7 / 8
第7話 報せ
しおりを挟む
そんなある日のことだった。
「アーヴィンさん! お手紙が届いていますよ。差出人は……クリスティアンさんですね」
マーサが手紙を持ってきた。
キャロライナは兄の名前に少しドキリとした。
「ああ、殿下からだ。キャシーさん、読んでくれるか?」
「は、はい」
兄が何を書いたのだろう。余計なことを書いてなければいいのだが。
「『親愛なるアーヴィンへ。いかがお過ごしだろうか、少しは体調がよくなっているといいのだが』」
キャロライナは緊張しながら、手紙を読む。
「『私が送ったキャシーの働きぶりはどうだろう。やる気はあると思うが、役に立たないと思ったら、遠慮なく解雇してほしい』」
「そんなことはない」
アーヴィンがポツリと呟いた。
「あ、ありがとうございます……ええと、『必要なものがあったらなんでも言ってくれ、手配する。それでは、君の友、クリスティアン』……だそうです」
「ありがとう。……返事の代筆を頼めるか?」
「はい、もちろんです」
アーヴィンの返信は簡素なものだったが、キャシーとマーサがよく働いてくれていることを何度も強調していた。
自分の筆跡は兄にはバレるだろう。そう思うとなんだか気恥ずかしかったが、アーヴィンの言葉を違えるわけにもいかない。
キャロライナはしっかりと手紙の代筆をした。
その日は、雨が降っていた。
いつものように雨戸を閉めて、ランプを置き、アーヴィンの包帯をとる。
「アーヴィンさん、どうで……」
「見える!」
アーヴィンはそう叫ぶと勢いよく立ち上がった。
「きゃっ」
その勢いにキャロライナは転んでしまった。
「キャシーさん!?」
アーヴィンは焦った。
見えるといっても薄ぼんやりと明かりが見える程度で、キャロライナの動向まではわからなかったのだ。
「大丈夫ですか……?」
オロオロと足を一歩進めると、床に倒れていたキャロライナにつまずき、アーヴィンは倒れた。
「あっ……」
キャロライナの上にアーヴィンがのしかかる。
「す、すまない。すぐに退くから……」
キャロライナの体の両脇に手をついて、フラフラとアーヴィンは立ち上がろうとした。
キャロライナはふわりと香るアーヴィンの香りに気付いた。
「……待って」
キャロライナはアーヴィンを抱き締めていた。
「……キャシー?」
アーヴィンは困ったような声を出した。
「ご、ごめんなさい……」
キャロライナは慌てて手を離した。
「…………」
アーヴィンは手探りでキャロライナの両腕を握り締めた。
「さあ、立って」
「は、はい……」
これではまるで逆だ。こういうときにアーヴィンの力になれるようにここに来たはずだったのに。
キャロライナはうつむいてしまった。
そのせいか、アーヴィンの足のせいか、二人はバランスを崩してベッドになだれ込んだ。
「…………」
「…………」
お互いの鼓動が聞こえた。お互いの息づかいが聞こえた。
柔らかなキャロライナの体が、未だにしなやかなさの残るアーヴィンの体の上に、重なり合っていた。
「キャシー……」
切なげにそう呼ばれ、キャロライナは体を硬直させる。
アーヴィンの手がキャロライナの頬を撫でる。場所を、形を、確かめるように触れられて、キャロライナは目を閉じた。
アーヴィンの手はキャロライナの唇を探り当てた。
アーヴィンの唇がキャロライナの唇に重なる。
「……キャシー、俺は……」
「あ、アーヴィンさん……あの、アーヴィンさんには、こ、恋人の方とか……」
「いない。いたとしても、ここに来てくれない時点で破局だろうさ」
「そ、そうですか……思っている人も、いない?」
「いない……ああ、いや、昔に……ひとり……あれは一目惚れだった」
「…………」
「美しい人だった。だけど、手の届かない人だった。だから……諦めて、遠く離れて、それでも忘れられずに……でも、今頃、もうお嫁にでも行っているかもしれない」
「…………そうですか」
「白状すると、キャシー、君の声を聞いたとき、俺はあの人だと思ってしまった。……そんなことをする立場のお方じゃないのにな」
「……い、今でも、その方が好きですか?」
「……わからない。わからないんだ」
「わからないのなら……」
キャロライナの言葉をアーヴィンは遮った。
「わからないから、教えてくれ、キャシー……君が、あの人だったらよかったのに。そんな酷いことを思ってしまう俺に……教えてくれ」
そう言ってアーヴィンはキャロライナの体を撫でた。
キャロライナはアーヴィンを受け入れた。
「アーヴィンさん! お手紙が届いていますよ。差出人は……クリスティアンさんですね」
マーサが手紙を持ってきた。
キャロライナは兄の名前に少しドキリとした。
「ああ、殿下からだ。キャシーさん、読んでくれるか?」
「は、はい」
兄が何を書いたのだろう。余計なことを書いてなければいいのだが。
「『親愛なるアーヴィンへ。いかがお過ごしだろうか、少しは体調がよくなっているといいのだが』」
キャロライナは緊張しながら、手紙を読む。
「『私が送ったキャシーの働きぶりはどうだろう。やる気はあると思うが、役に立たないと思ったら、遠慮なく解雇してほしい』」
「そんなことはない」
アーヴィンがポツリと呟いた。
「あ、ありがとうございます……ええと、『必要なものがあったらなんでも言ってくれ、手配する。それでは、君の友、クリスティアン』……だそうです」
「ありがとう。……返事の代筆を頼めるか?」
「はい、もちろんです」
アーヴィンの返信は簡素なものだったが、キャシーとマーサがよく働いてくれていることを何度も強調していた。
自分の筆跡は兄にはバレるだろう。そう思うとなんだか気恥ずかしかったが、アーヴィンの言葉を違えるわけにもいかない。
キャロライナはしっかりと手紙の代筆をした。
その日は、雨が降っていた。
いつものように雨戸を閉めて、ランプを置き、アーヴィンの包帯をとる。
「アーヴィンさん、どうで……」
「見える!」
アーヴィンはそう叫ぶと勢いよく立ち上がった。
「きゃっ」
その勢いにキャロライナは転んでしまった。
「キャシーさん!?」
アーヴィンは焦った。
見えるといっても薄ぼんやりと明かりが見える程度で、キャロライナの動向まではわからなかったのだ。
「大丈夫ですか……?」
オロオロと足を一歩進めると、床に倒れていたキャロライナにつまずき、アーヴィンは倒れた。
「あっ……」
キャロライナの上にアーヴィンがのしかかる。
「す、すまない。すぐに退くから……」
キャロライナの体の両脇に手をついて、フラフラとアーヴィンは立ち上がろうとした。
キャロライナはふわりと香るアーヴィンの香りに気付いた。
「……待って」
キャロライナはアーヴィンを抱き締めていた。
「……キャシー?」
アーヴィンは困ったような声を出した。
「ご、ごめんなさい……」
キャロライナは慌てて手を離した。
「…………」
アーヴィンは手探りでキャロライナの両腕を握り締めた。
「さあ、立って」
「は、はい……」
これではまるで逆だ。こういうときにアーヴィンの力になれるようにここに来たはずだったのに。
キャロライナはうつむいてしまった。
そのせいか、アーヴィンの足のせいか、二人はバランスを崩してベッドになだれ込んだ。
「…………」
「…………」
お互いの鼓動が聞こえた。お互いの息づかいが聞こえた。
柔らかなキャロライナの体が、未だにしなやかなさの残るアーヴィンの体の上に、重なり合っていた。
「キャシー……」
切なげにそう呼ばれ、キャロライナは体を硬直させる。
アーヴィンの手がキャロライナの頬を撫でる。場所を、形を、確かめるように触れられて、キャロライナは目を閉じた。
アーヴィンの手はキャロライナの唇を探り当てた。
アーヴィンの唇がキャロライナの唇に重なる。
「……キャシー、俺は……」
「あ、アーヴィンさん……あの、アーヴィンさんには、こ、恋人の方とか……」
「いない。いたとしても、ここに来てくれない時点で破局だろうさ」
「そ、そうですか……思っている人も、いない?」
「いない……ああ、いや、昔に……ひとり……あれは一目惚れだった」
「…………」
「美しい人だった。だけど、手の届かない人だった。だから……諦めて、遠く離れて、それでも忘れられずに……でも、今頃、もうお嫁にでも行っているかもしれない」
「…………そうですか」
「白状すると、キャシー、君の声を聞いたとき、俺はあの人だと思ってしまった。……そんなことをする立場のお方じゃないのにな」
「……い、今でも、その方が好きですか?」
「……わからない。わからないんだ」
「わからないのなら……」
キャロライナの言葉をアーヴィンは遮った。
「わからないから、教えてくれ、キャシー……君が、あの人だったらよかったのに。そんな酷いことを思ってしまう俺に……教えてくれ」
そう言ってアーヴィンはキャロライナの体を撫でた。
キャロライナはアーヴィンを受け入れた。
0
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜
涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください
「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」
呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。
その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。
希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。
アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。
自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。
そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。
アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が……
切ない→ハッピーエンドです
※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています
後日談追加しました
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる