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研究所
6話 うるさい
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「だ、黙れって……。やだなぁ、レオは照れ屋さんだね。心配されるのが、そんなに恥ずかしいの?」
「黙れ……」
「黙れって言われても黙らないもんね。レオは優しいから、私を無視できないじゃん。本当は私と話すのが嬉しくて、照れてるんでしょ。だって、レオ以外の子は皆、私のことを」
「うるさい!」
アメリアの話の途中を遮って、レオは初めて大きい声を出した。それにビクッと肩を震わせて、やっと彼女は口をつぐむ。荒れた呼吸の中、叫んでしまったことに後悔した。やりすぎたかなと思いつつ、一回で聞かないやつが悪いんだ、と自分を正当化させようとする。
とりあえず、今は休まないと苦しくて、体が保ちそうになかった。ゆっくり目を瞑って、眠りに入ろうとする。薄らとした意識で、なんとなく回想してしまった。
なんて自分勝手で、人の親切も素直に受けとれない人なんだろうか。霊の好意も、アメリアの好意も、人からの優しさは無いに等しい。それにも関わらず、その好意を踏み躙ってきた自分に、今更になって恥じてきた。
それもこれも、母親の遺伝子があるからかもしれない。ただの言い訳になるが、それしか理由が思いつかなかった。
僕が大人になれたら、あの母親のように暴力を行使するかな? 人の好意ある行動に気付かず、段々と嫌われるかも。いや、そもそも大人になれやしないのだから、何考えてんだろう自分は。
でも、そうはなりたくない。優しさは優しさで返したい、という意志はあった。母親のようになるのは嫌だって、体がはっきり言ったようだった。
その証拠に、なぜかツーと涙が出た。何に悲しさを覚えたのかは知らないが、目から横に流れて耳に水が入っていく。一滴だけで終わって、耳に不快感を感じた。
母親からの暴力や暴言は、苦しくて怖くて二度と味わいたくない。教室のあの雰囲気も、皆からの痛い視線も、教師の差別的な対応も、全て嫌でそれがレオ自身を追い詰めた。
この研究所だって、前世とはほとんど変わらない。地獄の人生は地獄まま始まり、感情を失わせるのが一番楽だった。それとは対に、感情を失う自分が怖かった。
もっと笑いたい。誰かの側にいたい。クラスの子が笑って泣いて楽しんで、学校生活を充実できたように、自分にもその権利はあるはずだと思いたかった。けれど、待ち受けていたのは、無視、菌扱い、わざと避けて、机に落書きをして、腹が立ったら殴り出して……。それが幸せだろうか?
今、やってきた僕の行動は、無視、暴言とアメリアを傷付けるような行為ばかり。わざと、彼女を困らせようとしたいわけではなかった。ただ、ヘラヘラ笑っている姿に、無性にイライラが止まらなかっただけ。
感情を殺すのが、怖かった理由。それは、相手を傷付けてしまうから、相手の気持ちに気づけないから……。
今更、気持ちを切り替えるなんて変な気がするし、謎のプライドが許したくなかった。でも、もし自分の立場なら、最低でも謝るのべきだと思う。
「ごめん……」
「ん? どうした? 治った?」
「ごめん、なさい……」
母と似た、人を傷付ける事はしたくない。だから、口が先に動いて謝った。
重い体をゆっくり起き上げ、きちんと謝らないければならないと思った。自分のしてきた行為を、遅くなって気付いたからだ。前世と照らし合わせた事で、その愚かさに嫌になって、自分が母やクラスの子同然だと思うと謝らずにはいられない。
許されないって分かっていたし、自分がどれだけ馬鹿か実感した。
体中重くて痛くて、倦怠感や筋肉のなさに、起き上がった姿勢を維持するのが精一杯。プルプルと筋肉は震えていて、もう少しで力尽きそうだった。
涙がボロボロと溢れて、何やっているんだろうと思う。
泣くべき人は、僕じゃないのに……。
「レオ、どこか痛い?」
アメリアはゆっくりと、塗り薬を傷に擦り込むように、泣き出したレオの背中をさすりつづけた。そういう事じゃない、と言いそうになったが、それは心に秘める。代わりに「ありがとう」と言った。
それに対して、フフッとアメリアは微笑んだ。
背中を撫でられると、不思議と心が軽くなっていった。気持ちの高ぶりを抑えてくれ、心地よい暖かさに包み込まれる。ずっと撫でていてほしい、と思うくらい嬉しくて落ち着けた。
「レオは優しいね。だって、私の話に嫌でも付き合ってくれるじゃん。今までの人は、口を抑えて、ねじ伏せて、喋れないように口を叩いたりしてきたんだよ。でも、そんなことレオはしなかったじゃん。動けるのに」
それを聞いて心が痛ましく感じた。自分の行動が優しいと思われると、今までの彼女の経験があまりにも酷いと証明した純粋な発言だったから、さらに自分の行動の愚かさに恥じてしまう。
「違う……。僕が優しいんじゃなくて、周りがそれ以上に酷いだけ。本当に……ごめん」
謝るレオに、アメリアは意味が分からなかったようだ。キョトンとして、「どうして謝るの?」と言い理解できていない。それに、彼はアメリアを抱きしめた。それしか、出来ることが思いつかなかった。
「僕は、皆嫌いだ。でも、アメリアは違う。なんか、暖かくて心地よくて、ホッとする。それが、今気付いたんだ。本当にすごいよね。どうしてこんな事がアメリアはできるんだろう」
多くの否定に対して、彼女はどれほど耐えて反抗したのだろうか。これほどまでに人を癒す余裕があるなんて、本当にこの研究所の子とは思えない。聞いた過去からは、相当辛い状況にいたと思った。そして、レオと話せて嬉しいんだと思った。
だから、無限に口が開き続ける。
しつこいあの声が、希望を与える声に変わった気がした。
もっともっと話していても、僕に損はないのだから、これ以上否定する必要なんてない。
「黙れ……」
「黙れって言われても黙らないもんね。レオは優しいから、私を無視できないじゃん。本当は私と話すのが嬉しくて、照れてるんでしょ。だって、レオ以外の子は皆、私のことを」
「うるさい!」
アメリアの話の途中を遮って、レオは初めて大きい声を出した。それにビクッと肩を震わせて、やっと彼女は口をつぐむ。荒れた呼吸の中、叫んでしまったことに後悔した。やりすぎたかなと思いつつ、一回で聞かないやつが悪いんだ、と自分を正当化させようとする。
とりあえず、今は休まないと苦しくて、体が保ちそうになかった。ゆっくり目を瞑って、眠りに入ろうとする。薄らとした意識で、なんとなく回想してしまった。
なんて自分勝手で、人の親切も素直に受けとれない人なんだろうか。霊の好意も、アメリアの好意も、人からの優しさは無いに等しい。それにも関わらず、その好意を踏み躙ってきた自分に、今更になって恥じてきた。
それもこれも、母親の遺伝子があるからかもしれない。ただの言い訳になるが、それしか理由が思いつかなかった。
僕が大人になれたら、あの母親のように暴力を行使するかな? 人の好意ある行動に気付かず、段々と嫌われるかも。いや、そもそも大人になれやしないのだから、何考えてんだろう自分は。
でも、そうはなりたくない。優しさは優しさで返したい、という意志はあった。母親のようになるのは嫌だって、体がはっきり言ったようだった。
その証拠に、なぜかツーと涙が出た。何に悲しさを覚えたのかは知らないが、目から横に流れて耳に水が入っていく。一滴だけで終わって、耳に不快感を感じた。
母親からの暴力や暴言は、苦しくて怖くて二度と味わいたくない。教室のあの雰囲気も、皆からの痛い視線も、教師の差別的な対応も、全て嫌でそれがレオ自身を追い詰めた。
この研究所だって、前世とはほとんど変わらない。地獄の人生は地獄まま始まり、感情を失わせるのが一番楽だった。それとは対に、感情を失う自分が怖かった。
もっと笑いたい。誰かの側にいたい。クラスの子が笑って泣いて楽しんで、学校生活を充実できたように、自分にもその権利はあるはずだと思いたかった。けれど、待ち受けていたのは、無視、菌扱い、わざと避けて、机に落書きをして、腹が立ったら殴り出して……。それが幸せだろうか?
今、やってきた僕の行動は、無視、暴言とアメリアを傷付けるような行為ばかり。わざと、彼女を困らせようとしたいわけではなかった。ただ、ヘラヘラ笑っている姿に、無性にイライラが止まらなかっただけ。
感情を殺すのが、怖かった理由。それは、相手を傷付けてしまうから、相手の気持ちに気づけないから……。
今更、気持ちを切り替えるなんて変な気がするし、謎のプライドが許したくなかった。でも、もし自分の立場なら、最低でも謝るのべきだと思う。
「ごめん……」
「ん? どうした? 治った?」
「ごめん、なさい……」
母と似た、人を傷付ける事はしたくない。だから、口が先に動いて謝った。
重い体をゆっくり起き上げ、きちんと謝らないければならないと思った。自分のしてきた行為を、遅くなって気付いたからだ。前世と照らし合わせた事で、その愚かさに嫌になって、自分が母やクラスの子同然だと思うと謝らずにはいられない。
許されないって分かっていたし、自分がどれだけ馬鹿か実感した。
体中重くて痛くて、倦怠感や筋肉のなさに、起き上がった姿勢を維持するのが精一杯。プルプルと筋肉は震えていて、もう少しで力尽きそうだった。
涙がボロボロと溢れて、何やっているんだろうと思う。
泣くべき人は、僕じゃないのに……。
「レオ、どこか痛い?」
アメリアはゆっくりと、塗り薬を傷に擦り込むように、泣き出したレオの背中をさすりつづけた。そういう事じゃない、と言いそうになったが、それは心に秘める。代わりに「ありがとう」と言った。
それに対して、フフッとアメリアは微笑んだ。
背中を撫でられると、不思議と心が軽くなっていった。気持ちの高ぶりを抑えてくれ、心地よい暖かさに包み込まれる。ずっと撫でていてほしい、と思うくらい嬉しくて落ち着けた。
「レオは優しいね。だって、私の話に嫌でも付き合ってくれるじゃん。今までの人は、口を抑えて、ねじ伏せて、喋れないように口を叩いたりしてきたんだよ。でも、そんなことレオはしなかったじゃん。動けるのに」
それを聞いて心が痛ましく感じた。自分の行動が優しいと思われると、今までの彼女の経験があまりにも酷いと証明した純粋な発言だったから、さらに自分の行動の愚かさに恥じてしまう。
「違う……。僕が優しいんじゃなくて、周りがそれ以上に酷いだけ。本当に……ごめん」
謝るレオに、アメリアは意味が分からなかったようだ。キョトンとして、「どうして謝るの?」と言い理解できていない。それに、彼はアメリアを抱きしめた。それしか、出来ることが思いつかなかった。
「僕は、皆嫌いだ。でも、アメリアは違う。なんか、暖かくて心地よくて、ホッとする。それが、今気付いたんだ。本当にすごいよね。どうしてこんな事がアメリアはできるんだろう」
多くの否定に対して、彼女はどれほど耐えて反抗したのだろうか。これほどまでに人を癒す余裕があるなんて、本当にこの研究所の子とは思えない。聞いた過去からは、相当辛い状況にいたと思った。そして、レオと話せて嬉しいんだと思った。
だから、無限に口が開き続ける。
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