honey

栢野すばる

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第二章

7

 今日は、二人でチカの昔ながらの友人を訪れる日である。
 昔世話になった人だから婚約者を紹介したい、とチカに言われ、嬉しい反面、緊張してしまう。
 ――おみやげ、干物でいいのかな。チカさんはいいって言ってるけどお菓子とかのほうがいいんじゃ……?
 戸惑いながら、利都は思う。
 昔からの知り合いということは、チカがモデルだった頃からの知り合いなのかもしれない。どんな人物なのだろう。
 利都は、チカの華麗な過去に思いを馳せた。
 派手な舞台は歩きつくしたからもういい、モデル業には未練はないんだ、と、何かの折にさらりと言っていたチカ。利都は『私も彼の現役時代の華やかさを生で見てみたかったな』と思う。
 今こうしてすぐそばで見ていても、彼は吸い込まれそうに美しい。現役の頃は、どのくらい光り輝いて、周囲の人を魅了していたのだろう……。
「ねえ、今日は電車で行こうか。友達の家まで15分くらいなんだ」
 利都がぶら下げていた干物の袋を手に取り、チカが言った。
 ――そうだ、チカさんのお友達って……どんな人なんだろう。
 チカに着いて歩きながら利都はぼんやり考える。チカの友人は地味な自分を見てどう思うのだろう? 王子様の未来のお嫁さんが平凡すぎてがっかりしないだろうか……。
 地下鉄に乗って並んで立っている間も、利都は窓に映るチカのすらりとした姿と、自分の痩せた小柄な姿を見比べてしまった。
 ――もう少し背が高くなりたいなぁ。高いヒールはあんまり得意じゃないけど履いてみようかな……。
「どうしたの、ため息ついて」
 利都の様子に気づいたのか、チカが首をかしげた。
「なんでもない」
 利都は慌てて首を振る。真っ赤なピンヒールでも履いたら印象が変わるだろうか……なんて妄想していたなんて、恥ずかしくて言えない。
「今日会う友達さ、スタイリストさんなんだ。俺がモデルだった頃に雑誌の衣装とか色々世話焼いてくれた人なの。当時は、この人女装モデルのスタイリングなんかよく受けてくれるなぁと思ったけどさ、すごくセンスいいんだ。もし頼めそうなら、りっちゃんの花嫁衣装のひとつを見立ててくれないか頼んでみようと思って。料金はかなりお高いけど、それに見合うだけの事は絶対してくれると思うし」
「す、スタイリスト……」
 これまで生きてきて知り合ったことのない人種だ。利都は緊張してゴクリと息を飲む。
 それに花嫁衣装をわざわざ見立ててもらうというのも緊張する。花嫁衣装は、貸衣装屋で何着か試着して、気に入ったものを借りるのだと思い込んでいた。
「ドレスは私が決めるんじゃないの?」
「爺さんがお色直し四回しろって言ってるからさ、メインの白いドレスはりっちゃんが選んだらどうかなと思って。姐さんに見立てを頼むのはカラードレスのつもり。本当、姐さんに見立ててもらったら印象が別人のように変わるから!」
 チカが色々考えてくれているのはありがたいが、どれだけ派手な式になるのだろう。
 そこまで考えて、利都はため息をついた。
 チカを伴侶に選ぶ時点で、ほとんどの事は利都の思う通りにはならないと覚悟は決めている。
 何しろチカは澤菱家の御曹司だ。彼の家族の事情や社会的な立場や人間関係を無視して、利都がワガママを言う訳には行かないのだ。
 利都の密かな夢は、小さな教会かホテルで、家族と仲の良い友達だけを呼んでちんまりと可愛らしい式を挙げることだったのだけれど。
 駅を降りてしばらく歩くと、品のいいマンションが見えた。チカはそこで立ち止まり、携帯を取り出して電話をかけた。
「……あ、もしもし姐さん? チカです! 下ついたよ」
 傍に立っていた利都は、違和感に気づいた。
 電話口から聞こえる『姐さん』の声が、どう控えめに聞いても男性のものなのだ。
「降りてきてくれるって」
 チカが笑顔で、もう一言付け加えた。
「姐さんはちょっと意地悪だけどあんまり気にしないで。口が悪いだけだから」
「あ、あの、姐さんって……」
 利都が言いかけた時だった。
「チカちゃああああん!」
 建物から出てきたたくましい人影がすごい勢いで走ってきて、利都をちょんと押しのけてチカにしがみつく。
 ぎょっとなり、利都はその人物を見上げた。
 引き締まった体に男らしい顔立ち、短く刈り上げた髪のその人物が、チカを思い切り抱きしめたまま叫ぶ。
「逢いたかったわ! んもう……会社が忙しいからって冷たいじゃないの! 愛人のアタシと仕事とどっちが大事なの? 仕事? そうよね! アナタはそーゆー子よねっ! もーチカちゃんのそういう冷淡なトコ堪んなぁい。アタシ冷たいオトコ大好き!」
「久しぶり、茂姐さん」
 チカが苦笑しながら、ガタイの良い男性の腕をほどいた。
「どうなのチカちゃん、最近は元気なの? あらいい体になったじゃなーい美味しそうッ」
 チカの体を撫で回しながら、男性が満面の笑顔で言う。
 見た目はこれ以上ないくらい男らしいのに、言葉遣いが女性のものなのは気のせいだろうか……。
「元気だよ。姐さんの助言通りに筋トレに励んで体重増やしました。今も朝は走ってるよ」
「あらそー、だからそんなイイ体になっちゃったのね! 素敵! ところでそこの野良猫ちゃん何?」
 男性が利都をじろりと見て、なんだか嫌そうな口調で言った。
 ――う、うう……カッコいい人だけど……なんか怖い……!
 後ずさりする利都をジロジロ見ながら、男性が言った。
「凡庸な子ねえ、何その垢抜けないカッコ。デニムなのにヒール履かないなんて芋臭くてサイテー」
 芋臭くてサイテー。その言葉が利都の胸にぐっさりと突き刺さった。
「姐さん早速いじるのやめてよ。俺の彼女だってば」
 その言葉に、姐さんと呼ばれている男性が眉根を寄せる。
「この野良猫ちゃんがチカちゃんの彼女なのォ? ちょっとヤダ、おっぱい以外にいいところないじゃないの!」
「な……っ」
 セクハラとしか思えない言葉に、利都は真っ赤になって思わず胸を押さえた。
「怒るよ、茂」
 姐さん、と呼んでいた男性を呼び捨てにして、チカが妙に冷たい声でそう告げる。
「りっちゃん、こっちおいで。姐さんは女相手だと容赦ナシなんだよ。気にしなくていいからね」
 口元を釣り上げてかすかに笑い、チカが利都の額に軽くキスをする。
 あまりのことに心臓をバクバク言わせながら胸を隠す利都を抱き寄せ、チカが続けた。
「ふふ、りっちゃんはこんなに可愛いのにねぇ……ホント『女の嫉妬』って醜いよね」
 チカの言葉に、男性が腕組みをして叫んだ。
「ちょっ、誰が嫉妬してんのよっ、アンタちょっと顔がいいからって毎回毎回調子こいて! いい加減仏のシゲ子と呼ばれたアタシも怒るわよ!」
「帰ろうか、りっちゃん」
「ヤダ待ってこの小悪魔! アタシのこと置いて行かないで……! お茶くらい飲んでいきなさいよ。せっかく来たんだから」
 冗談めかして背を向けようとしたチカの肩を、男性が筋肉の浮いたたくましい腕で掴んだ。
「しょうがないわね。その芋臭い野良猫ちゃんもアタシとダーリンの愛の巣に入れてあげるわ。いらっしゃい」
 男性のその言葉に、チカがくすっと笑った。
「だって。おじゃましよ、りっちゃん」
 展開についていけずに凍りついていた利都は、男性とチカの顔を交互に見比べた。
 利都の顔をジーっとみていた男性が、ぼそりと言う。
「野良猫、アタシのことは茂お姉様って呼びなさい、いいわね」
「え、あ、あ、あの……」
「アンタが何様か存じ上げませんけど、アタシはチカちゃんの永遠の現地妻ですから。さ、入って入って」
 目が点になってしまった利都の肩を抱いて、チカが耳に囁いた。
「姐さんは心は女の子だからね、りっちゃんが可愛いからライバルだと思っちゃったみたい。あと姐さんは彼氏さんと暮らしてるけど、びっくりしないでね」
 ――無理だよ! ビックリしたよ!
 そうは思ったが、利都はなんとか、笑顔を浮かべるのに成功した。
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