暴君に相応しい三番目の妃

abang

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支配と収穫

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たった数日で街の活気は変わった。

否、機能し始めたと言った方が正しいだろう。

ドルチェは窓枠に腰をかけて満足そうに目を細めた。


「何かいいことでもあったか?」

「ええ、とても」

こちらがどうしても気になるのか、まだ何か言いたげなヒンメルの方に視線を向ける。


「何だ」

「種をまいて、芽が出たら愛着が沸くわね」

「さっさと収穫して帰りたいがな」

「そうね、収穫はひと息でするつもりよ」


ヒンメルが彼らを好きになれない理由はよく分かる。
もちろんドルチェ自身がそうだからだ。


けれども関わってみれば彼らの中にも良い人間は居る。

圧倒的な力を持つ者でもなければこの環境下で、息を潜めざるを得なかった有能な者や善良な者たちがきちんと存在した。


そうやって怠け者達を使者や、建前上の要人として近隣に送りこみふるいにかけて残った者達に役割を与え教育し


モラルに欠けるやり方ではあるが、綺麗事を言っていられないほどこの街は腐りかけていたのだから感謝して欲しい。

そして民衆にこそ内密にしたが、送り込んだ怠け者たちはやはり姿誰一人として。


「まずは此方側の大陸に近い南側から順番に掌握するわ」

「幸い、国と言えるほどの場所は無い。少数精鋭で毎日少しずつ部下を呼んでいる」

「うーん、それなら先ずは中央を内密に掌握しましょう」

国という明確な区切りがない以上、ヒンメルは街の派閥のテリトリーごとに大まかに東西南北と中央に大陸を区切った。


その中の中央を手に入れ、働き蜂達に此方の運営を続けさせることで、いつも通りの日常を作り方カムフラージュし撒いた火種を建前に中央の即席の拠点から一気に四方向を陥落させる。

本来なら無理な話に聞こえる策だが、ヒルメルと二人ならきっと簡単にできてしまうのだ。


きっと互いに一人でも可能かもしれない程の力を持っているだろうが、ドルチェにとってはヒンメルという存在が心強かった。


一人じゃないのだということが常に自分を視界のどこかに捉えたままのヒンメルからひしひしと感じる。


目が合った時の温かいような、どこかくすぐったい気持ちが愛おしく感じるようになっていた。


宣言どおりに二人が「向こう側の大陸」を制圧するのそう時間はかからなかった。


いつもならば、ヒンメルが自身の直属の部下をレントン以外の者に預けることなど無いが、幾つかの部隊をリビイル達に同行させた。そして東部への侵攻を彼らに任せた。


一番人口と面積の多い北部をヒンメルが、南部をドルチェが担い、帝国から呼び寄せた騎士団には比較的田舎の西部の侵攻を命じた。


騎士団の居る西部への援軍を含め、見事もう一つの大陸の制圧は作戦通りに終わった。


統治するとなるとまだ先が長くなりそうなほど、問題は山積みであったが、とにかく大きな収穫を短期間で得たドルチェ達はやっと帝国に戻る事ができるようになった。

「ただ、平和な暮らしをしたい」そう語っていた者達は誰も声を上げなかった。

ただ、安堵したように降伏し自分達の土地の主導権を最も簡単にあけ渡した。

「レイとフィアも疲れたでしょ?」

「ううん!」

「私たち平気だよ!」

「ふふ、凄いのね。けどフェイトが一人じゃ寂しいわ。一緒に眠ってきなさいな」


「「わかった!!」」


騎士達の指揮を取っているリビイルを横目に子供達をララに任せてヒンメルの元へと向かう。

扉を開けた瞬間に見える顔はきっといつもの仏頂面だと予想していた。

けれど、そこには眉尻を下げ複雑な感情の滲んだ金色の瞳を揺らすヒンメルが居た。


「ヒン、メル……?」

「すまなかった」

どうして彼が謝罪するのか理解が出来ずに次の言葉がみつからないでいると、ヒンメルはこちらへとゆっくりと歩み寄りドルチェを引き寄せて言葉を続けた。


「大義だった」

「ええ、光栄よ」

「だが無理をさせたな。無事でよかった……!」

少し掠れた声。

彼の抑揚のないいつもの話し方とは違う、どこか泣きそうな声にドルチェは少し戸惑ってしまう。


ヒンメルが想像以上に早く仕事を終わらせたのと同じように、ドルチェにとってもさして大した仕事ではなかった。

ましてや彼の元では役に立たなければ何の価値も無くなってしまう。今まで彼にとっての結婚は相手がヒンメルの容姿や地位を求めるのと同じで彼の、国の、役に立つことが当たり前の条件だった筈だ。

ドルチェにとってはただ「長く生きること」が目標で彼に求めるものはないが、どうしてだかヒンメルもまたドルチェに妻の条件を求めているようには見えない。

ただ、普通の女性を心配する婚約者。

普通の男のように振る舞うのだ。



「ねぇ、ヒンメル。もしかして私を愛してるの?」



たとえば自惚れだとして、殺されたとしても「愛してる」とあなたの口から惜しみなく聞けたらいいのにと考えてしまった私のように、ヒンメルが愚かなほど自分を愛してくれていたらどんなに幸せだろうか?

そう思ってしまってはもう、隠す事などできない。

愛なんてものは知らぬ間にゆっくりと私のすべてを蝕み、唐突に気付かされるのだ。

「愛している」と。


自覚してしまえばその欲は底なし沼のようで

愛したい、愛されたいと渇望し続ける。


こんな状況でも彼の金色の瞳を見上げて美しいと思うほど、愛は私を愚かにする。












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