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新しい想い
しおりを挟むあんなにも顔色が悪くて、歯切れの悪いメーデアは初めて見た。
ルージュは少し驚きながらも何故、彼女にとって恋敵であるはずの自分をアルベルトの婚約者にしたがるのか理解に苦しんでいた。
初めこそ迷惑をかけたくなくて同席を断ったが、あまりにも心配そうなテンタシオンの真剣な眼差しに負けて頷いた。
実際にテンタシオンは頼もしかった。
彼が隣にいてくれると思うだけで背筋が伸びたし、深海のような瞳があまりにも深い所で色んな感情を孕ませていて、テンタシオンが自分を想って本気で腹を立ててくれているのが伝わった。
侯爵邸に通っていたルージュは味方こそ居たが、皆アルベルトの邸の者だった。
社交会でも常に仕事が拙いアルベルトと、表面的な業務しかしない秘書のメーデアとは力を合わせる事なく一人で戦った。
少し前を歩くテンタシオンの背中を眺めながらルージュはぼんやりと考える。
大したことのない会話や、興味の共有。
互いに家門の事業を担う身としての尊敬と信頼。
相談し合ったり、助け合える……例えるなら戦場で背中を預けられる相手のような存在だろうか。
とうとうルージュが足を止めると、テンタシオンの足も止まる。
それと同時にルージュは軽やかに床をヒールで蹴った。
(それに、とても愛おしい背中)
テンタシオンの背中を目掛けて駆けた彼女の身体はいつのまにかこちらを振り返っていたテンタシオンの腕の中に捕まってしまった。
「ルージュ、どうしたの?」
「テンタシオン、私……」
「うん」
身体に優しく響くテンタシオンの声に胸が締め付けられる。
母の言葉が頭に浮かぶ。
もう一度願っていいのなら、
また誰かを好きになってもいいのなら
伝えてもいいのならーーー
顔を上げると深海のような目と合って、抱きしめる力が少し強まる。
不思議と自然と溢れた言葉は思ったよりも幼くて短かった。
「テンタシオンが好きです」
けれど、テンタシオンは嬉しそうに顔を緩めて幸せそうに笑った。
「僕も、ルージュが大好きです」
テンタシオンはルージュの唇を人差し指でツンと塞いで「この先は僕に言わせて」と言う。
「僕の婚約者になってくれませんか?」
真剣な表現、もうルージュは彼が好きだと伝えてあるにも関わらず少し緊張したような様子。
勿論、婚約者となれば簡単に頷ける話ではないがルージュの心はもう決まっていた。
「私でいいの?」
「ルージュがいいんだ」
「よろしくお願いします」
初めてだった、こんなにもテンタシオンと近くで触れ合ったのは。彼の体温は思ったよりも温かくて抱きしめる力は想像していたよりももっと強く、少し震えていた。
「ルージュ、震えてる」
「ふふ、貴方だって」
額を合わせて少し笑った二人は今度は隣に並んで当主の部屋まで歩いた。
ルージュにもう迷いは無かった。
テンタシオンもまた心に決めていた。
必ずルージュも、彼女の心も守るのだと。
彼女がこれ以上アルベルトのような男のせいで自分を卑下することはない。
きっと自分が幸せにしてみせる。
そう心の中で誓っていた。
二人はルージュの父、伯爵家の当主の部屋の前で深く息を吸って互いに顔を見合わせた。
「「失礼します」」
何故か、父の隣に立つ母にルージュは驚く。
まるで自分たちが来ることを悟っていたかのようだと。
「あんな廊下の真ん中でされては、使用人から流石に報告がありましたよ公子様」
ルージュの母がくすくすと笑いながら言うと、二人は顔を赤らめて納得せざるを得ない。
「やっと、心を決めたんだなルージュ」
父の言葉がストンとルージュの中に落ちてきた。
素直に頷いたルージュに彼女の両親は嬉しそうに微笑み合って、二人に「おめでとう」と伝えた。
「至らぬ処もあります。若輩者ですがどうかご息女を私に下さい」
丁寧に頭を下げたテンタシオンに三人がかえってあたふたした話はきっと後で笑い話になるのだろうと思った。
「テンタシオン殿、娘を頼みましたよ」
父の少しだけ寂しそうで、けれど安堵したような表情をルージュは一生忘れないだろうと思った。
「ありがとう。お父様、お母様」
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