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はじめてのモフモフ

第5話 柔人、牢屋でモフモフ

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そこは、すこし薄暗かった。ヒンヤリとした硬い石の床が体を冷やす。体には、タオルのようなものが巻きつけられ、首には皮でできた輪っか。一体なにが……。

 暗さに慣れてくると、周囲がはっきりと見えてきた。錠前のついた鉄格子が視界に入る。

 ──鉄格子って……まさかここは……。

 そう、牢屋である。気を失っていた間に運ばれたのだろう。でも、いったいなぜ……。

「よう、新入り」

 奥の方から、ドスきいた低い声が聞こえてきた。

「新入りって……僕?」

「お前以外に誰がいるよ」

 光の届かない、真っ暗な牢屋の奥で、怪しい目が冷たく光っているのが見えた。声の主だ。僕は恐る恐る近づく。ぼんやりと現れたその姿は、モフモフな狼男の着ぐるみのような姿で、左目に黒い眼帯をした男だった。

「狼男! まさか、ケゾールソサエティーの一味か!?」

「おい、小僧。馬鹿なことをいうんじゃねえぞ。あんな毛無し連中と一緒にするんじゃねえ。俺は山賊をやってたジョニーってもんだ。お前こそ、綺麗に毛を剃りやがって、連中の一味じゃねえのか!?」

「いや……ちがう。これはもともと無いんだ」

「もともと無い……だと! アッハッハッハ! つんつるてんかよおい! どんな種族だ!?」

 ジョニーは突然、バカにしたように笑いだした。

「ぼ……僕は人間だ!」

「ニンゲン? 初めて聞く名前の種族だな」

 ──初めて……まさか、ここには人間はいないのか!?

 そういえば、人間らしき人物をまだ見かけていない。ケゾールソサエティーの奴等は、ただ毛が剃ってあっただけでおそらく獣だ。他は顔だけ人間で体がモフモフ。つまり、ここにはモフモフしかいない、そういうことなのだろう。

「いったいここはどこ? なぜ僕たちはここにいる?」

「お前バカか? そんなの、悪いことしたからに決まってるだろ。俺達は犯罪者だ」

「は……犯罪者!?」

 ちょっとまて、犯罪って……僕がいつ犯罪を……。

「おめえさんはこの、モフテンブルク城の姫、アンナ・F・コンチェルトの誘拐に加担したケゾールソサエティーの狂信者ってことになってるぞ」

「な、なんだってええぇぇ! …………誤解だ! 無実だ! 冤罪だ!」

「でもなぁ、一度捕まっちまったらアウトだ。それに、こんなだいそれたことをしたんだ。死刑は免れないだろうな」

「いや、だからしてないって!」

 ──なんだよそれ……狐っ娘姫を助けようとした結果がこれか、これなのか!? こんなことならあの猫っ娘のモフモフで我慢しておくべきだった……。

「そうか、僕は死刑……これから殺されるんですね……」

「まあ……このままだとそうなるわな……」

「じゃあ…………」

 死刑だなんておかしすぎる……気が狂いそうだ……。もう、目の前の狼男がモフモフにしか見えない……。

「冥土の土産にモフモフさせてください」

 僕は、その瞬間、どうせ死ぬのなら、目の前にあるモフモフをモフり尽くしてやろう! と、そう決めてしまった。

「何? モフモフって何だ!?」

「モフモフです!」

 僕は、眼の前にいる眼帯の狼男に抱きついた。そして……。ツンツンしているようでふっかふかな毛に思う存分モフりついた。

「もっふもふ~! もっふもふ~! わあ、ふっかふかだぁ!」

「んなっ! 何をするううぅぅ!」

 やはり、獣臭い。シャンプーして洗って丁寧に乾かしてブラッシングすれば、もっとモフモフになるのに。でも、これが僕の最後のモフモフになるかもしれないんだ。モフらなきゃ!

「もっふもふ~! もっふもふ~! どうせ死んじゃうんだから、もっとモフるんだ!」

「バカ! やめろ! やめないか! 落ち着くんだ!」

 落ち着く? 僕は、これでも冷静さ。

「もっふもふ~! もっふもふ~!」

「も……モフっちゃ……もうらめらああぁぁ!」

 もっと、もっとだぁ!

「もふもふ! もふもふ!」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 ジョニーは、モフモフショックで倒れた。

「ふぅ……やっぱり、もふもふ最高!」

 気がつくと、頭から狼耳が生えていた。狼男をモフったからだろうか……ということは、この能力はやはりモフった相手の動物になる能力。確証が持てない……まだ調べる必要がありそうだ。はたして、この狼男の能力はどんな能力なのだろう。

 狼耳をヒョコヒョコさせて遊んでいると、ガチャっ(錠前が開く音)と音がした。鎧を着た犬っ子の2人の兵士が鉄格子の扉を開けて中へ入ってくる。

「おい、そこの毛のない男。こっちへ来い」

「ぼ……僕のこと?」

「それ以外に誰がいる! この狂信者め!」

 釈放……なわけないか。いったい僕はどうなるんだろう……。

 僕は、兵士に腕を抑えられ、地下室へと連れて行かれた。

「ま……まってくれ。僕は、やってない、やってないんだ!」

「悪いことしたやつは、みんなそう言うからな」

「いや、そ~じゃなくて、僕は狐っ娘姫を助けようとして……」

「嘘をつくな!」

「じゃあ、姫を誘拐しようとしたって証拠でもあるんですか?」

「その耳が何よりの証拠だ」

 ──耳って……ハッ! しまった!

 ケゾールソサエティーの奴等は、狼男だった。そして、僕がさっきモフったのは、狼男。そのせいで狼男の耳が生えてしまった。それに、奴等は毛無し……僕も毛はない……同類に見られているのか!? でも……。

「やつらモヒカンだったじゃないですか! ほら、僕はモヒカンじゃないし、頭の毛は黒いし」

「髪型が違えば仲間じゃないなんて、そんなことを言う気じゃないだろうな」

 兵士は、完全にこちらの言い分を無視するつもりだ。おそらく、説得力があっても逆効果だろう。──力なき者に説得力はない──毛がない時点で話を聞く気はなさそうだ。

 頑丈そうな鉄の扉を開け、地下室の部屋にいれられた。そこには、目を疑うような世にも恐ろしい様々な拷問器具が置かれていた。あんなもので、あーんなことや、こーんなことをされるのか……考えたくもない。だが、ここに連れてこられたということは、そういうことだ。
 ロープに吊るされたジャックがそこにいた。奴は、ここで拷問を受けていたのだろうか……。

「あ……兄貴……無事でしたか……!」

 ジャックは、僕を見るなりニヤケ顔で兄貴と言い放った。

「兄貴? な、なんのことだ!?」

「やはり、お前を拷問したほうが良さそうだな。さあ、吐いてもらうぞ! 姫の居場所を!」

「ちょっとまて、何かの間違いだ! 俺はあいつの兄貴じゃないし、仲間でもない!」

「そんな! 兄貴! ひどいっすよ!」

「なんだお前、こいつの兄貴のくせに、自分が助かりたいからと他人のフリをするのか! このクズが!」

 僕は腕を縛られ、ジャックの隣に吊るされた。ジャックはニヤニヤしながら舌を出し、哀れんだ顔で僕を見ている。これはジャックの策略なのか!

「さあ、お前の体に聞いてやる。さっさと姫の居場所を吐いてもらうぞ!」

 兵士は、トゲトゲの付いたムチを地面にバシッと打ち付けた。それで僕の体をいたぶるつもりなのか! そんなので叩かれたら……痛いに決まってる! そんなのは嫌だ! 痛いのは嫌だ!

 その時だ! 立派な鎧を着た犬っ子の兵士が2人、拷問部屋に入ってきた。

「国王より通達。髪の黒い裸の男を速やかに開放せよとのこと。彼はケゾールのものではなく、旅の冒険者とのこと。姫を助けようとして倒れた勇敢な冒険者だ! 直ちに玉座へお連れしろ!」

「た……助かるのか……」

 拷問兵の2人組は急いで吊るされた僕をおろした。

 何が起こっているのだろうか……よくわからないが、とにかく拷問は受けずに済みそうだ。僕は、その2人の兵士に連れられて玉座へと向かった。
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