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キャプテン・REI

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9話

「……いないな」

 夜の泉で今日もアクアは舞う。すべてを忘れるように踊り続ける。
 スノウのことも、里の事も。

(全部――私のせいなんだ)

 彼と逢ってしまったせいで里の精霊樹になにかあったのかもしれない。
 だから私は里のためにすべてを尽くさねばならない。

(スタアのことも――)

 彼女が自分の腹違いの妹で、ずっとつま弾きにされていたことはわかってはいた。それでも彼女を庇ってやろうとしなかった。
 これは、その罰かもしれない、そう彼女は思ずっと精霊使に憧れていた妹に対して私のできたことは『精霊使にならない』ことしかなかった。 

『だから踊らないのかい? アクア』

 彼女はスノウの言葉が聞こえた気がした。

『踊らないのですか? 姉さま』

 スタアの声もきこえた気がする。

「幻聴を聞くなど、私も大分焼きが回ったな……」

 その時、見覚えのあるシルエットが泉に映る。

「――!」

 驚いて振り向くとそこにはダークエルフの姿ではない、いつも慣れ親しんでいた恋の相手の後ろ姿があった。
アクアは駆け寄り――すんでのところで立ち止まる。

「なぜ今更戻ってきた? 私を騙していたことを悔いて謝りに来たのか? それともまた私を騙しに来たのか!?」

「――ああ、その通りだ」
「!?」

 でで~ん! というBGMと共に、宙に浮くミラーボールがまばゆいほどの光彩を放つ。
その光を浴び振り返ったその男はレイだった。頭から足先までに芯が通ったような素晴らしい立ち姿に一瞬アクアが心奪われかけた時――万雷の拍手と共にバックダンサーズのエルフ達まで脇から現れた。

「お、お前たちまでいつの間に!?」

「レッツプレイミュージック!」

 レイの掛け声で、どこからともなく現れた風精霊(シルフ)たちが音楽を奏で始める。(なお拍手も彼女らである)
 泉の水面にミラーボールの輝きが反射しあたりを照らす。
 アクアはその光が彼女の瞳に掛かった瞬間を見透かすかのように歌い出す。
 
 ――それは『エメ』の歌だった。

 宝塚の愛を歌い上げる歌を異世界のそれに潤色(か)え、レイはアクアの失った愛を歌い上げる。
 虹の光彩に伸びのあるアルトボイスが合わさりアクアの身体を叩く。

(なんだ――なんだこれは!?)

 気が付けば自然とアクアの瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
 そしてレイはアクアに向かって――

「おおジュリエット!」
「誰だそれは!?」

 思いっきり台詞を間違えた。
 音楽も唐突に止む。

「すまない、ちょっとばかり入れ込み過ぎて言い間違えた」
「……どういう、つもりだ?」

 アクアはレイを睨みつける。

「どういうつもりもなにも……勧誘?」

 レイは首を竦めエルフの踊り手一同を見やる。

「君が合同の練習をさぼっている間にどんどん我々は先に行く――本当にそれでいいのかなってさ」
「し、知ったことか! そもそも俺はそういうことには興味がない!」
「嘘乙。失恋引きずって拗らせて、勝手に責任感じてるだけのくせに」
「な!?」

 火の玉ストレートな図星を浴びせかけられアクアは大きくたじろぐ。

「はい、というわけでアクアの情報は里のみんなはすべて共有させていただいております。貴方が知らなかったこととはいえダークエルフと付き合いを深めていたことも」
「ミカ姉!?」

 そういって前に出てきたのはミカだった。

「どどど、どうしてそこまで知ってるんだ?」

 おずおずと手を上げたのはバックで踊っていたスタアと――アクアが一度も見たことのない少女が一人手を上げていた。

「え~っと、あたしが~みんなにバラしたっていうか~教えたっていうか~犯人?」

 少女の物凄く舌足らずな喋り方にアクアは面食らう。
 少女の恰好は緑と桃色に彩られた見知らぬ民族衣装で、どのエルフとも、レイ達とも違った。しかしどことなく懐かしさを感じなくもない――とても不思議な感覚を彼女は覚えた。
「は~い、これがアクアちゃんの恋の軌跡ね~」

 つまびらかに、詳細に少女はアクアの恋を語る。あまつさえ、キスの回数まで把握しておりそれまでばらしてしまう。

「最初のキスは~あの岩陰の~」 
「や、やめろ小娘! 一体何なんだ貴様!? 面妖な格好と声をしおって他人のプライベートを暴露して……」
「黙りなさいアクア! 正座! ひれ伏せ!」
「!!!???」

 ミカに頭を押さえられ正座させられるアクア。

「……説明してくれミカ姉! いきなりこれじゃ……」

「貴方が意地を張って引きこもっているからいけないのです! こうしている間にも里はどんどん変化しているのですから! さっさと協力しなさい!」

 荒ぶるミカにレイは笑顔で歩み寄る。

「ミカさん、それじゃアクアさんもわかりませんよ? とりあえず彼女に自己紹介をしていただきましょう」

 レイは少女に跪いて頭を下げると、彼女は笑顔で口を開いた。

「ん、あたしが新しい『精霊樹の精』だよ」
「ふぁ!?」

 目の前の少女の言葉が信じられず、アクアは思わず素っ頓狂な声を上げる。

「まだ芽だけどね~ 折れちゃった精霊樹の精は消えちゃったけどぉ~ あたしが代わりに生えてきたの~ 最近~みんなが踊ってくれてるからぁ~ 力出ちゃった感じ?」

 ケラケラと笑う精霊樹を名乗る少女を前に、アクアは開いた口が塞がらない。

「この三か月の間にイチゾー様のおっしゃられたように新しい宝珠から芽吹かれたのです。我々の歌と踊りを糧として」
「まだまだぜ~んぜん、魔力が足りないからぁ~もっと持ってきて欲しいけどぉ~ ね?」

 腹ペコである――と言うように『少女』はお腹をさする。

「精霊樹様は里の守り神であり、すべてを司り見守られております。アクア、貴方がやったこともすべて精霊から聞き及び把握しておられるのです」
「ふ、ふざけるな! こんなポッと出のキャラが精霊樹様だって信じろと?」
「きゃは! この娘、メタなこと言ってる~」
「からかってはいけませんよ精霊樹様? またしても信用から遠ざかってしまいます」
「精霊樹様とか呼ばれるの硬くて嫌ぁ~ スミレちゃん、って呼んで?」

 合いの手を入れるかのように、『すみれの花の咲くころ』が風精霊によって歌われ始める。『スミレちゃん』もリズムにあわせて揺れ、とてもご機嫌のようである。

「アクア」

 レイに不意に名前を呼ばれ、アクアに呆けていた心が戻った。

「私は君に歌劇団に参加してほしいと思っている。君も踊りたいと思っているが、過去のことでそれを願ってはいけないと『思い込んでいる』」
「だ、だってそれは事実で――」
「ダークエルフを引き込んだことで精霊樹が折れたのかもしれない? 違うな……ね、スミレちゃん?」
「ん~寿命!」

 満面の笑みで寿命だと断言されてしまい、アクアは二の句が継げない。

「んとね、ダークエルフの人がそれを知ってたのは~ 精霊樹の寿命を『診る』ことが出来るからだよ~ あの人たちはね、調査のためにここにきて、あたしの寿命を確信したんだ」

 スミレちゃんはさらっととんでもない話をぶっちゃける。

「ちょ、調査とはどういうことですか?」
「ダークエルフたちはね~ この地を取り戻すに値するか調べに来てたの。大昔にここを出て行ったけど、ちょっとそっちでも問題が発生したみたいで~ それでこっちに出戻りたいって思って来たみたいだけど無駄足だって、残念そうにしてたよ?」

 精霊樹であるスノウの周りに風の地の水の精霊たちが寄り添い耳打ちをする。
 それが優秀な間諜の役目を果たしていることがアクアの目にもよくわかる。

「スノウ君とやらは君の里がもうダメだってわかったから一緒に行かないかって本気で誘っただけみたいだね。アクア君がもう少しだけ話をちゃんと聞いてれば拗れなかったと思うけど」

 レイの解説を聞きながらアクアは、恥じらいと反抗心がないまぜになりうまく言葉が出てこない。大勢の前で自分のやったことがあまりにも子供っぽいと解説されているのは針の筵みたいなものである。
 
「……ふ、ふざけりゅな……うえええ~~~ん」
「あ~レイ君が泣かした~」
「……こほん。ええと、ごめんなさい」

 素直にレイは頭を下げる。そして優しい声音で語り出した。

「さて、つまりどういうことかというと――既に我々は運命共同体であり、同士である、ということだ」

 レイはそう言って右手の人差し指を立てる。

「誰一人欠けることなく、皆が一つの目標へと向かう。ほうれんそう――と言う僕の故郷のことわざがあるがこれからはどんな情報もきちんと伝達し共有していく。プライベートはない。それが嫌なら今すぐ荷物をまとめて出て行くしかないが――」

 彼は大きく両手を広げる。

「アクア、君には才能がある。これから先もっと精霊樹であるスミレちゃんを大きくするにはもっと大きな舞台でもっと多くの観客からの幸せの魔力(オーラ)を集めなければならない。そのために君を失うのは惜しい――我々と一緒に舞台に立たないか?」

 そういってレイは右手を差し出した。

「ふえ? ……いや、わ、私は」

「見ただろう、さっきの踊りと歌を。我々の目指す『最低限』があれだ。だが、あの位置で踊れるだけの技量を持つエルフは今この場にはいない」

 レイはアクアの手を取る。

「皆で目指すのだ。そして君は今この場の誰よりも――踊りの才に溢れている。君の力が欲しい。練習に参加してくれないか?」

 レイの手が熱い。彼女はとてつもない情熱をその体温から感じ取る。

「アクア、私からもお願いするわ。参加して」

 ミカのその言葉に他のエルフ達も次々に頷く。

「今まで苦労をし続けた者同士、最後まで一緒にやりましょうよ、ね?」

 アクアの目から涙が零れる。

「……いいの?」

「ああ……私たちは、家族だ」

 レイのその言葉に、アクアは彼の手を強く握り返した。
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