暴君に相応しい三番目の妃

abang

文字の大きさ
10 / 99

噂話はあてにならない

しおりを挟む




「何ですって?」



アエリの地を這うような声に侍従は震え上がった。



「ですが、確かに本宮の侍従から聞きました……」


「じゃあ、あの女が陛下と初夜を過ごした上に、確かに陛下があの女の初めての男だと自ら確認したというの!?」


「陛下の口からは何も……ただ、メイドが血のついたシーツを換えたそうです」



ふらりとアエリが体を傾けて、慌てて侍従達が駆け寄った。

それを振り払って「事実を確かめて来なさい」と無茶を言うのだから侍従達はまた顔を青ざめさせた。






同刻、本宮では結局うまく引き止められたドルチェが不服そうな表情でヒンメルと朝食を摂っている所だった。



「まだ拗ねているのか?」

「拗ねてる?怒ってるの間違いでは?」



別にそっぽを向いている訳でも無い上に笑顔の筈なのに、うまく視線が合わないドルチェに何となくそれが気に入らないヒンメル。



けれど元はと言えば、彼が無断で刻んだ誓紋の所為でもあるのだ。



「別に問題ないだろ、他が必要か?」


「そう言う問題ではありません、勝手に私を縛りつけたのが問題なの、ヒンメル」


「こんなモノ程度がお前の手綱になるかは不明だがな」


「はぁ、まるで嫉妬深い恋人のような振る舞いですね」


「……ハ、馬鹿な。とにかく今日は大人しくしてろ」


気を失うほど求めた上に、同意なくドルチェに誓紋を刻んだにも関わらず、上機嫌そうに鼻で笑うヒンメルに「ふ」と笑ったドルチェに片眉を上げて首を傾げた彼はドルチェの指で弄ばれる魔力に驚く。


(俺の魔力か……いや、完璧に馴染んでいる)

「混じってるのか」

「お陰で様で、調子が良いの」


勝ち気に微笑んだドルチェは口角をゆっくり上げて、パンケーキの苺に口付けるようにして食べる。


フォークを持つ指先にも、苺の色が移ったかのような瑞々しい唇にも、吸い込まれそうな瞳にもドルチェのどこからも目が離せないでいるヒンメルを今度は彼女が鼻で笑う番だった。



「私達、相性が良いみたいですね」


「……煽ったのはお前だからな」


「……は、」

(一体何なの?皇帝の情婦の役目って訳……?)



困った様子のドルチェを抱えて廊下を歩くヒンメルに驚いたのは本宮の使用人達だけはなく、探りに来ていたアエリの侍従もだった。


そして一際大袈裟に驚いたのは、ヒンメルを呼びに来たのだろうか「丁度良かった……」なんて駆け寄ってきたレントンで、


「うわぁ!」と叫んだと思ったららまるで石化したかのように動かなくなった。


ヒンメルはそんなレントンに慣れているのか、

「部屋には近寄るな」とだけ言っただけだった。


余程混乱していたのだろうか、ピシリと体勢を整えてさも真面目な表情で「初めてのサボりですね」とヒンメルに返した勇敢なレントンは見事に彼に無視されていたが……。


(本当に変わった人ばかりね……)



気がつけば、熱を孕んだ目で見下ろすヒンメルと二人きりのこの部屋にまた戻って来てしまっていた。



「強引ですね」

「嫌か?」

「役目は果たしますわ」

「……気に入らないな」


ヒンメルは深く口付けた後、首元に、胸元、肩、指先とあらゆる所に触れるだけの口付けをした。


「無理はさせない、壊れたら困るからな」

「あなたは無理をしてるように見えるけど?」

「ーっ、黙ってろ」



そのままドルチェが別宮に帰れたのは数時間後だった。




(まるで抱き枕ね、お陰様でゆっくり寝られたけれど……)





「ドルチェ様……っ!!!」

「ご無事で良かった……!」



心配してくれていたのだろう、ララを筆頭に涙を溜めて出迎えてくれた使用人の皆の顔を見てほっとしたドルチェはふわりと笑った。


「ただいま」



 ーーー


「噂で持ちきりですよ、陛下」

「言わせておけ」

「……どうやら第二妃が来たようですね」

「通せ」

しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...