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気づかぬうちにすぐそばに……
しおりを挟む「お、お父様!私の体調は大丈夫です……少し取り乱してしまっただけです……申し訳ありません」
アイリーンが皇帝に見事なお辞儀でそう主張すると、エバンズは渋い顔をしたが皇帝は穏やかに「なら、エバンズと楽しむがよい」と簡単に言葉を覆しただけだった。
(他の者が気まずいでしょうに、ほんと親バカの能無しよね)
プリシラの内心の悪態など気付くわけもなく、皇帝の合図でパーティーは賑やかさを取り戻した。
「ティアラ、楽しんでくれ」
「ありがとうございます、エバ様」
「アシェル……っ」
「アイリーン、僕はもう君の友人はやめるよ。皇女殿下」
「あなた、それでいいのね?」
「ああ……どうせ無駄な足掻きなら、別の事をすることにしたんだ」
見ていないフリをしながらも、耳を潜め二人の会話に注目する貴族達。
先程の取り乱したアイリーンを見た者は、声を潜めて「やっぱりな」と彼女には裏の顔があったのだと鬼の首を取ったかのように触れ回った。
アイリーンの策に陥れられた事のある令嬢達は「何が天然よ」と怒りを露わにし、彼女の評判が落ちていくのを嬉々として見ていた。
見かねたエバンズがアイリーンを諌めると彼女はエバンズを忌々しげに睨んだ。
「行くぞ、アイリーン」
「エバンズ貴方……チッ、分かったわよ」
半ば強制的にエバンズと踊るアイリーンを尻目に、アシェルは何故か少し思い詰めたような表情でティアラを見た後に、彼女にダンスを申し込んだ。
「ティアラ……、僕と踊ってくれますか?」
「ええ、貴女としか踊らないつもりよ」
「……今までごめん。ちゃんと話すよ、それからティアラは僕への気持ちを整理してくれればいい」
「……そうね、今は踊りましょうアシェル」
そう言って彼の頬に触れるだけのキスをしたティアラに真っ赤になったアシェルがステップを踏み違えると、クスクスと隣から笑い声が聞こえた。
「プリシラ…….」
「ティアラ、今日も綺麗よ。パートナーはダンス初心者かしら?」
「やめてくれ…….あまり僕を揶揄うなよ」
「ふふ、アシェルったら今日は様子が変なのよプリシラ」
「変なのはいつもじゃない、ねぇティアラ……」
そう言って夫と踊る背中越しに聞こえた声は微かだったが、
「ティアラ、貴女が幸せになる選択をしてね、私はそれを支えるわ」
「プリシラ」
二人の会話にアシェルはそっと瞳を伏せて微笑んだだけだった。
重たい空気を変えるようにグラウディエンス侯爵が、
「愛する妻は、私よりティアラ嬢に夢中かな?妬けるよ」
と、プリシラを悪戯に引き寄せると頬を染めたプリシラにティアラが笑った事で和らいだ空気のまま其々に幸せなダンスのひと時を過ごした。
だが、少し休もうとバルコニーへ出たアシェルとティアラは外の空気に身が凍りつく。
「ヒスタリシスか……」
「まずいわアシェル、もう時間がないきっと……」
「どうせ陛下には分からないよ、彼の宝石眼は出来損ないだから」
「魔力を扱う才能は無いしね」と悪態をついたアシェルがあまりにも楽観的で驚いたティアラは彼には何か確信があるのだと気付く。
「何か策が?」
「薄々は気付いているだろうけど……あれは魔王の魔力なんかじゃない」
「呪い……?」
「ああ、マゲニス公爵は呪いに侵食されているのだろう」
「そんなっ、確か彼の魔力量は膨大だと……」
「聖女が居れば問題ない」
「……居ない場合は?」
「この規模だと、国ごと呑み込むだろうね」
アシェルの言葉にティアラは衝撃を受けた。
そんな事になれば、朽ちて枯れた植物、呪いに侵された国民、耐えきれず死んでしまった者、腐った水に暗い空、瘴気に呪いの残穢に圧迫されるエレオドーラはやがてそのまま滅びてしまうだろう。
「私も、ヒスタリシスに共に出征するわ」
「だめだ」
「決めるのは貴方じゃないわ、アシェル。お父様よ」
「伯爵もきっと許さないよ」
「それでも、聖女が居ない今この国で強い魔導師はアシェルとエバ様、そしてその次に私だけよ……」
「……分かった」
不服そうな彼が素直にティアラを連れて行くとは思えなかったが、ティアラも大人しく待っているつもりは無かった。
けれど、ヒスタリシスで膨れ上がる力は待ってはくれない。
今にも暴発してしまいそうなほどに膨れ上がった魔力は、竜巻のように渦になって肉眼でも確認出来るほどに禍々しく巻き上がっている。
幸い魔力を感じ取る事のできない国民達が気付く事も見える訳でもなく騒ぎにこそなっていないが、早急に避難が必要だった。
何かを感じ取ったのだろう、エバンズはタガが外れたように会場で奔放に振る舞うアイリーンを置いてアシェルとティアラを探した。
彼もまた、お互い達だけが対抗できる魔導師だと感じていたからだった。
「ティアラ……っ」
「エバ様、どうなさったのでしょう?」
ティアラの父、ウィンザー伯爵に呼び止められてそばを離れたアシェルと少し違いで現れたエバンズはどこか焦燥感を感じる表情だった。
「外の様子はもう確認したか?エレオドーラはもう危ない」
「ええ、呑気に出征の準備などと言っている場合では……」
「ないでしょう」そう続ける筈だったティアラの言葉は突如鳴り響いた地響きのような音にかき消された。
「「!!!」」
「陛下……!進軍!魔王軍です!!!ヒスタリシスの方角から……!!!」
「な、何だと!?ゼファー!気でも触れたか!!!!」
「民には目もくれず、王宮に直接向かっております!!」
魔王軍と呼ばれる彼らは、皇帝の呪いの実験台となり醜い姿となった元々のエレオドーラの国民達でヒスタリシスでの呪いの暴発に触発されて正気を失い、皇帝への恨みというたった一つ残った強い感情だけで、真っ直ぐに王宮へと向かっているのだった。
皇帝は思わず「アシェル!」と声を荒げるが、白々しくも聞こえないフリをして戦えない者達を避難させている彼はやはり振り向きもしない。
「アイリーンを呼んでこい!!聖女の力で浄化するのだ!!」
そうこうしている間にも、グラウディエンス侯爵家とウィンザー伯爵家の待機している軍によって迅速に避難を終えた貴族達と、城下の国民達。
ダニエルの魔法は、前後左右死角無く防御できる能力だった。
大きなリスクも無く制約といえば魔力量と体力によってその強さと範囲が変わる事だった。
アシェルが小さく「ダニー、ティアラ達を」と呟くと彼はすぐに彼女の側に行き周りに防御壁を張った。
「プリシラ!グラウディエンス侯爵!」
当のティアラはダニーの能力の内側に二人を呼ぶと「ダニーから離れないで」と言って二人に何かを耳打ちした。
エバンズは狼狽え叫ぶ皇帝の代わりに指揮を取るが、青い顔で走ってきたアイリーンによってその凛々しい声は遮られた。
「エバンズ!お兄様!私を守ってよね!!!」
「聖女だろう。皆お前の活躍をまっているぞ」
「そ、それが何も起きないの!力を感じないのよ!!」
彼女が半ば泣きながらそう叫ぶと、会場で戦闘に備えている者達はみなシンと一瞬静まり返った。
「あ…‥.アイリーン、今なんと言った?」
顔色を失い、表情の読み取れない皇帝の声だけが静かに響いた。
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