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僕の愛しの女神
しおりを挟む肩まで湯につかると、「はーっ」と毒気を吐き切るように息をついた。
アシェルは女性が寄ってくる体質なのか、常に誰かが纏わりついてくる。
ティアラを好きになって、今までの荒れた生活を一掃しようと、ティアラの婚約者になれるように女性とも距離を置き気をつけていたものの、
アシェル本人が関わろうとそうで無かろうとアシェルを奪い合う女達の闘いが止むことは無かった。
ティアラ、ただ一人を除いては。
それが益々アシェルの興味と好感を得たのだが、当の本人は知らないだろう。
どう考えても好意を感じるにも関わらず、ティアラの心に一歩も近づかせて貰えない感覚。そんな彼女の婚約者になる為に持てる全ての力を使い、出来ることは全てした。
なのに、いざ婚約者として手に入れば「愛してる、アシェル」と夢にまで見た言葉を囁かれても自分は欲深く、愚かな事にまだ満足できないのだ。
ティアラの全てが欲しくて、僕だけの為に在ればいいのにと何度も考えてしまう。
一度タガが外れてしまえば彼女をめちゃくちゃに壊してしまいそうで、怖くてたまたま寄って来た丁度いい女性で発散した。
「ティアラ様の次でいいの」
「今日だけ……」
「アシェルの好きな時にでいいの」
毎日毎日飽きもせずに寄ってくる女性達は必ずそう言うが、聞き分けのいいフリをしてティアラから僕を奪えるといつも隙を狙っている。
全てをティアラにぶつけてしまえば、彼女はすぐにでも消えてしまいそうなほどか弱くて淡い。
かと思えば彼女の心の中にはしっかりとした柱が一本建っていて、決して折れない強さをも持ちあわせているのだから、余計に愛おしく感じるんだ。
決して崩れた所を見せないティアラが、初めて僕の浮気を見た時の傷ついた表情や涙を溜めた瞳、怒り、ぎゅっと噤んで堪えるような表情をしたあの時の感覚は今も忘れられない。
本当に偶然だった。
けれど、初めてみる彼女の表情に「愛されているのだ」と実感し気持ちが高揚するのを感じた。
だからと言って彼女を傷つけたい訳ではない。
それなのに、彼女の怒った顔や悲しむ表情にひどく安心する。
だから僕は、別の人を抱いたのも隠さないし僕を囲む女性を遠ざけたりもしないのだ。
我ながら、最低な男だと思っている。
ティアラを待たせているにも関わらず、目の前の使用人だろう女性は裸同然の装いで「お背中をお流しします」と頬を染めて入ってくる。
どうしてこうも、僕の周りには女性が集まるのだと溜息をついたが、誰にも気付かれることなく浴室の湯気に紛れて消えた気がした。
「いい。ティアラを待たせてる」
「でも、アシェル様……っ」
「さがれ」
「……っ!」
少し睨みつけてやると怯えたように急いで浴室を出たその使用人の名すら僕は知らない。
勝手に好きだと寄ってきては、最低だと離れていくのが女性というものだろう。
そして僕はティアラ以外の女性には興味がないのだ。
「少しのぼせたな……」
浴室を出て急いで執務室へ向かうと窓の外を眺めるティアラが僕を待っていて、ティアラの肌を他の誰にも見せないように清楚で露出度の殆どないドレスばかりを贈っているがそれでもやっぱりティアラは輝いている。
(君の輝きは僕だけが知っていればいいのに)
「あら、思ったよりも早かったのねアシェル」
「ああ、ティアラ……怒ってる?」
「何が?いつもの事でしょう。もう慣れたわ」
「……そう」
(ちがう、欲しいのはその顔じゃない)
他の女性に言われても鬱陶しいだけの言葉だが、君には何故か責め立てて「私のことだけを愛してよ」と縋りついてさえほしいと思ってしまう。
彼女にキスした事は数えきれない程あるのに、彼女と肌を重ねた事はまだ無い。
ティアラはこの国でヘスティアの生まれ変わりだと云われる程の美貌の持ち主でそれでいて気さくで嫌味の無い性格は子女どちらからも人気が高い。
人助けなんてガラじゃない僕が沢山の手柄を立てて英雄なんかになったのだって、ティアラに釣り合う男になる為だったのに。
(ただの大魔導師じゃ全然足りない気がして、彼女相手に婚前交渉なんて尚更、穢すような事をできない)
英雄だなんてティアラに相応しい嫁ぎ先を作ろうと頑張っただけなのに、その所為で今も魔物や魔神だダンジョンだと様々な場所に駆り出されて彼女と過ごす時間は削られてばかりだ。
しまいにはそのダンジョンで見つけた古い魔法の解析は山積みで毎日寝不足だった。
意に沿わない皇帝の命での任務は精神を削られ、酒でもやもやを誤魔化すのも日課となった。
けれどもその山積みの仕事が見事に分類されており、その一部には僕の入浴中にティアラによって僕の署名で片付けられている案件もある。
疲労と、劣情、ドロドロと混じり合って抑えきれない欲望となり僕の中で渦巻く。
けれども愛おしくて、大切で、それを彼女へぶつけるような事はしない。
(あーさっきの抱いておけばよかったかな)
赤い果実のように水々しい唇が「アシェル」と僕の名を呼ぶたびに心臓がドクンと波うち、指先が痺れる。
整頓された机と、疲れを癒す為の細々とした気遣い。
柔らかい声色が心地よく、甘い。
何年たっても、何回会っても同じで僕の中でティアラは女神なんかよりももっと崇高で気高く美しい人だ。
「ティアラ……愛してるよ」
「……」
「ほんとうだ、君しか見てない」
「……私も、愛してるわアシェル」
そう言ったティアラの瞳は潤んで、哀しげに揺れた。
(本当なんだ。君を壊してしまうのが怖いだけ)
(君の気持ちがいつも僕に無いと不安なだけなんだ)
幼稚だと分かっていても君を試すような事をやめられない僕は最低だと
そんな事にはもうとっくに気付いているんだ。
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