傷付いた騎士を愛した王女【完結】

新月蕾

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第6話 緩やかな時間

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 アーヴィンは何だかんだで自分のことは自分でやれた。
 歩くのも壁を伝ってできたし、見えていないはずなのに物の置かれた場所をよく覚えていた。
 だから日常生活ではキャロライナの苦労はあまりなかった。
 一番困ったのは入浴の介助だった。
 アーヴィンの家にはクリスティアンのはからいでお風呂場まであった。
「た、タオル巻けましたか?」
「ああ」
 アーヴィンの言葉にキャロライナは固くつぶっていた目を開けた。
 筋肉のついていた体は少したるんでいた。
 満足に動けないからだろう。
「お背中流しますね」
「何から何まですまない」
「仕事ですから」
 そう言いながら傷だらけの背中を洗い流す。
「……どこもかしこも傷だらけですね」
「騎士なんて、そんなもんだ」
「そう、ですか……」
「……うら若いお嬢さんに見せるようなものではなかったな」
「だ、大丈夫です! 私は看護師ですもの」
「……そうか」
 アーヴィンは寂しそうに笑った。

 そして三日に一回、キャロライナは夜にアーヴィンの包帯を取り替える。これが一番の仕事だった。
「どうですか、アーヴィンさん、光がどちらの方向かわかりますか」
 雨戸を閉め切った暗い部屋にランプが置かれている。
「……こっちか?」
「……いえ、こちらです」
 大きな手を取り、キャロライナはランプの方へと導く。
「……すまない」
「謝ることではありませんわ。アーヴィンさんがどれほど回復しているかを調べるためですもの」
 キャロライナは月に一度往診に来てくれる医者に渡すための日記帳に「見えなかった」と書き付けた。
「…………そう、だな」
「……大丈夫、きっとよくなります。目の周りを濡れ布巾で拭かせてもらいますね」
「ああ、頼む」
 キャロライナはアーヴィンの目に布を当てた。
 引き攣れた怪我の痕が痛々しかった。
「染みますか?」
「いいや、大丈夫」
「よかった」
「……キャシーさん」
「はい、なんでしょう」
「あなたは若い身空でこんな仕事をどうして?」
「……あなたが、英雄だから、です。英雄の力になれるなら……」
「……俺は、俺は負け犬だ」
 キャロライナの言葉をアーヴィンは遮った。
「活躍はしたのかもしれない。けれども、敵を殺したのと同じくらい味方も死なせた……」
「アーヴィンさん……」
 この人の心は戦場に置き去りになっているのだ、キャロライナはそれに気付いた。
「……すまない、辛気くさいことを言ったな。……君が来てくれてよかった。マーサさんは俺相手じゃ話をするのに退屈そうだったし」
 マーサはおしゃべりだった。
「いえ、いえいえ……」
 切ない思いで胸がいっぱいになってキャロライナは言葉を続けることができなかった。
「キャシーさん?」
 アーヴィンが心配そうな声を出した。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ることではない……ふっ」
 アーヴィンが急に噴き出した。
「アーヴィンさん?」
「いや、すまない。さっき君にそう言われたばかりだと思ってな」
「……アーヴィンさん、笑うの初めて……」
「そう、だったか」
「はい……私が来てから初めてです……」
「……無愛想ですまない」
「いえ……」
 そうしているうちに包帯を巻き終わっていた。
「……終わりです」
「ありがとう」
 アーヴィンはうっすらと微笑んだ。
 キャロライナはその笑顔にかつてのアーヴィンの面影を見たような気がした。
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