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触れてはいけない華
フェルファッジ公爵家は帝国の公爵家の中でも名家だ。
そんなフェルファッジ家がパーティーを開くのは愛娘、リセの少し遅い社交界デビューの為である。
皆がリセはどんな令嬢かと想像し彼女の登場を心待ちにしている中、エイリークはメロウに夢中だ。
(今日も可愛いな……)
リセは社交界に出てくるのが遅かった所為か、控えめな深窓の令嬢と噂されていたが彼女の登場は会場を騒がせることとなった。
鮮やかで真っ直ぐな水色の髪に青灰色の瞳、透けるような白肌が引き立つ濃紺のドレスは彼女の妖艶さをさらに輝かせている。
(へぇ、深窓の令嬢というには華やかで堂々としてるな)
伏せた瞳を縁取る水色のまつ毛に照明が反射しキラキラと輝いて、ゆっくりと瞼が上がる。
そして、リセの青灰色の瞳が何かを見つけてさらに輝いた。
輝いた視線が向いた先を辿ってまた会場が騒つく。
先に到着し彼女の母と話していたメロウを見ていたからだ。
リセをエスコートする彼女の父もまたメロウを見て小さく微笑み会釈をした。
リセとよく似た公爵の切れ長の瞳は普段鋭いままだ。
それを妻と娘以外に緩める事ができるのはメロウだけだろう。
ファルファッジ公爵は愛妻家で子煩悩だという噂に加えて、気難しい人でも有名なのだ。
「お知り合いなのか?」
「皇后陛下が特定の令嬢と仲良くしている所は見た事がないぞ」
「まぁ、どちらもお美しくて羨ましいわ」
声をひそめても話すことは皆大体同じかと聞き流していると、階段を降りてきたリセは嬉しそうにメロウに抱擁した。
「メロウ様……!」
「リセ、いつも通りメロウでいいのに」
「公の場ですもの。でも会えて嬉しいわ」
メロウよりいくらか背の高いリセにすっぽりと包み込まれている様子が可愛くてエイリークは思わずだらしない顔で愛でるように見守っていたが、ふと疑問が浮かぶ。
皆が言うようにメロウは特定の家門と親しくする事はない。
個人的にどこかの令嬢と友人だという話すら聞いた事がない。
けれどふたりは今日昨日出会ったとは考え難いほど仲睦まじい。
公爵のあの表情が何よりもの証拠だ。
ファルファッジ公爵家といえば領地は豊かで、経済力、軍事力共にこの国でも指折りの有力家門の上、ファルファッジ公爵はメロウの家門に続きいち早くラフィネ側に付いた高位貴族の内のひとりでもある。
そう考えれば、侯爵令嬢時代からの友人だと言うこともありえるかもしれない。
どちらもアカデミーには通わず殆どを邸と領地で過ごしていたのだから知られていなくても不思議ではないだろう。
そう結論づけ、メロウの護衛の為に彼女に声をかけるタイミングを見計らっていると集中しすぎたのか聞き慣れた友人の声に唐突に声をかけられ思わず肩が跳ねる。
「いまさら後ろ盾を付けようというのかしらね」
「リリー、居たのか」
「メロウ様は大丈夫かしら?エイリークくれぐれもお願いするわよ」
一瞬、リリエーヌの棘のある言葉がメロウに向けられていたような気がした。
(まさかな……)
リリエーヌは自分達と共にラフィネをあの椅子に持ち上げた仲間だ。いくら分かりやすく彼を愛してしまっていたとしても、ラフィネの築いたものを壊すほど性悪ではないだろう。
そう信じられるほど、ああ見えてラフィネは仲間だけは大切にしてきた。裏切る奴なんているはずがない。
そう言う男だからこそ、エイリークはこの燃えるような恋を生涯、心の内にしまい込むことにしたのだから。
(しょーもない男だったら全力で奪いに行くだろうに)
影ながら見守るだけ、少しでも話せたら今日はいい日だなと嬉しくなるだけ。メロウと自分の距離感なんてそんなもので満足なのだ。
護衛が必要なほどか弱い女性ではない。
そう知りながらもあのふわふわした雰囲気と愛らしいながら色香漂うあの見た目に釣られて男たちの目は釘付けになり、つま先はメロウの方へと向くのだ。
ラフィネがいれば遠巻きに観ているだけの男達は、メロウが一人になると途端に鼻を伸ばしてひと目近くで見ようと近づく。
「やっぱり、こうしてられないな」
どこからどう見ても美しすぎるメロウとリセは二人で立っているだけで華があり目立つ。
ましてや皇后と公爵令嬢、近づきたい者が殆どだろう。
人々をかき分けてメロウの近くに辿り着いた時、新興貴族だろうか若い男が「お嬢様方、ご一緒してもよろしいですか?」とメロウの肩に触れようと手を伸ばしたーー。
「痛っ!」
「無礼者。メロウ様に触れようとするなんて」
「なっ!何ですか急に!?」
男の手を派手な扇子で思い切り叩いてのけたリセはメロウを背後に隠して男を睨みつけた。
見た事のない顔と派手な高級品で塗り固められた身なりを見ると裕福な新興貴族であることが分かる。
そうなれば皇后の顔など近くで見たこともなかったのだろうと予測も出来たが、これほどのパーティに出席しそれではただの勉強不足だ。
大抵の貴族が大規模なパーティの前には出席するだろう貴族の名簿を見て予習する。
「この方は皇后陛下よ」
「こ、皇后陛下?だからってこんなに強く……!!」
男は人前で恥をかいたことが気に入らないのか、リセを睨みつけ腫れた手を見せようと伸ばした。
突然手を出して近づいた男にリセが小さく肩を揺らす。
彼女も怖いのだろう。
そろそろ自分の出番かと前に出ようとすると、男の先ほどよりももっと大きい「痛ててて!!」と苦しむ声が響いた。
「新興貴族の方かしら?会えて嬉しいわ」
甘くてふわふわした声、いつの間にかリセの前に出たメロウがまるで握手でもするかのように男の手を握っている。
けれどあの加虐的なマゼンタの瞳をエイリークは知っている。
「まずい……!」
社交界で触れてはいけない華
こんな大切なことをなぜ一番に教えておかないのだろう?
断末魔のように「痛い」と繰り返す男に笑顔で話すメロウ。
「心配してくれてありがとう、リセ」
「メロウ様……」
「リセは私の親友だもの。不用意に触れてはいけないのーー」
男の手はもう折れているだろう。
けれどメロウは愛らしく笑うばかりだ。
周囲の者の反応は見えぬフリをする者、畏怖する者、状況が読めぬ者と様々だ。
メロウはより一層美しい笑顔を作ると周りを見渡して言葉の続きを強調するように付け足す。
「誰一人として」
これは警告だ。
男達だけでなく会場の全員に向けたもの。
この一件でリセは元々の家格の高さと、皇后の後ろ盾で一気に社交界の中心人物となるのだったが、エイリークの役目と言えばその後二人を休憩室まで案内しその場を収める程度で終わった。
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