サーチング・サーガ

相有 枝緖

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13 途中の町の仲良し夫婦

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「明日は無理だけど、三日後出発ならちょうど……ってカセト!あんたまた他人に絡んで!」
「うわっ?!母ちゃん!いないと思ったらなんで出てくるんだよ」
「はぁ?あたしはほとんど毎日受付にいますけどぉ?あんたが飲んだくれ始める夕方まで、当たり前に働いてますけどぉ?いっつもそうだけどお忘れ?」

 受付のお姉さんは、酔っぱらいおっさん冒険者の妻だったらしい。
「忘れるかよ!だからこうして毎日迎えに来てやってんだろぉが」
「へぇ、飲んだくれて?新人さんとかに絡みに来て?」
「絡んでねぇよ!今だって飲み屋と宿を紹介するって言ってたじゃねぇか」

 ルノフェーリはハラハラと見守っていたが、ベラは二人を見比べてから呆れたように肩をすくめた。
「ベラ、ねぇ、大丈夫なのかな?」
 こそこそとルノフェーリが聞くので、ベラはうなずいてみせた。

「痴話げんかだから大丈夫」
「チワゲンカってなに?」
「夫婦の仲良し喧嘩よ。遠慮がないから思いっきり言い合ってるけど、他人が付き合う必要ないってこと。そのうち勝手に仲直りするから」
「ふぅん?」

 首をかしげたルノフェーリの前で、二人の口喧嘩はヒートアップしていった。

「だいたい、あんたは誰でも彼でもすごんで脅かすんだから!」
「相手が勝手にビビるだけだ!スミアだって下手こいたやつらをゴリゴリに叱り飛ばしてるじゃねぇか」
「あたしは、そういう冒険者が命を落とす危険があるから言ってんの!心配してるだけよ」
「俺だって心配してるだけだ!」
「あの暴言やらどつきのどこがよ!」
「全部だが?!」

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
 若干ベラの後ろに隠れながら、ルノフェーリが聞いた。
「あーうん、大丈夫だけどめんどくさいわね。お腹空いてきたし」

 そう言ったベラは一歩前に出た。
「そっちの、カセト?はスミアさんに悪い虫がつかないか見張ってるだけだから大丈夫。ルノがそういうつもりじゃないってわかったから引いただけだし。どうせ毎回それでしょ」
「えっ?」
「あぅっ」

 受付のスミアが驚いて夫を見やると、その目の前で、酔いではなくカセトが顔を真っ赤に染めた。
「ちょっと?やめてよ、こんなおばちゃんになってまで」
「なんだよ、悪かねぇだろ!俺ぁお前の夫だからな!スミアにまとわりつく男を蹴散らす権利があんだよ!」
 今度はスミアさんまで真っ赤になった。

「ほらね、大丈夫でしょ?ただのラブラブ夫婦よ。ってことで、護衛依頼はどういうの?」
「ちょちょっと、ベラ!いい雰囲気ぶちこわし!さすがに俺でもわかるんだけど?!」
「やだもう、若くもないのに恥ずかしい。あんたはあっちで待ってなさい!すみませんね、騒がしくしちゃって。護衛依頼ね、三日後にコロッタに向かう商隊の護衛よ。商品を積んでるから、片道大体10日ってところかしら。このところ魔獣がちょっと落ち着かないから、追加で数人来てほしいんですって。二人ならちょうどいいんじゃないかと思って」
 さすが歴戦の受付嬢だけあって、スミアはすぐに切り替えた。
 カセトは、気持ち遠慮してか少し離れて立っていた。

 もしかしなくても、その魔獣が不安定な原因は、ベラたちが森の奥で大型魔獣を蹴散らしていたからではないだろうか。
 ルノフェーリはふとそう思い至ったが、ベラは何も気にしていない笑顔で答えていた。
「確かに、ちょうどいいわね。それ受けるわ」
「ありがとうございます。では、こちらにサインを」
「はぁい」

「マッチポンプ……」
「ん?どうかした?」
「ナンデモアリマセン」
 笑顔を張り付けたベラに見られて、ルノフェーリは首を横に振るしかなかった。


 教えてもらった酒場と宿をありがたく利用することにした二人は、案内してくれたカセトと三人で飲み始めていた。
「スミアはなぁ。二十年前からずっと美人でな、紅い髪が受付で目立つってんで紅マドンナって呼ばれてたんだ。かなりの競争率だったが、俺が勝った!そりゃもう猛烈にアプローチしたもんだ。結婚してからも、ガキができてからもまだ安心なんてできやしねぇ。おかげで俺ぁ毎日夕方にはギルド通いってやつだ」
「ヒト族の番でも、それだけラブラブなことってあるんだね」
「そりゃあ人によるでしょ」

 ルノフェーリの言を聞いたカセトは、首をかしげた。
「ヒト族のって、お前さんは違うのか?」
「俺は竜だよ」

「なんだそりゃ?いやいや、兄ちゃんは竜かよ!俺も若いときはあっちこっち行ったが、竜に会ったのは二度目だぜ。しかも人化できるんだな。相当高位の竜じゃねぇか」
「高位、っていうか、単純に年を重ねてるだけだよ。500年もすれば普通は人化できるもんだし」
「そうなのか?じゃあ、俺があった竜はまだガキだったってことか」

 カセトとルノフェーリが話す横で、ベラはもりもりと肉を口に運んでいた。
「あ、すみませーん!煮込み肉二人前追加で!あと、ニンニクパスタも」
「はぁーい!」

 そこへ、仕事を終えたらしいスミアがやってきた。
「やっぱりここにいた!ほら、もう帰る!いつまでも飲んでるんじゃないわよ!今日はラシーヌが戻るって言ってたでしょうが」
「おっと、いけねぇ。俺の愛娘が里帰りだったか」
「宿は大丈夫だし、食事代も払うから帰っていいよ」

 ルノフェーリが笑顔で言うと、カセトはへにょりと笑った。
「いいのか?そんじゃありがたく」
「なに言ってんの!飲み代くらい払いなさいよ娘も結婚した良い大人がっ」

 スミアはさっと財布を取り出し、エール5杯分ほどのお金を出した。
 3杯ほど飲んで食事もしていたので、良い読みである。
「大体これくらいで合ってると思うんだけど」
「いえ、本当にいいですよ。宿の予約までしてもらっちゃったので」

「それはこの人が自分で勝手にやったことだもの。飲み食いくらいは自分ですべきなのよ。はい、これ」
「わかりました。それじゃあ、気をつけて」
 ベラが受け取り、スミアは笑顔でカセトの腕を引っ張った。

「そう引っ張るなって!ちゃんと行くから」
「さっさと歩いて。ラシーヌがもう家にいるはずなんだからね」
「わぁったって。じゃあな!」
「うん、また」
「また今度」

 開け放したドアの方へ向かう夫婦に、二人は手を振った。

 外へ出たとたん、二人の影が重なり、次いでバチン!と平手打ちする音が聞こえた。
 そして、夫婦は寄り添って帰っていった。


「ねぇベラ、あれってヒト族の夫婦の普通?」
「いやさすがに普通ではないわね。獣人族とかならあり得るけど」
「やっぱりそうなんだ。俺の両親はもっとすごかったけど、あんまりよその夫婦をじっくり見ることなんてなかったから、よくわかんないんだよね」

「ふぅん、竜の番ってもっとイチャイチャしてんの?」
「イチャイチャっていうか、べっちゃりというか、常にニコイチっていうか」
「じゃあ、子育ても仕事もなんでも全部二人一緒って感じ?」
「そう。一応子どもは大事に育てるけど、お互いが一番っていうのがよくわかるよ。旅をして、さすがにそれは普通じゃないって知ったけど」

 頷いたベラは、ニンニクパスタにフォークを刺した。
「獣人族もそういうのに近いわよね。てか、獣人族はわりと本能的に番を選ぶって言うけど、竜はどうなの?」
「えっと、竜は二種類に分かれるかな。パッとひらめくみたいに番を見初めるタイプと、一緒に過ごして少しずつ番になっていくタイプ。ひらめく方は、獣人の感じに近いのかも」
 ベラも、竜に会ったのはルノフェーリが最初なので、そういったことを聞くのは初めてだ。


 お腹いっぱいになった二人は、来る途中に予約した宿へ戻った。
「なんでダブルなのよ」
「ベッドが一つしかない」

 どうやら、予約したカセトは余計な気を回してくれたようだ。
「せめてツインよね。シングルが二つないか聞いてきましょ」
「う、うん」

 宿の受付に戻った二人は、無事にシングルルームを二つ確保したのだった。
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