サーチング・サーガ

相有 枝緖

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26 娘の故郷へ

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 のんびりとした徒歩の旅で五日。

「もしかして、場所わかってるなら飛んだら早かったんじゃ」
「あっ」
 というやり取りをしたのは、山のふもとに着いてからのこと。

 もうここまで来たら同じだろう、とそれなりにきつい傾斜を登ってたどり着いたのは、前面にも天井にも大きな穴の開いた山の洞穴。

「ここ、見覚えがある気がする」
「いやあんたの元の家」
「そうだった」

 そして巣穴の中を探ってみたが、逆鱗の魔力はうっすらと感じるだけで、巣穴の中にはなかった。

「外かなぁ」
「あの天井の岩あたりにぶつかったときに割ったんなら、山の上の方とかかもしれないわよ」
「確かに。魔力は感じるから、近いはずなんだけどよくわかんないなぁ」
「ルノがそこそこ住んでたから、このあたりに魔力が残ってるんじゃない?」
「そうかも。剥がれた鱗とかも放置だったし」
 このあたりにはルノフェーリの魔力がうっすらと漂っていて、逆鱗の気配がわかりにくくなっていた。

 それでも、根気よくうろうろと探して二時間。

「あったぁ!!!」
 少し登ったところで、ルノフェーリが叫んだ。

 ベラは少し飽きて休憩していたところだったので、立ち上がってそちらに向かった。
「あったのね。よかったじゃない」
「うん」

 そして、持っている逆鱗を取り出して欠片を近づけた。
 しゅるりと欠片がくっつき、継ぎ目が無くなった逆鱗は、あと一割ほどが欠けた状態だ。

「もう少しね。ほかもこのあたりにありそうなの?」
「ううん。もうないみたい。あの後、びっくりし過ぎて高速で飛んでた覚えがあって……あっちの方にある気がするから、今の欠片みたいに落ちてるかもしれない」

 ルノフェーリが指さした先は。
「範囲広くない?」
「うん……なんか、あっちこっちにうっすら感じるから、小さい欠片が飛び散ってるかも」
「じゃ、のんびり探すしかない感じね」
「うん」




 山を下りたベラとルノフェーリは、ベラの故郷の村へと足を向けた。

「弟と妹はまだ健在なのよ。ルノの涙が効いたらしくて、大きな病気にもかかったことがなかった。でも、私がルノの血を飲んでよくわかんない契約をしちゃったことを考えると、あの子たちもルノの影響を受けて身体が丈夫になったのかもしれないわね」
「あぁ、それはあるかも。竜の涙って、要するに魔力の塊なんだ。一時的に魔力が上がることで身体の中から余計なものを消し去る感じ。けど、ベラの弟さんと妹さんには、それ以上の効果があったんだと思う」

「それじゃあ、ルノを泣かせたら私はいつでも魔力を爆上げできるってことね」
「やめてっ?!あと、そうそう泣かないから!」
「あのときみたいに蹴れば」
「痛いのはやだよ!」
「じゃあ鱗を」
「痛いって!」
「それなら、絶対泣けるお話」
「可哀そうなやつはダメ!泣いちゃう!」
「ちょろいわね」
「酷い」


 途中で一度野宿をして、ベラが生まれた村に到着した。

「あ!姉さん!?」
 ベラを見て声をかけてきたのは、50代くらいに見える男性だった。

「久しぶりね、ジョアン」
「十年以上ぶりだ。ほんとに相変わらずだな。そっちの人は?」
「あ、そうそう。ルノフェーリよ。ルノ、こっちは私の弟のジョアン。ジョアン、ルノはあなたとリーアを助けるときに蹴飛ばして涙をうばっ……貰った竜よ」

 最初はにこにこしていた男性……ジョアンは、ベラの言葉を聞いて目を見開き、口をパカッと開いた。
「ええええええええっ?!」
 大声で叫んだジョアンに、村の人たちはなんだなんだと家の外に出てきた。

 ちなみに、ルノフェーリもジョアンを見てぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「え、え?ベラ、俺、聞いてないんだけどっ?!」
「何が?」
「弟さん、ジョアンさん、50代くらいに見えるんだけど?ベラの弟さんなら、80歳くらいだよね?!」
「私が80歳くらいだから、ジョアンは70歳の半ばくらいだっけ」
「これ絶対、俺の涙で細胞活性化してるよ?!ベラほどじゃないけど寿命長くなってるよ?!え、まさか契約紋出てたりしないよねっ?!」
 ルノフェーリの言う通り、ジョアンは若々しいというにはあまりにも若く見える。
 具体的には、肌が70代ではないし、白髪も少なく毛量がたっぷりしている。

「それはない」
 ベラは即答した。

「なんでわかるの?!」
「私がルノを蹴飛ばしたのは17歳のときで、ジョアンは12歳。涙を飲ませてからもすぐには思うように動けなかったから、世話をするのに身ぐるみ剥いでたもの。病気の跡がないかも確認したから、全身見たわ。そんな跡なかったわよ。私にはそのときもう模様があったし」
「ほんとに?」
「本当よ。気になるなら後で見せてもらいなさいよ」
「うーん……わかった」
 ルノフェーリは納得したようにうなずいた。

「ちょっと待ってくれ、何がわかったんだ」
 叫んで村の人たちに宥められ、どうにか少し落ち着きを取り戻したジョアンがルノフェーリに聞いた。
 若干顔色が悪い。

「ベラが『無かった』って言うから、無いと信じるっていう意味だよ」
「そ、そうか」
 ジョアンはホッとしたように肩を落とした。



 ジョアンの妻は五年前に先立ち、一人で暮らしていた。
「知らずにいたわ、ごめんなさい」
「いいんだよ。姉さんが折々に送ってくれた薬草とか珍しい食べ物なんかで、医者が言ったよりも三年は長生きしたんだ」
「そうだったのね。少しでも助けになったんなら良かったわ」

「それより、リーアに会ってやってくれ。この間風邪をひいてな、ちょっと長引いたんだが、それ以来気落ちしてるんだ」
「リーアが?珍しいわね、風邪なんて全然ひかなかったのに」
「ああ。村中でたくさんの人がかかったし、ほかの奴らは高熱だ咳だ下痢だって色々大変そうだったが、リーアはちょっと熱が出た程度だったんだ。でも、病気にかかったことに驚いたらしい」

 歩き始めた二人の後ろについて行きながら、ルノフェーリは首をかしげた。
「それ、ただの風邪じゃなくて感染症じゃないかなぁ」
「え?感染症って、あれだろ。村とかに広まった日には年寄りとか子どもが犠牲になるっていう」
「うん、それ」
「いやいや、ちょっと質の悪い風邪だと思うぞ。誰も死ななかったし」
 最初こそ驚いていたが、くたびれた冒険者にしか見えないルノフェーリに、ジョアンはもう慣れてしまったらしい。
 年の甲かもしれない。

「んー……。でも、なんかこの村に入ったら空気が違ったから。ベラがなんかしたんじゃない?」
「風評被害!何にもしてないわよ」
「どうかなぁ。村の中の教会とかで、『村の人たちが健康に過ごせますように』とか祈ってない?」
「あ、祈ったわ。教会行ったら毎回そういう感じ」
「それ」
 ルノフェーリは、ぴっと人差し指を立てた。

「え、それだけで?」
「うん。魔法ってさぁ、想いの発現がきっかけで発見されたっていわれてるんだ。つまり、強く思っていればそれが魔法になっていくっていうこと。しかもベラは、竜の血の先祖返りに加えて、俺とのつながりもできてるから、ずっと深く思い続けていることなら変則的に魔法になる可能性が高いよ」
「マジか。じゃあ、私が祈ってたのが効いて、村の人たちは感染症にかかっても酷くならなかったってこと?」
「多分ね」

 知らぬ間に、ベラは村の守り神的な何かになっていたらしい。
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