですが?」
「シオン……」
「執務で残業が続いたが、マルコスも、他の使用人も居た!一度もあの者とやましい事をした事はない!皆が証明する」
「……どう言う事だ?」
「シオン、私も訳が分からないわ」
「陛下との関係を、仄めかしていたと言う事ですね?あろう事がダリア様に……まさか、皇宮内で?」
「ええ、大体はそうね」
「ルーカス、何か問題が?」
「皇宮内では、エイジ卿は付いておりません。ダリア様の侍女がわざわざこちらに報告するとも思えません」
「ならば、偶然目の届かぬところですれ違っていたと?」
「偶然か、図ったのか巧妙にダリア様を思い込ませていったと思われます」
「馬鹿を言わないで、そんな言い分……っ」
「まって、ダリア!」
「「「!!」」」
一歩下がったと思うと、ツカツカと背を向けて歩き出した。
混乱した様子のダリアを追うシオン。
「ルーカス、場を頼んだ。すぐに戻る」
その後を追ったアスターの慌てた様子にルーカスはやれやれと肩をすくめた。
「待ってくれダリア!誓って他を愛した事はない!」と言うアスターの声が微かに聞こえると会場は騒然とした。
「どう言うこと?」
「お二人はまだ愛し合っているの?」
「あの秘書官が嘘を言っていたと言う事か?」
「恐れ多くもお二人を引き裂こうとしたの!?」
「そうだとすればシオン様は悲恋の公子だわっ」
そんな会場によく通る、少し鼻にかかるような声で響いた。
「私の娘は……、カルミアは陛下を愛しております!!皇宮の仕事が忙しいと数日顔を合わせておりませんが、もしかしたらダリア様の報復を……」
「陛下も同じ気持ちだとは限りません、伯爵」
「だが!!」
「これ以上は、不敬罪となりますよ」
「はっ!!たかが令嬢の為に……」
「皇后となられるお方です。唯一陛下が全てを許されるお方です貴方の娘ではなく、ダリア様がね。この者を不敬で捕らえて尋問せよ」
「はっ、ルーカス様!」
(もう滅茶苦茶だな、さっさと罪状の公表の手続きを早めねば)
258
あなたにおすすめの小説
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
悪役令嬢の大きな勘違い
神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。
もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし
封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。
お気に入り、感想お願いします!
【完結】最後に貴方と。
たろ
恋愛
わたしの余命はあと半年。
貴方のために出来ることをしてわたしは死んでいきたい。
ただそれだけ。
愛する婚約者には好きな人がいる。二人のためにわたしは悪女になりこの世を去ろうと思います。
◆病名がハッキリと出てしまいます。辛いと思われる方は読まないことをお勧めします
◆悲しい切ない話です。
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
あなたに嘘を一つ、つきました
小蝶
恋愛
ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…
最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる