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第一章
第一章(序章)
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私が誰なのか…、そんなことは気にしないで頂きたい。
なんの役にも立たない、誰のためにもならない話を、ただ、書き残しただけだから…。
雅美という主婦がいた。
住器メーカーの広報で仕事をしていた彼女。165cm、細身の外見。目元が愛らしく、優しい性格が皆に好かれていた。
夫はIT系企業の会社員、飯田恭史という名、背丈177㎝、色黒で短髪の似合う同い年の男だった。
学生時代、二十歳で出会った雅美に一目惚れした彼は、何人もの男たちに競り勝ち、25歳で結婚に辿り着いた。
子供はいなかった。それは4年に渡る不妊治療の結果。勿論、二人は不本意だった。
「ちゃんとエッチしてるの?」「早く赤ちゃん見せてね…」「いい知らせを心待ちにしてるのよ…」「ほんと、出来ないもんなのね…」「私、三人目が出来ちゃった…」
廻りからの悪意のない言葉の攻撃が夫婦の関係にひび割れを生じさせていった。
「別れる理由なんて何もない…離婚なんて考えるのはやめよう…」
これからを見つめ直した夫婦。冷えかけた関係を互いに反省し、雅美は仕事を辞め主婦に専念することにした。
ただ、彼女には仕事を辞めた理由がもうひとつあった。それは彼女に横恋慕した同僚、四つ下の男との決別。
「愚痴でもなんでも聞きますよ…」
「ありがとう…おかげで気分が楽になったわ…」
「俺で良ければ…辛くなったら、いつでも…」
男は手の届く距離まで雅美を近づけた。
近づき過ぎた彼女。それは男を暴走させた。
「小猫が家にいるんです…癒されますよ…見に来ませんか?…」
誘いにのることの愚かさは、その時の彼女は気付かなかった。
「密室で起こったことは自分も悪い」と彼女は男を許そうとした。
しかし、男は彼女を離そうとはしなかった。
二人の噂は勤め先でも聞こえ始めた。
「もう…旦那とは別れて、俺と一緒になろうよ…」
それは雅美にはあり得ない選択肢だった。
彼女は恭史との関係修復を選び、勤め先を辞め、男の前から消えたのだ。
前を向き、歩み始めた二人。夫婦の時間も会話も増え、心労でやつれていた雅美も元の明るさを取り戻していった。
恭史の趣味は写真。部屋のあちこちには彼が撮ったお気に入りのスナップが飾られていた。
「子供が出来てたら…一杯、思い出を撮ってやれたんだけどなぁ…」
叶わなかった彼の想いは雅美にも伝わっていた。
子煩悩だった彼女の父親が残してくれた多くの写真。一枚一枚に蘇る当時の記憶。その有り難さに彼女は想いを重ねた。
「私を撮れば良いじゃない?…そうね…モデル代は…美味しいもの食べに連れてってくれれば…ねっ、そうしましょ…」
「しかたないかぁ…お前(雅美)で妥協してやるよ…」
「あらぁ…妥協?…まぁ、いっか…くすっ…」
仕草や表情、カメラ前でも自然に出来る、撮られ上手な彼女。恭史も結婚前後は頻繁にカメラを向けていた。
30歳になってからの3年間は実らぬ治療に趣味を楽しむことすら忘れていた。恭史はその空白を埋めようと思った。
「よし…、これからはずっと撮り続けていこう…」
雅美は重ねていく年齢も魅力に変えていき、愛らしさに、柔らかさと穏やかさを備えていった。
そしてそれは、恭史の好みの女そのものになった。惹かれ続けた彼は、宣言どおりに彼女を撮り続けた。
彼女もそれに喜んで応じた。被写体になることで自分を意識し、そしてまた、彼に愛された。
時は過ぎ、夫婦にとって結婚25年目の年になった。
十年前に建てた拘りの注文住宅。その前年末に繰り上げてローンを返し終えた恭史は、ひとつやり遂げた思いを持って新年を迎えていた。
一方の雅美は、手間を理由にショートにしていた髪を、三年ほど前からロングに戻していた。
それは恭史の希望。彼が望むような女であればいい。それが夫婦円満の秘訣だと彼女は思うようになっていた。すべてを恭史の好みに合わせ、体型も変えず、身なりも絶えず気を使っていた。
正月休みの朝、恭史はある想いでキッチンに立つ雅美を見ていた。
「あいつ(雅美)も八月には50(歳)か…贔屓目なしでも、いい女だよな…」
彼はずっと心に思い続けていたことを、その日、彼女に告げた。
「もうすぐ40代ともお別れだし…思い出を残してやりたい…ヌードを撮らせてくれないか?…」
彼女が40歳になる時にも同じことを考えた恭史。言えずに終わったその時の後悔。それを繰り返したくないと彼は訴えた。
10年越しの想いを告げられ、彼女は恭史の愛情と受け止め、それを快諾した。
「恭くん(恭史)が撮るんだし…、他の誰も見るわけじゃないから…いいよ…」
「雅美、ありがとう…良いのを撮って残そうな…」
時間があれば、恭史は意気込み、雅美を誘ってはカメラの前で裸にさせた。
夜だけではなく、朝でも昼間でも撮り、家だけでなくホテルにも出向いて撮った。撮ることが恭史の気持を昂らせた。
「もぉぉ…ちょっとぉ~…撮るんじゃないのぉ~」
ある時、性欲を湧き上がらせた彼はカメラを横に置き、雅美を引き寄せて被さった。
「もう撮ったよ…撮ったからさぁ…しよ…ねっ…」
「もぉぉ…くすっ…」
それを機に、撮影はセックスの前戯に変わっていき、恭史の意気込も薄れたように雅美は感じた。
「うーん…良いのがないなぁ…ワンパターンっていうか…センス…がいまいちなんだよなぁ…」
撮り貯めた画像をPCで確認していた恭史は、その原因を自覚しながらも、落胆の声を上げた。
「もっと上手く撮れないかなぁ…」
暫くの間、雅美にカメラを向けようとしなかった恭史。PCを見ては時間を過ごしていた。
雅美は、彼が撮影の参考になるサイトでも見てるんだろうと思って、特に気にせずにいた。
3月、50歳になった恭史は、意を決したように更なる想いを彼女に告げた。
「俺では、やっぱり無理かも…今までの出来じゃ不満でさぁ…プロに撮ってもらいたいけど、そんなこと出来っこないし…で、考えたんだ…これ、見て…」
PCの画面を向けられた雅美は予想外のものに驚いた。
それはアマチュアカメラマンと素人モデルを繋げるサイト。募集する側がプロフィールと条件を掲示板に載せていた。
雅美は恭史の考えていることを察し、強く大きく拒否した。
「え?…もしかして?…それはだめぇ!…そんなの出来ないから…」
「こっちの条件をちゃんと飲んでくれる人でないとOKしないから…」
「条件…って?」
「撮ったものは非公開にしてもらう。それと俺も撮影に立ち会う。これは絶対条件だ…それと…」
「それと?…なに?…」
「会員制のサイトといっても、冷かしとや不埒な考えの奴がいるとは思うよ…でも、そういうのは俺がちゃんと見極めるから…」
「そんなこと、出来るの?…それに、ただじゃないでしょ?…お金がかかる気がするし…」
「きっと、中には純粋に写真を撮りたいって思ってる奴はいるはずだし…良い人なら、お金なんて二の次って言ってくれるよ…だって、お前のヌード撮らせてやるんだよ、こっちが金を貰いたいくらい…」
「馬鹿、なに冗談言ってんのよぉ~…でも…大丈夫かなぁ…ネットって…」
「知り合いとかに頼みたくないんだ…その時だけ、後腐れのないようにするにはネットのほうがいい…それに、決める前にはちゃんと身分証明とか確認するよ…」
恭史には焦りも迷いも不安あった。しかし彼はそれを隠すように熱く語り、雅美を説得し続けた。
「募集したところで、良い人がいないかもしれないし…それならそれで仕方ないし…ね、募集だけはさせてよ、ね、それならいいだろ?…」
「募集…だけだよ…絶対、無理に進めないでね…」
引き下がろうとしない恭史。彼への信頼もあり、雅美は仕方なく認めた。
「ありがとうな…よし、まずはと…会員登録はお前の名前にするね…本人証明ね…免許証出してくれる?…スキャンするから…」
恭史はその日、夜遅くまで募集条件を考えた。雅美の不安は彼もよく分かっていた。
「この内容で載せるよ…連絡先は俺のメアドにしといた…」
雅美は送信の確認画面を見せられた。
【名前:MI】
【年齢:49】
【職業:主婦】
【連絡用メールアドレス:〇〇〇@〇〇〇.com】
【身長/体重/3サイズ/足サイズ:165㎝ 53㎏ 83(B)-62-89㎝ 23.5㎝】
【経験:なし(スナップ撮影程度)】
【募集内容:40代最後の思い出になる記念写真を撮影頂ける方】
【撮影内容:屋内撮影:〇/着衣:〇/水着:〇/ヌード:〇】
【公開の是非:非公開】
【希望条件:事前の面談、調整可能な方/撮影機材及び撮影場所を用意可能な方/当方要望を尊重頂ける方/夫の立会いを許可頂ける方】
【その他:応募頂いたうえ、詳細はメールおよび面談にて】
プロフの写真は雅美も覚えていた。先々週、ネットで買った洋服を試着した時のもの、彼女が頼んで撮ってもらったものだった。
「これなら、モデルポーズだし、全身も写っているし…ほら、顔はちゃんとぼかし(加工)入れておいたからね…」
それは、彼女の顔立ちがちゃんと想像できる、程度の甘いものだった。
「応募してくれなきゃ、意味がないからね…絶妙な(ほかし)加減だろ?…」
「まぁ、これなら大丈夫かな…それとね…ウエストが2㎝増えちゃってるけど、訂正しなくていいかなぁ?…」
「はぁ~?…お前なぁ~…がははは…」
その冗談に吹き出して笑った恭史は、安心して送信ボタンを押した。
応募はすぐにあったが、案の定、冷かしや興味本位、勘ぐってしまうものも少なくなかった。
遠方からの応募もあった。恭史と雅美は旅行を兼ねて出向くのもありかと考えたが、結局は断った。
「近くに住んでるのも嫌だし…近からず遠からずがいいな…え?なにこれ…『画像を見ました。是非、当モデル事務所で活躍して下さい』ってさ…あり得ないよな…」
呆れ顔の恭史、雅美も苦笑いした。
「まぁ…気長に考えて…一か月は様子みてみようか…」
恭史の目にとまるような応募も来るようになった。彼は丁寧な文章や応募慣れを感じる文面は候補として残し、期待をした。
結局は一か月を待たず、応募の気配はなくなった。
「この人たちにメールしてみる…」
雅美の同意を得、恭史は自分の希望内容を詳しめに書き、同じ内容で三人に送った。
『応募ありがとうございます。MIの夫のYIです。早速ですが、①当方希望内容及び②希望条件を提示致します。ご対応頂けるかご返事頂きますように。なお、報酬に関するご希望があれば併せてご提示下さい。よろしくお願いします…』
『①希望内容:〇〇〇(女優)の〇〇〇(ヌード写真集タイトル)(画像添付)のような作品』
『②希望条件(1):全撮影データの当方引き取り(さらに非公開厳守)』
『②希望条件(2):私(夫)の撮影への立会い』
『②希望条件(3):撮影期限は8月12日(妻の50歳の誕生日)まで』
『②希望条件(4):撮影機材及び撮影場所のご用意』
『②希望条件(5):双方合意までの事前調整(面談含む)』
一人だけが恭史の提示に対し、『すべて承知しました、問題ありません。』と返信してきた。
報酬についても、納得出来る言い分。その人物は里見広志という名前だった。
『車での移動ですので、交通費を含め不要と考えて頂いて大丈夫です。ただ、データの引き取りをご希望とのこと、その場合、出来れば買い取り代金を頂戴できればと考えております。(と申しましても当方アマチュアです。金額の程度は出来の良し悪しで値踏みして頂ければ。)』
「なぁ…雅美…この人に会ってみようか?…会うとなれば、その場で結論を出すかもしれない…お前もそのつもりでいてくれなきゃだめだよ…いいかな?」
一気に進展しそうな恭史の言葉に、雅美は戸惑いを感じた。
「なんか、分かんないけど緊張するぅ…メールでもう少し確認し合うとかは…だめ?」
「5月に入っちゃったしさ…この人で決まらないかもしれないし…別な人探すにも、8月まで間に合わないしな…」
「そっかぁ…そうだよね…話が纏まらないかもしれないんだよね…じゃ…うん…会ってもいいよ…」
恭史は里見ひとりに絞り、彼にメールを送った。
『ご返事確認致しました。で、今月末までで一度お会い出来ればと考えてます…ご都合、お知らせください。…』
里見からの返信はその夜遅くだった。
『ご連絡ありがとうございます。今月は〇日、〇日、〇日以外であれば夜は都合つきます。日と場所はご指定下さい。』
次の日の夜にそれを確認した恭史は、翌週の週末と決め、雅美と一度行ったことのある店を予約し、里見に連絡した。
当日の店内。恭史と雅美は並んで座り、初対面となる待ち人に緊張していた。
「あの人かも…」
間仕切りの外を見ていた雅美の予感どおり、その男は間もなく顔を見せた。
「ええっと、飯田さん…ですよね?…はじめまして、里見です…」
笑顔で名乗った里見。挨拶を交わした後、彼は自ら運転免許証を示した。こういう出会いに慣れていると感じさせる振舞いだった。
「(身分証明になるものは)最初にお見せしておいた方が…(仕事は)会社員してます…」
33歳。色白で面長の顔にふわくしゃの髪。細身の筋肉質の体型にラガーシャツといったラフな服装だった。
話し方は早口でソフト、話を聞くときは、うんうん、うんうんと頻繁に頷くのが目についた。
「これなんですけど…」
バッグから出したタブレットを恭史に差し出した。それは彼のフォトアルバムで、雅美も横から覗き込んだ。
整理されたフォルダの中に並ぶ小さなサムネイル。恭史はその中か目ぼしいものを開いては見た。
「僕は基本、女性しか撮らないんです…あぁ、それはプロのモデルさんですね…そういう撮影会があって…」
里田は次々と説明を加えていった。
「あ、その女の子は飯田さんが募集した…うん、あのサイトで知り合った子です…もう三回くらい撮らせてもらったかな…」
「そうなんだぁ…へぇ…ねぇ、ところで、ヌードは?…」
「あ、そうですね、ありますよ…えっと、もっと下の方の(フォルダ)…あ、それですね…」
恭史は画像ひとつひとつに見入った。
「これも撮影会で…結局、ああいうのはモデルさんも慣れてるんで、シャッター押せばそれなりに撮れちゃうんです…」
「撮り手としてはもの足りなかったり?…」
「そうなんです…で…飯田さんの募集で奥さんの画像を見て…もう…即決して…」
「え?…こんな素人のおばさんを見て即決??…嘘でしょ~?…」
雅美に肘鉄を食った恭史は大げさに痛がり、里見を笑わせた。
「すぐに綺麗な女性だと分かったんです…でもう、撮りたい!って気持がふつふつと…」
「あはは、今思ったけど、俺ね、そういうご機嫌取りをこいつ(雅美)には言えなくて…上手く撮れないのはそれが原因だったんだなぁ…」
「あ、ご機嫌取りなんかじゃないですからね…49歳っていうのは嘘だろって、今も思ってますし…」
里見は饒舌さを増し、恭史も親し気に会話を弾ませ、その様子に雅美も打ち解けていった。
「あのぅ…募集の時、スリーサイズ載せてたでしょ…今、少し太ってるかもしれない…」
「あはははっ…大丈夫ですよぉ~。俺なんか飯食べるだけで2㎏増えますから…身体測定なんてしませんしね…あははっ…ところで…写真って…気持が表情に出ちゃったりしませんか?楽しいとか、楽しくないとか…」
「出ますよねぇ…こいつ(雅美)なんか、何度も撮り直すと、機嫌悪そぉ~な顔になって…」
「あらぁ、そっち(恭史)が機嫌を悪くさせるからなのにぃ~~…」
「わかります…ご夫婦だと『つぅと言えばかぁ』だろ!みたいになっちゃうんでしょ?…でも…特に今回のヌードとか、モデルさんの気持で出来が決まっちゃいますもんね…」
「たしかに…なるほど…」
「それに…自宅とか馴染み過ぎた場所って、やっぱりどこか、気が緩んでしまうと思います…そうでしょ?奥さん、そう思いません?…」
「そうそう…ほんと、そう…」
里見の言葉は二人を感心させた。
「で…何処でどんな感じのを撮るとか…構想というかプランを聞かせて欲しいんですけど…」
「そうですね…まずは奥さんの気持を大事にして…時間に余裕を持ったほうがいいとは思ってます。場所はホテルが良いのか、コテージみたいなほうが良いのか…もう少し考えさせてください…」
「あ、コテージ…ログハウスみたいな?…そういう所は行ったことないから良いかもしれない…」
「そうなんですね…じゃあ、その方向で探してみますね…あ、それと…撮影データの件ですが…」
「ああ、そうそう…非公開は勿論、データも残さないで欲しいんだけど…」
「それなんですが…」
「買い取りだから代金は支払いますよ…報酬込みで〇〇万ではどうですか?…」」
「え?…あ…いいんですか?…」
恭史はデータの買い取りではごたごたしたくなかった。そして期待通り、提示した金額に里見はすぐに納得した。
三人は笑顔で店を出た。
「あ、そうだ…イメージを膨らませたいんで、何枚か撮らせてもらってもいいですか?」
駅までの道すがら、里見は雅美に言った。
「いいですよぉ…でも…ここで…」
週末の夜、人通りの中、里見に促されるまま、立ち姿の雅美はスマホのカメラに収まっっていった。
「じゃあ、ここで…プラン、楽しみにしてますね…」
二週間が過ぎ、6月も中旬に入った頃に里見からのメールが届いた。
恭史は要点を探しながら読み入った。
『撮影場所ですが、雰囲気のある一軒家を借りることができそうです。ただ、場所は〇〇市で移動に車で四時間近くかかり、一泊頂く方向でお願いしたいと…』
『下見してきましたが、古民家風で、中は綺麗に改装されていましした。外観や家の中を何枚か撮ってきたので添付します…』
『そこは私の友人が家主です。備品は揃ってて、空き家だし、一泊くらいなら無償で貸してくれると言ってくれてます…』
『とりあえず7月〇日から2日間とは伝えています。ご都合悪ければ変更日をご連絡ください…』
『現地到着後、明るいうちは少し寛いで頂き、静かな夜に撮影したいと思っています…深夜にかかるかもしれませんので、事前に十分な睡眠をとっておいてください…』
『撮影機材及び撮影に使用する小道具類は当方で用意します…』
『衣類やランジェリーや水着、アクセサリー類は奥様のイメージに合わせ当方で用意したいと考えています。予算〇万以内、実費ご負担頂くことになりますが、ご了承頂けますでしょうか?(飯田様で用意される場合、どういうものか事前に見せて頂くようお願いします。)…』
「うーん、そっかぁ…具体的になると色々とあるなぁ…ほら、ちゃんと考えてくれてるよ…」
恭史は感心しながら、メールを開いたPCの画面を雅美に見せた。
「〇〇市か…遠いなぁ…(画像を見ながら)へぇ…太い梁に囲炉裏…ほんとの古民家って雰囲気なんだぁ…でもトイレもお風呂も新しくなってて綺麗…あ、寝室はベッドもあるのね…」
「ほんとだな…ログハウスって思ってたからなぁ…和風…だけど、こんな雰囲気もありだよな…それに、費用のことだって考えてくれたわけだし…」
「うん…ああ、衣装ねぇ…どうしよ?…こっちで選んでも、里見さんのイメージと違ったらって思うし、今まで考えてなかったぁ…」
「任せよう…ここまで考えてくれるんだし、それも込みのほうが彼もな…」
二人は里見の提案をすべて受け入れることにし、その場で返信した。
『里見さんにお任せすることにしました…こちらは何も用意せずに参りますので、提案通りで進めてください…』
深夜になってから里見の返事が入っていた。
『了解しました。ありがとうございます…何かあればまた連絡しますので…』
撮影の日までまだひと月あった。
「エステで手入れしとけよ…ヘアーサロンも予約して…なんならネイルも…あ、それとダイエットしてるかぁ?…」
恭史は今まで以上に、あれこれと雅美に注文をつけた。
もぉ、わかったからぁ~。ちゃんとするし…」
あしらってはいた彼女も、内心は日々緊張が高まっていった。
どんな風に撮影するのかさえ想像がつかない。緊張が不安に変わっていったが、楽しみにしている恭史には言えなかった。
なんの役にも立たない、誰のためにもならない話を、ただ、書き残しただけだから…。
雅美という主婦がいた。
住器メーカーの広報で仕事をしていた彼女。165cm、細身の外見。目元が愛らしく、優しい性格が皆に好かれていた。
夫はIT系企業の会社員、飯田恭史という名、背丈177㎝、色黒で短髪の似合う同い年の男だった。
学生時代、二十歳で出会った雅美に一目惚れした彼は、何人もの男たちに競り勝ち、25歳で結婚に辿り着いた。
子供はいなかった。それは4年に渡る不妊治療の結果。勿論、二人は不本意だった。
「ちゃんとエッチしてるの?」「早く赤ちゃん見せてね…」「いい知らせを心待ちにしてるのよ…」「ほんと、出来ないもんなのね…」「私、三人目が出来ちゃった…」
廻りからの悪意のない言葉の攻撃が夫婦の関係にひび割れを生じさせていった。
「別れる理由なんて何もない…離婚なんて考えるのはやめよう…」
これからを見つめ直した夫婦。冷えかけた関係を互いに反省し、雅美は仕事を辞め主婦に専念することにした。
ただ、彼女には仕事を辞めた理由がもうひとつあった。それは彼女に横恋慕した同僚、四つ下の男との決別。
「愚痴でもなんでも聞きますよ…」
「ありがとう…おかげで気分が楽になったわ…」
「俺で良ければ…辛くなったら、いつでも…」
男は手の届く距離まで雅美を近づけた。
近づき過ぎた彼女。それは男を暴走させた。
「小猫が家にいるんです…癒されますよ…見に来ませんか?…」
誘いにのることの愚かさは、その時の彼女は気付かなかった。
「密室で起こったことは自分も悪い」と彼女は男を許そうとした。
しかし、男は彼女を離そうとはしなかった。
二人の噂は勤め先でも聞こえ始めた。
「もう…旦那とは別れて、俺と一緒になろうよ…」
それは雅美にはあり得ない選択肢だった。
彼女は恭史との関係修復を選び、勤め先を辞め、男の前から消えたのだ。
前を向き、歩み始めた二人。夫婦の時間も会話も増え、心労でやつれていた雅美も元の明るさを取り戻していった。
恭史の趣味は写真。部屋のあちこちには彼が撮ったお気に入りのスナップが飾られていた。
「子供が出来てたら…一杯、思い出を撮ってやれたんだけどなぁ…」
叶わなかった彼の想いは雅美にも伝わっていた。
子煩悩だった彼女の父親が残してくれた多くの写真。一枚一枚に蘇る当時の記憶。その有り難さに彼女は想いを重ねた。
「私を撮れば良いじゃない?…そうね…モデル代は…美味しいもの食べに連れてってくれれば…ねっ、そうしましょ…」
「しかたないかぁ…お前(雅美)で妥協してやるよ…」
「あらぁ…妥協?…まぁ、いっか…くすっ…」
仕草や表情、カメラ前でも自然に出来る、撮られ上手な彼女。恭史も結婚前後は頻繁にカメラを向けていた。
30歳になってからの3年間は実らぬ治療に趣味を楽しむことすら忘れていた。恭史はその空白を埋めようと思った。
「よし…、これからはずっと撮り続けていこう…」
雅美は重ねていく年齢も魅力に変えていき、愛らしさに、柔らかさと穏やかさを備えていった。
そしてそれは、恭史の好みの女そのものになった。惹かれ続けた彼は、宣言どおりに彼女を撮り続けた。
彼女もそれに喜んで応じた。被写体になることで自分を意識し、そしてまた、彼に愛された。
時は過ぎ、夫婦にとって結婚25年目の年になった。
十年前に建てた拘りの注文住宅。その前年末に繰り上げてローンを返し終えた恭史は、ひとつやり遂げた思いを持って新年を迎えていた。
一方の雅美は、手間を理由にショートにしていた髪を、三年ほど前からロングに戻していた。
それは恭史の希望。彼が望むような女であればいい。それが夫婦円満の秘訣だと彼女は思うようになっていた。すべてを恭史の好みに合わせ、体型も変えず、身なりも絶えず気を使っていた。
正月休みの朝、恭史はある想いでキッチンに立つ雅美を見ていた。
「あいつ(雅美)も八月には50(歳)か…贔屓目なしでも、いい女だよな…」
彼はずっと心に思い続けていたことを、その日、彼女に告げた。
「もうすぐ40代ともお別れだし…思い出を残してやりたい…ヌードを撮らせてくれないか?…」
彼女が40歳になる時にも同じことを考えた恭史。言えずに終わったその時の後悔。それを繰り返したくないと彼は訴えた。
10年越しの想いを告げられ、彼女は恭史の愛情と受け止め、それを快諾した。
「恭くん(恭史)が撮るんだし…、他の誰も見るわけじゃないから…いいよ…」
「雅美、ありがとう…良いのを撮って残そうな…」
時間があれば、恭史は意気込み、雅美を誘ってはカメラの前で裸にさせた。
夜だけではなく、朝でも昼間でも撮り、家だけでなくホテルにも出向いて撮った。撮ることが恭史の気持を昂らせた。
「もぉぉ…ちょっとぉ~…撮るんじゃないのぉ~」
ある時、性欲を湧き上がらせた彼はカメラを横に置き、雅美を引き寄せて被さった。
「もう撮ったよ…撮ったからさぁ…しよ…ねっ…」
「もぉぉ…くすっ…」
それを機に、撮影はセックスの前戯に変わっていき、恭史の意気込も薄れたように雅美は感じた。
「うーん…良いのがないなぁ…ワンパターンっていうか…センス…がいまいちなんだよなぁ…」
撮り貯めた画像をPCで確認していた恭史は、その原因を自覚しながらも、落胆の声を上げた。
「もっと上手く撮れないかなぁ…」
暫くの間、雅美にカメラを向けようとしなかった恭史。PCを見ては時間を過ごしていた。
雅美は、彼が撮影の参考になるサイトでも見てるんだろうと思って、特に気にせずにいた。
3月、50歳になった恭史は、意を決したように更なる想いを彼女に告げた。
「俺では、やっぱり無理かも…今までの出来じゃ不満でさぁ…プロに撮ってもらいたいけど、そんなこと出来っこないし…で、考えたんだ…これ、見て…」
PCの画面を向けられた雅美は予想外のものに驚いた。
それはアマチュアカメラマンと素人モデルを繋げるサイト。募集する側がプロフィールと条件を掲示板に載せていた。
雅美は恭史の考えていることを察し、強く大きく拒否した。
「え?…もしかして?…それはだめぇ!…そんなの出来ないから…」
「こっちの条件をちゃんと飲んでくれる人でないとOKしないから…」
「条件…って?」
「撮ったものは非公開にしてもらう。それと俺も撮影に立ち会う。これは絶対条件だ…それと…」
「それと?…なに?…」
「会員制のサイトといっても、冷かしとや不埒な考えの奴がいるとは思うよ…でも、そういうのは俺がちゃんと見極めるから…」
「そんなこと、出来るの?…それに、ただじゃないでしょ?…お金がかかる気がするし…」
「きっと、中には純粋に写真を撮りたいって思ってる奴はいるはずだし…良い人なら、お金なんて二の次って言ってくれるよ…だって、お前のヌード撮らせてやるんだよ、こっちが金を貰いたいくらい…」
「馬鹿、なに冗談言ってんのよぉ~…でも…大丈夫かなぁ…ネットって…」
「知り合いとかに頼みたくないんだ…その時だけ、後腐れのないようにするにはネットのほうがいい…それに、決める前にはちゃんと身分証明とか確認するよ…」
恭史には焦りも迷いも不安あった。しかし彼はそれを隠すように熱く語り、雅美を説得し続けた。
「募集したところで、良い人がいないかもしれないし…それならそれで仕方ないし…ね、募集だけはさせてよ、ね、それならいいだろ?…」
「募集…だけだよ…絶対、無理に進めないでね…」
引き下がろうとしない恭史。彼への信頼もあり、雅美は仕方なく認めた。
「ありがとうな…よし、まずはと…会員登録はお前の名前にするね…本人証明ね…免許証出してくれる?…スキャンするから…」
恭史はその日、夜遅くまで募集条件を考えた。雅美の不安は彼もよく分かっていた。
「この内容で載せるよ…連絡先は俺のメアドにしといた…」
雅美は送信の確認画面を見せられた。
【名前:MI】
【年齢:49】
【職業:主婦】
【連絡用メールアドレス:〇〇〇@〇〇〇.com】
【身長/体重/3サイズ/足サイズ:165㎝ 53㎏ 83(B)-62-89㎝ 23.5㎝】
【経験:なし(スナップ撮影程度)】
【募集内容:40代最後の思い出になる記念写真を撮影頂ける方】
【撮影内容:屋内撮影:〇/着衣:〇/水着:〇/ヌード:〇】
【公開の是非:非公開】
【希望条件:事前の面談、調整可能な方/撮影機材及び撮影場所を用意可能な方/当方要望を尊重頂ける方/夫の立会いを許可頂ける方】
【その他:応募頂いたうえ、詳細はメールおよび面談にて】
プロフの写真は雅美も覚えていた。先々週、ネットで買った洋服を試着した時のもの、彼女が頼んで撮ってもらったものだった。
「これなら、モデルポーズだし、全身も写っているし…ほら、顔はちゃんとぼかし(加工)入れておいたからね…」
それは、彼女の顔立ちがちゃんと想像できる、程度の甘いものだった。
「応募してくれなきゃ、意味がないからね…絶妙な(ほかし)加減だろ?…」
「まぁ、これなら大丈夫かな…それとね…ウエストが2㎝増えちゃってるけど、訂正しなくていいかなぁ?…」
「はぁ~?…お前なぁ~…がははは…」
その冗談に吹き出して笑った恭史は、安心して送信ボタンを押した。
応募はすぐにあったが、案の定、冷かしや興味本位、勘ぐってしまうものも少なくなかった。
遠方からの応募もあった。恭史と雅美は旅行を兼ねて出向くのもありかと考えたが、結局は断った。
「近くに住んでるのも嫌だし…近からず遠からずがいいな…え?なにこれ…『画像を見ました。是非、当モデル事務所で活躍して下さい』ってさ…あり得ないよな…」
呆れ顔の恭史、雅美も苦笑いした。
「まぁ…気長に考えて…一か月は様子みてみようか…」
恭史の目にとまるような応募も来るようになった。彼は丁寧な文章や応募慣れを感じる文面は候補として残し、期待をした。
結局は一か月を待たず、応募の気配はなくなった。
「この人たちにメールしてみる…」
雅美の同意を得、恭史は自分の希望内容を詳しめに書き、同じ内容で三人に送った。
『応募ありがとうございます。MIの夫のYIです。早速ですが、①当方希望内容及び②希望条件を提示致します。ご対応頂けるかご返事頂きますように。なお、報酬に関するご希望があれば併せてご提示下さい。よろしくお願いします…』
『①希望内容:〇〇〇(女優)の〇〇〇(ヌード写真集タイトル)(画像添付)のような作品』
『②希望条件(1):全撮影データの当方引き取り(さらに非公開厳守)』
『②希望条件(2):私(夫)の撮影への立会い』
『②希望条件(3):撮影期限は8月12日(妻の50歳の誕生日)まで』
『②希望条件(4):撮影機材及び撮影場所のご用意』
『②希望条件(5):双方合意までの事前調整(面談含む)』
一人だけが恭史の提示に対し、『すべて承知しました、問題ありません。』と返信してきた。
報酬についても、納得出来る言い分。その人物は里見広志という名前だった。
『車での移動ですので、交通費を含め不要と考えて頂いて大丈夫です。ただ、データの引き取りをご希望とのこと、その場合、出来れば買い取り代金を頂戴できればと考えております。(と申しましても当方アマチュアです。金額の程度は出来の良し悪しで値踏みして頂ければ。)』
「なぁ…雅美…この人に会ってみようか?…会うとなれば、その場で結論を出すかもしれない…お前もそのつもりでいてくれなきゃだめだよ…いいかな?」
一気に進展しそうな恭史の言葉に、雅美は戸惑いを感じた。
「なんか、分かんないけど緊張するぅ…メールでもう少し確認し合うとかは…だめ?」
「5月に入っちゃったしさ…この人で決まらないかもしれないし…別な人探すにも、8月まで間に合わないしな…」
「そっかぁ…そうだよね…話が纏まらないかもしれないんだよね…じゃ…うん…会ってもいいよ…」
恭史は里見ひとりに絞り、彼にメールを送った。
『ご返事確認致しました。で、今月末までで一度お会い出来ればと考えてます…ご都合、お知らせください。…』
里見からの返信はその夜遅くだった。
『ご連絡ありがとうございます。今月は〇日、〇日、〇日以外であれば夜は都合つきます。日と場所はご指定下さい。』
次の日の夜にそれを確認した恭史は、翌週の週末と決め、雅美と一度行ったことのある店を予約し、里見に連絡した。
当日の店内。恭史と雅美は並んで座り、初対面となる待ち人に緊張していた。
「あの人かも…」
間仕切りの外を見ていた雅美の予感どおり、その男は間もなく顔を見せた。
「ええっと、飯田さん…ですよね?…はじめまして、里見です…」
笑顔で名乗った里見。挨拶を交わした後、彼は自ら運転免許証を示した。こういう出会いに慣れていると感じさせる振舞いだった。
「(身分証明になるものは)最初にお見せしておいた方が…(仕事は)会社員してます…」
33歳。色白で面長の顔にふわくしゃの髪。細身の筋肉質の体型にラガーシャツといったラフな服装だった。
話し方は早口でソフト、話を聞くときは、うんうん、うんうんと頻繁に頷くのが目についた。
「これなんですけど…」
バッグから出したタブレットを恭史に差し出した。それは彼のフォトアルバムで、雅美も横から覗き込んだ。
整理されたフォルダの中に並ぶ小さなサムネイル。恭史はその中か目ぼしいものを開いては見た。
「僕は基本、女性しか撮らないんです…あぁ、それはプロのモデルさんですね…そういう撮影会があって…」
里田は次々と説明を加えていった。
「あ、その女の子は飯田さんが募集した…うん、あのサイトで知り合った子です…もう三回くらい撮らせてもらったかな…」
「そうなんだぁ…へぇ…ねぇ、ところで、ヌードは?…」
「あ、そうですね、ありますよ…えっと、もっと下の方の(フォルダ)…あ、それですね…」
恭史は画像ひとつひとつに見入った。
「これも撮影会で…結局、ああいうのはモデルさんも慣れてるんで、シャッター押せばそれなりに撮れちゃうんです…」
「撮り手としてはもの足りなかったり?…」
「そうなんです…で…飯田さんの募集で奥さんの画像を見て…もう…即決して…」
「え?…こんな素人のおばさんを見て即決??…嘘でしょ~?…」
雅美に肘鉄を食った恭史は大げさに痛がり、里見を笑わせた。
「すぐに綺麗な女性だと分かったんです…でもう、撮りたい!って気持がふつふつと…」
「あはは、今思ったけど、俺ね、そういうご機嫌取りをこいつ(雅美)には言えなくて…上手く撮れないのはそれが原因だったんだなぁ…」
「あ、ご機嫌取りなんかじゃないですからね…49歳っていうのは嘘だろって、今も思ってますし…」
里見は饒舌さを増し、恭史も親し気に会話を弾ませ、その様子に雅美も打ち解けていった。
「あのぅ…募集の時、スリーサイズ載せてたでしょ…今、少し太ってるかもしれない…」
「あはははっ…大丈夫ですよぉ~。俺なんか飯食べるだけで2㎏増えますから…身体測定なんてしませんしね…あははっ…ところで…写真って…気持が表情に出ちゃったりしませんか?楽しいとか、楽しくないとか…」
「出ますよねぇ…こいつ(雅美)なんか、何度も撮り直すと、機嫌悪そぉ~な顔になって…」
「あらぁ、そっち(恭史)が機嫌を悪くさせるからなのにぃ~~…」
「わかります…ご夫婦だと『つぅと言えばかぁ』だろ!みたいになっちゃうんでしょ?…でも…特に今回のヌードとか、モデルさんの気持で出来が決まっちゃいますもんね…」
「たしかに…なるほど…」
「それに…自宅とか馴染み過ぎた場所って、やっぱりどこか、気が緩んでしまうと思います…そうでしょ?奥さん、そう思いません?…」
「そうそう…ほんと、そう…」
里見の言葉は二人を感心させた。
「で…何処でどんな感じのを撮るとか…構想というかプランを聞かせて欲しいんですけど…」
「そうですね…まずは奥さんの気持を大事にして…時間に余裕を持ったほうがいいとは思ってます。場所はホテルが良いのか、コテージみたいなほうが良いのか…もう少し考えさせてください…」
「あ、コテージ…ログハウスみたいな?…そういう所は行ったことないから良いかもしれない…」
「そうなんですね…じゃあ、その方向で探してみますね…あ、それと…撮影データの件ですが…」
「ああ、そうそう…非公開は勿論、データも残さないで欲しいんだけど…」
「それなんですが…」
「買い取りだから代金は支払いますよ…報酬込みで〇〇万ではどうですか?…」」
「え?…あ…いいんですか?…」
恭史はデータの買い取りではごたごたしたくなかった。そして期待通り、提示した金額に里見はすぐに納得した。
三人は笑顔で店を出た。
「あ、そうだ…イメージを膨らませたいんで、何枚か撮らせてもらってもいいですか?」
駅までの道すがら、里見は雅美に言った。
「いいですよぉ…でも…ここで…」
週末の夜、人通りの中、里見に促されるまま、立ち姿の雅美はスマホのカメラに収まっっていった。
「じゃあ、ここで…プラン、楽しみにしてますね…」
二週間が過ぎ、6月も中旬に入った頃に里見からのメールが届いた。
恭史は要点を探しながら読み入った。
『撮影場所ですが、雰囲気のある一軒家を借りることができそうです。ただ、場所は〇〇市で移動に車で四時間近くかかり、一泊頂く方向でお願いしたいと…』
『下見してきましたが、古民家風で、中は綺麗に改装されていましした。外観や家の中を何枚か撮ってきたので添付します…』
『そこは私の友人が家主です。備品は揃ってて、空き家だし、一泊くらいなら無償で貸してくれると言ってくれてます…』
『とりあえず7月〇日から2日間とは伝えています。ご都合悪ければ変更日をご連絡ください…』
『現地到着後、明るいうちは少し寛いで頂き、静かな夜に撮影したいと思っています…深夜にかかるかもしれませんので、事前に十分な睡眠をとっておいてください…』
『撮影機材及び撮影に使用する小道具類は当方で用意します…』
『衣類やランジェリーや水着、アクセサリー類は奥様のイメージに合わせ当方で用意したいと考えています。予算〇万以内、実費ご負担頂くことになりますが、ご了承頂けますでしょうか?(飯田様で用意される場合、どういうものか事前に見せて頂くようお願いします。)…』
「うーん、そっかぁ…具体的になると色々とあるなぁ…ほら、ちゃんと考えてくれてるよ…」
恭史は感心しながら、メールを開いたPCの画面を雅美に見せた。
「〇〇市か…遠いなぁ…(画像を見ながら)へぇ…太い梁に囲炉裏…ほんとの古民家って雰囲気なんだぁ…でもトイレもお風呂も新しくなってて綺麗…あ、寝室はベッドもあるのね…」
「ほんとだな…ログハウスって思ってたからなぁ…和風…だけど、こんな雰囲気もありだよな…それに、費用のことだって考えてくれたわけだし…」
「うん…ああ、衣装ねぇ…どうしよ?…こっちで選んでも、里見さんのイメージと違ったらって思うし、今まで考えてなかったぁ…」
「任せよう…ここまで考えてくれるんだし、それも込みのほうが彼もな…」
二人は里見の提案をすべて受け入れることにし、その場で返信した。
『里見さんにお任せすることにしました…こちらは何も用意せずに参りますので、提案通りで進めてください…』
深夜になってから里見の返事が入っていた。
『了解しました。ありがとうございます…何かあればまた連絡しますので…』
撮影の日までまだひと月あった。
「エステで手入れしとけよ…ヘアーサロンも予約して…なんならネイルも…あ、それとダイエットしてるかぁ?…」
恭史は今まで以上に、あれこれと雅美に注文をつけた。
もぉ、わかったからぁ~。ちゃんとするし…」
あしらってはいた彼女も、内心は日々緊張が高まっていった。
どんな風に撮影するのかさえ想像がつかない。緊張が不安に変わっていったが、楽しみにしている恭史には言えなかった。
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