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赤い月と静かな幕開け:聖女
しおりを挟む「アイリーン様、いけません」
「近くにきて、ヨハン」
窓とも言えない程に小さな窓から覗く赤い月、アイリーンは何故か妙な気分だった。
自分をチヤホヤと崇拝する者達も、あの恐ろしいまでの美貌を持つアシェルも全てが遠くなった今、自らの護衛騎士であるヨハンだけがアイリーンを満たす人物だった。
淡いアイスブルーの髪と瞳は冷たそうに見えるが、彼は真面目でとてもいい男性である。
皆に平等に優しく、国の為に惜しまず尽力する聖女を演じてきたアイリーンに恋する男達の内のひとりでもあった。
勿論、色事に鋭いアイリーンはヨハンの気持ちに気付いておりそれなりに整った容姿が気に入って護衛騎士に選んだ。
アイリーンの騎士達の殆どが顔や家柄で決められていて、実力としてはかなりの弱小騎士団なのだ。
(アシェル程じゃないし、ただの子爵だけれど……この際仕方ないわね)
「ヨハン、お願い……私とても怖くて不安で……」
「アイリーン様……きっと何かの間違いでしょう。私はずっとの側におりますので安心して下さい。他の者達も今必死でアイリーン様の無実を訴えかけております」
「貴方までこの狭くて窓の無い宮に閉じ込めてしまう事になって申し訳ないの……いつも私を支えてくれているだけなのに」
勿論、アイリーンは本音からその言葉が出た訳ではなかった。
長年聖女らしい言葉や所作を演じる事に慣れている彼女は今も、そう演じて見せただけで、本心では思い通りにいかない現実に腹を立てていたしヨハンなどでは物足りないと内心では悪態をついていた。
だが、そんな事を知る由もないヨハンは心を痛めた様子でアイリーンの足元に跪き何があってもアイリーンを守ると誓って見せ、アイリーンから慈しむような表情とその瞳の奥で燃えるような熱い何かを向けられると長年想いを寄せていたアイリーンに簡単に陥落した。
「……っアイリーン様、夢のようです」
「嬉しいわヨハン、私もずっと貴方の事を好きだったの」
頬を赤らめ、アイリーンにとても大切な宝にでも触れるかのように優しく大切そうに触れるヨハンはアイリーンの愛らしくも艶やかな声が自分の名を呼び「もっと」と強請るともう理性など失ってしまったかのように無我夢中にアイリーンに触れた。
夜が明け、朝になっても何度も何度もアイリーンの願い通りに振る舞い彼女を満足させることだけに専念した。
だから、気がつかなかった。
唸るような音、皇宮から聞こえる悲鳴。
そして、近付いてくる気配に……
「アイリーン様ッ、もう耐えられません」
「きゃ!ヨハン……っそれはダメよ」
「お願いします、愛しているから一つになりたいんです……」
もどかしそうにアイリーンに押し当て苦しげに、色っぽく何度も強請るヨハンをアイリーンは「可愛い」と思った。
(誰にもバレないし、バレなければいいだけよね……)
「いいわ……ヨハン早く」
「ーっく、アイリーン様っ」
(あー必死ね、まるで理性のない獣だけど必死で私を求めて、私に心酔するサマは最高だわぁ)
そんな時だった、妙な解放感と薄暗かったはずの部屋への明るさを感じてハッと意識が引き戻される。
アイリーンの居た離宮はボロボロと朽ちたように落ちて、彼女達の足場である2階の床だけが残る。
二人の居る部屋を支える部分以外は朽ちて崩れ落ちた離宮。
すっかりと外の様子が見える、否、すっかりと外から様子が見られる状況だ。
と、言う事は外からは二人の仲睦まじい様子がよく見えていた。
「ど、どう言う事っ!?ヨハン……っ止まりなさい!」
「うっ、すみませんアイリーン様。もう……!!」
「ちょ!ちょっと待ちなさい!ダメよ!外で……っ!!!!!」
何故か何処からの刺客なのか、見た事もない装いの兵達と応戦するアイリーンの騎士達。
予想もしていなかったとても聖女アイリーンとも、皇女とも思えぬ乱れた姿と鋭い目つき。普段とは違う荒々しい口調。
まるでアイリーンしか見えていないヨハンは未だにアイリーンを愛している
「な!あれはヨハンか!?」
「アイリーン様がまさか……」
「まてよ、アイリーン様は俺を愛してると……」
「いや違う、アイリーン様は私と秘密の関係を……」
「なんだと!?俺がアイリーン様の秘密の彼氏だ」
騎士達が口々に「アイリーンは自分のものだ」と主張し始めまるで証拠だとでも言うように彼女との関係を口にする、
あまりにも信じ難い光景だった。
顔を青くし、アイリーンは必死にヨハンを呼ぶが夢にまで見たアイリーンとの情事にもう彼の理性など崩れ落ち、声は届かない。
一度ならず二度も彼女への愛をしっかりと彼女の中へ注ぎ込んだヨハンは、脱力したように息を吐くと、アイリーンからの平手打ちで我にかえる。
「アイリーン様っ!?この状況は!?」
「アンタは護衛騎士でしょ!刺客よ!!!」
乱れた衣服を急いで整えると、罰が悪そうに「すみません」と謝るヨハンだったが仲間たちからの視線は冷たく、誰もが自分のアイリーンだと思っているのでヨハンはまるで浮気のバレた間男のような状況であった。
「だ、誰がこんな事を……!!」
「申し訳ありませんが……静かにして貰います」
「アンタ……!アシェルの所の……」
ガクンと崩れたアイリーンを心底嫌そうに、汚いものでも触れるかのように抱えると、透き通るような声で申し訳無さそうに「ダニーごめんなさい」と聞こえた。
「いえ、ティアラ様を汚す訳にはいきませんので……お見事でした」
「少し応用しただけよ、この先でプリシラ達が待ってるはずよ。行きましょう」
「はい、行きましょう」
そう言ってダニエルが人差し指を空に向けて、緑色の光を打ち上げた。
その意味は
聖女確保、作戦成功
「では、皆様ごきげんよう」
そう言ったティアラが放った魔力だけで耐えきれず次々に倒れて行くアイリーンの騎士達を見て「簡単なのね」と拍子抜けしたように言ったティアラがダニエルと共に姿を消したのはほんの一瞬だった。
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