八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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不義の女

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「はぁ、はぁっ……!」

ルージュの邸を出てから動悸が治らない。

テンタシオンのあの凍てつくような瞳の中に混じる軽蔑の意味はもうなんとなく理解している。

ルージュはきっと思っていたよりも聡明で、親切だ。

そんな彼女を支持する貴婦人達は多く、献身的に時に強かに夫を支える彼女達を愛し、感謝するその夫達もまたパートナーが信頼するルージュと彼女の家門の堅実なビジネスを信頼しているのだろう。


だからアルベルトの仕事の多くが上手くいかなくなったのだ。
マルグリス侯爵の婚約者なんて肩書きはルージュにとって特別なものでは無かったのかもしれない。

重要なのはマルグリス侯爵の後ろ盾がルージュの実家だという事と、婚約者がルージュだということだったのだ。


それでも確かに、ルージュが身を引いた今チャンスではある。


けれどもし今、この悪い状況で婚約者の座を無理矢理手に入れたとしてアルベルトが期待するほどの働きができるのだろうか?

今までメーデアやアルベルトが「自分の手柄」だと思っていた全てにルージュの支えがあったのだとしたら……
最低でも「マルグリス侯爵」という由緒正しい爵位を持つアルベルトとは違って、「優秀な秘書」の肩書きを失ったらメーデアはただの準男爵令嬢で社交会では何の力も持たない平民同然だ。


せめて、自分の地盤が固まるまで。

ルージュの全てを上手く奪うまで……


「ルージュ様が居なくてはだめ……」


カツカツと不規則な足取りでヒールを鳴らせて歩く。
侯爵邸に着けば女主人を迎えるように温かい湯と食事が準備されているはずだ。

けれど、今日アルベルトの寝室でする話はきっと「ルージュはどうだった?」という話だろう。


(一体どうすれば……)


失敗したことを悟られてはいけない。

そう考えているうちに着いてしまったメーデアはいつも通りを装って湯に入り、アルベルトと食事を摂り、ついに寝室へと入った。


食事の時からどこか落ち着かないアルベルトはそわそわと部屋の中を歩き回ると「それで、ルージュはどうした?」と切り出した。


「ルージュ様は暫く戻らないかもしれませんわ」

「何故だ?悠長な事を言っていては家門が傾くぞ!」

「それは……っ、その、公子様よ!」

「ウィクトル公子のことか?」

「はい。どうも目移りされたようで……私がちゃんと説得して参ります」

「なんてふしだらな女なんだ……!」


怒りに震えるアルベルトにはこれで誤魔化せただろうか?

とりあえず、侯爵家が軌道に乗るかルージュを引き戻すかのどちらかの目処が立つまで時間を稼がなければメーデアは彼の怒りを買うことになる。


けれどアルベルトは急に笑い出した。

「ど、どうしたのですか?」

「あぁいや、ウィクトル公子だぞ?きっとすぐに飽きられるさ」


アルベルトは天井を仰いで苛立ちの募る表情で乾いた声で笑った。


まるで願望のように「鈍臭いルージュが相手にされる訳がない」とそう何度も呟いた。


メーデアはルージュへの嫉妬心と、自分が犯した失敗をとりあえずは隠せた安堵との複雑な感情に内心、掻き乱されていたがまずはアルベルトに愛想を尽かされたくないのと、侯爵夫人になるチャンスを失いたく無いのですべて飲み込んだ。


またルージュを訪ねよう。

何年もずっとアルベルトを想っていたのだからどうせすぐに戻って来るだろう。

今まで通り、上手く扱って時期が来たら自分はアルベルトとちゃんと籍を入れてルージュを追い出すだけだ。


「きっと上手くいくわ……」

「ん?何か言ったか?」

「いいえ、すべてアルベルト様の思い通りになりますよ」

「さすが、メーデアはよく分かっているな」


ああそうだ。この愛でるような視線と甘い声が好きだ。
きっとアルベルトはメーデアを選ぶはずだ。

ルージュなんてありきたりな貴族令嬢はつまらないとアルベルトは言っていたし、このまま何も言わずに全て上手くいけばきっと侯爵夫人としての明るい未来が待っているはず。


きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて考えることをやめる。

今はただ、アルベルトの期待と熱の籠った瞳に応えるだけだ。


「さぁアルベルト様、来てーーー」

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