サーチング・サーガ

相有 枝緖

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07 ひとかけら確保

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 慌てて出てきた領主が真っ青になっており、その前には兵士たちがぶるぶる震えながら立っている。
 ルノフェーリが降り立った地面は衝撃でえぐれていて、石造りの道が無残にも崩れていた。
 それを見たベラは、まぁこの大きさだから仕方ないなと肩をすくめた。

『俺の逆鱗があることはわかっているんだ。出してくれれば、交換に魔石を渡す』
 竜のままのルノフェーリの声は、不思議な響きで届く。
 身体が大きいのに、人の言葉を扱えるらしい。
 謎だ。

「げき?わ、わかっ?!あ、あの、その、わ、私は、知らなくて、ですね」
『なぜ?あっちにあるじゃないか』
「た、たぶ、ん、私の、父が。収集、癖が!ありま、してっ!把握、していない、といい、ますか」
 兵士に守られつつも、がくがくと動きながら領主が答える。

 これ以上はかわいそうな気がしたベラは、ルノフェーリの背中から飛び降りた。
 ここまで、竜化した彼の背に乗って空の旅としゃれこんでいたのだ。
 風が強すぎて顔が痛かったが、それは魔法でガードしたらなんとかなった。
 落ちたら死ぬかもしれないというスリルと、これまで見たこともない素晴らしい景色にものすごく興奮した。

「えっ?!に、にん、げん?」
「あー、えっと、この竜の眷属です。ヒト族のA級冒険者でもあります。数十年前になるんですが、竜が逆鱗をばらまいてしまいまして。大事なものなので、集めている最中なんですよ。竜にとって大事なものであるだけではなくて、実は下手に触ると命の危険もあるらしいので」
 ベラは、対貴族ということを思い出し、一応丁寧な口調で説明した。
 危険がある、と聞いた領主は、真っ白だった顔をさらに土気色に変化させた。

 とりあえずここでは目立つし、領主が倒れてしまいそうだということで、中庭に移動した。
 芝生の広いスペースがあり、竜のルノフェーリも降り立つことのできる場所だ。

「き、危険とは、どういう?」
 ベンチに座った領主は、浅い呼吸を繰り返しながら聞いた。

『爆発する』
「爆、発?」
『爪の先ほどの大きさであれば、この街くらいなら全部吹き飛ぶ』
「街、吹きっ……?!」
『魔石と似たような使い方ができる、といわれている。大まかには間違っていないが、魔力を選ぶんだ。合わない魔力を補充すると、反発して大爆発する。周辺には何も残らないだろう。ただ、逆鱗だけは残るが』
 割れるのに爆発しても形が残るとは謎の存在だ。

 領主は、もはや息も絶え絶えに背もたれに身体を預け、ぶるぶると腕を振るわせながら、中庭に面した大きめの小屋を指さした。

「あ、あるとすれば、あちらの、倉庫か、本邸の、地下室、かと。父は、亡くなり、ましたが。集めたものを、捨てる、のは、忍びなく」
 ベラとルノフェーリはきょろりと周りを見て、顔を見合わせてうなずいた。

『本邸の二階、東側の奥だ』
「隠し部屋みたいなところにあるわね」
「なっ!なんと……」


 腰が抜けて歩けなくなった領主の指示で、何とか動ける兵士を案内役としてベラが本邸に立ち入った。
 ルノフェーリは変化するのがめんどうらしく、そのまま待機である。

 二階へと続く階段を上がりながら、前を歩く兵士は胡散臭そうに聞いた。
「逆鱗とは、そんな危険なものなんですか?」
 後ろの兵士はだんまりだ。
「使い方を間違えればね。そうでなくとも、竜にとって大事なものだから、返さなかったら暴れるかもしれないわ」
「そう、なんですか」
「ええ。私はこれでもAランクの冒険者を40年はしてるけど、あの竜が本気で暴れたら一瞬でプチっとやられるわ」
「えっ」

 驚いて立ち止まった兵士は、勢いよく振り向いてベラを見た。
「その『えっ』はどれに対する驚きなの?Aランク?40年?プチっと?」
「は、いえ、その。ランクはともかく、ご年齢が」
「竜の眷属になったから、寿命が延びたらしくてね。今は多分、80歳くらいじゃないかしら」
 目をむいた兵士を前にして、ベラはにっこりと笑顔になった。


「この壁の向こうが隠し部屋ね」
「まさか、図書室の奥にそんな場所があるとは」
「わりとよくある作りだと思ったけど。最近は流行らないのかもしれないわね。こういう場所の本のうち、見た目がそれっぽいけど紙じゃない……あったわ、これ」
 ベラは、本棚の本の中から見つけた一冊の背表紙に指を引っかけた。
 本が斜めに回転すると、静かに『かしゃん』という音がした。

 本棚の側板に、内側から引っかけられる小さな穴を見つけて、そこに指をひっかけて引っ張った。
 すると、ドアと同じくらいの大きさの本棚が引っ張り出される形になり、それから普通の扉と同じように右側を支点としてくるりと動いた。
「おぉ、こっちに引っ張るタイプね。ということは、内側はわりとびっしり物があるのかしら」

 ギイイ、ときしむ音も気にせず隠し扉を開けたベラは、ぱらぱらと落ちてくる埃が落ち着くのを待ってから隠し部屋へと足を進めた。
 明かりは図書室側から取り入れているらしく、本棚の裏側と思しき部分にいくつも光を通す隙間があった。
 多分、普通に見上げても見えない位置に明り取りがあるのだろう。

 部屋の中は、細長いつくりだ。
 そこにはいくつものガラスケースが並んでおり、漏れなく埃を被っていた。
「あらら。誰も手入れしていなかったのね。誰か見張りに立てておいて、後で中身を確認した方がいいんじゃない?これなんか、私が眷属になったころに流行っていた意匠のティアラじゃない。多分、このダイヤは本物よ。青いのはサファイアかしら」

「これは……。おい、増援を」
「わかった」
 兵士のうち一人が、その場から走っていった。
 多分、領主にも報告するのだろう。

 彼らを横目に、ベラは目的のものを探しだした。
 小部屋の一番奥。
 ひときわ豪華な台と金縁で飾られたガラスケースの中に、鮮やかな赤いビロードのクッションが置かれ、中央に黒っぽい欠片が鎮座していた。
 よく見れば藍色らしいので、間違いなさそうだ。
 それにしても、吹けば飛びそうな大きさである。

 見た目は、周りのキラキラもあってものすごい場違い感だ。
 ただし、ベラにはその魔力の動きが良く見えた。
 ルノフェーリの魔力が十分に残留しているのだろう。
 濃い魔力は、ゆらりと常に薄く漏れながら、ルノフェーリ本体の方へ向かっているようだった。

「これ、取り出すわよ」
「は、その欠片が?」
「そう。ルノと同じ色でしょう」
「ふ、触れても大丈夫なのか?」
「魔力を込めなければ問題ないわ。それに、私は眷属だからそこまで反発もされない」
「わかった。それ以外は手を触れずに」
「もちろんよ」

 ルノフェーリの逆鱗の欠片はもちろん、そのほかにも大きなダイヤの原石、火属性の小ぶりな魔石、国からもらったらしい勲章、豪華なジュエリーなど、いくつものお宝が陳列されていた。
 ベラは他の物には見向きもせず、ゆっくりと逆鱗を捕らえたガラスを持ち上げた。
 ただの布の巾着に逆鱗の欠片を収め、もう一度ガラスケースを元に戻した。

 そろそろ戻ろうという段になって、増援を呼びに行った兵士が二人ほどの人を連れてきた。
「えっ、すごい」
「こんなところに?ていうか俺、図書室に来たの初めてかも」
 後から来た二人は、興味津々という表情で小部屋を覗き込んだ。

「扱いには気をつけて。多分、領主様の手元に、行方の分からない宝物の目録か何かがあるはずよ。ここは、隠されてはいるけど魔法的な隠ぺいも鍵も何もないから、昔はゲストに宝物を見せるための部屋だったんじゃないかしら。図書室の手前には、兵士が待機できるスペースもあるし」
 今は誰もいないが、入り口は二重になっていて、誰かが控えておける場所が用意されていた。

 なるほど、とうなずいた兵士たちは、神妙な顔で見張りに立った。
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