津軽藩以前

かんから

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大光寺の戦い 天正四年(1576)正月

見果てぬ夢 19-2

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 外より、落ち葉を踏みつける音が近づく。一人、戸の前で止まった。……たて付けの悪い木戸は、強く押さないと開かない。

 小笠原は、万次を殺さんと現れた。

 万次は床に就いたまま顔を向け、笑みを浮かべて出迎えた。小笠原は近くに寄り、布団の横で座す。

 
 無言のまま、時は過ぎる。


 ……小窓からは、秋の寒い風が入る。万次のその弱った体にはきつい。いくら布団で覆っていても、しみるのだ。

 小笠原は一切表情を変えず、座り続ける。

 そんな彼に、万次は語りかけた。

 「殺しに来たのか。」

 
 頷きもしない。



 「やれ。」

 万次はそういうと、布団を少しだけ足の方へずらした。首元を隠す物は、何もない。

 小笠原は刀を抜く。静かに、そしてゆっくりと輝く部分を首に近づける。そして刀と首は接し、動きを止める。

 ひんやりとした感触。氷の冷たさのようだ。少しだけ皮膚と刃がこすれ、赤い血が隙間より漏れだす。


 万次はなおさら笑顔を作って、小笠原に言った。

 「やっぱり、死ぬのは痛いな。」

 小笠原の、仏頂面は変わらない。万次は……最後の語りを始めた。


“俺の周りに集まった下衆ども。やつらに夢を見させてやることができたか”

“安心しろ。仲間にも言い含めてある。俺が死んでも……為信に従い続けろってな”

 片方の手で、早く殺せと急かす。万次は目を瞑り、今にも逝かんとする。
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