暴君に相応しい三番目の妃

abang

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宰相の珍しい怒り

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あれほどまでに暴君を恐れ、その恩恵を受けながらも陰口を言っていた貴族達はいざ皇后の椅子がどの派閥にも影響されないドルチェのものになると知ると躍起になって邪魔をしようとした。

暴君に娘を差し出す貴族は殆ど居なくなったものの、わざわざ見目の良い平民を養女にし側妃にしようとする者まで出てくる始末だ。

永遠に誰も座ることのないはずだった皇后という椅子がやっと意味のあるものになった所為だ。


ヒンメルが皇帝である限り空席のだったはずのそこに誰かが座ることが可能なのだということをドルチェが証明した。


けれど、レントンにしてみればそこには貴族達の大きな間違いがある。


ドルチェだからヒンメルの隣に座ることができると言うことだ。



「まぁ、ドルチェ様はすぐに陛下の肘置きに腰掛けられるから椅子など無意味か」



行儀は悪いが、寄り添う二人はとても美しい上にまるで一つの椅子を共有する二人は対等な関係性を表すかのようにも見えてレントンはそれが好きだ。

いつもの二人の様子を思い浮かべると思わず口元が緩んだ。


「何が面白いんだ?」

「ふ、何でもありませんよ」

「ドルチェは何してる?」

「戴冠式に向けて皇族のマナーを学び直していますよ」


ドルチェは自由に振る舞ってはいるが、ああ見えて努力家で完璧主義だ。

誰かにつけいる隙を与えない為にも戴冠式を完璧に終えるための努力を惜しまない。

そのようなドルチェの一面を知るたびにレントンは彼女をますます尊敬している。

ヒンメルに至ってはドルチェのそういった一面に親近感と感心を抱いているようで「苦労をかけるな」と労う様子など初めて見るものだから水害でも起きるのではないかと危惧した程だ。


第二の大陸で良からぬ事を考えていた貴族派の一部の者達もまた、立場を取り戻す為に躍起になって今度は側妃の座を狙っているがどんな令嬢が来たとしてもドルチェには敵わないだろう。


(まず、どんな利益があっても今の陛下は側妃を娶られないだろう)


「レントン、これを財務に頼む」

「承知しました」


書類を持って扉を開くなり、何かを引き止めるような騒がしい声とバタバタと品のない足音が聞こえる。


「宰相殿!!」

「困ります、こちらの階は立ち入り禁止です!」


引き止めている騎士がレントンを見て下がると、デールライド伯爵もまた足を止めたもののレントンのことを息を切らせて見上げ一歩前へ出た。

恰幅の良い彼は脂汗を上質なハンカチで拭き取ると、レントンを睨みつけながら「陛下への謁見を望みます」と無礼にも立ち入り禁止の階であるにもかかわらず大声で言った。


「本来の手順を踏まず、押しかけられては困ります伯爵」

「その手順が通らないからこうして強引に来たのです!!」


とにかく、ヒンメルの気を立てぬようにデールライド伯爵を別室へと案内したところでレントンの了承も得ずに彼は「イズリンを連れて来い」と自らの付き人に命じた。


美しい焦茶色の髪に大きな目が印象的な愛らしいその女性からは確かに人並み以上の魔力を感じるが、驚くほどではない。
しおらしい振る舞いの奥に感じる狡猾さはよく見る貴族の令嬢達と同じだ。


「うちの養女を皇妃殿下の侍女にして頂きたいのです」

「申し訳ありませんが皇妃宮の権限は陛下より全てドルチェ様に一任されております」

「だからこそ、こうしてお願いしに参ったのです」


侍女と言っても、ヒンメルに近づきたいだけの魂胆だろう。
ドルチェに仕える気持ちなど少しもないしこのような者が訪ねてくるのは今日が初めてではないのだ。


「ですが、お義父さま……私はまだ?」


こう言った台詞は自分の至らなさを擁護する以外に、自分がまだ誰にも触れられたことのないのだとアピールするものだ。


「問題ありません。ドルチェ様の侍女にはなれませんし、陛下はドルチェ様以外の妃を娶る予定はありません」


「宰相殿……些か頑なすぎませんか?」

「お義父さま……私はいいんです、こうして宰相様にお会いできただけでも幸福でした」

「うちのイズリンは純粋でいい子です。もし身染められれば皇帝陛下の情婦などとは言わせない筈です」


まるで取引でも持ちかけているかのような見下した目線。
元々由緒正しい家門でもなければ、レントンは武功で爵位を上げた者。

そのせいかデールライド伯爵含め、多くの者達が陰で見下しているのは知っていたが聞き流せない言葉がひとつ。


「情婦?」


「あっいえ……お義父さまは一般的な意見を述べただけで本心では……っ!」


「ははっ、そう焦らずとも良い。皆がそう呼んでい……っぐぁ!」


先ほどまでニヤケ顔を隠すのに必死だったイズリンの叫び声が応接室に響く。


「彼女ほど皇后陛下に相応しいお方は居ません」


血飛沫を上げて床に転がるデールライド伯爵を見下ろす。
久々にこのように感情的に剣を抜いたが、もっと早くこうすれば彼女に対しての下らない噂も解決したのでは?とさえ思う。


返り血を浴びた上着を脱いで、手袋を外したところで珍しいものを見て面白がった表情を浮かべる主君を扉の前で見つけた。


「陛下……」

「ほぉ、珍しいなレントン」

「お見苦しい所をお見せしました」


くつくつと笑って、助けるつもりがないのだろうデールライド伯爵を足蹴にするとヒンメルとレントンを見上げて震えるイズリンを見て「軟弱な」と冷めた表情で呟いた。

その言葉にハッとしたように「このくらい平気です!」と震える足で立ち上がったイズリンはヒンメルの前で辛うじて礼をすると今にも息絶えそうな義父を見下ろした。


「別に血の繋がりもありません。義理はありますが、義父は当然の罰を受けただけです。だから……っ」


どうでも良さそうに処理の指示を出すレントンはもうイズリンを視界に入れない。

ヒンメルは縋るような、期待の籠ったイズリンの瞳を一瞬だけ捉えると嫌悪するように「小汚い」と言い放った。

「えっ……?」

「うちの皇后は義理堅いんだ。ドルチェなら……どう思う?」


レントンの方を見てくつくつと笑うヒンメルと同じことを考えていたことには別に驚かなかった。

ヒンメルのものとは種類が違うが、自分もまたそれほどにドルチェを好きだということだろう。


「ドルチェ様なら担いででも助けたでしょうね」


「あぁ、ドルチェは誰かを踏み台にしなくても自分の力でどこまでも昇る。だからお前らごときが少しでも希望を持つな」


「根本的な美しさが違うんですよ、そもそも」




何故か満足げなヒンメルは「罰として処理は自分で済ませろ」と珍しく簡単な言いつけをしてご機嫌な様子で部屋を出る。
それを見送ってからレントンは少し冷静になって後悔をした。


「派手にしすぎて片付けが面倒ですね」





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