暴君に相応しい三番目の妃

abang

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決闘は演劇じゃないの

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結局、当日までの間ドルチェが演舞場で稽古をする姿どころか、ドレス以外の服を着ている姿さえ見なかった。

唯一、ティアラがこの件に関して行動するドルチェを見た姿と言えば、闘技場の観客席の防御壁を監督している姿だけだった。

だからこそティアラは確信している。

きっと今の地位に胡座をかき、ティアラのことを甘く見積もったドルチェは皇妃らしく振る舞おうと観客席などの保護にばかり力を入れて評価だけを気にしているのだろうと。

もしも自分ならば、心優しき皇妃……いや、皇后という評価も実力も両方を手に入れることが出来るのに。


(絶対に勝てるわ……!)


それでも、反対側の入場口から感じる魔力は禍々しくて膨大だ。


「でも、これはヒンメルのものかしら……?」


まるで場の空気を翻弄するかのように遊ぶ魔力の流れはドルチェのものにも感じるが慣れた感覚がヒンメルのものにも感じる。

ティアラの事を挑発しているのか、あの外見だけは見目麗しい姿でヒンメルを誑かしているのか……どちらにせよそれも今日、ティアラがドルチェを打ち負かしてしまうまでの話だ。


そう思っていたーーー


長々と観客への注意事項や、互いへの説明がされる中優雅に日傘を差して目の前に立つドルチェに苛立つ。


家とはあまり上手く行っていない上に、ヒンメルがそんな事までしてくれる筈はないので、今日の為に新しくパンツスタイルの洋服を新調することだけにも苦労をした。


どうにか皇妃と釣り合いが取れるように、有名な店で一流のものをあつらえる為に、笑顔や愛嬌を振り撒き、特訓の間にデートだってした。

それなのに、目の前のドルチェは公務以外は皇妃宮に引きこもってばかりで今日この決闘の日にも相変わらずの美しいドレスを着ている。


ふとドルチェを通り越してヒンメルを見上げると、その金色の瞳はドルチェの背中だけを見ていた。



「皇妃様、お着替えをする時間が無かったのなら待ちますわ」

「大丈夫よ」


微笑む表情を崩さないドルチェの思考が読めず、先ずはどうせ動きにくくて避けることもままならないだろうと素早くドルチェに体術を仕掛ける。


身体強化だろう、難なく受けるドルチェの勘はかなり良いと言えるだろう。けれど咄嗟に剣を抜く。

振り下ろされたそのスピードにもう追いつかない、誰もがそう見えただろう。

「「「おぉ~!!」」」


歓声とうっとりするような溜息で観客が騒がしくなる。


ドルチェの脚はスリットから美しいフォームで天に上げられて、高価そうなハイヒールでティアラの剣を受け止めた。


そのまま魔力を手元に集めただけの初歩的な攻撃でティアラを元いた位置まで吹き飛ばしたドルチェに観客は息を呑む。

ハイヒールを鳴らして彼女の元へと歩くドルチェはさながら悪女、ふらりと女性らしく倒れ込んでからゆっくり立ち上がるティアラはそれに立ち向かう可哀想な少女。



「いいですね、皇妃様は大した訓練もせずに……」

「そうかしら?」

「皆の安全を守る為にご立派に働く姿はさぞ、民衆の指示を得たことでしょう…けれど……っ」


ティアラが両手を広げると巻き上がる風。

荒々しいそれはやがて刃のように鋭くなり、まるで嵐の中にドルチェを閉じ込めたかのように姿さえ見えない。
うすらと見えるシルエットからドルチェのドレスや身を引き裂くのが窺えて今度はティアラに対しての歓声が上がった。



「決闘は、演劇じゃないんです。だから私が勝てばぜんぶ私のも……の」



小さな声で「リペア、苦手なのよね」と聞こえると同時にティアラの風魔法は完全に鎮まって消える。

唖然とするティアラの目の前には元通りの美しいドルチェ。

顔どころか、髪やドレスにも傷一つついていない。


「なんで……っ」

「ドレスは直したわよ、ヒンメルうるさいから。ふふ」

「はっ?」

「それと、体術は基礎からやり直しなさいな」

唐突に繰り広げられるドルチェからの攻撃に、着いていくことで精一杯のティアラは段々と焦りが見える。

徐々に疲労が見え始めティアラに余裕のドルチェという絵図はやはり観客に悪女と健気な令嬢という印象を与えるのか口々にティアラへの声援を口にする人々の声に、こんな状況だというにも関わらずティアラの口角は上がった。



「いいんですか?どうみても悪女ですよ……っ?」

「あれ?貴女が言ったんじゃないの?」

「えーー」

「決闘は演劇じゃないのよ?」


見下ろされたアイオライトは柔らかい表情とは違って冷たい。


(あ、私、今日死ぬ……)





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