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 それからしばらく、私は自宅で静養しつつ過ごすことを許可された。魔法を使いすぎた後遺症でまだ身体がだるい。
 私はちまちま書いていた、この間の通り魔事件の治療記録を閉じ、思い切り伸びをする。
 そういえば、私が助けたイケメンの『殿下』は、なんと大国メリドールの第二王子様だったらしいのだ。
 外遊にいらしている最中、お忍びで城下を歩いておいでのところを、あの通り魔事件に巻き込まれてしまったらしい。
 あのまま殿下が亡くなっていたら、間違いなく外交問題になってたと思う。我ながらよく頑張ったと自画自賛していた所、不意に玄関が叩かれた。
 ん? 誰だ、こんな夜中に。ちょっと怖いなと思いつつ、私はそっと覗き穴から様子をうかがった。
 ……って……。
 殿下? 
 私が助けた殿下が玄関前にいる。
 何故殿下が、こんな夜更けにお一人でいらしているのだろう。
 迷った挙句、私は玄関を開けた。
「はい」
「セリアン・フロウ殿、夜分にすまない。今しか時間が取れず、非常識な真似を」
 扉が開くなり、殿下が優雅な動作で私の足元に跪いた。
 私は飛び上がるほどびっくりし、慌てて殿下の前に屈みこむ。
「あ、あの……殿下、何で私の家……知って……」
「部下に調べさせたんだ。助けてもらった礼を届けさせると言って」
 殿下はまだ立ち上がらず、難しい顔をなさったままだ。
 私は首を傾げ、殿下の顔を覗き込んだ。金の髪に透き通る青い目。年の頃は二十代半ばだろうか。見れば見るほど身震いするようなイケメンだ。確か名前は、アレックス殿下……だっけかな?
「何か……」
 緊張で噛みそうになりながら尋ねたら、同じく低い小さい声で返事が返ってきた。
「……に来た……」
 ん? なんだ、よく聞こえなかったな。
「何……ですか?」
「貴方に求婚しに来た」
 ……は? 求婚?
 目を丸くする私の顔をじっと見つめ、美貌の王子様が絞りだすような声で続ける。
「そうだ、求婚に来た。僕は多分生涯貴方しか愛せない。今日ようやくそう悟った。勝手なことを言っている自覚はある」
「ひぃ」
 怖い。怯えた顔の私に殿下が慌てたように畳み掛ける。
「ま、待て、怯えないでくれ。夜中に突然済まない。だがどうしても今日この時間しか余暇がなくて……聞いてくれ、僕は貴方を愛している!」
「……愛……?」
 まず思ったのは、蘇生に失敗して頭が壊れてしまったのかな、ということだった。
 ……殿下は大量に失血して死にかけてたから、酸欠で脳に何らかの障害が残ってしまったのかもしれない。そうと思った瞬間、王子様が美しい顔を歪めておっしゃった。
「僕は貴方に命を救われて目覚めた瞬間から、貴方のことしか考えられなくなった。寝ても覚めても、貴方の手のぬくもりと、私をこの世に呼び戻してくれた声が忘れられない。貴方と離れたくない。貴方が欲しすぎて眠れないんだ、毎晩苦しくてたまらない……」
 欲しい。
 殿下の発したその言葉にピンときて、私は手を打ちそうになった。
 あ、なるほど、それって欲望です! 私が救命の時に、殿下の欲望を思いっきり引きずりだしたせいかも。蘇生時の真っ白な意識に本能的な欲求が刷り込まれ、それが私の呼ぶ声と結びついて擬似恋愛状態を錯覚させた可能性があります。だって私が引っ張りだしたのは食欲と性欲ですから性欲!
「あ……あ……そう……ですか」
 しかし緊張して全く説明できなかった。コミュ障の悲しさだ。
 何にせよ、一国の王子様を立たせっぱなしにしておく訳にはいかない。そう思い、私は立ち上がって殿下を家の中に招き入れた。
「どうぞ……」
 だが背後で扉が閉まった瞬間、私の体は背後から殿下に思い切り抱きすくめられてしまった。
「ヒッ」
「なぜ貴方に救われた時からこんなに苦しいんだろう、僕は、一目惚れが原因でで死ぬのかもしれない。セリアン殿、貴方に恋する愚か者に成り果てた僕を救ってくれないか……」
 こ、腰のところに、ギンギンになった棒が当たっ……!
 まずい。殿下はおそらく『この棒を挿れなきゃ収まらない!』と主張しておられるのだ。
 一国の王子様が、大変なコトになってしまわれた。
 しかしながら、私があの時引き出したのは、単なる性欲だ。もしかしたら、一発なさったら頭もカラダも元に戻る……かも、知れない……かも。
「あ、あの……」
 私は殿下の腕の中で身体をねじり、その美しい顔を見上げた。
 見たところ、魔法の影響で、殿下は私の体にご執着がおありのようだ。恐れながら私と合体して抜いて頂けば、この状態が治る可能性はある。
 我ながらなんという解決方法だと思うが、理論的にはそれで正しいはず。
 理論的に正しい治療法であれば、直ちに治療を実施したほうが良いんだろうけど……どうしよう……。
「セリアン殿、私は本当に貴方に恋してしまったんだ」
 あの、殿下。それ、ヤレば治りますよ。しかしどうやってそれを説明すればいいのだろう。
 コミュ障の私には『私と合体して治しましょう』なんて到底言えない。
「殿下、あの……っ、んっ……」
 不意に身体をくるりと反転させられ、私は殿下に情熱的に唇を塞がれてしまった。鍛え上げた胸に抱きすくめられたまま、私は殿下にひたすら唇を貪られる。
「ん、ふ……っ……」
 私は息苦しさにぎゅっと顔をしかめた。おへその辺りに灼けるような棒が当たってるし、なんか口の中に舌が……ううっ、歯茎舐めないで……変な声が出そう!
 どのくらい舌をねじ込まれていただろうか。
 もう限界、と思った時、ようやく異様にねっとりしたキスから開放される。私は呼吸を再開し、濡れた唇を舐め、涙目で殿下を見上げた。
「あ、あの、殿下……」
 殿下が、突然私の身体をひょいと抱き上げる。
「そんな顔をしないでくれ。もしかして僕を誘っているのか……我慢できない」
 え? 何? 私、今何した?
 動転した瞬間、再び殿下に唇を奪われる。
 私はとっさに殿下の肩に手をかけながら、そっか、鼻で呼吸すれば窒息しないのだ、と天啓を得る。
「セリアン殿」
 私を腕に抱いたまま、殿下が耳元で囁きかける。
「僕のものになってくれ、頼む。僕の一生を君に捧げるから!」
 そ、そうだった、合体したら多分殿下の頭は治るはずなんだ。こうなったのは間違いなく私のせいだし、治療と割り切り、腹を括って一回しよう。
 事後用避妊薬なら自分で処方できる。
 おずおずと頷いてみせると、殿下が私を抱き上げた腕にぎゅっと力を込めた。
「……ありがとう。僕は生涯貴方だけを愛すると誓う。僕の麗しき恩人よ」
 私の身体は、そのままベッドにそっと横たえられた。
 たくましい体の下に巻き込まれて何度もキスをされながら、私は緊張のあまり目をつぶる。
 殿下の身体が熱い。心音も強くて早くて、もしかして熱発してる? と勘違いしそうなほどだ。汗ばんだ殿下の顔が私の頬に何度も擦り付けられる。
 一方、私はといえば、声も出せずに息を潜めているだけだ。
「……セリアン殿、何か言ってくれないか。貴方の可愛い声が聞きたい」
 殿下の手が、緊張で黙りこくっている私の寝間着に掛かった。床の上に、私の寝間着と、殿下の着ていた高価そうな服が重なってバサリと落ちる。
「ああ、なんて綺麗な身体だ」
 丸出しになった私の唯一の取り柄、痴漢によく揉まれるでかい胸にそっと触れながら、殿下が呟く。
 私は無言で、殿下のお腹の傷を撫でた。
 綺麗に治ってよかったな……命も助かってよかった。そんな気持ちが伝わったのか、殿下が傷を撫でる私の手を取り、指にくちづけをしてくださった。
 指の背に与えられた小さな刺激に反応し、重たく揺れていた乳房の先がツンと尖る。
「本当に、体中全部が可愛い」
 うっとりと殿下がつぶやき、私の首筋に、肩にキスを落としながら、固くなった私の乳房の先端を焦らすように指で挟んで弾く。
 殿下に組み敷かれたまま、私はビクリと身体を震わせた。
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