暴君に相応しい三番目の妃

abang

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皇后の器

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「えっ?もう一度言ってくれるかしら?」


「皇后になれ、ドルチェ」


いつになく真摯な金色の瞳に思わず飲み込まれそうになる。

いつも通りの朝、いつも通りのくすぐったい挨拶の後には公務の為に支度をするヒンメルを見送るつもりだった。


そんなドルチェの手首を掴んで、まるで真に心からプロポーズでもしているかのようなどこか緊張感のある面持ちで「皇后になれ」と伝えたヒンメルにうっかりと頷いてしまいそうになる。


珍しく言葉を返すのが遅かった所為か、ヒンメルが畳み掛けるように次の言葉を紡ぐ。


「今と何が変わる?俺に必要なのはお前だけだ」


能力のことを言っているのか、まさかヒンメルが情愛からそう言っているのか。

自分の気持ちを自覚して仕舞えばドルチェはなおさらヒンメルの言葉の真意がどちらなのか気になってしまう。

本来ならそんなことはどうだっていい。

ただこの皇妃宮で安心して眠れる今を守りたいのだといつものように断って仕舞えばいいだけの話。

それなのにドルチェはどうしてだか、ヒンメルのたったひとりの大切な人しか座れないその位置に心が揺れた。

まるでその手応えを感じたようにヒンメルはドルチェを引き寄せて胸の中に閉じ込めるといつもとは違う声色でまるで不安だと訴えかけるようにドルチェを強く抱きしめながら再度言った。


「俺だけの皇后になってくれ、ドルチェ」


「ヒンメル……っ」


「今晩また来る」


ドルチェの頭に優しく手を置いて部屋を出るヒンメルをただ見送ってしまったことに後悔したのは扉の閉まる音がしてからだった。


彼が返事に猶予を与えることさえも珍しいことだというのに、まるで安心させるかのように微笑むヒンメルは実は偽物なんじゃないか?と疑ってしまう。

皇后の椅子に座ることを望むのは何ならレントンの方が切実だし、大所帯になってきた皇妃宮を今よりもっと強固にする為には効率的なやり方でもある為にいつも選択肢にはあった。


近頃はヒンメルも事あるごとに「皇后になれ」と口癖のように言っていたし、話の内容としてはさして驚いてはいない。

けれどどうしてもヒンメルの声色や表情が頭から離れない。

結局ドルチェは一日中、このことが頭の中を占めて星空が降り注いでいるかのような美しい庭園でヒンメルの金色の瞳を見つめて「あなたの皇后になるわ」とつい、言ってしまっていた。


この場所で会ったのは偶然だった。


まだ公務をしているはずのヒンメルを待つ間、落ち着かない頭の中を整理しようと庭園を歩いていると思ったよりも長く居たようで、星よりも綺麗な金色の双眼がドルチェを見つめていた。


迎えに来た彼に無意識に投げかけてしまった言葉はヒンメルを満足させるものだったようで彼はまるで年相応の青年のように嬉しそうな笑顔を見せた。


「もう撤回はできないぞ」

「ええ、撤回はしないわ」

「どうしてーー」

「愛は人を愚かにするものよ」


不安が滲むアイオライトの瞳にヒンメルは少し驚いたように目を見開くと「まだ伝わってないのか」と不服そうに眉を顰める。


「愛してる。愚かにすると言うなら俺もそうだな」

「もし、私が無力になったらあなたが殺して」

「無力でもいいさ。お前らしく堂々してろ」

「!」

ヒンメルがまるで別人のように表情豊かなことがすでに珍しいというのに彼はこれを無償の愛かのように語るのだ。


「ドルチェがドルチェでいる限り俺はお前のものだ」

「あなた、本当に本物のヒンメル?」

「ハッ、まだ互いに知らぬ一面があるって事だな」

「その見下した笑い方は私のヒンメルね」


美しい庭園の真ん中で二人はしばらく憎まれ口と共に愛を語り、くだらない冗談で笑い合った。


「そんな薄着では風邪を引きます」と慌てたリビイルと、「陛下、いつまでレディを寒空に……」と探しに来たレントンの二人が来るまでまるでただの街の若い男女のように沢山話したのだった。


「お前達のドルチェ様は俺の皇后になった」


ドルチェの肩に上着をかけるリビイルを牽制するかのように伝えたヒンメルをレントンが呆れた表情で諌めるのにドルチェはひとしきり笑った。



「陛下、子供のような言動はやめて下さい……って、え!?」

「ふふ……そうなの。レントンも待たせたわね」

「皇后に、なって下さるんですか?」

「そうなるわね」


誰よりも涙を流して喜ぶレントンのおかげであっという間に皇城は「帝国初めての皇后」の話で持ちきりになった。


「ドルチェ様……」

「あなた達は私が必ず守り抜くわ、リビィ」

「いいえ。必ずドルチェ様を守り抜きます」








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