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私の知らないあなた
しおりを挟む「エルシー……ごめん」
リジュの声が遠くに聞こえた気がした。
思ったよりも怖かったのかもしれないしただ疲れたのかもしれない。身体は重いし気怠さの所為で動けなくてどうやら瞼もひっついてしまったようだ。
(リジュの幻聴を聞くなんて)
誰も悪くない。言うなればこれはリジュと私の所為で起きたことだ。
瞼に覆われた暗い世界がさらに深い夜に覆われてそのまま顔を撫でた滑らかな指の感触がくすぐったい。
安心する彼の香りまで感じる夢を見る私はどうやら本格的に愛に浮かされた馬鹿なのかもしくは可笑くなってしまったみたいだ。
「ごめん、怖かったよね」
(リジュが浮気するから……彼女を夢中にさせたからでしょ)
幻聴に返事をしても仕方がないし、相手には届かないだろう。
けれども彼にぶつけたかった言葉は心の中でか細い悲鳴のように溢れてくる。
「ちゃんと清算する、エルシーだけが俺の妻なんだ」
(嘘つき、けれど嘘を吐かせたのが私の所為だったら……?)
魅力がない、退屈、真面目すぎる、他には……
(重い、とか?)
「リジュ、ごめんね……」
ほんの小さな声。聞き逃してしまうほどか細い声でエルシーが溢した言葉にリジュは鼻の奥がツンとして、思わず息を止めた。
「ーっ、エルシー!」
(寝言か……?)
「何で君が謝る?傷つけたのは俺なのに……」
彼女を攫った誘拐犯ですら傷ひとつ付けることができなかったようだ。
なのに、君を愛している俺は君の心に少しずつナイフを突き立てていた。
更には寝言とはいえ原因の無い彼女に謝らせてしまうだなんて……。
けれど夫失格だなんて言葉は言わない。
どんな償いでもする。エルシーの傍に居たい。
細くて頼りない小さな手を握ってただエルシーが無事に目覚める事だけを願ったが彼女が目覚めるよりも先に邸に王宮からの馬車が着いた。
「旦那様、エルディオ王太子殿下が来られました!」
「殿下が? へぇ……分かった。丁重におもてなししろ」
エルシーの頭を撫でて、部屋を出る。
エルディオが何を持って来たかはすぐに分かるし、ただ気になるのはそれを誰が何の為に成し遂げたかだけ。
慣れた廊下を歩く、広いのが今は煩わしい。
「リジュ、君に贈り物だ」
そう言ったエルディオ殿下は決して余裕がありそうな訳ではなかったが自信ありげな表情をしていた。
(へぇ)
「此処に首が二つ、それとこれはエルシーの手柄だ」
「エルシーはナイフひとつ握れないよ」
「だから、握れる者を使ったんだろ」
「……何者だ?」
エルシーが自分を攫いに来た腕利きの有名人を懐柔したこと、彼はきっと公爵家にも王家にも、そして一番にエルシーの役に立つこと。
更にはエルシーが彼らを買収したこと。
「あり得ないね」
「……だろうな、金は私が。エルシー本人も納得した」
「理由は?」
「彼女を見殺しにすれば、お前に殺されるからな」
「それだけ?」
「あぁ」
エルディオはよく知っている。俺が彼を人として好きだという事。
信頼していること。だからこそ彼が例えエルシーに惹かれる事があったとしても彼女よりも俺を取るだろう。
王族らしい話し方、乏しい表情、冷たい声色の全てが完璧な王太子に見えるが彼は案外情に厚く誠実な男である。
「まぁいっか。ありがとう、ディオ」
「ああ……。所で彼女は無事だったのか」
「うん、今は眠ってるよ」
そう言いながら扉の方を確認して気配がしないのが分かるとリジュは首の入った箱を確認する為に開けた。
ーーー
「あれ……やっぱり夢だったのね」
目が覚めたエルシーは見慣れた天井に安堵すると同時にリジュが居ない事に落胆した。
身なりが整っているのはメイド達のおかげだとして、彼が手を握って傍に居てくれたような気がした事に恥ずかしさも感じていた。
「ほんとに、馬鹿ね。私」
きっと彼は自分が倒れたくらいでは騒ぎ立てて公務を休んで家にいる事などないだろうと嘲笑した。
けれど何となく彼の香りがするような気がする。
心配するメイドに入り口で「大丈夫よ」と声をかけて応接室の扉の前まで行く。何故かそこにリジュが居る気がしたからだ。
(こんなに時にも、まさか、女性……?)
来客というのは強ち間違っていなかったようで、戸惑いながら引き止める騎士達の声を振り切って強引に開いた扉の向こうで振り返って目を見開く若紫色の瞳とその奥に見える群青色の瞳。
王太子殿下だったのかと安心すると同時に二人の表情に違和感を覚える。
王太子の騎士達が慌てて閉めた箱から微かにする異臭にハッとした。
見逃していたと思っていた一瞬の映像が脳内で唐突に処理される。
二つ並んだ箱の中身からはどう見ても人の髪のようなものが見えた。
そして隠しきれない異臭と振り返る直前の見た事のないリジュの表情。
(感情が抜け落ちたような、昂ったような知らない顔……)
「エルシー、目が覚めたんだね。起きないかと心配したよ」
「こんな時に訪ねてすまないな、夫人」
気のせいだったかのように振る舞う二人、表情こそ隠しているが何処か落ち着かない騎士達。
そんなにも馬鹿じゃない。
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まさか、ほんとに物理的に首を取ってくるという意味だったとは思っていなかったが赤い髪の彼はやってのけた。
そしてそれを命じた王太子もまた何故それをリジュに捧げに来たのだ。
「リジュに殺される」という言葉は今まで比喩や冗談かとも思っていたがそうではないのだろう。
もうあの目を見ては、気付かざるが得ない。
彼はローズドラジェであり、
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そして、知らなければならない。
もう引き返せない事を。
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