暴君に相応しい三番目の妃

abang

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新しい大陸

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新たなる大陸が発見されたのは、ドルチェがスタディアスを手に入れてからほんの少しの間であった。


ヒンメルの兄の昔の女性関係が招いた先日の事件から、どうして今まで見つからなかったのだろうか?と、潜伏先の調査の末に分かったのは意外でもない貴族の協力者と意外な潜伏先だった。



「新しい大陸ねぇ……」

「確かに、研究が進む前までは海が陸を隔てて二つあるとは思いもしなかっただろうな」




その間も水晶石の研究は案外進んでおり、今日もヴィリーベンとは打ち合わせをする予定がある。




調査の際にも、いつも貢献してくれるスタディアスの学者達のおかげで、とある島の謎を見事に解いて、まるで対になるように存在する海を見つけたのだ。


此方側とは違い、人が住める場所自体はそう多くはないらしいが此方と同じように生活しているようで調査を進める必要が出来た。


「やる事が多いわね、皇帝っていつも忙しいの?」

「さぁな、戦時中に比べればマシだ」



今日もドルチェを膝に乗せたまま王座に座るヒンメルは、臣下達の報告を聞きながら時々髪や手を撫でる。



「ちょっと待て」



だから油断したのだろう、あからさまに杜撰な報告。
どうやっても不自然な金の流れと人の流れ。



「これで予算を増やせとは、えらく横柄だな」


「へ、陛下……っこれはあくまで簡易的な報告で、後でちゃんと……」


「へぇ、じゃあこれが全部に流れている訳じゃあるまいな?」


「はは……っ、まさか!」


「捕らえて尋問しろ」




向こう側にも生活はある筈、だがあまりにも人口が少ない。

少ない国に広すぎる土地、どうやっても金が回らない筈だ。

更なる貿易先があるのか?もしくは、此方側から不正に金が流れていない限りはーー




「確か……そうか、この間の女を匿ったのも東部の貴族だった」

「ヒンメル、近頃、なんて言葉が流行っているらしいのだけど……今更ね」


クスクスと笑うドルチェの目は一切笑って居ない。

それどころか萎縮する貴族を冷ややかに見下ろしていた。



「ほう、何故それを知った?」

「どうやらウチの愚父も関わっているようなの」



びくりと肩を揺らした貴族は「話がちがう……」と呟き出した。


ドルチェをそっと王座に降ろして、その者に歩み寄ると剣を突きつけたヒンメルが「話せ」とだけ命じた。


まさに、色味を感じないと表現するのが正しいその中年の貴族はそれだけで正気を失ったようで、一人言のように話し出す。



「こっ皇妃殿下は娘だから、殺されはしないと……貴族派に入った、まだ若い陛下ではこの国を預けるのは早いと……!」


「それも父が言ったの?」


「そ、そうです……お二人には何度も会ったがまだ若すぎると、頼られてばかりだとも言っていた……なのにっ!」



目の前のヒンメルに震えながら、後悔するような声色で話す中年貴族の言葉に少しだけ視線を上に向けてわざとらしく考えるそぶりを見せた後、首だけで王座を振り返ったヒンメルはドルチェに尋ねた。



「ドルチェ、家族は好きか?」


「……えぇ、大好きよ。殺したいくらいに」


そう言って語尾にハートでもつきそうな勢いで無邪気に笑ったドルチェに更に中年貴族は腰が抜けたように地面にへばりついた。



「くくっ、それは大層な愛だな」


片手を顔半分にあててクツクツと笑うヒンメルが可愛いとこの場で思えるのはドルチェだけだろう。


けれども、どう見ても可愛い。

(恋は盲目だなんて、まさにそうね)



「学者さん達との打ち合わせがあるのよ」

「あぁ、そうだったなーー」


目の前の貴族に「爵位と財産の没収」を命じたヒンメルは「丁度良かった」と平然と言って絶望的な表情の中年貴族に「身ひとつで出ていけもう兵は送ってある」とも言った。




「何を考えているの?ヒンメル……」

「丁度、爵位の空きが欲しかったんだ」


「伯爵位を突然?」


「あぁ値する物がお前の所に居るだろう?」


後継者教育が修了していて、貴族のマナーに詳しいとなれば……


「レンに爵位を?」


「ああ、必要になる時が来る。ドルチェの為にもな」


皇妃宮を出なくても良いが、きちんと管理をさせろとヒンメルに言われて後でレンを呼ぶことにし、とりあえず二人で打ち合わせへと向かった。



「レントンだと思ってた……」

「ん?知らないのか?彼奴には爵位も家も与えてある」

「え、でもずっと王宮に……」

「知らん。勝手に住み着いてる」

「ふふっ、そう……」


(忙しすぎるのと、ヒンメルが好きなのと半々ってとこかしら)


二人で執務室に戻れば「遅いですよ」と眉を吊り上げているだろうレントンを考えて少し笑った。


「まさか、レントンに気があるんじゃ……」


ハッとしたように、無表情でありながらどこか不安気でもある金色の瞳を向けたヒンメルの瞳を真っ直ぐに見返す。



「あると思う?」


「いや……ないな」

 
(どんな形であれ私をいつか殺すかもしれない人、でも……)



やっぱり彼が今日は可愛く見えてしまう。









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