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すれ違い、たぐり寄せて
しおりを挟む「ティアラ、この間はごめん」
プリシラを送ってから、アシェルの邸にやってきた頃にはもう月が顔を出していた。
お互いにどこか気まずくて何も話せないでいるとアシェルは突然頭を下げて謝罪した。
「……どれに対しての謝罪なの?もう、いいわアシェル……」
疲労の見える表情で、少し投げやりに行ったティアラにアシェルは縋るように伝える。
「良くない。事態は把握してる、ただ……こんな事を君に言うのも可笑しいけど、アイリーンとはしてない」
(キスはしたでしょ、愛してると言ったでしょうと言えない私はやっぱり、感情よりもプライドを優先してしまうのね)
アイリーンは聖力が使えるが魔法には疎い、というか学ばないので鈍かった。思い込ませるのは簡単で、その証拠としてもしもの時の為にきちんと魔道具にも記録している。
「信じられると?それなら……誰とならしたの?」
少し怒ったようにそう言ったティアラは、いつもより華やかなドレスで着飾り本来の彼女の美しさが溢れ出ていた。
誰にも渡したくない焦りと、このまま何も話さずに解放してやりエバンズのような男と一緒になる方が彼女の幸せなのではという考えとで揺れ動き言葉が見つからない。
勿論、殆どがアシェルを慰みもののように扱う貴族達の戯れで、上手く誤魔化して来た事であったが、それに便乗して一度でも彼女に対する劣等感を他の人で解消した事実は変えられないのだ。
愛されている実感が欲しかったなんて、言い訳にならないのだ。
「今までの全部は否定できないけど、君の痛みを見て見ぬふりをした罰はちゃんと受けるけど……僕を君から消さないで」
「どう言う意味?アシェル、私は離れるなんて言ってないでしょ……」
「うん、でも分からないだろ」
「簡単なのね、アシェルにとって私を人生から外してしまうのは」
「そんな訳ないだろ!ティアラは僕の全てなんだから」
「嘘よ、私は……貴方をいつも誰かと分け合っているようだわ」
「……ごめん、ティアラ」
「私より、アイリーン様をいつも優先するのが答えじゃないの?」
「それは違う!」
「今日はもうやめましょう。今は目の前で起こる最悪の事態に備えるのが先でしょう」
「ティアラ……ごめん。でもアイリーンとは寝てないし彼女を優先していた訳じゃないんだ」
「貴方が何かに悩んでいる事は知ってた。それを解決できるのが私ではなくて皇女殿下なら黙って身を引こうとも考えた。信じたいと今も思ってる。それでも……信じているかと問われれば、今は無理よ」
「ティアラ……」
「暫く此処には来ないわ。相談すべき事があれば連絡して頂戴」
「待って…っ!」
珍しく魔法を使って、姿を消したティアラを追いかける事は容易いが彼女を追いかける資格などとうに失っているのだと、その場にうずくまる事しか出来なかった。
「少し…‥.少しの我慢だったのに、君の愛を感じたいなんて馬鹿げた事を僕は……っ!」
爵位を得て、全てのしがらみから解放されたら英雄として堂々と彼女に見合う自分を愛して欲しいと思っていた。
本来、英雄だ魔王だなんて皇帝が都合良く名付けた形だけのもの。
平民というだけで慰みもののように扱われ、爵位や大切な人の平穏、欲しい物や守るものが増えるたびに穢れていく自分がティアラに見合っていないような劣等感に勝手に駆られて、勝手に彼女を裏切って傷付けた。
傷つける事で、まだ愛されているのだと確かめては安心するなんて正気の沙汰ではないと自分でも分かっていた筈なのに。
(ティアラは、ずっと僕の味方だったのに)
涙の一粒も溢れなかった、ただ床にうずくまって深い深い虚無の闇に吸い込まれていく感覚だけがした。
「ほんとうにごめん、ティアラ……」
そんな時、空間を割って魔法で誰かが訪ねてきたのだと気付く
ゆっくりと起き上がると見覚えのある年老いた執事で、アイリーンの使いだとすぐに思い出す。
「お貴族様は、どいつも仮にも英雄様の邸に自由に出入りして趣味悪いね」
「アイリーン様がお呼びです」
「……彼女がくればいいんじゃない?」
「ご機嫌がよろしくないようですね。執事といえど貴方よりは身分の良い生まれだと認識していますが」
「そう見えるなら、放っておいてくれよ……頼むから」
「できません、これは陛下からの命令でもあります」
(いつまでこうしているんだ?いつになったら同じ高さに行ける?)
執事に連れられたアシェルが連れてこられたのは王宮の一室だった。
「アシェル、次の王室主催のパーティーでは私をエスコートして」
「できるな?アシェル」
アイリーンはもう取り繕う事無く、高圧的な態度でアシェルに命令した。
(ああやっぱり、アレが素ではなかった)
「僕には婚約者がいます」
「その婚約者の家は、ウィンザーだったか?」
「お父様?」
「……陛下、何を仰りたいのですか?」
「分かるだろう?たかが一度のパーティーと家門の存続。どちらを優先すべきかの例え話だよ」
「約束が違います」
「勘違いするな、これも任務だ」
「ドレスを贈る事も許さないわ、私だけを完璧にエスコートしなさい」
「頼んだぞ、アシェル」
昔、ウィンザー伯爵にそう言われた時の事を思って胸が苦しくなった。
(こうも違うものなのか、今は嫌悪しか感じない….…)
目の前の傲慢な二人を睨みつけて、拒否権のない命令に首を一度だけ縦に振ると「もう帰っても?」と地を這うような声で言った。
帰りにすれ違ったのはエバンズだった。
「アシェル・ヴォルヴォア。何故此処に……?」
「ティアラを一人にしないで、頼む」
エバンズはそう言って消えた彼の言葉がやけに重たく感じた。
彼が父となんらかの繋がりがあるのは気づいていたが、本来彼のような調子のいい奴はあまり好かず、父と同じ信用に値しない奴だと見ないふりをしていた。
けれど、今は扉の向こうに居るであろう父と妹が何を考えているのかも想像できずにゾクリと嫌な予感に指先が冷たくなった。
二人が何かを企んでいるのは明らかで、彼はどう考えてもその被害者にみえるのだ。
それでもティアラを泣かせる男に彼女を嫁がせるなど考えられない。
「ちょうどいい機会だと思っている」と言ったのは本心だった。
ティアラはまだ人間の穢れを知らない。
もしかしたら彼も……と考えかけて首を振った。
(あの遊び人だぞ、そんな訳ないだろう)
ただ、部屋に入って向かい側に座った妹の聖力がまだ開花していないのを宝石眼で見て驚愕した。
聖女の能力は、彼女に選ばれし者、すなわち愛する人との初夜を境に次の段階に開花する仕組みなのだ。
(アシェル、妹はまだ誰とも寝てないぞ)
妹がアシェルを騙しているのか
アシェルが上手くやったのか
ただ、エバンズは今は黙っているのが賢明だという事だけは理解した。
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