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03 その若者が探し竜(迷子)
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日が暮れて暗くなり、炎に照らされたルノフェーリは、白い肌以外が風景に溶け込んでいる。
彼を見ながら、さらにベラは言葉を続けた。
「そうしてまぁ、平和になったわけなんだけどね。姪っ子にせがまれて竜の巣に夜襲をかけた話をしているとき、聞かれたのよ。『その竜って、悪い竜だったの?』って」
「悪い竜……」
「人里や森林を荒す竜も、ごくたまにいるし、おとぎ話にはよくいる悪役だからね。そういう竜だったのかって聞かれたわけ」
「そうだったのか?」
「いいえ」
「ということは……」
「完全にとばっちりね」
「飛び火すぎる」
ぱちり、と薪が炎を上げた。
ゆらゆら輝く炎を、ベラは遠くを見るように眺めた。
「だからまぁ、その竜を探しているの」
「……見つけて、どうするんだ?」
「もちろん、謝るのよ」
「……」
ルノフェーリは、きょとんと両目を瞬いた。
「私が気になるから、竜の好物だっていう花の砂糖漬けも持っているのよ。時間が経ちすぎているし、もしかしたら向こうは忘れているかもしれないけどね」
「そんなに昔のこと?」
ベラは、どう見ても20代半ばに見える。
対するルノフェーリも同じくらいだろうか。
「えぇ。もう60年くらいは前のことね……。実は竜の血を浴びたときに、その血をかなり飲んでしまったらしくて。知り合った旅の魔術師に調べてもらったら、いつの間にか私が『竜の眷属』になったんじゃないかって」
「ふぁっ?!りゅ、うっそだぁ。だって竜の眷属なんて……」
「おとぎ話の存在ね。はっきりとはわからないって言われたけど、竜の気配が混ざってるからそうだろうって。多分、私の先祖に竜族あたりが混じっているのも影響しているって言ってたわ。だから、ほとんど年をとらないし、どうやら長生きになっちゃったわけ」
「それで、家を出てきたの?」
「それもあるわね。妹と弟にも孫ができてしまって、もはや言い逃れも何もできないし。さすがにね、普通に人の世にいられる存在じゃなくなったことは分かったから」
ベラの言葉を聞いて、ルノフェーリは眉を下げた。
その様子を見て、ベラはからからと笑った。
「やだ、信じてくれたの?これまでに話したことのある人たちには、面白いおとぎ話だって言われておしまいだったわ」
「……分かるよ。嘘じゃないことくらい。あぁ、ごめん、どうしよう。そんなことになっていたなんて」
困ったように言うルノフェーリに、ベラは苦笑して告げた。
「大丈夫よ、気にしないで。久しぶりに誰かに聞いて欲しかっただけだから」
「いや、気にするよ。どうしようもないかもしれないけど、でも気にするよ。だってその竜、俺だもん」
ルノフェーリの言葉を聞いたベラの絶叫が、ツィーラ山脈に轟いた。
混乱が酷すぎて、ベラはあの後すぐに寝ることにした。
困ったとき、悲しいとき、辛いとき、とにかく感情が乱れたり下がったりしているときには、何でもいいから食べて寝るべきなのだ。
そうすれば、どうにか考えも落ち着く。
答えは出ずとも、答えのヒントくらいは思いつくものだ。
絶叫を聞いて固まったルノフェーリは置き去りである。
そして日が昇り、ベラはすっきりと目覚めた。
目線を前に向けると、どこかよれっとしたルノフェーリがまだ火の番をしていた。
「おはよう。っていうかルノ、あんた寝なかったの?」
「いやむしろなんであの状況で寝られるの。見張りもいないのに熟睡とかすごすぎる」
「あ、えっと。対痴漢魔法は常備してるから大丈夫よ?ルノも寝ててくれたらよかったのに」
ベラは、可哀そうなものを見る目でルノフェーリを見た。
「普通に寝られないし。え、だってベラが俺の眷属になってるってことだよ?意味わかんないよ?すごい偶然すぎない?なにをどうしたらいいのかさっぱりわかんないじゃないか」
目の下にクマを作ったルノフェーリは、火がくすぶる灰を木の枝でツンツンとつついた。
何やらいじけている。
逆に、ベラは一晩眠ってやるべきことがある程度見えていた。
「昨日は混乱してたから、寝た方がいいと思ったのよ。でも、まずは言うべきことがあったわ。それもせずに申し訳なかったとは思う。ごめん」
「ベラが謝った!」
「失礼ね。でもちゃんと謝らないと。ルノ、あのとき私には必要だったとはいえ唐突に巣に乗り込んで、蹴り飛ばしたうえに足を切ってごめんなさい。あなたが泣いてくれたおかげで弟妹は助かったし、クソ領主を黙らせることができたわ。ありがとう。でも、とにかく迷惑をかけてごめんなさい。これ、お詫びの品よ」
ぺこぺこと頭を下げたベラは、布袋の中から小さな箱を取り出してルノフェーリに手渡した。
「え、あ……うん」
受け取った箱の中には、菫の砂糖漬けがぎっしり入っていた。
それを見たルノフェーリの頬が、ピンクに色づいた。
「好物だった?」
「うん!俺、花の砂糖漬けの中では菫が一番好きなんだぁ」
へにょり、とほほ笑んだルノフェーリは、花を一つ摘まんで口に入れた。
「んまぁああ!久しぶりに食べたな、菫。このところ旅続きで、甘いものも何年かぶりだよ。もしかしたら、何十年ぶり」
砂糖漬けに意識が向いたにっこにこのルノフェーリを見て、ベラはぼそりと独り言ちた。
「ちょろいな」
「何か言った?」
「ううん。旅続きって、どれくらい旅してんの?」
ベラは、さらっと話を変えた。
「どれくらいだろ……最近のことだよ。40年は過ぎてないと思うんだけど」
長命な竜にとって、40年は最近らしい。
「へぇ。どこに行ったの?」
「えっと。最初は多分フルーツィーラ王国にいたと思う」
「そうでしょうね。あたしの出身国だし」
ベラがそう言ったので、ルノフェーリは安心してうなずいた。
「それで、探し物があって。南のナナバ王国の方に取引されていったって聞いたから、まずはそっちに向かったんだけど」
「けど?」
「なんか、気づいたらドシー王国に入っててね」
ドシー王国とは、この大陸の北に位置する、土地だけは広いが人口の少ない国である。
「どうやって南に向かって北に行くのよ」
「わかんない……」
「てか、竜化して飛んでいけばよかったんじゃないの?」
人の大きさでは方向が狂うとしても、空を飛ぶならあまり邪魔になるものがないので方向も間違いそうにない。
しかし、ルノフェーリは首を横に振った。
「飛んでも、方向ってわからないんだよね。そもそも、ベラが乗り込んできた巣だって、元の家に帰れなくて仕方なく作った場所だったんだ。そこから飛び出したあと戻れなくなったし、とりあえず人型で旅をするのが一番被害が少なくて」
被害、というのは、迷子の被害という意味だろう。
ベラは、ルノフェーリの方向感覚を下方修正した。
彼を見ながら、さらにベラは言葉を続けた。
「そうしてまぁ、平和になったわけなんだけどね。姪っ子にせがまれて竜の巣に夜襲をかけた話をしているとき、聞かれたのよ。『その竜って、悪い竜だったの?』って」
「悪い竜……」
「人里や森林を荒す竜も、ごくたまにいるし、おとぎ話にはよくいる悪役だからね。そういう竜だったのかって聞かれたわけ」
「そうだったのか?」
「いいえ」
「ということは……」
「完全にとばっちりね」
「飛び火すぎる」
ぱちり、と薪が炎を上げた。
ゆらゆら輝く炎を、ベラは遠くを見るように眺めた。
「だからまぁ、その竜を探しているの」
「……見つけて、どうするんだ?」
「もちろん、謝るのよ」
「……」
ルノフェーリは、きょとんと両目を瞬いた。
「私が気になるから、竜の好物だっていう花の砂糖漬けも持っているのよ。時間が経ちすぎているし、もしかしたら向こうは忘れているかもしれないけどね」
「そんなに昔のこと?」
ベラは、どう見ても20代半ばに見える。
対するルノフェーリも同じくらいだろうか。
「えぇ。もう60年くらいは前のことね……。実は竜の血を浴びたときに、その血をかなり飲んでしまったらしくて。知り合った旅の魔術師に調べてもらったら、いつの間にか私が『竜の眷属』になったんじゃないかって」
「ふぁっ?!りゅ、うっそだぁ。だって竜の眷属なんて……」
「おとぎ話の存在ね。はっきりとはわからないって言われたけど、竜の気配が混ざってるからそうだろうって。多分、私の先祖に竜族あたりが混じっているのも影響しているって言ってたわ。だから、ほとんど年をとらないし、どうやら長生きになっちゃったわけ」
「それで、家を出てきたの?」
「それもあるわね。妹と弟にも孫ができてしまって、もはや言い逃れも何もできないし。さすがにね、普通に人の世にいられる存在じゃなくなったことは分かったから」
ベラの言葉を聞いて、ルノフェーリは眉を下げた。
その様子を見て、ベラはからからと笑った。
「やだ、信じてくれたの?これまでに話したことのある人たちには、面白いおとぎ話だって言われておしまいだったわ」
「……分かるよ。嘘じゃないことくらい。あぁ、ごめん、どうしよう。そんなことになっていたなんて」
困ったように言うルノフェーリに、ベラは苦笑して告げた。
「大丈夫よ、気にしないで。久しぶりに誰かに聞いて欲しかっただけだから」
「いや、気にするよ。どうしようもないかもしれないけど、でも気にするよ。だってその竜、俺だもん」
ルノフェーリの言葉を聞いたベラの絶叫が、ツィーラ山脈に轟いた。
混乱が酷すぎて、ベラはあの後すぐに寝ることにした。
困ったとき、悲しいとき、辛いとき、とにかく感情が乱れたり下がったりしているときには、何でもいいから食べて寝るべきなのだ。
そうすれば、どうにか考えも落ち着く。
答えは出ずとも、答えのヒントくらいは思いつくものだ。
絶叫を聞いて固まったルノフェーリは置き去りである。
そして日が昇り、ベラはすっきりと目覚めた。
目線を前に向けると、どこかよれっとしたルノフェーリがまだ火の番をしていた。
「おはよう。っていうかルノ、あんた寝なかったの?」
「いやむしろなんであの状況で寝られるの。見張りもいないのに熟睡とかすごすぎる」
「あ、えっと。対痴漢魔法は常備してるから大丈夫よ?ルノも寝ててくれたらよかったのに」
ベラは、可哀そうなものを見る目でルノフェーリを見た。
「普通に寝られないし。え、だってベラが俺の眷属になってるってことだよ?意味わかんないよ?すごい偶然すぎない?なにをどうしたらいいのかさっぱりわかんないじゃないか」
目の下にクマを作ったルノフェーリは、火がくすぶる灰を木の枝でツンツンとつついた。
何やらいじけている。
逆に、ベラは一晩眠ってやるべきことがある程度見えていた。
「昨日は混乱してたから、寝た方がいいと思ったのよ。でも、まずは言うべきことがあったわ。それもせずに申し訳なかったとは思う。ごめん」
「ベラが謝った!」
「失礼ね。でもちゃんと謝らないと。ルノ、あのとき私には必要だったとはいえ唐突に巣に乗り込んで、蹴り飛ばしたうえに足を切ってごめんなさい。あなたが泣いてくれたおかげで弟妹は助かったし、クソ領主を黙らせることができたわ。ありがとう。でも、とにかく迷惑をかけてごめんなさい。これ、お詫びの品よ」
ぺこぺこと頭を下げたベラは、布袋の中から小さな箱を取り出してルノフェーリに手渡した。
「え、あ……うん」
受け取った箱の中には、菫の砂糖漬けがぎっしり入っていた。
それを見たルノフェーリの頬が、ピンクに色づいた。
「好物だった?」
「うん!俺、花の砂糖漬けの中では菫が一番好きなんだぁ」
へにょり、とほほ笑んだルノフェーリは、花を一つ摘まんで口に入れた。
「んまぁああ!久しぶりに食べたな、菫。このところ旅続きで、甘いものも何年かぶりだよ。もしかしたら、何十年ぶり」
砂糖漬けに意識が向いたにっこにこのルノフェーリを見て、ベラはぼそりと独り言ちた。
「ちょろいな」
「何か言った?」
「ううん。旅続きって、どれくらい旅してんの?」
ベラは、さらっと話を変えた。
「どれくらいだろ……最近のことだよ。40年は過ぎてないと思うんだけど」
長命な竜にとって、40年は最近らしい。
「へぇ。どこに行ったの?」
「えっと。最初は多分フルーツィーラ王国にいたと思う」
「そうでしょうね。あたしの出身国だし」
ベラがそう言ったので、ルノフェーリは安心してうなずいた。
「それで、探し物があって。南のナナバ王国の方に取引されていったって聞いたから、まずはそっちに向かったんだけど」
「けど?」
「なんか、気づいたらドシー王国に入っててね」
ドシー王国とは、この大陸の北に位置する、土地だけは広いが人口の少ない国である。
「どうやって南に向かって北に行くのよ」
「わかんない……」
「てか、竜化して飛んでいけばよかったんじゃないの?」
人の大きさでは方向が狂うとしても、空を飛ぶならあまり邪魔になるものがないので方向も間違いそうにない。
しかし、ルノフェーリは首を横に振った。
「飛んでも、方向ってわからないんだよね。そもそも、ベラが乗り込んできた巣だって、元の家に帰れなくて仕方なく作った場所だったんだ。そこから飛び出したあと戻れなくなったし、とりあえず人型で旅をするのが一番被害が少なくて」
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