サーチング・サーガ

相有 枝緖

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12 ロモの町を発つ

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 カミンの好意に甘えて一泊の宿を借り、これまたお礼代わりに小さな魔石を手渡した。
 悪意というよりは商人としての思惑だったのだろうと受け取ったベラは、カミンにそれ以上何かしようとはしなかった。
 なにより、ルノフェーリが楽しそうにカミンと話していたので、それでよしとしたのだ。


「じゃあ次は、コロッタの町ね。伯爵だったっけ。ここから少し南東の方よ」
『南東ってこっち?』
「いや逆。今午前中なんだから、太陽を少しだけ左斜め前に見る感じよ」
『わかった!』

 ロモの町の上空をくるりと一周したルノフェーリは、なんとか南東方面へと鼻先を向けてくれた。


 途中で道を逸れたが、人の手が入らない森につっこんだのでついでに巨大魔獣を狩り、大きな魔石を仕入れておいた。
 途中から曇ってきたときにはルノフェーリが焦って空中をうろうろしだした。
『どどど、どうしよう?太陽がないと、方向なんてわかんないよ?!』

 ふらふらと飛ぶルノフェーリの上で、ベラは鞄からあるものを取り出した。
「晴れの日以外に旅ができないなんて不便極まりないじゃないの。磁石を使うわよ」
『磁石?なにそれ』
「えー、あれよ、金属にくっつく石」
『へぇ、そんなのがあるんだ』

 ベラの手のひらには、丸い道具があった。
「正確には、方位磁石ね。こうやってじっとしてたら、磁石は一定方向に向いて止まるから、方向がわかるのよ」
『そんなのがあるの?じゃあ、迷わないじゃないか!』

「うんでも、ちゃんと使えないとやっぱり迷うわよ。この磁石は、北にある方が赤、南は黒の方。赤を前として、右が東、左が西。それくらいはわかって動けないと」
『きゅう』
「諦めんの早いなおい」

 ふるりと羽を震わせたルノフェーリは、申し訳なさそうにちらりと後ろを振り返った。
『えっと、俺はですね。とっさに左右がわからないタイプの竜なんですよ』
「なに言ってんの?」
『世の中には二種類の竜がいる!パッと言われて左右がわかるタイプの竜と、わからないタイプの竜だ!』
「いや叫んでも同じ」

『方角とかさ、言われてもよくわかんないんだよ。かろうじて、星座は覚えたから夜の方角は少しはわかるよ。北に動かない星があるから、その周りの星座は本気で必死になって覚えた』
「それなら、なんであんなに迷子になるのよ」
『だって夜は眠いんだもの』
 ルノフェーリは、心持ち胸を張った。
「健康優良児か」

 方位磁石をじっと見ていたベラは、一つうなずいて顔を上げ、手で方向を示した。
「じゃあ、あっちに行って」
『ん、わかった』

 ベラは、ルノフェーリに言葉で方向を伝えるのを諦めた。


 途中で別の街に立ち寄り、冒険者ギルドで小さな魔石を換金して宿を取ることにした。
 さすがに竜のまま押しかけると余計な混乱を招く。
 少し離れたところから歩いたため、多少時間がかかった。
 ちょうど夕方近くになっており、ギルドはそこそこ人であふれていた。

「はい、すべて換金ですね。ありがとうございます」
「引き出す分以外は半分ずつ貯金で」
「かしこまりました」

 冒険者ギルドは、冒険者専用の銀行も兼ねている。
 大金を持ち歩くのは危険なので、とてもありがたいシステムだ。

 手続きを進めていた受付の妙齢のお姉さんは、ふと何かに気づいた。
「あの、納品実績が十分ですので、ルノフェーリさんのランクをCにアップさせますね。この数ならBランクになれますが、護衛系の依頼をこなすのが必須になっていまして」
「護衛かぁ。ベラ、どう思う?」

 聞かれたベラは、首をこてんとかしげた。
「どっちでもいいけど、ランクは上の方が一回の収益ごとの税金が高くて、その分融通が利く感じ。あえてCランクのままにしてるって人も少なくないよ。Bランクから、かなり税金が上がるから」
「メリットってなんだろ」

「Bランク以上なら、国境を超えるのが楽かな。レオンジ帝国に入るとき、ルノはなんか書類書いたりお金払ったり質問されたりしたでしょ。私はタグを見せたら安い通過料で一発よ」
「信頼があるってことか。うーん、どうしよう」
「税金っていっても、納品するときに差し引かれるだけだからあんまり気にしなくても良いと思うわ」

「それなら、機会があったら護衛依頼を受けてもいいかな」
「いいわよ。私もたまに受けるし」

「Aランクの方と一緒なら、護衛依頼も受けやすいですよ。これからは移動の予定ですか?それとも、滞在されますか?」
 ルノフェーリとベラの会話を聞いていた受付のお姉さんが、質問してきた。

「コロッタの町に行こうと思って。確か、フルーツのお酒が美味しいのよね」
「えぇ、いくつか酒蔵があるのが有名ですね。コロッタに向かう護衛依頼があれば、お受けになりますか?」
 お姉さんの提案に、二人は顔を見合わせてからうなずいた。

「もしあれば、お願いします」
「二人で参加できれば」
「わかりました。少し待ってくださいね」

 ほかの窓口は、比較的若い女性が受付をしていて冒険者たちが並んでいる。
 ここは妙齢のお姉さんだからか、さきほどは誰も並んでいなかった。

 ざわざわとしたギルド内は、小さな町ながらにぎわっていた。


「おぅおぅ兄ちゃん、随分な別嬪さんを連れてるじゃねぇか」
 待っている二人に、声をかけてくる者がいた。
 どうやらすでに一杯引っかけてきたのだろう、酒臭い冒険者だ。

「お?別嬪さん、でっけぇ傷はあるがまぁ許容範囲だな」
 振り向いたベラは、ふぅ、とため息をついた。

「こういうの、よくあるの?」
 ルノフェーリが聞くので、ベラは首を捻った。
「あったような……あ、ここ二十年くらいはなかったかも。そっか、レオンジ帝国は初めてだから、手配書とか出回ってないんだわ」
「手配書て」

 ベラの言う手配書とは、冒険者ギルド内での上級冒険者一覧のことである。
 冒険者はそれなりに移動するとはいえ、やはりそこは慣れた方がいいのか、国内で移動するだけの者が多い。
 だから、通常は国内の上級冒険者一覧だけでこと足りる。
 あまつさえ、ベラの情報のところには年齢と、声をかけてしばき倒された人数が掲載されていた。
 だから、もはやフルーツィーラ王国のどこに行っても声なんてかけられなくなっていたのだ。

「なんだぁ?前科もちかよ」
「違うわよ。上級冒険者一覧に載ってたって話」
「へぇ?兄ちゃんがか?」

 酔っぱらいは、ルノフェーリを怪しげな目で上から下まで見た。
 その気持ちはよくわかる。
 なにせ、人型の彼は魔力を抑えているし、どう見てもただのくたびれたモブ系冒険者なのだ。

「私よ。A級だから」
 ベラは、首元からタグを引っ張り出して見せた。

「ほぉほぉ。ってこたぁ、よその国から来たのか」
「そう。フルーツィーラ王国から、山脈越えて、山賊で小遣い稼ぎしながら」
「ははははは!豪気だな!ならなんだ、兄ちゃんは弟子か?」
「ううん。実力だけなら私より上だけど、世間知らずと方向音痴が過ぎて一緒にいるの」
「なんだそりゃ。面白い奴らだな!!」

 げらげら笑う酔っぱらいは、ルノフェーリの背中をバシバシ叩いた。
「そういうことなら、美味い店を紹介してやるよ!宿もいいとこがあるぜ」
「あ、ほんと?それは助かる。ありがとう」
 強く叩かれても微動だにしなかったルノフェーリは、笑顔で答えた。
 酔っぱらいは、さらに楽しそうに笑った。

 その様子を見た冒険者たちは、思わず顔を見合わせてからもう一度ベラたちを見た。
「おい、なんか丸く収まったぞ」
「あのカセトにビビりもしなかったぜ」
「てか、あの女がA級かよ」
「訳アリか?」

 ざわつくギルド内で噂されているのを気にもせず、ルノフェーリとベラは受付のお姉さんを待った。
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