43 / 99
庭園と不相応な夫
しおりを挟むそれ程規模の大きくもない、ガーデンパーティーは意外にも人が多くてこれならば皇妃宮の庭園では小規模過ぎたかとも思ったが、別に狭い訳ではないので問題なく進行している。
けれど、他国の王侯貴族にしてみれば私を品定めしに来たに過ぎず、まさかこんな前座の催しに皇帝が参加することもないだろうと気楽な態度だ。
(まぁ別に権威を見せつける為じゃなくて形式的なものだし)
ドルチェもまた、この皇妃宮の主人として不足のない程度の対応で適当にあしらっていると、突然辺りが騒めいて早足で駆け込んだリビイルが耳打ちし、何かを見つけたララが慌てて頭を下げた。
「……ヒンメル」
「はい、皇帝陛下がいらしております」
「準備しているテントへ案内してすぐに行くわ……」
そう指示したしりからヒンメルの気配と香りが近くでして、ドルチェの肩に大きな手が乗った。
「女というのは、これ見よがしに駆け寄って歓迎するものだと思っていたが我が妻はつれないな」
「ヒンメル、来てくれて嬉しいわ」
「なら、俺を立ててくれないか?」
両手を広げて頬を差し出したヒンメルに意を決して抱擁し、差し出された頬に口付けようとした瞬間、彼が顔を向けたので思わず唇に当たった。
(謀ったわね)
(ふっ)
憎たらしい表情でドルチェに「男共の視線には鈍感なのか?」と囁いたヒンメルに驚いて「嫉妬してるの?」と尋ねると、拗ねたように離れてテントへと足を運んだヒンメルにくすりと笑った。
「陛下、ご挨拶致します。妹のシェリアです」
「……あぁ」
「姉の我儘に付き合って頂いてありがとう御座います」
「シェリア、よく来てくれたわね」
「……お姉様、駄目よ?陛下にあまり我儘言っちゃ」
貴族達からの視線を感じる。
立場の優劣を見極めて居るのだろう、ヒンメルは相変わらず試すように傍観を決め込んでいる。
「陛下は、我儘を言われるのはお嫌い?」
ヒンメルに少しだけ身を寄せて見上げると、意図が分かった上にどうやら乗ってくれるらしい。
ニヤリと笑ってドルチェの髪を撫でると「お前なら良い」と微笑んだ。
「!!」
シェリアの疑いと憎悪の混じった視線が突き刺さる。
遠くから殺気立っているのはアエリだろうか、黄色い声を上げる貴婦人と驚く紳士達。
面白がったのだろうかヒンメルはドルチェのドレスから出た鎖骨と肩を隠すように自らの上着を脱いで肩に掛けさせた。
「でも、俺以外に肌を見せるのは頂けないな」
貴婦人達のハートが飛び交う歓声が飛び交って、シェリアの表情は見た事も無いほどに仄暗い。
「陛下……私はどうですか?陛下が可愛らしいと言って下さったから今日も頑張ったんです」
またもや周りは静まり、今だと言わんばかりにシェリアはヒンメルに一方近寄って上目遣いで切なげな甘い声で言った。
「本当は、私に来た縁談だったのに……お姉様がどうしてもと、私は陛下に出会う機会を失いましたが……」
「何を言っている?」
(ベタな手法ね、やれるだけやりなさいなシェリア)
「今日、陛下にお会い出来て嬉しいです……っ」
愛嬌のある雰囲気、ヴァニティの恵まれた容姿、甘く愛らしい雰囲気だが不躾ではないシェリアの気品のある所作。
周囲の同情が集まるのを感じた。
本人も手応えを感じているだろう。
ヒンメルも意図に気付いたのか、私の次の出方を伺っているようにも見える。半分、面白がっているのだろう。
私の腰に硬く回した手を離そうとしないのがその証拠で、別に妹に興味を持った訳ではないようだ。
けれどまぁ、普通の男ならか弱く健気なシェリアに心を掴まれて居る所だろう。現に今、それで無くとも「悪女」の名を欲しいままにする私への視線は冷ややかだ。
部下や、使用人達の怒りで魔力と殺気が飛び交うが諌めるように視線を送ると相当我慢しているのか所々から乱れる魔力の動きを感じた。
「あら、代わりを頼まれた筈だけど」
「お姉様ったら、いつも私を悪く言うのね……」
「国に居る五人の恋人とはもう終わったの?」
「……えっ、お姉様ったら酷いわ、そんな人居ないわ」
「そう……勘違いだったのかしら……?」
そう言ってヒンメルの指に自らの指を絡めるとピクリと反応を示したヒンメルを見上げる。
熱い視線で見下ろすヒンメルに「シェリアが良かったの?」と飾り気なく尋ねると彼はまるですぐにでも私を食い尽くしそうな金色の瞳を燃やしてはっきりと言った。
「ヴァニティの優れた方の娘を寄越せと言っただけだ」
「お前が来て良かった、ドルチェ」
これでは、暴君に嫁がせるのが嫌で優れていない方を送ったとは両親も妹も言えまい。
間接的にシェリアは「優れていない方」だと皇帝に位置付けられたことになる。
顔を赤くして頷いたシェリアを慌てて回収しに来た両親の憎しみの籠った瞳は祝宴には相応しくないが、不思議と気分は良い。
「私も、ヒンメルに会えて良かった」
信じてはいけない筈なのに、何故か今日はヒンメルが心強く感じて私の為に怒ってくれる部下達が愛おしかった。
(譲ってくれてありがとう、シェリア)
(優れていない方のお姉様には不相応よ今に見てなさい)
342
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる